セラミックガール 2
今日もまた午後10時きっかりに電話が鳴った。この一週間、ずっと同じである。進は待ってましたとばかりに電話を手に取り、画面のボタンをスライドさせて電話に出た。
「目覚まし時計かってぐらい、正確ですよね」
『決めた時間は守るのが教師です』
そう言い、電話の向こうの心が笑っている。進は苦笑し、そして自分の心の声をそのまま心に聞かせてみせた。
「教師が生徒に毎晩電話ってのもどうかと思いますが?」
『だってぇ・・・なんかまだ不安なんだもん』
その言葉に苦笑しつつも頷くしかない。あの襲われた日以降、心と進はこうして毎晩電話をしていた。理由は今さっき心が言った言葉だ。心は1人でいることが不安でたまらなかったのだ。夜道を歩くことも怖く、少し遅くなった際はタクシーを利用するようになったほどに。出費よりも恐怖が勝った結果だが、やはりその心の傷は進が思っていた以上に深く大きいのかもしれない。
『でも学校じゃそういう素振りは見せないんだし、そこは褒めてもいいんじゃない?』
「いや、それ普通だから」
『えぇ~!傷つくなぁ』
子供のような言い方に笑う進のせいか、心はふくれっ面を笑顔に変化させた。誰よりも落ち着くと思う。助けられたからだろうが、それでも進とこうして話をしているだけで癒されていくような気がしていた。確かに学校では普段通りの心であり、優しくも厳しい英語教師をやり遂げている。だが、毎晩のこの電話では甘えることが多かった。だから進は思う、昼間の心は今までの心を演じているのだと。恐怖を見せず、不安を隠して。
『夏休みになったらさ、また泊まりにこれないかな?』
「だから教師の言葉じゃねぇって」
『・・・なら中退して生徒じゃなくなってよ!』
「ムチャクチャ言うなぁ」
呆れた声でそう言うが、心のそれは本気だった。はっきりいって進に恋をしてしまった自分を自覚している。今まで好きになった人は2人しかおらず、どれも恋人関係に発展しなかった。2人とも彼女がいる人を好きになったからだ。だが今度の相手は彼女こそいないものの、生徒である。最悪はあと1年半ほど我慢すれば進は卒業となるが、それまでに進に彼女ができればジ・エンドなのだ。
「でもま、一回ぐらいならアリかな」
『ホント!?やった!じゃぁ、7月の終わりかな?』
「早いな・・・でも7月は無理かもな。田舎に帰るし」
『えぇ~・・・・何日ぐらい?』
なんでそこまで知りたがるのかと思うが、進は素直に返事をする。
「4日の予定、3泊4日」
『じゃぁ、帰ってきてからの週末、ね?』
なんて可愛い甘えた声をを出すのかと思う。まるで恋人同士になったのではないかという錯覚さえ起こす中、それでも進は冷静だった。天音を好きでいるから、というのもその理由の1つだろうが、やはりあの怯えきった心を見ているせいか、甘えさせてやりたいと純粋に思っているからというのが大きかった。少なくとも進には心に好かれているという自覚がないこともその大きな要因となっているのだろう。
「わかった」
『お土産も期待してる』
「そっちはどうなのさ?」
『どうって?』
「帰省とかしないの?」
そこで心が黙り込む。悪いことを聞いたのかとドキドキする進だが、とりあえず返事を待つことにした。
『両親はいないの。5年前に事故でね・・・姉がいるけど、疎遠だし』
「そっか」
『だからかな、結婚願望は強いのよね・・・相手いないけど』
そう言って心はハッとなった。進も黙り込んだままであり、まるで自分が進と結婚したいと言わんばかりだった言葉に慌てふためき、足先から頭頂部まで真っ赤になってしまった。
『違うからねっ!そういうつもりじゃないから!勘違いなしでっ!ホントにっ!』
焦りまくる心を可愛いと思う反面、学校でのクールさはどこに行ったと思う。いつも明るく、それでいて厳しくクールな面も持つ心がこうも可愛い面を持っていると知っている人間は学校関係者で自分だけだと思うと優越感も湧いてきた。
「わかってるって。落ち着けよ・・・普段の鋼鉄のクールさはどこいった?」
『・・・・だってぇ・・・』
「とにかく土産は買うけど、期待なしで」
『うん!』
土産と聞いて元気になったのか、大きな声でそう言われた進は耳が痛いのも我慢しつつ苦笑を漏らした。
「あとさ、帰省中はメールだけね、電話はなし」
『えぇ~・・・』
