天使のウィンク 1
真夏の熱気が渦巻く夜、無駄に広い道場の中は冷房のおかげでそれなりに快適な空間になっていた。帰省2日目の夜、木戸家の面々は周人の実家で寝泊まりすることになっていたが、木戸天都は佐々木兄弟や柳生兄弟と一緒にゲームをしたいということで佐々木家に泊まることになったのだ。又、木戸天音は道場には行かずに祖父母の家で眠ることにする。本当は好意を寄せている佐々木翔と一緒に寝たいという願望があったが、ある懸念材料があったためにそうしたのであった。ここでならぐっすりと眠ることができる、その判断は正しかった。夜11時になって帰宅した母親の由衣はみんなに迷惑をかけないよう静かに入って来た。出迎えた静佳にお礼とお詫びを言い浴室へと向かう。天海は花火を終えて入浴した後、9時過ぎには熟睡状態になっていた。布団に寝転がっていた天音は由衣の帰宅を確認して1階のリビングに降りる。そこでは静佳がアイスコーヒーを飲みながらテレビを見ていた。
「あら?どうしたの?」
「寝るのもアレかなぁって」
「夏休みだものね」
そう言って微笑む静佳がアイスコーヒーを用意してくれ、天音はお礼を言ってそれを受け取った。
「おじいさんは自室。お母さんはさっき帰って来たわよ?」
「うん、知ってる」
「そう」
優しく微笑む静佳が好きなのは天海だけではない。天音もまた大好きだった。溢れ出る優しさというか、寛容さを本能が好いているのかもしれない。そうして学校でのことや部活のことなどを話する。さらには自分の本心までも。
「本当はね、木戸の名前が欲しいんだよね。たとえ天都が名を継いでも、私は私で欲しいなって」
継承者としては長男の天都が引き継ぐのだろうと思っている。それが順当であり、木戸の苗字も残るからだ。対して自分は違う。結婚すれば苗字は変わり、そして流派の名を継いでもそれが苗字に一致しない。それでも流派の名を継ぎたいと思っていた。それは周人や由衣にも話していない胸の内に秘めた思いだ。
「じゃぁ、天都と名を賭けて戦う?」
「それしかないかなって思うけど・・・きっと天都は戦わない。名を放棄して終わりだと思う」
「でしょうね」
「それならそれでいいんだけど、どうせなら納得して継ぎたい」
天音の気持ちが理解できる静佳は何も言わずに頷く。周人は一人っ子であり、その才能は歴代最強でもあったためにすんなりとその名を受け継いでいる。紆余曲折を経てその器も備わったからだ。1人の少女の命と引き換えに。
「今の天都と争う気ないよ?だって、あいつはきっとわざと負ける」
「あの子の本性は鬼を喰らう修羅か、あるいは神や悪魔すら凌駕する存在だものね」
静佳の言葉に黙って頷いた。それは理解している。小学4年生で妹に大怪我をさせたあの天都は人ではなかったからだ。だから、天音の目標はあの天都だ。今の、心の弱くなった天都ではない。
「優しさはね、時に人を傷つけるし弱くもする」
天音は頷き、そして静佳を見やった。慈愛に満ちたその表情は天音の心に温かさをもたらしてくれる。
「だから天都は弱くなった。ううん、弱いふりをしている」
「ふり?」
そうではないと思う。天都は弱くなった。体は鍛えているものの、だからといってそれだけだ。実戦はある一定の条件下で、そしてある人物を限定に行っている。それも極々稀に。それでも、天都の中の本性は眠ったままだろう。上っ面の、それこそ寝ぼけて起きた状態にはなっても、覚醒はしない。
「弱い自分を演じている。人はその本性を隠すことは出来ても消すことはできないから」
「なら、天都は・・・・」
「あの子は強い。それこそ、亡くなった鳳命おじいちゃんが感動で震えていたほどにね。周人も、天都の中の本性に驚いている」
「羨ましい・・・」
心底そう思う。天都の強さがどれほどのものかわからないが、その評価が欲しいと願うばかりだ。
「でもそれは天音も同じなんだと思うよ?」
「私も?」
「そういう天都に勝ちたいと願う天音も、きっとその本性は鬼だと思う」
「そうかなぁ?」
「天都と天音は同じ期間、同じ人のお腹の中にいた。魂も肉体も個別の存在だけれど、それでも双子なんだからね」
