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晴れ!  作者: 夏みかん
第3章
16/52

セラミックガール 5

天音がデニムのショートパンツから健康的な足を露出させているせいか、そちらにばかり目が行く。進路も早々と決めている柳生十夜やぎゅうじゅうやはクールでイケメンな男だ。そんな彼がそこにばかり行く意識を精神力で抑え込んでいるのは何故だろうか。どんな女性の告白も即座に断って来たのは剣道ではなく剣術を極めるために余計な存在はいらないとして、実際にそう言って断ってきた。だがそれは本心ではない。


「あっちー・・・あーもう、サイアク」


手で自分を扇ぎながらぶつくさ言う天音とは違い、十夜は最高である。そっとその横顔を見れば、可愛いとしか思えない。ショートカットすぎる髪型だが、活発的な天音によく似合っていると思えた。


「じゃんけんの弱さは鍛えようがないしなぁ」


まだぶつくさ言う天音に対し、十夜は自分のじゃんけんの弱さを褒めたいほどだ。


「でもまぁ、いいじゃんか。さっさと買い物済ませてアイスでも食べようぜ」

「おお!さすが十夜!おごってくれんの?」


汗をかきながらだらしのなかった表情を引き締めて目を輝かせる天音が本当に可愛いと思う。いや、実際に天音はかなり可愛い。その髪形とそのしゃべり方をなんとかすればもっとモテるだろうと思う。だが、逆にそれはラッキーなことなのだ。天音の魅力に気づかない馬鹿な男たちよりも優位に立てるからだった。


「奢るよ」

「さすが最強の剣士は一味違うねぇ」

「なら最強の女武術家と一戦交えたいね」


その言葉に天音は腕で汗を拭いつつ、チラッと十夜を見やった。その視線を受けただけで心臓の鼓動が高鳴ってしまう。


「インターハイあるから怪我できないし、無理だよ」

「・・・残念だなぁ」

「まぁ、そうでなくてもやりたくない」

「どうして?」

「あんた強すぎるもん」

「まぁな」

「自慢げになるところがむかつくけど、実際そうだしねぇ」


天音はため息混じりにそう言うしかない。何度か戦ったことはあるものの、一度も勝てていない。それほどまでにこの十夜の実力は桁違いであり、内に秘めた獣の大きさはかけるに匹敵するのだ。その十夜も翔には勝てないでいるのだが。


「あ、十夜じゃん!」


その声に左を見れば、ポニーテールをした長身の美少女が自転車に乗っていた。その声に右手を挙げた十夜に近づく少女は横に立っている天音を睨むようにしてから再度十夜を見やった。


「小田、なんだこんなところで」

「おばあちゃん家がすぐ近くなの。十夜は?」


そう言いながら、完全に天音をシカトする。だが天音は涼しい顔しつつ少し下がって街路樹下の日陰に入った。


「親父の親友の家にやっかいになってる。明後日までだけど」


そう言いつつ、背後の天音に気を向けるが、それを見た小田はムッとした顔をしてみせる。


「もしかして、カノジョ?」

「いや、友達ってか、幼馴染ってか・・・親父の親友の子供」

「へぇ、そう」


そう返事しながらも勝ち誇った顔を天音に向けた。少なくとも自分の方が美人であり、女性としての魅力もあると判断したのだろう。胸の大きさも圧倒的に勝っている。


「ねぇ、今度プールにでも行こうよ!」

「悪いな、今から買い物なんだ。もう行かないと」

「えぇ・・・じゃせめてラインだけでも・・・」


そう言いかけた小田を無視して天音に近づいたせいか、小田は十夜の背中越しに天音を睨み付けた。それを見た天音はため息をつくと歩き出す。そのため、あわてた十夜はじゃあなと言い残して天音の横に並んだ。不満全開の表情になった小田はその場に唾を吐いて自転車を漕いで立ち去るしかなかった。


