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晴れ!  作者: 夏みかん
第3章
12/52

セラミックガール 1

夏の暑い空気よりも熱い熱気が道場に充満していた。早朝に関わらず、まぶしい陽光が道場の一部を明るく照らす中、道着姿の男が息も荒く座っていた。その向かい側に座っている男もまた息は荒いものの、疲れはそうみえないでいる。道着の男は向かい側に座る少々変わった道着のその男に一礼し、それからよろめきつつ近づいてきた。


「木戸さん・・・本当に鍛えてないんですか?」

「そりゃ、そんな暇ないからね」


中年2人、そう言って笑いあった。道着の男はここではない、繁華街のビルの一角に道場を構える佐々木流合気柔術の桜ノ宮道場の師範にして佐々木流の最高師範でもある。経営に専念した当主の佐々木哲生から直に命を受けてその身分にふさわしい実力を持ち、超天才である佐々木翔と互角に戦える数少ない人物でもある三宅浩二みやけこうじだ。そんな浩二が本気になってもなお勝てない変わった道着の相手こそ、木戸周人であった。47歳ながら衰えを知らぬその実力は健在であるものの、サラリーマンとして生きているために練習や鍛錬とは縁がない状態にあった。それこそ、ちょっとした筋トレを中年太り対策で行っている程度でしかない。にもかかわらず、その強さに衰えがないなどとはもはや異常だ。相手の思考を読むことが出来る遺伝子的に変異した特殊能力を持つ浩二が勝てないなど、ありえないことなのだ。だが、周人はかつての動きこそもう出来ないまでも、熟練した技と培われた勘で浩二の攻撃をしのいで反撃に転じていた。年に1回か2回程度、こうして拳を交えてからもう20年近くになるものの、浩二が勝利したのはわずかに4回だけだった。ずっと鍛えている浩二でこれなのだ、その強さに翳りが無いのは明白だ。


「来週には田舎に帰るんでね、色々腕試しをしたかったんだ・・・悪かったね、付き合わせて」

「いえ・・・いい勉強にもなります」

「君とこうして戦えることがすごく幸せだよ」


周人はそう言い、優しい笑みを浮かべてみせる。


「天音ちゃんや天都君と戦わないんですか?」


その浩二の言葉に苦笑する。周人は道場の隅に置いてあるタオルを手に取ると浩二の分も取って近くに座った。タオルを受け取って礼を言う浩二に笑みを返し、周人は大きくふうと息を吐いた。


「天音は攻撃が軽い・・・天都はまぁ、アレだし、たまにね」


その言葉に苦笑し、浩二は去年天音と戦った記憶を呼び覚ました。女子高生とは思えぬ強さは持っていたが、そう言われるほど攻撃が軽かったとは思えない。奥義も全て使いこなす天音にはまだ負けずにいたものの、今にも追い抜かれそうな気がしていた。それほど天音の強さは桁違いなのだ。


「でも若いってのは凄いね・・・吸収が半端ないよ」


そう言って微笑む周人を見て浩二も微笑む。天音の強さには底が無い。まだまだ強くなると思う。それほどの才能を秘めていた。


「あっちに行ったら、十夜じゅうやが天音と手合せを待ってるらしい」

「柳生の後継者に見初められるとは、さすが天音ちゃん」

「ああいう化け物とやりあって、それで本当に強くなるからね」

「時には自信を失いかけますけどね」


そう言って自分をじとっと見据える浩二に苦笑し、周人は額の汗をタオルで拭いた。体の火照りが冷め、夏の暑さで汗がにじみ出てくる。


「皆さんによろしくお伝えください」

「ママ会とかで主婦たちは忙しいみたいだけどね」


その言葉に笑う浩二だが、周人はやれやれとばかりに頭を掻いている。毎年2回、お盆と正月の帰省時には仲間の嫁たちが集結して豪快に語り合うのだ、一晩かけて。それがいわゆるママ会だった。