一卵性双生児であれば肉体も魂も同じだったのだろう。だが天都と天音は二卵性の双子だ。だから由衣のお腹の中にいても個別の存在だった。いっそ一卵性だったらと思うことが何度もある。そうなら、きっと自分も天都と同じ高みに辿り着けるからだ。慰めとしか取れない静佳の言葉に顔を伏せるが、次の言葉で顔を上げる。
「あの周人があなたを鍛えた。天都という異種的な存在があるにも関わらずね。つまり、あなたにもその才能があるということよ?以前、周人は鳳命おじいちゃんが自分を鍛えに鍛えた理由がわかったって言ってたぐらいだもの。女の子のあなたをそこまで鍛えた、その真意を汲み取ってあげなきゃ」
微笑む静佳の言葉に嘘はないと思う。周人は厳しく鍛え、自分を高みに押し上げようとしている。今でも天都に厳しいのは同じだ。だから天都も手を抜かず、現状だけは維持している。
「確かに天都はとんでもなく強い。でも、今のあなたは今の弱い天都を目標とせず、自分に大怪我させたあの天都を目標に頑張ってる・・・それこそ、大事なことなんじゃないかな?」
目指す最強の存在は翔ではなく天都だ。そして天音は知っている、弱い天都が弱くなくなることがあるのを。自分の中の闘争本能が、獣が飢えを感じた時。その時の天都は翔と仕合うのだ。本気で殺し合いをする。勝敗はいつも翔の勝ちで終わっているらしいが、それが本当かどうかもわからない。何故ならば、誰もその仕合いを見ることができないからだ。
「私にも辿り着けるかなぁ?」
「あなたも周人の子供。そして由衣ちゃんの子供。周人の強さと由衣ちゃんの寛大さを持って生まれてきたあなたなら、あなただからこそそこに辿り着けるわ」
天音は瞳を潤ませ、そして力強く頷いた。今の本気の天都がどこまで強いかはわからない。それでも、自分はそこに辿り着いてみせると決めたのだから。だからどんな努力も惜しまない。
「今はとりあえず、インターハイの優勝ね?おばあちゃんも応援に行くから」
「うん!」
そう言い、天音は静佳に抱き着いた。いい香りに心が落ち着く。誰にも言えなかった自分の本当の想いを吐き出したせいか、頭がすっきりと冴えてきた。だからか、さっき静佳が言った言葉を思い出し、静佳から離れてソファに座り直す。
「お母さんの寛容さって?」
それ聞いた静佳は少し困った顔をしつつも、少し上を見上げるようにしてみせる。
「周人の心の中には、今でもずっと忘れられない人がいる」
それは知っている。あの『美女と魔獣』に出てくる病弱な少女のことだ。毎回帰省時に夫婦だけでお墓参りをしているその少女の存在は天都も天音も実はよく知らなかった。物語の中での周人の彼女でしかなかったからだ。あらゆる犯罪を無効に出来るという闇の元締めに事故のような形で殺された、そう物語で聞かされている以上のことは何も知らない。
「普通なら嫌がる、消したがるその存在を、あなたのお母さんは周人ごと包み込んでくれた。今でもそうなのよ。由衣ちゃんはずっと彼女に感謝しているの」
「なんで感謝?その子のおかげで付き合えたから?」
「それもあるかもしれない・・・でも、そうじゃない。その子はいつもあなたたちを見守っているから、死んでもなお、周人を愛してくれているのを知っているから」
「何それ・・・お化けなわけ?守護霊とか?」
「そんな感じかな」
静佳はそう言い、微笑みを残してソファを立つ。そうしてそのまますぐ隣のキッチンへ移動した。
「あら?天音・・・あなた起きてたの?」
入浴を終えてリビングに入って来た由衣に頷き、何故か勝手に気まずくて深夜のバラエティ番組に目をやる。そんな天音に苦笑しながら、静佳が由衣の前にアイスコーヒーを置いた。
「すみません、いただきます」
「いい酔いっぷり、かな?」
「はい。暴走ママがいるんで、私なんかは冷静に飲めますから」
そう言う由衣に微笑み、静佳は天音を挟んで由衣の反対側に腰かけた。
「暴走ママって・・・千里おばさん?」
「まぁ、ね」
いつものことながら悪酔い、悪ノリする千里には呆れてしまうがそれが千里なために誰も何も言わない。だからか、由衣とさとみだけはほどほどにお酒を飲むようにしているのだった。
「あれ?父さんはまだ道場?」
いつもは起きて待っている周人の姿がないため、由衣がそう聞いたのだ。
「なんかみんなと話したいからって・・・天都はゲームバカ軍団で徹夜するんだと」