「悪かったな」

「別に気にもならないけど、誤解されたんじゃないの?」

「いいよ、別に。あいつウザイし」

「すんごい美人じゃん・・・性格は最悪だけど」


その言葉に大笑いする十夜はまったくだと口にした。小田から好かれているのはわかっている。だが性格的に好きにはなれない。ああいった2面性を持つ女は大嫌いだからだ。それに、十夜には好きな人がいる。


「冷しゃぶ用の肉ってわかるのか?」

「あのね、それなりに料理ぐらいできるし、買い物もできるっての」


呆れた口調になる天音に対し、十夜は嬉しそうに微笑むなかりだ。


「いい嫁さんになれるな?」

「そうね、自信ある」


感情のない声でそう言う天音の横顔を見つつ、思わず本心が口をついて出そうになるのを必死でこらえた。


「なら俺の嫁さんになってくれ」


そういう言葉を。そう、十夜は天音を好きでいる。それこそ5年越しの恋だ。裏表のないその性格に惚れたのだ。容姿も可愛いし、何より強い。そして天音が翔を好きでいることもちゃんと見抜いていた。だから自分は強さを求め続けている。いつか佐々木翔を倒し、そして天音に告白するために。


「おお!天国だぁ~」


この大きなスーパーは昨日静佳と来た場所である。クーラーの利いたその建屋に入るとさっきまでの暑さが嘘のような快適空間だ。特に冷凍食品が多く並ぶエリアは寒いほどである。あれこれ言いつつ目当ての物を買い、レジを済ませてアイスを売っている店に向かった。食料品売り場から少し離れた場所にあるそこのアイスは美味しいことで評判なため、このスーパーのアイスの売れ行きは悪かった。十夜はバニラのソフトクリームを注文したが、天音は十夜の奢りとあってスーパーデラックスというイチゴとバニラにチョコフレークを振りかけたものをオーダーした。自分のアイスの3倍の値段をするその出費にも関わらず、嬉しそうな天音を見れば痛くも感じない。


「ありがとう!」


満面の笑みでそう礼を言われてはさすがのクールな十夜も破顔して止まない。


「どういたしまして」


じゃんけんに負けた買い出しにうんざりしていたはずなのに、天音と一緒になってテンションが上がっただけでなくこんないい笑顔を見せられたことは最高に嬉しいと思う十夜だった。



今日の夕食はママ会で母親たちがいないため、男連中と子供たちで作ることになっていた。そのため、簡単で且つ要望の多かった肉料理を両立させるために冷しゃぶをメインに持ってきたのだ。あとは素麺で誤魔化すエコ仕様である。買い出しはじゃんけんの結果、料理担当は天音と十夜、花火担当が天都と千輝せんきになっている。花火は近くのホームセンターで種類が豊富に買えるためにそこに向かった2人はうだる暑さから逃げるようにホームセンターに飛び込んだ。程よい冷房に癒されつつ、入口すぐ近くの花火のコーナーへと向かう。


「予算は2千円か・・・どうする?」


千輝の言葉に、安全のためかガラスケースに入れられたセット販売の花火を見つめる天都。


「打ち上げはいらないから、手持ちので多いのを買う?」

「打ち上げしたかったけど、場所的になぁ」


川沿いの整地された場所は花火が出来る区画になっていたが、住宅地も近いので打ち上げ花火は禁止となっていた。そのため、2人は手で持てる花火が大量に入ったセットを購入する。こうしてすぐに買い物は終わったが、また炎天下の中を5分程度歩くのは苦痛だ。そこでジュースを買い、近くのベンチに座って休憩を取る。


「そっちは宿題多いのか?」


甘そうなピーチ味のジュースを飲む千輝の言葉に天都は普通じゃないかなと返事した。実際、天都にとってあの量は多くもなく少なくもない。天音にとっては多すぎるほどだったが。


