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晴れ!  作者: 夏みかん
第3章
15/52

セラミックガール 4

明日からの帰省に備えて準備をする由衣とそれを手伝う天海を横目に、天音は涼しいリビングで宿題を前に頭を抱えていた。昼間はリビングのクーラーしか稼働させないのが木戸家の方針であり、涼しい場所でないと捗らないとして天音がそこを陣取っているのだ。天都は窓を全開にした扇風機だけの自室で宿題を淡々とこなしていた。


「帰ってきたら宿題会でもしたら?」


キャリーバッグに着替えを詰める由衣の言葉に腕組みをして考え込む。確かにそれは妙案だが、人が集まるとは思えない。せいぜい七星程度だし、紅葉などとは会いたくもなかったからだ。一番いいのは天都のそれを丸写しすることなのだが、それをすれば由衣の雷が落ちるために不可能だった。仕方なく黙々と午前中を費やし、集中したせいか思ったよりも進むことができた。満足げになった天音は一旦部屋に帰ると宿題を置き、それから天都の部屋をノックした。すぐに返事があり、ドアを開けると自分のバッグに着替えを詰め込んでいる姿がそこにある。


「宿題は?」

「数学はもう終わった」

「・・・・・マジかよ」


自分が四苦八苦してようやく三分の一を終わらせたというのに、この男は同じ時間でそれを終わらせたという何という屈辱。


「見せないよ?」

「わかってるっ!」


嫌味でないのはわかったが、天音はそう怒鳴るとベッドに腰掛けた。


「天音は明日の準備はしたの?」

「昨日した」

「道着も入れた?」

「入れるわけないじゃん・・・インターハイ前に怪我したくないもん」

「そりゃそうか」


納得し、天都はゲームソフトをバッグに入れた。


「あんた、道着は?」

「なんで?」

十夜じゅうやの相手してあげなよ」

「ヤだよ」

「なんでさ?」

「殺されそうだもん」

「・・・・たしかに、ね」


意味ありげにそう言うが、日本剣道会において柳生十夜の存在は神である。他国の選手に押され気味になっていた現状を打破し、圧倒的強さをもって君臨する絶対王者は神以外の何者でもなかった。天才ではなく超天才、その異名に異存を唱える者もいない。天音よりも強く、本気になればかけるとも渡り合えるだろう。そんな十夜を頭に浮かべつつ、ゲーム機の充電をする天都を見やった天音は複雑そうな表情を浮かべて見せた。


「向こうでもゲーム?」

千輝せんきがしたいって、さ」

「ゲームゲーム、男ってホント子供ね」

「翔さんも最近始めたって、モンスターブレイカー4。だから十夜と進も入れて4人でしようってね」


その言葉に反応した天音はベッドの上を四つん這いで進む。キャミソールから覗く控えめな胸もお構いなしに。


「翔さんもしてんだ?」

「進がやってるのを見て興味もったらしいよ」

「一緒に出来るんだ?そのゲーム」

「・・・・不純な動機でやったらすぐ飽きるよ?」


呆れた顔をした天都にべーっと舌を出した天音はベッドを降りた。そのままドアへと向かう。


「明斗も時雄もしてるから、買ったら一緒に出来るけど?」

「・・・・買わない。すぐ飽きそうだし」


素っ気なくそう言うと部屋を出ていく。天都はそんな天音を見ずに明日の準備を進めていった。楽しみにしているだけあって、わくわくした気持ちを保ちながらもどこか漠然とした不安に駆られつつ。



9人乗りのワゴン車2台が軽快に高速道路を飛ばしていく。両方ともカムイのワゴン車だが、木戸家のそれはシルバーブレッドという新型車だ。10年乗り続けたワゴン車の調子が悪くなったこともあって、この春に買い替えたばかりだった。シンプルながらゆったりとした座席は子供が大きくても窮屈でないようにデザインされていた。対する佐々木家の車はアースライトと呼ばれる車種だ。車高が少し高めで奥行きもある大型タイプであり、ミカの独断で決まったその車は翔も利用していたためにガソリン代は折半になっている。燃費もよく、そしてスタイリッシュなため人気の車種でもある。そんな2台が高速を降り、地道に入る。ここから30分も行けば目的地となっていた。周人の実家と哲生の実家、そしてミカの実家は近所で物凄く近い。にもかかわらず、途中で2台は別れた。その理由が墓参りだったからだ。墓地に入った周人たちは駐車場に車を止めて先祖の眠る墓地に向かった。周人の祖父である鳳命ほうめいが眠るそこに参るのだ。車を降りた5人は昨日買っておいた花を用意し、線香を持って階段を上がって行く。大きなその墓地は山に沿う形で作られているためか、石段がかなりきつかった。暑さもあって疲れる中、ようやく墓の前に立つ。既に先日あたりに祖父母が来ていたのか、見た限り雑草もなく綺麗だ。少しの掃除をして花を供え、線香に火を灯す。順番に手を合わせて、最後に由衣と天海が手を合わせて墓参りは終わった。