前半は穏やかに、後半は嫌そうにそう言う天音に2人が笑った。周人が言うみんなが誰を差すのか理解できた由衣はなにも言わない。天音にすれば道場には酔っぱらった千里やさとみ、ミカや圭子がいるのに心配ではないのかと思う。たしかにママ同士は親友だ。だが酔った相手と何があるかわからないと思う天音はドラマに感化されやすいのが原因でもあった。
「なら今日は広々と寝られそう!」
背伸びをする由衣を見つつ、天音はアイスコーヒーを口にする。確かに美人だと思う母親の顔を見つつ、この顔に似ていると言われることが満更でもなった。美少女だという自覚はあるものの、そんなことに興味はない。あるのはただ強さへの渇望だけだ。
「一緒に寝る?」
天音を見てそう言う由衣にため息をつき、無言で手を横に振った。静佳も由衣も声を出して笑っていた。
*
翌朝、酷い顔をした周人が欠伸を連発しながら帰宅したのは9時を回ってからのことだった。その顔を見て爆笑した由衣、不思議そうにする天海を横に顔を洗い、軽い朝食を済ませて2階にある元自室にこもり、結局夕方まで眠るのだった。それはどの家庭の夫も同じだったようで、その原因となった千里はほとんどない記憶のせいか悪びれることもなく佐々木家の家事を手伝っていたという。もっとも、酔っていたママたちはすぐに眠った上で熟睡だったこともあって被害を逃れ、パパたちが被害をこうむった。仕事のことなどで話をし、ようやく寝る態勢に入ったところで猛獣が檻の中に解き放たれた。酔いに酔った猛獣は所狭しと暴れまわり、夫である十牙を叩きのめすと半裸になって次々に暴言を吐いたのだ。普段の不満をこういう形で晴らす千里をなんとかなだめる5人の猛者たち。そうして千里が睡魔に負けて眠ったのが午前2時。そこからは猛獣の叫びと化したいびきのせいで眠ることも出来ずに朝を迎えていたのだ。子供たちはインターネットの環境を求めて家の中にいたために被害を逃れ、こちらも3時前には眠ったそうだ。今日1日は子供たちは各々が遊び、ママたちは車でショッピングモールに買い物となっていたのでパパさんたちは熟睡で1日を終えていた。そして最後の夜はバーベキューになっており、車で20分の場所にある施設を予約していた。各家庭が車で現地へ向かい、ママさんたちと天音で準備、そしてパパと息子たちで火を起こす。さすがに今日はそう飲む気になれず、缶ビール2本程度のほろ酔いで終わるパパ連中を尻目に、ママたちは今日もよく飲む。車を運転するさとみと由衣、そして十牙は飲まなかったものの、千里も二日酔いのせいか今日はチビチビとやっている程度だ。ミカと圭子、そして静佳などはここぞとばかりに飲んで楽しみ、翔もまたよく飲んでいた。そうしてわいわい騒ぎ、皆陽気になる。そうしてようやく落ち着いてきた頃、翔が天都を誘った。雑木林を横に、倒している丸太に腰かけた2人は50メートル先で騒いでいる十夜と千輝の様子を見ながら手にしたビールとジュースを飲む。
「結局、十夜君にせがまれたけど、断ったよ」
ポツリとそう呟くように言った翔を見ず、天都は頷きながら十夜たちの方を見やった。
「まだ、俺の中の鬼の飢えはそこまで達していなかったから」
「そうですか」
「君は?」
そう質問を投げ、翔はビールを飲む。天都は黙ったままで、ただ前を向いていた。
「・・・僕も、同じです」
「そっか」
そう言い、微笑む翔は美形だ。男性的な魅力の中に女性のような美しさを持っている。中世的なその顔立ちは男の天都ですら美人だと思うほどに。
「君と仕合う時だけが生きていると実感できるよ」
「僕は・・・ただ自分が怖いだけ」
対照的にそう言い、2人は黙り込む。年に1度か2度、2人は本能の赴くままに殺し合いをする。勿論、実際に殺すことなどないが、そういう気持ちで戦うのだ。そうしなければ勝てないとお互いが理解しているために。
「俺は、君が怖い」
「お互い様です」
「そうじゃない・・・君に恐怖している」
ここでようやく天都が翔を見やる。翔ははしゃぐ2人をたしなめる天音を見つつ残ったビールを飲み干して缶を握りつぶした。
「多分、俺は弱いんだと思う」
「まさか・・・」
翔の強さはかつての魔獣軍団を超えている。周人ですら負けを認めるほどなのだ。なのに弱いとはどういうことか。これまで翔に勝てていない自分を馬鹿にしているのかと思う。
「君が怖いから、だから君の本気を見る前に勝負を決めているだけなんだよ」