「そっかぁ・・・こっちは多いんだよ」


十夜と千輝の2人は年子で、それぞれ高校3年生と2年生だ。だからか、千輝と天都たちは同級生であり、勉強などの話もよくしている。元々、千輝の成績はそう悪い方ではなかった。剣道に打ち込むあまり疎かになって一旦は落ち込んだりもしたものの、ちゃんとリカバリーしている。兄の十夜は勉強が苦手だったが、剣道のおかげで東京の体育専門の大学から来てほしいと打診されているために何の問題もなかった。それに見た目がかなりのイケメンのせいか、十夜の人気はかなり高い。剣道の世界一にその容姿があれば、成績の悪さなどどうとでもカバーできるという風に千輝からは見えてしまうほどに。対する自分は父親に似た容姿でかなりワイルドである。目も細めで顔つきもややきつい。本当に兄弟かと思うほどに違いすぎた。だが根は優しく、容姿で誤解されている面も大きい。小さい頃は見た目同様やんちゃで悪戯好きだったものの、今では真面目な好青年だ。剣道の腕前も兄に劣るとはいえ、その実力は日本で3本の指に入る。


「そういや、お前、彼女とかできた?」


話の流れ上おかしいと思うが、天都は首を横に振る。七星ななせの無視は解かれたが、かといって進展はない。あえて進展があったといえば三葉みつばの方だが、こちらには恋愛感情がないために進展とは言えないだろう。


「よしよし。お前や進がいれば心強いよ」

「どういう心強さなの・・・」

「まぁまぁ」


嬉しそうにしながら天都の肩を叩き、千輝はにんまりと笑った。見た目がこうだが実際にその軽い性格と剣道の実力でそこそこの人気を誇る千輝だが、トラウマのせいか恋愛に対しては引いた目で世の中の女性を見ていた。トラウマは兄への連絡係がその最たるもので、中には十夜に近づくために千輝に告白をしてきた女子までいたほどだ。そのため、千輝は若干の女性不信になっていったのだった。その後、2人は近況を語り合いながら佐々木家へ向かう。時刻は午後2時を回り、暑さも最高潮だ。午前中に水原家、戎家夫婦と共に佐々木家にやってきたわけだが、顔なじみのために盛り上がるのは両親たちばかりだ。それにママ会があるにも関わらず、母親たちの会話が主となっているためか、父親と子供たちはすぐに道場に避難していた。一応冷房設備もあるため、そう暑くはない。3時過ぎに天音と十夜が帰宅し、上機嫌の十夜を見て進がムッとした顔をする。天都は千輝と翔といっしょにゲームに夢中で、天音は夕食の準備をするためにキッチンへと向かった。一応下準備はミカがやってくれているのでそれを手伝うだけだ。リビングでは4人の母親が今も尚話に夢中になっている。ミカが下準備を請け負ってくれたことが嬉しく、天音はご飯を炊いたりいろいろこなしていった。


「やっぱり女の子よねぇ」

「まぁ、性格が男だけど、こういうの好きだし」


天音の言葉に微笑むミカは女の子が欲しかったのもあってこういうシチュエーションは嬉しくて仕方がない。


「性格は男じゃないよ。男っぽいだけ。こういうのが好きとかもそうだけど、天音ちゃんはちゃんと女の子だよ、ちゃんとね」


家がすぐ近所であり、赤ん坊の頃から天音を知っているミカは良き理解者だ。見た目も似た年齢に近いせいか、天音にとってミカは知り合いのおばさんではなく、友達感覚で接することができる稀有な存在でもあった。


「私もママ会に行きたいんだけどね・・・母さんがダメだって」


その言葉を聞いたミカは苦笑し、一通りの準備を終えて天音を見やった。


「ママ会っていうのはね、あたなのお母さんがしゅうちゃんと付き合い始めた頃から始めてる定例会なの。言いたいことを言い合ったり、彼氏、今では旦那さんの事とか子供ことなんかを包み隠さず話す場。名前こそ軽い会だけど、でもこれは私たちの絆を確かめる会でもあるのよ」