「じゃぁ、爺ちゃん、また来年な」


周人は優しくそう言い、笑みを残してその場を去った。4年前に他界した鳳命は亡くなる前夜、普通に寝たまま、朝になっても起きてこないために見に行けば冷たくなっていたのだった。天都と天音にしても優しくて面白い曾爺ちゃんだったため、酷く泣いたものだ。そうして墓参りを終えて一路実家を目指す。車がギリギリ入る庭の駐車スペースに停車させて荷物を運びむために周人と天都が準備を始める中、車のエンジン音を聞いたせいか祖母である静佳がにこやかに出てきていた。


「ばーちゃん!」


真っ先に車を降りた天海が静佳に飛びつき、静佳はそれを抱きしめて抱え上げた。


「いらっしゃい!みーくん、重くなったねぇ、大きくなった証拠」

「いっぱい食べるよ!」

「そっかぁ、今日は何食べたい?」

「から揚げー」

「わかった。あとで買いに行こうね?」

「うん!」


まだ幼い孫にそう言い、それから由衣を見る。丁寧に頭を下げる由衣ににこやかな笑みを見せた後、これまた車から飛び降りた天音が嬉しそうにしながら静佳に駆け寄った。


「おばあちゃん!」

「天音、久しぶり。ますます可愛くなって」

「まぁね!」


自信満々にそう言う天音に苦笑する由衣だが、静佳はにこにこしたままだ。


「お母さんに似て美人だ」

「そんなに似てるかな?」

「うん、似てるよ」


そう言いながら2人が由衣を見るが、由衣は少し困った顔をするだけだった。そうしていると荷物を下ろすのを手伝っていた天都がやってくる。それを見た静佳は笑みを強くして天都を見やった。


「いらっしゃい、天都」

「うん。お邪魔します」

「変わらないようで、うれしい」

「うん」


天都は天都のままだった。年に2回しか会わないとはいえ、変化を見受けられない。外面も、内面も。


「いろいろうるさいけど、よろしく」


大きなバッグを担いだ周人の言葉に静佳は笑みを濃くした。そうして家の玄関を開ければ、そこには祖父の源斗げんとが待っていた。


「おー、みーくん!」


ほとんど強引に静佳から天海を抱き取ろうとしたが、天海がそれを拒否する。激しく落ち込む源斗は可愛く挨拶をしてきた天音を抱きしめようとしてするりとかわされた。


「僕でよければ」


そう言って両手を広げる天都に感動し、抱きしめにかかった源斗を華麗にスルーし、全員の笑いを取った天都がリビングに消える。心底寂しそうにする源斗は苦笑する由衣を見て表情を引き締めた。


「4日間、お邪魔します」

「大歓迎だよ。しかし相変わらず美人だなぁ」


そう言う源斗に苦笑する由衣を見つつ、周人も家に上がった。そうしてリビングが人であふれる。普段は源斗1人で占拠しているそこが今日は狭く感じるほどに。お昼がまだだった周人たちは静佳が用意してくれた素麺を食べてくつろぐ。この後、静佳と由衣、天海で買い物に行くことになっていた。


「ママ会は明日よね?」

「はい。ご迷惑をかけますが、天海をお願いします」

「みーくん、ばーちゃんと一緒にお風呂入るからね。いいよね?」

「そうしましょう。みーくんはいい子だから、全然迷惑じゃないよね?」

「うん!」


そう言い、静佳の横を陣取っている天海が嬉しそうに笑った。天海は静佳が大好きだった。それなりに近くに住んでいる由衣の母親の実那子みなこよりも。かといって実那子にも懐いている。ただ、天海にとって静佳は特別なようだった。