「本気ですよ、いつも」
「いや、君の本気はアレじゃぁない・・・・多分、もっと圧倒的なはずだ」
「本気じゃないと、翔さんに殺されちゃう」
「そうだね。リミッターをかけた本気で、ね・・・・君の中に眠っている、真の君はああじゃない」
天都はいつでも本気だった。そうしなければ殺されると思うから。もうこれ以上ない本気でいつも挑み、そして敗北していた。
「ソレを起こす勇気がないんだ、俺には・・・だから高みにはたどり着けない」
「高み?」
「君は俺にないものを経験し、そして高みに向かった。誰かを傷つける恐怖、傷つけたくない想い、そして、たとえ自分がどうなっても誰かを守りたいと思う信念、それが俺にはないんだ」
前者2つは理解できる。天音を傷つけた恐怖は今でもはっきりと覚えている。だからだれも傷つけたくはない。たとえそれが悪党であっても。だから、最後の3つ目だけは肯定できなかった。自分がどうなっても誰かを守りたいなどと考えたことがないからだ。逃げるが勝ち、それが天都のモットーだった。だからそうしてきた。好きな七星が窮地に陥っていても天音に任せたのも、自分で誰かを傷つけたくなかったからだ。自分勝手な考えで恋愛相手を傷つけようとも。天都は立ちあがり、そして2、3歩進む。
「僕の中の何かが飢えてきても、今度は抑えにかかるつもりです。だから、もう翔さんとも戦わない」
そう言い、天都はみんなのいる方へと向かった。その背中を見つつ、翔は薄く微笑んだ。多分、今天都が言った言葉は嘘になるはずだ。抑えつけられるほど、天都の中の獣は大人しくはないはずだから。
「本当の君に勝ってこそ、木戸無明流に勝利したと言えるんだけどね・・・」
そう呟く翔は立ち上がると、月を見上げた。今夜も熱帯夜だろうが、火照る体の熱さには敵わないと思う。
*
朝を迎え、それぞれの家族が帰り支度を開始した。居候状態の戎、水原、柳生の3家族は道場の掃除や庭の草むしりまでをして、それからバーベキューセットなどを洗ってきちんと倉庫にしまった。毎年こうさせてくれる佐々木家の祖父母に感謝しつつ、丁寧にお礼を言う。またおいでと言われて十夜と千輝は嬉しそうに頷き、それから車に乗り込んだ。
「正月は手合せ願うよ」
「そうだね、そうしよう」
十夜の申し出を快諾した天音が右手を差し出す。それを十夜が握りしめ、2人が微笑みあう。その後、翔とも握手をした十夜が天都を見つめ、それから右手を差し出した。
「お前も、よろしく」
「ヤだから」
そう言いながらも握手をした。苦笑する十夜に替わって千輝とも握手をした天都は苦笑する翔を見てため息をつく。進とも握手をした十夜と千輝を見た十牙が哲生たちにお礼を言うと車を発進させた。そうして戎夫婦と水原夫婦も立ち去り、あとは周人と哲生たちだけになる。こちらはお昼を食べてから帰ることになっているため、一旦家に戻ったのだった。そうして軽い昼食を取って車に荷物を積み込む。天海はまだここにいたいと駄々をこねたが、静佳に抱かれると途端にいい子になった。由衣は軽く頭を下げ、静佳はにこやかに微笑む。そうして天海を由衣に返しながら、今度は天音の前に立った。
「天音は素直な心の持ち主。だから、あなたの思うとおりに行動しなさい。それはいつも正しくて、それでいてみんなを幸せにするから。自分がこう思ったら、迷わずに」
「うん」
どういう意味かはわからないが、いつでもそうしてきた。天音は自分に正直に生きていたと自分でも思っている。だから、それを曲げることは考えていない。静佳は優しく微笑むと、それから天都の前に立った。
「天都は優しいから、いつでも自分を後回しにするよね?でも、時には自分の心を自由に解き放つことも大切。だから、そうすべき時が来たら、迷わず自分の心を解放しなさい。決して怯えずに」
「あー、うん・・・・わかった」
その返事は嘘だ。たとえどんな時でも、自分の心を解き放つことなどないと思う。それは自分ではなく周囲の人間を不幸にするのだから。そんな2人を見つつ、由衣は意味ありげな顔を静佳に向けながら傍に寄った。今の言葉はこれから先、次に会うまでの短い間に何かが起こるという暗示なのかもしれないと思ったからだ。
「大丈夫。あの子たちはあなたの子よ?」
そんな由衣の心情を察したのか、静佳は優しく微笑むと由衣をそっと抱きしめた。