あからさまに不満を口にした心に呆れつつ、ここは一つ現実を見せておかねばと進は少しモヤモヤする気持ちを抑えつつ言葉を発した。
「彼女じゃねぇんだし、そこは自粛!」
その言葉を聞いて心が黙り込んだ。そう、これが現実だ。進とは教師と生徒の関係でしかない。あとは助けられた者と恩人という関係か。確かに2人は恋人関係ではないのだ。まざまざと見せつけられた現実にへこみつつ、心は進に聞こえるように声を出した。
『わかった』
物凄く不満そうだが、納得はしてくれたようだ。だが、進としては心の自分への依存度の強さを再認識させられていた。ただ今は彼女のケアを第一に考えている。大崎心という人間は自分が思っている以上に脆い心の持ち主なのだと悟ったからだ。
『そのかわりお土産は奮発してね?』
「わかったよ。じゃぁ戸締りしっかりな?」
『うん、おやすみ』
「ああ、おやすみ」
これぞ恋人同士のような挨拶で電話を終えた進はスマホをベッドの上に置いた。こういうのも悪くないと思う反面、こんな会話に憧れていたことを思い出す。いっそのこと心を好きになればと思うが、それはそれで新しい悩みと複雑さに突入するのは目に見えている。目下の恋愛対象は自分をただの幼馴染としか思っておらず、ライバルは全てにおいて自分を上回る兄なのだから。
「先生、俺のこと好きなのかな?・・・・なんてな」
自分で言っておいてそれを否定した。それが正解だとは気付かずに。そして心は切れたスマホを握りしめて大きなため息をつく。日に日に好きだという気持ちが大きくなっていると思う。救われたからだと、それは一時的な錯覚だと思うものの、毎日の電話でも優しい進にどんどん惹かれている自分がいた。教師だから、ではなく、年上だからという気持ちの方が大きなネックになっていると思うほどに。
「勘違いだと、思いたくないよぉ・・・」
もう止められない気持ちはどんどん加速していく。それでもあと4日で夏休み、それまではせめて学校にいる間は毅然とした態度で臨むよう自分に言い聞かせてから戸締りに向かうのだった。
*
繁華街の居酒屋は週末とあってかなりの混雑を見せていた。夏となってビールが美味しい季節になったのも関係しているためか、店員が慌ただしく行き交い、あちこちで注文が飛んでいた。そんな騒がしい中、対面で座る2人の男は生ビールのジョッキとわずかながらの焼き鳥を前にしている状態だった。
「天音ちゃんの地区予選は明日か・・・見に行きたいところだなぁ」
ジョッキを手にそう微笑む男はどこか軽そうな感じのする中年だ。短い髪を横に流すなかなかのイケメンはグラビア撮影の演出家としても有名だったが、もう1つ有名な肩書を持っている。佐々木流合気柔術道場の経営者としての肩書を。道場もかなり繁盛している。しかしそれでも自宅の道場とこの今いる桜ノ宮にあるビルの一角を占めている支部道場の2つしか存在しておらず、経営戦略的に全国展開するほどの規模ではないと判断してのこの2道場を保っているのだ。なにより、道場を任せられる人材がいないのもまたその要因の1つだった。本部は息子の翔が取締り、支部は三宅浩二に任せている。自分は2つの道場の経営をする傍ら、大学時代からしていたモデルの縁もあって、今ではグラビア撮影の演出家としてあちこちで引っ張りだこになっているのだった。
「行くならインターハイにしてやれよ、大阪だけど」
そう言って空になったジョッキのおかわりを通りかかった店員に注文し、ここでようやく本格的に食べ物をオーダーしようとメニューを開いたのは今日、ここに佐々木哲生を呼び出した木戸周人である。ビールを運んできた店員に何品かを注文し終え、それからようやく今日の本題に入った。
「実はな、先日、とある情報が俺のメールに飛んできた」
「ほぉ」
生まれた時からの付き合いなせいか、その言い方でどういう感じの情報かが分かってしまう。哲生はあえて深刻そうな顔をせず、ビールを飲みながら周人の言葉の続きを待つ。
「差出人は登録もされていない、名無しさんだったが・・・・アドレスが破滅の魔女、だったよ」
苦笑してそう言う周人とは違い、哲生が真面目な顔になってジョッキを置いた。破滅の魔女、その名を聞くのは20年ぶりぐらいだろうか。あの首都圏ビル爆破事件の終了以来、会ってもいないし連絡すら取っていない。どこで何をしているのかすらもわからない状態にあった。
「懐かしい名前だけど、相変わらずなのな」