「お菓子も買おうね?」

「やったー!」


喜びつつ美味しそうに素麺を食べる。


「私もついて行こうっと」


天音の言葉に静佳は微笑むが、天都が疲れたような目を向ける。


「お菓子が欲しいんだってさ」

「違うよ!手伝いたいだけ!」

「いい子ぶっちゃって」


その言葉に天音から殺気がにじみ出る。それを感じた源斗は微笑み、周人は呆れた顔になった。


「来て早々喧嘩しない。天音は手伝いたいだけ。天都も、明日は手伝わせるからな」

「・・・はぁい」


周人の言葉は絶対なためか、天都はしぶしぶそう言う。それを見た天音がふふんと鼻で笑うが、もう殺気は消えていた。


「相変わらず天音は強いんだなぁ・・・・女の子だし、もう、そういうのも減ったかと思ったんだが」

「まぁ、強いよ」


普通にそう言う天音に感心した顔をする源斗がチラッと周人を見やるが、周人は素麺を食べていてその視線を無視していた。


「でも陸上でインターハイでしょ?凄いよね」


静佳の言葉に得意げな顔になる天音を見て冷ややかな視線を送る天都を見やった源斗が苦笑した。天都も変わっていないらしい。


「応援に行っちゃおうかしらね」

「来て来て!張り切っちゃうし」

「じゃぁ、お爺ちゃん置いて行っちゃおう」


その言葉にあわてる源斗にみんなが笑う。いつでも和気藹々の空気がここにある。結婚した当初から、いや、付き合っていた頃から変わらないこの空気に心底微笑む由衣は懐かしさを感じつつ同じ想いを抱いている静佳と顔を見合わせて微笑みあうのだった。



「明日は午前中はお墓参りね?」


日差しがきついためか、静佳は鍔広の白い帽子をかぶっていた。天海も帽子をかぶり、静佳と手をつないで歩いている。由衣は日差しもお構いなしのようで、似た感じの天音と並んでいた。


「はい」


毎回帰省時の決まりごとがこれだった。来た日に鳳命の墓参りに、そして翌日の午前中に夫婦だけで別の墓参りに行くのだ。明日は佐々木夫妻も同行するが、基本的に普段は2人きりである。