その優しい言い方に素直に頷く天音。5人の絆に入り込む余地などない、そう言われたために納得するしかなかった。ミカは優しい笑みをそのままにぽんと天音の肩に手を置く。


「悪口もそりゃ出るよ?だって、誰でも不満は必ずあるからねぇ。でも、そこに愛情もある。愛情もあるから愚痴も出るんだよ」

「変なの」

「それが理解できる年齢になったら、参加できるかもね」

「いつぐらい?」

「そぉだねぇ・・・・子供産んだら、かな?」


にっこりほほ笑むその顔にげんなりし、天音はトレイに乗せられたお皿を道場に運んだ。その背中を見つつ微笑みを強くしたミカは知り合った頃の由衣をそこに重ねてみる。由衣によく似てきた天音を見たミカは、当時を思い出しながら素麺の準備を進めていくのだった。



見送りに来た天海を抱いた静佳によろしくお願いしますと言い、天海にいい子にしておくように告げた由衣はミカたちと一緒にママ会の会場へと向かった。場所はミカの大学時代の友達が経営している洋風居酒屋であり、時間は無制限で提供してくれていた。いつでも派手な出で立ちの柳生千里やぎゅうちさとは息子たちから若作りをしていると言われる化粧を施しているが、別に若作りには見えずごく普通のママさんだ。対照的なのが戎さとみであり、薄い化粧しかしていないものの、艶やかな黒髪と清楚さ漂う和風美人のためかそれが凄く美しく見えている。水原圭子は年相応の見た目と、ぽっちゃりした体系もあって見た目と年齢が一致している。全員の羨望を受ける超童顔のミカに、5つ年下の由衣の若々しい美貌は千里にとって嫉妬を覚えるほどだ。タクシーで目当ての店に到着すれば時刻はちょうど午後6時、ぴったりである。中に客はおらず、ミカの友達夫婦がにこやかに出迎えてくれた。奥の座敷に座り、アルコールをオーダーする。生ビールを注文する4人を横目に、千里が早々と冷酒を注文するのもまたいつも通りだった。


「ではでは!今年の夏ママ会開始します!ではまず・・・・」


幹事ではなく、司会者となっている千里の合図で全員が飲み物を手にする。


「かんぱぁーい!」


全員がそう叫んでジョッキをぶつけあった。


「美味しい~」

「いやいやぁ・・・やっぱビールだよね」


わいわい騒ぎつつママ会は幕を上げた。話はさっきさんざんした近況報告はすっ飛ばし、学校関係の愚痴や子供の話がメインとなった。焼き鳥や串カツを頬張りつつ、ママさんたちの愚痴は留まるところを知らなかった。


「でもさ、十夜にしろ千輝にしろ彼女の1人もいないってのは・・・ホモかと思うよねぇ」


すでに3杯目の冷酒を美味しそうに飲みつつそう言う千里にさとみがため息をつく。


「出来たら出来たで文句言いそうだもの、千里は・・・やれブサイクだの、性格が悪いだの」

「それぐらいは言うでしょ?翔君の元カノみたいの、サイアクじゃぁん」

「まぁ、見た目からして性悪そうだもんね、宍戸桜は。主婦層は騙されないって」


サラダを取りつつそう言う圭子はそれを取り分けて由衣の前に置く。その由衣をじろっと見た千里は空になったコップで由衣を差した。


「そっちも彼氏彼女はいないよね?」

「うん」

「・・・・なんで?」

「知らないよぉ」


素っ気なくそう言う由衣に目を細める。正直若作りっぽいメイクにしたのは童顔のミカ、そして5つ年下の由衣に対抗したためだ。由衣は昔と変わらぬ可憐さを残している。可愛い、そして綺麗が重なったような容姿をそのままに年を取った印象が強いからだ。対する千里はもうしわも白髪も多くなっている。圭子のようなぽっちゃり体形だけは阻止しようと頑張っているものの、加齢には勝てないのが実情だ。