「試練は近いけど、それを乗り越えるのが木戸の子だもの」
「はい、信じます」
その言葉に満足げに頷き、静佳は由衣から離れると天海の前にしゃがむ。
「みーくんは元気一杯だものね?頑張って幼稚園、行くんだよ?」
「今は夏休みだよ?」
「夏休みが終わったら、ね?」
「うん!」
そう言い、再度抱きしめる。その小さな体の中にある特殊な能力を封じ込めつつ。由衣にも告げなかった天海の特殊な能力は静佳によって封じられていた。そう、大人になっても決して発動することのないその特殊な能力は物を念じただけで動かすことが出来る念動力だ。生まれてすぐにそれを見つけた静佳によってそれは封印され、今でも定期的にチェックを入れているのだった。
「じゃぁ、正月に」
「仕事ばかりにかまけて、由衣ちゃんをないがしろにするなよ?」
「大丈夫だって・・・親父はもう・・・」
呆れる周人を見て笑う由衣だが、周人はいつも家族を大事に思っている。仕事よりも家族、それが周人の本質なのだから。
「由衣ちゃんも、元気で」
「またお正月に」
「ご両親にもよろしくな」
「はい!」
そう言い、全員が車に乗り込んだ。ちょうど角を曲がって哲生一家の車も来たために、周人は両親に手を振ってアクセルをゆっくりと踏み込んだ。
「ばいばーい!」
後部座席から元気よくそう言い、天海はぶんぶんと手を振った。天都と天音もそうしている。車は加速して走り去り、見えなくったために源斗が家の中に入った。外の気温は今日も猛暑だ。
「長い長い因縁の終わりも近い、か」
静佳はそう呟くと真白く巨大な入道雲へと顔を向ける。そしてかすかに微笑んでから汗を拭い、家の中に入っていくのだった。
*
帰省を終えたその翌日、真昼間から電話が鳴り響く。クーラーの利いたリビングでは天海が昼寝をしているためにあわてて電話を取った天都は通話をオンにしつつ、遊んでいたゲームの一時停止をしてから耳に当てた。幸いにも天海は熟睡していたようで起きる気配はない。ホッとし、電話の相手に無愛想な声を出した。
「なんだよ暇人」
『おいおい、言い方悪いな、お前』
ケラケラと笑っているのは陣内時雄である。野球部のレギュラーながら、地区予選大会の2回戦で早々と敗退したせいか、今はどちらかというと暇だった。本格的な再始動は盆明けからということで、今は心を癒すために部活は自由参加になっている。
「・・・ゲーム中だし」
『ああ、そうか・・・でさ、明日プール行かないか?G―DOMEの』
「G―DOME?屋上のでっかい流れるあの?」
『説明口調ありがとう・・・そのプールに行こうぜ!明斗も誘って!』
「明斗は部活だろ?インターハイも近いんだから」
『明日は休みだそうだ。あいつがいれば女が寄ってくる』
やはりこの男は変わっていない。天音を好いていながら、その他の女性とも仲良くなりたいとはまさに高校男子の煩悩の塊だと思える。
「・・・ナンパ目的なら明斗は来ないと思う。僕もだけど」
『ばっかだなぁ!流れるプールの勢いに乗って、触り放題だぞ?』
「・・・・・・・・・・・・お前、天才だね」
『おうよ!』
褒めたのではなく貶したのだが、効果はなかったようだ。得意げな時雄にうんざりするが、プール自体は楽しいと思う。もちろん、少しは接触プレーも期待してしまったわけだが。
「まぁ、ナンパとかセクハラは嫌だけど、プールは行こうかな」
『自分に正直になれって!行ったら行ったで、したくなるぞぅ』
「野球部敗退で良かったね・・・捕まったら出場停止だよ?」
『それも計算のうち!』
最低だと思うが、もう何も言わない。言ってもポジティブになられるだけだからだ。
「じゃぁ、明斗に確認取っといて」
『おう!決まったら時間とかメールするわ』
「うん」
それで電話は切れた。ため息が漏れるが、それなりには楽しめそうだ。それに堅物の明斗がいれば暴走する時雄を止められるだろうと思う。明斗を誘うに至って公然たる痴漢をしようとは言わないだろうから。
「どうせなら七星ちゃんと行きたいけどなぁ・・・・」
そう言い、七星の水着姿を想像してニヤニヤした天都だが、明斗が一緒にいれば七星がそっちに夢中になるためにそれはそれで複雑だ。自然と漏れたため息を残し、置いていたゲーム機を手に取るとそれを再開させるのだった。