「ママ会は6時から?」


いつもそうなためか、静佳がそう言って由衣が頷く。何とか参加したい天音だが、それは不可能だ。


「みーくんはウチで、天音たちは哲生君の家の道場で宴会するみたい」

「みたいですね。一応ミカちゃんから聞いてますし、哲生さんにもよろしく言っておきました」

「私も哲也さんに言っておいたから。でも、仲良いよね?」

「え?」

「周人たち5人は結束力が違う。まぁ、あれだけのことがあったんだから。でもあなたたちも同じ。彼らを支えた女性たち5人の結束も彼らに勝るとも劣らないんだから」


その言葉に由衣は微笑んだ。それを見た天音はその笑みに周人のそれを重ねて見せる。やはり夫婦なせいか、そういう微笑が似ているのだ。


「結束って?」


天音の言葉に由衣は目で威圧するが、静佳は優しい笑みを浮かべている。


「本当の親友だけが持つ繋がり。天音もそう人を見つけないとね」

「本当の親友、かぁ」


そう言われれば確かにいない。七星にしても、谷口野乃花にしても本音をさらけ出せるほどの仲ではないからだ。しいて挙げるのならそれは天都だ。だが彼は親友ではない。


「だからお母さんたちは彼女たちだけの時間を持つのを許されてるの」

「なるほど」


確かにママ会に関しては周人も哲生も、あの柳生家の恐妻家、十牙じゅうがでさえも一つも文句を言っていない。逆に送り出すほどだ。


「でも私たちの悪口言ってるんだよぉ!」


そう言われた由衣が天音を睨むが、その目に怒りの光はなかった。静佳は小さく微笑むと天海の汗を拭いてあげた。目当ての大型スーパーはもう目の前だ。


「悪口も吐き出さなきゃ、天音たちに直接矛先が向くけど、いいの?」

「・・・・・ヤだ」


不貞腐れてそう言う天音に大笑いする静佳、苦笑する由衣。天海はわけもわからず笑い、天音はそんな天海の頭をぽんぽんとやってから歩き出すのだった。



その日の夕食は天海のリクエスト通りでから揚げとなった。由衣の作るものとは少し違う味付けは好評で、由衣はその味付けを静佳から教わった。源斗は上機嫌でビールを飲み、周人もそこそこ飲んでいる。自宅と空気が似ているせいか、天都にしても天音にしても気楽で居心地がいい空間だ。食事の後は各々入浴タイムとなる。天海は静佳と楽しい時間を過ごし、全員が風呂から上がった後でスイカを堪能する。甘くて冷たいスイカを頬張りつつ幸せを噛み締める天音だった。一方、佐々木家の夕食は焼き肉パーティーになっていた。近くに住むミカの両親も参加して、もう使用していない道場で盛大に盛り上がる。ミカのあまりに若々しい容姿に毎度毎度感服する哲生の父である哲也は、彼女の体内を流れる気にこそその童顔の秘訣があるのかと思うが、実はただの遺伝だ。ミカの母親も60歳ながらかなり若く見えている。そしてその遺伝子は今現在、進に受け継がれていた。


「悲願だった木戸無明流を凌駕し、いい孫に恵まれたことが嬉しい」


酔うと必ずそう言う哲也に哲生がうんざりし、進はため息をついた。確かに翔は超天才であり、実際に天音も天都も打ち破っている。周人とは本気でやり合うことが無かったが、それでも周人自身が自分の負けを認めるほどの実力を誇っていた。だが当の本人である翔はそう思っていない。たしかに木戸の血筋、次代の継承者たちには勝った、それは間違いない。だが、真なる勝利だと思っていない。その理由を理解しているだけに哲生は渋い顔をしているのだ。わいわい騒ぐ道場の隅の方に移動した進は酔った哲也が翔に絡んでいるのを見つつ、スマホを取り出す。メールの受信を告げるその表示を見てそれを開けば自然と笑みがこぼれた。それはこころからのメールだ。着いた時に無事の到着を連絡していたが、それに対する返事と教師ばかりの飲み会のことが書かれていた。どうやら明日、教師仲間で飲み会を開くようで、女性ばかりのはずが男性教師も参加するとか憂鬱らしい。慰めのメールを打ちつつ、最後に皮肉を込めて浮気はするなと送信する。するとすぐに返事が帰って来たために驚き、内容を見てさらに驚いた。


『わかってるよ、ダーリン!私はあなた一筋だから!』


ハートマークたっぷりのそのメールに何故か赤面してしまう。冗談を冗談で返してきただけなのに動揺している自分がいた。こそこそと返事を打つ進を見つつ、翔は自分の中の鬼が飢えを感じ始めていることを自覚するのだった。



来慣れた墓地を見上げ、周人は遠い目をしてみせる。あれから30年もの歳月が流れたことに感慨深さを感じずにはいられない。本気で愛した初めての女性が眠るここは、周人にとって苦い場所でしかなかった。そんな彼女が眠る場所に向かう。あの日以来、毎年必ず墓参りを行ってきた。それは結婚し、子供が出来ても欠かさない。そしてそれは由衣も同伴であり、2人だけで行う儀式のようにもなっていた。今回は哲生とミカも一緒であり、4人はその墓前に立つ。磯崎家之墓と記されたその前に。墓を掃除し、雑草を取り除き、花を供える。線香も差して周人が優しい手つきで水をかけていった。石には染み込まず流れ落ち、まるでそれは涙のように見えた。手を合わせて故人を偲ぶ。救えなかった、約束を破った罪悪感は一生消えることはないだろう。彼女を無残な姿に変えた張本人ももうこの世におらず、周人は閉じていた目を開いて由衣に場所を変わった。由衣もまた丁寧に水をかけ、手を合わせる。本当ならば自分のポジションにいたであろうその人を想い、そしてその人の想いを継いで今に至っていると思っている。何より、自分を見守ってくれていることのお礼を言い続けてもう何年になるだろうか。そうして由衣が哲生に変わり、そして最後にミカが手を合わせる。直接彼女を知っている3人とは違うが、それでも由衣は彼女のことを理解できていた。何故かはわからないが。


「また来年に来るよ」

「お正月に、来るね」


周人に続いてミカがそう言い、その場を離れる。優しい風が涼しさを運ぶのを心地よく感じつつ、哲生がふと墓石を振り返れば、そこに彼女の気配を感じたような気がして微笑んだ。


「またな」


4人は会話もなく墓地を後にする。あの夏から30年、人は変わった。だが心は変わらない。周人も由衣も彼女を大切に想い、哲生もミカも亡くなってもなお友達だと思っている。だからか、再度優しい風が吹く。それは彼女の匂いを運んできたかのようなさわやかな夏の風だった。

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