「十夜は天音ちゃんに気があるっぽい気もしないでもないけど・・・あんたと親戚ってもなんかヤだな」

「それ、お互い様でしょ?それに息子のホモ疑惑はどこいった?」


圭子にそう言われ、腕組みをした千里はじっと由衣を睨むようにした。酔ってきたせいか、絡み始めたのだ。


「だいたいね、あんた若いのよ!40前に子供産んだり・・・エロエロしすぎ!」

「あれは・・・双子の世話って大変だったからまともな子育てしたいって思ってて、天都たちが手がかからなくなったし、それで・・・」

「ある種の出来ちゃった、だよね?」

「まぁ、うん」


ミカのフォローになってないフォローに頷く由衣はビールを飲む。酔っ払いに対抗できるのは酔っ払いだけだ。


「実に羨ましい・・・・私なんかもうあのおっさんと一緒に寝るのもなんかヤなのに!」


吐き捨てるようにそう言い、お酒のおかわりを頼んだ。


「じゃぁ離婚も考えている、とか?」


さとみの言葉にそれはないと他の3人が無言で手を横に振る。なんだかんだ言いながらここの夫婦は円満だ。


「由衣の旦那はエリートだし・・・マジ、選択誤ったかなぁ・・・」

「選択肢すらなかったけどねぇ」


天然のミカが煽るようにそう言い、千里の機嫌がますます悪くなる。


「あ、でもしゅうちゃん出世するんでしょ?」

「え?」


どうしてそれを知っているという顔をする由衣に、ミカはにこやかにその理由を口にした。


「てっちゃんが言ってた。副社長にって話が出てるって」


その言葉に由衣は困った顔をし、千里の目がさらに鋭さを増す。さとみも圭子も驚いているものの、対象があの周人だからか驚くだけですんでいた。


「カムイの副社長~?マジでぇ~?なんでぇ~?ウチのは平サラリーマンだってのにぃ~?」


言い方が呪いの言葉っぽくなっている千里に全員がドン引きするが、由衣はため息をついてししゃもに箸を伸ばした。


「まだ受けてないよ。そういう話があるけど、いろいろややこしそうだから悩んでるって話」

「贅沢な悩みだよ、ちくしょうめ」


口調と態度がおっさんに変化した千里もししゃもをばりばりと食い漁る。その異様なネイルのせいか、まるで化け猫だ。


「でも、確かにややこしそうね」


さとみがそう言い、運送会社の社長業をこなしている夫のことを思いため息をついた。多忙で家族をそっちのけにした時期も経験しているためか、少し心配そうにしている。


「まぁ、まだどうなるかわかんないし、来年のことだし、ね」


言葉を濁す由衣を睨んだままの千里は酒を煽るように飲み干し、今度はそれを咎めたミカの容姿に難癖をつけ始めるのだった。



道場に広げられたテーブルの上にある大皿に冷しゃぶが山ほど詰まれ、それを囲むようにして素麺が並んでいた。ご飯も大量に用意されたそこでは男たちと子供たちがわいわいとその味を楽しんでいる。ほどよくビールも進み、ご機嫌になるのは哲生と十牙だ。周人は純と仕事の話などをし、誠は翔から芸能界の裏情報を聞き出している。そんな翔の横にちょことんと座った天音はただ1人の女性として甲斐甲斐しくあれこれと世話を焼いていた。天都は千輝とゲーム談義に花を咲かせ、隅の方では十夜と進が肉をむさぼるように食べていた。


「まぁ、仕事は上々だよ。後継ぎがどうなるかわからんけどな」

「息子は継ぐ気なんだろ?」

「継ぐ気はあるみたいだな、一応・・・ま、それは自由だけど・・・他の会社の仕事が面白いそうだ。継ぐ気満々だったのに、どうなることやら」


そう言う純はどこか寂しそうだった。祖父から孫まで、そう思って継いだ運送会社は順調だったものの、息子が後を継がないと宣言した以上は有能な従業員から選ぶ必要が出てくるのだ。それはそれで人材育成もあるせいか、頭の痛い話になっていた。以前と変わらないで後を継ぐ、そう言うのを待つしかない。