日本の裏社会に関わるあらゆる情報源を持つその女性は政府が欲しがるほどの能力とネットワークを有していた。だからかどうかはわからないが、20数年前に政府の高官と結婚して子供をもうけて幸せな家庭を築いていた。その夫がかつて裏社会を統制していた『キング』の後継者で木戸無双流の継承者である木戸百零こと『ゼロ』を擁立し、さらには『キング』のクローンを作ろうとしたリジェネレイト計画を立案、実行しようとした人物であったのは、周人と哲生が『ゼロ』たちを倒した事件によって知っている。その人物がその事件後、更迭されて地方に飛ばされたことも。それ以来、彼女とは接点もなかった。
「で、彼女がなにを?」
「『キング』、『ゼロ』に続く第三の存在を政府が作り上げたらしい・・・『ゴッド』だとか」
その言葉にやれやれといった顔をした哲生は来たばかりの串カツにがっついた。
「王にゼロに神様とは・・・センスねぇな、『キング』以外は」
哲生の言葉に同意したのか、周人もまた苦笑した。
「それと、その『ゴッド』は木戸無双流を扱うらしい・・・・無双流だけじゃなく、暗殺術全てを、かな」
「ほぉ、興味深いね」
ニヤリと笑う哲生もまた知っている。木戸無双流はもう断絶したことを。そしてその技を使える人間がこの世でたった1人だけになったことも。
「それと、彼女ですらよく掴めなかった計画もあるとか・・・・」
「とんでもない話だな」
あの破滅の魔女が掴めない情報となれば、その秘匿性は最大級なのだろう。
「それをお前に伝えた意図はなんだろうな・・・ってか、そのメール見せてくれよ」
「もう消した。そういう指示だったからな」
「よっぽどな情報、だったわけな」
「で、お前を今日誘ったのは、お前の意見を聞きたかったからだ。十牙や誠たちにも言うかどうかだが、あの『ゼロ』に関わったのはお前だけだしな」
その言葉に顔を引き締めた。政府に睨まれているのは何も周人たち家族だけではないのだ。『キング』を倒した周人は最も警戒すべき人物であると同時に『ゼロ』たち一味を倒したという2重の戦犯でもある。そしてそれらすべてに加担した哲生もまた警戒されてもおかしくない人物なのだから。
「無双流とくれば、因縁は大きいなぁ・・・でも流派は途絶えて、彼は子供ができても技すら教えないって言ったんだろう?」
先代の無双流の継承者である木戸百零の父親と、その双子の弟である男も既に他界している。だからその技を正統に継げる存在はその弟の息子しかいないのだが、彼は彼でまともな技も使えないでいる。だから、技も精神も名も継がすことはないと周人に断言していた。事実上、木戸無双流はもう完全に途絶えたと言っていいだろう。なのに今、まだ無双流を扱う者がいる。となれば、それがどういった経緯で伝わったのか問題だった。
「『ゼロ』の亡霊、かもな」
ポツリとそう呟く周人に哲生は笑った。だからか、周人は怪訝な顔をして哲生の顔を見やる。家族に危険が迫る可能性もあるだろう。だからこそ、破滅の魔女はあのメールをよこしたのだ。警告するために。
「笑ってる場合か?」
「まぁな」
「俺たちはまた警戒されるぞ?」
「いいんじゃないか?」
「なんでだよ?」
ムッとした顔をする周人だが、哲生にもその心情は理解できる。今の周人も哲生も、『ゼロ』と戦ったあの頃に比べれば半分の強さも維持していない。ただ培った勘や修羅場の数で体が反応し、技が出せるという強みがあるだけ。そして歳を取ったからこその熟練した上手さが衰えを補っているのだ。つまり、若く修羅場をくぐった人間を前にすれば、命を落としかねない。特に現役を退いた哲生などはもう全盛期の面影がないほどに衰えているのだから。なのにこの余裕は腹立たしい。
「かつてのお前は『キング』に対抗しうる存在、まぁ、カウンターってか?」
誰も倒すことが出来ない存在を倒した周人は『キング』にとって最大障壁だったのだろう。それはまさしく敵であり、宿縁の相手であり、そして自分を倒せるただ1人の存在でもあった。誰においても想定外の存在だったろう。
「『ゼロ』に対するそれが俺だった・・・まぁ、お前には因縁の相手がいたからな」
2度戦い、勝利した相手、ゾルディアック・アーロン。あの男もまた確かに宿縁の相手だった。
「だから?」
話の先が見えず、周人は一旦ビールを口にする。哲生は出し巻たまごに箸をのばしながら言葉を続けた。