「お前はいいよなぁ・・・大企業だし」

「デカいのは、それはそれで大変だけどな」


苦笑する周人を羨ましく思う純だが、自分の仕事には誇りを持っている。だからか、言葉以上の感情はない。


「ってか、副社長になるんだろ?」


離れた場所にいながらそう声を発した哲生のせいで十牙の鋭い目が周人に向けられた。酒に弱いのは相変わらずのせいか、少量のビールを飲んだだけで既に顔が真っ赤だ。


「お前!副社長?なんでだ!なんでお前ばっかり!なんでだぁぁっ!」


同じ頃に同じようなことを別の場所で叫んでいる嫁とはなんだかんだで円満なのだろう。とにかく、素早い動きで周人の傍にやって来た十牙は酒臭い息を吐きつつ周人の肩に腕を回した。


「まだ決まったわけじゃない・・・断ろうかと思ってるしな」

「アホか?バカなのか?」

「仕事よりも家族だしさ」

「家族のために金を稼げ!そして過労死しろ!由衣ちゃんは俺がもらってやるから」


由衣の変わらぬ美貌に、今でも十牙は憧れている。由衣さえよければ不倫したいほどに。だからこそ周人が羨ましく妬ましかった。


「千里が聞いたら八つ裂きにされるぞ、神の剣で」


その言葉を聞いた十牙と、そして千輝の体がビクついた。それを見た天都は苦笑し、コップに炭酸ジュースを注いでやる。千輝のトラウマは有名だったからだ。


「・・・神の剣がなくても恐ろしいんだから、言ってやるなって」


誠が苦笑混じりにそう言い、周人は深いため息をついた。どうせくだらないことで千里に怒られっぱなしなのだと想像できるし、実際そうなのだろう。そういうところは昔から変わらないといえば変わらない。


「確かに、恐ろしい・・・」


千輝がポツリとそう呟き、震える手でジュースを飲む。小学5年生の時、悪戯で庭の花壇を壊滅的に破壊したことがあった。千里の大事にしていたそれと知りながら暴走した結果だった。その時、千里は笑顔で物置に向かったのだった。恐ろしい笑みをそのままに物置から戻った千里が手にしたのは刃のない剣だ。それがなんなのかを知らない千輝が調子に乗って千里を煽った時だった。振りかぶったその剣が千輝の自転車を綺麗に、文字通り真っ二つにしてみせたのだ。その後はみじん切りにされた自転車を呆然と見つつ、千里はその剣をチラつかせてこう言った。


「お母さんに逆らうな。今後絶対、一切!たとえお母さんが悪くても、お前が謝れ・・・でないと」


そう言い、千里は花壇を形取っていたレンガを細切れにしてみせたのだ。


「お前をこうするぞ?ん?」


見えない切っ先を向けられ、千輝は失禁寸前に追い込まれて土下座をした。千里の本気の怒りと、あの剣の威力に怯えつつ。その後、なんとかしてあの剣を手に入れようと物置を探したが見つからず、再度千里の怒りに触れて2度と捜索もせずに千里に服従を誓ったのだった。花壇は1人でせっせと直した千里が手伝うことをさせなかったため、お小遣いをはたいて花を買った千輝を抱きしめた千里はもう絶対に調子に乗って悪さをしないように優しく諭していた。以来、剣のトラウマと千里の真の怒りを知ったため、千輝の性格は改善されて今に至っている。


「おばさん、怖いもんね」

「怖いってレベルじゃない」


天都の言葉に怯えきった千輝は元気を失ってしまった。天都はお肉を取ってくると言い、千輝の皿も持ってテーブルに近づくと、十夜が目でフォローを頼むと言ってきた。天都はそれに頷きつつも苦笑し、どこの家の母親も怖いと思うのだった。



食事を終えて片づけも済ませた一行は天海と静佳も合流して花火をする川へと向かっていた。人工的に作られた川べりはそれなりの広さを持っているため、ここでなら花火が可能になっていた。もちろん住宅地も近い川なので打ち上げ花火は禁止となっている。子供の頃はもっと自然の川っぽかったが、汚い水だったのを思い出す周人はいい方向に変わったと思いながらもどこか寂しさも感じていた。月日の流れをまざまざと見せつけられた感じがしたからだ。階段を下りて河原に立ち、バケツに水を汲んで準備は整った。


「よし、と・・・じゃぁ始めようか」


周人の合図で十夜と千輝、そしてあの天都ですら子供のような目をして花火を始める。天海は静佳と一緒に楽しみ、翔と天音が仲よさげに花火に火を点けていた。進はそんな天音を見つつため息をつくしかない。今日の夕食の際も天音はほとんど翔の傍にいたほどだ、その恋心は本物なのだろう。消えた花火をバケツに浸けた瞬間、ズボンのポケットに入れていたスマホが軽快なメロディを奏でだしたためにあわててそれを取り出した。


「おいおい・・・電話は・・・」


それはメールではなく着信だった。それも相手はこころだ。あわててその場を離れる進は電話に出る。


「も、もしもし?」

『ゴメン、電話して・・・でも・・・』

「いいって、どうした?」

『今日ね、飲み会だったんだけど・・・なんか怖くて、ね』


不安なのか声が震えていた。何かあったのかと思うが、周囲の音もないことから帰宅していると推測する。


「今は家?」

『うん・・・ゴメンね?』

「いいさ。こっちはね、今、花火してる」

『花火かぁ、いいなぁ』

「何があったの?」


そう聞かれたこころは黙り込んだが、数秒後に勇気を振り絞って飲み会での出来事を話し始めた。飲み会自体は気の知れた教師ばかりだったので問題はなかった。二次会に誘われたものの、この間のこともあって断って帰ろうとしたところ、酔った品川にかなり強引に誘われていた。それも断ったこころだが、偶然かわざとか抱き着くようにしてきた品川を突き飛ばして帰って来たのだと言う。恐怖心からメールではなく電話をしてしまったことを後悔していたこころをなだめ、進は優しく慰めた。


「大丈夫だから。帰ったら、どっか行こうぜ」

『じゃぁ・・・・・プール、とか?』

「いいぞ」


なんでもOKするつもりだった。そうしなければならないという義務感があったからだ。こころはその言葉を聞いて少し笑ったようで、声も少しだけ元気になっていた。


『ありがと、チューしてあげる』

「いや、だからそれ、教師の言葉じゃないって」

『あはは・・・・じゃあ、花火もしたいな』

「しよう」

『うん!』


まるで少女のような声でそう言うこころを可愛いと思ってしまう。恋人同士のような会話をしている自覚もなく、進は薄く微笑むと川の上流へと目をやった。


『ありがとう・・・もう大丈夫』

「そっか。まぁ、緊急事態なら電話もありで」

『よーし、じゃぁ毎日緊急事態にあやかろう』

「それは無し!」


そう言って笑い合う。進はそれが心地よかった。


『じゃぁ切るね?』

「ああ」

『メールする、明日は・・・』

「待ってる」

『うん、おやすみ』

「ああ、おやすみなさい」


そう言って電話を切ってみんなのいる方へと向いた進が2メートルほど飛び上がる。それは比喩であったが、比喩でもない。実際にかなりの高さを飛び上がったからだ。


「へぇ・・・・お前、教師と付き合ってんだ?」


いつの間にかすぐ傍にいた十夜のニヤついた顔が怖い。進は暑さではない汗が背中を伝うのを感じつつ、十夜越しに向こうを見やる。どうやら来たのは十夜だけであり、天都は千輝と、天音は翔たちと一緒に天海の傍にいた。十牙は純と一緒に缶ビールを飲み、誠は周人と線香花火をしている。それを見てホッとした進は肩を組んで密着する十夜をどうするかを必死で考えていた。