「今、『ゴッド』ってのがどの程度のもんか知らない。けど、それに対抗できるカウンターもまた存在してるって話」
その言葉に周人の表情が和らいだ。次代の王、神だが知らないが、確かにそれに対抗できる存在もまた確実に育っていた。
「次世代は育っている、いや、誕生した。神でも王でも、それを倒せる存在はいるんだ」
「そうだな」
「どの時代にもそういう者はいる。俺たちがそうだったみたいに、どんな運命の巡り会わせで出会うかはわからんけど、それでもそうなった時、そいつらがどうにかするように世の中なってるさ」
哲生はそう言い、たまごを食べる。程よく染み込んだ出汁が格別だった。周人もそれに倣って食べるとビールを飲む。
「新時代の魔獣、か」
「そういうこと」
これでこの話は終わる。あとは来週に迫った帰省の話に変わっていった。一緒に帰省することや、ママ会のこと、そしてそれと並行して行われる食事会のことも。
「誠ん家と純のとこの子供は部活の合宿らしい。十牙んとこの2人は参加だとさ」
「そういや十夜君は天音と手合せしたいって言ってたけど、インターハイもあるし無理だなぁ・・・」
「大事なオリンピック候補に怪我させられないしな・・・まぁ、大事な子、だろうけど」
それは周人に対しての言葉か、それとも十夜に対する言葉か。
「ミカたちのママ会は例によって夜中までだろうし・・・天海君もいるからほどほどになるな」
「最悪はお前ん家の道場に布団敷いて寝るか?」
「純や誠たちは帰るもの大変だからそうさせてくれって。まぁ毎回そうだしな」
「そうだな」
「仕事の方はいいのか?」
「ああ。俺の仕事は監督ぐらいだし、事故でも起こらない限りは大丈夫」
「工場長ってのはお気楽なのか?」
「各セクションの責任者が優秀なんだよ。みんなも休んでもいいって言ってくれてな」
「頼れる工場長ってわけか」
苦笑する2人。演出家の哲生の仕事は融通が利くし、道場は浩二と相談して7月末は休みにしている。浩二は浩二で家族旅行として北海道に行く旨も聞いている。息子2人を大自然に触れさせたいと言う妻の願いを聞き入れた結果、義妹の家にやっかいになることを決めたのだ。
「でも、来年はどうなるかわからんなぁ」
残ったビールを飲み干しながらぽつりと周人がそう呟く。新たに何か注文しようとメニューを取った哲生が意味ありげな表情を浮かべつつ周人に質問を投げた。
「なんだ?離婚でもされそうなのか?」
「ないから・・・それに帰るのは俺の実家だぞ?離婚しても帰省はするだろ?」
真っ先に離婚を否定した周人にニヤニヤした顔を向けた。なんだかんだでここの夫婦は円満だ。なにより、運命の相手なのだ、離婚などありえない。
「じゃぁ、なに?」
「次期社長から、副社長にって話が来ててな・・・今も取締役っちゃそうなんだよ、裏の肩書は」
周人は知る人ぞ知る常務取締役兼務の工場長だった。肩書上は工場長なのだが、ちゃんとした取締役でもある。本社に栄転という話もずっと来ているが、現場主義者の周人の意向や工場内部の反対もあって今に至っている。若い者たちにとって周人はただの工場長なのだが、同じ年代の人間にすればいつでも上層部に食い込むことができる異端児にしか過ぎなかった。それでも周人の持つ個人的なパイプの太さは会社にとってもかなり大きい。各海外支部の上層部からは懇意にされており、また国内有数の家電メーカーの社長とも面識があった。なによりアメリカ最大手の自動車メーカーであるクロスフォード社との個人的繋がりもあるせいか、その影響力は計り知れないものになっていた。それもあってあらゆる派閥から声を掛けられていた周人はその派閥に属することなく、今に至っていた。そして同じく派閥を持たない次期社長の遠藤修治共々、いずれは経営の根底に関わると噂されている。
「カムイの副社長?そりゃすごいな・・・」
本心が口から出た。国内最大の自動車産業メーカーの副社長、その肩書の大きさはただのグラビア演出家の哲生にしてみれば想像もできないものだった。
「断ろうと思ってるんだけど・・・」
「もったいないなぁ」
「でも、噂を聞いていろんな人から是非にってさ」
「ならそうしろよ」
「本社勤務となれば、通えないこともないけどしんどいぞ?」
「重役出勤、あるだろ?」
「テレビドラマじゃねぇって」
苦笑する周人を見やる哲生だが、こうまでとんとん拍子に出世する周人こそテレビドラマの主人公だと思うのだった。