「付き合ってない・・・ちょっと色々あって、それで」

「色々って?」

「う・・・」


目を細める十夜の楽しそうな顔に、これはへたな言い訳をしない方がいいとありのままを話して聞かせた。途端に神妙な顔つきになるのはさすがだ。相手の心理を読み、思考を読むのが武術家である。その話の真意、そして進の本気具合を見て取り、十夜は頷くだけで口を挟まなかった。


「なるほど、な」


全部を聞き、そこでようやく口を開く。


「PTSDかもな」

「そう思う・・・だから何とかしてやりたいと思うし、頼られてる以上はどうにかしないと」

「依存しちまってるんだろう、お前に」

「だろうな」

「あるいは惚れたか」

「・・・・それはないわ」


相手の心理を理解できない進は武術家として未熟なのか、それとも恋愛経験が未熟なのか。とにかく、今現在、こころは進に依存している。そして、恋もしていると確信できた。


「まぁ、お前が離脱してくれれば、天音ちゃんを口説きやすくはなる」

「・・・・俺は先生に恋してないぞ?」

「今は、な」

「・・・・これからもしない」


さっきの楽しそうだった会話、そして、そこに見えた感情は相手と同じだったと思う。無意識的にこころを恋人のポジションにしている、そんな風だった。


「まぁ当面の敵は翔さんだし、お前は眼中にない」

「ひでぇな」


そう言って笑う進だが、『気』も練れない自分が十夜や翔に勝つ見込みはない。勝負事で全てを決めようというのが武術家の悪い癖だが、勝ってこそ前に進める道もある。現に十夜は翔に勝って天音に告白しようと決めていた。それは自分の気持ちに対するけじめだ。今の実力をもってしても翔には及ばない。自分の中の鬼では翔の中の鬼には敵わない。ならば、より高みを目指すしかないのだ。


「翔さんこそライバルだからな・・・すべてにおいて」

「兄貴に勝てるヤツは1人だけだよ・・・俺やお前じゃ無理」

「ならば、あいつも超えてやる」


そう言う十夜が振り返る。まだ花火は続いているようで、天都と千輝が離れた場所を走り回って天音に怒られていた。それを優しく見つめる周人へと目をやり、十夜は進に向き直った。そうしてそちらに向けて歩き出した十夜がふと立ち止まって振り返った。


「その先生に告白されたら、どうする?」


その目に鋭さはないが、有無を言わせぬ迫力があった。だから進は素直に返事をした。


「俺が好きなのは天音だから」


その言葉に微笑み、十夜は何も言わずに立ちさった。進はバックライトの消えたスマホを見て、それをポケットにしまいこむ。あの怯えたこころの様子を思い出し、それを振り払うかのように頭を振ってから歩き始めた。


「悪い気がしなかった、迷うかもしれないとは言えないよな」


自分にそう言い、進は微笑んだ。本当は揺れている、そう思う。天音も好きだが、報われないその好きよりも好意を寄せられているこころの方に気持ちが揺らいでいた。だが、まだ好きではない、そう思う。進は駆けた。十夜を追い抜き、そして残り少なくなった花火を手にし、わざわざ天音の横に立ってその手にした花火から火をもらう。微笑む天音の表情に当てられながら、やはり好きなのは天音だと実感した。だからか、同じように火をもらいに来た十夜と笑顔のまま押し合いを続ける進の中に、大崎心という存在を否定しようとするモノがいることに気づこうともしない。天音の微笑む顔は可愛いと思う。かといってその天音の心の中を占めているのは兄の存在だ。鋼鉄のその扉をこじ開けるのは不可能かもしれない。けれど、十夜も進も恋を諦める気などない。心への揺れている気持ちを隠しつつ、今はこの笑顔を独占したいと思う進だった。

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