「パパ会は?」

「こぶ付きで呑み会はなぁ」

「天海君も幼いですしね」


苦笑しあうが、哲生の実家で子供たちも含めての宴会がママ会の裏で行われている。主に誰かさんの家庭の愚痴大会になっていたが。


「君は、どうするんだい?」

「奥さんの妹さんのところに行きます。来い来いうるさく言われてまして、それで」


その言葉に周人は優しく微笑んだ。浩二の妻であるめぐみとは20歳の頃からの付き合いだ。そしてその妹である亜佐美あさみは結婚して北海道に住んでいる。


「滝さんにもよろしく言っておいてくれ」

「また木戸さんの武勇伝、聞かされますけど」

「適当に流しておいてくれればいい」


困った顔をする周人を見て笑みが漏れる。亜佐美はその昔、元彼に拉致監禁されて暴行を受け、その際に周人に救われた過去を持つ。その際に面倒を見たのが闇医者として非合法な治療を行っていた滝修治だった。当時女子高生だった亜佐美だが、大学時代に偶然に滝と再会して何故か交際に至り、その後結婚して北海道に渡っていた。向こうで地方の医者になった滝を支えつつ幸せに暮らしているのだった。そして滝は魔獣時代の周人を知る人物でもある。だからか、三宅一家がお邪魔をした際にはそういう話になるのが常だった。


「北海道かぁ、そこもいいかもなぁ」


来年の家族旅行に関しては家族の意見がまとまっていない。天音は波島を希望し、天都はハワイを希望していた。由衣に至っては天音に賛同しつつあり、周人は気候のいい場所を求めているためにまったく話が進まずにいたのだ。


「波島には波島に・・・・北海道には北海道で昔の知り合いがいるってのもなぁ」


頭を掻くしかない周人の思考を読んで苦笑する浩二だが、周人の中にある一つの不安要素を読み取って複雑な気持ちになっていく。だがそれは決して顔にも雰囲気も出さず、浩二は暑い夏の空気を感じながら額を流れる汗を拭き取るのだった。



返却されたテスト用紙を見てニヤニヤする天音は勉強会の成果をまざまざと見せつけられてほくそ笑んでいた。わずかな時間でこうも成果を挙げられる自分が天才になった気持ちになる。平均点以上を全教科で取れたのは初めての事であり、そして偉大なる実績となった。これで明日からのインターハイ予選に万全の態勢で挑むことができる。明日は地区予選、明後日が県予選となっていた。そしてお盆前に開催されるインターハイで優勝することが目標であり、今はただそれしか興味はない。来週は父方の田舎へ帰ることにもなっているためか、気合も入った。何故ならば、そこには自分の腕を振るうにふさわしい相手がごろごろいるからだ。かといってインターハイ出場が決まれば腕試しもできないだろう。怪我などしては意味がないからである。特に柳生家の男2人は怪物だった。兄の十夜は剣道の世界チャンピオンであり、弟の千輝せんきは兄には劣るがそれ以外の者には負け知らず。才能も実力も持つ柳生兄弟は年も似通っているために目下お互いが最大のライバルでもあった。


「天音ちゃん、どうだった?」


同じクラスの結城七星が近づいてきた。天音は最高のドヤ顔で七星を見やると机の上に全部の答案用紙を並べてみせた。


「全て平均以上!もう最高!」

「凄いね!」


そう言って喜ぶ七星は全て80点以上を取っていたが、それは黙っておく。その様子を見ていたのはズレた赤い眼鏡を人差し指で直す笠松紅葉だった。勉強会をしたにも関わらず、何故か3教科で平均以下の得点になっていた。ヤマが外れたのではなく、応用問題ができなかった末路だった。だからか、そそくさと帰り支度をして教室を出る。あの天音に負けたのが悔しい上に屈辱だったからだ。


「へぇ、やるじゃん!勉強会の効果ありだね」


谷口野乃花の声ににんまりと微笑んだ天音だが、その向こうで男子と談笑している中原南を見てため息をついた。夏本番を直前に、また新しい男子をターゲットにしたらしい。既に深い関係にあるボーイフレンドが7人もいるというのに、だ。嫌悪感はあれど、そういう面を見せはしてもひけらかさないだけに天音も友達という線しか引かない関係を保っている。そうして放課後となって天音は部活へ向かった。明日のことがあるだけに、今日は軽めの調整で終わることになっていた。それこそ出る意味があるのかと思うほどに。


「明日は9時に会場入りだ。土曜日だといっても寝坊するな。早めに寝て体調は万全に!」


顧問で監督の品川恭治の怒鳴り声に全員がいい返事をする。軽いランニングをする天音は明日の出場を前に気合が入る下村明斗の横に並んだ。


「上々?」

「ああ」


鋭い目つきから気合が入っているのがわかった。オリンピックにはさほど興味はなくとも、インターハイにはあるようだ。そんな変わった思考を持つ明斗にふとある疑問を抱いた天音はペースを合わせつつその質問を投げることにした。


「テスト、どうだった?」


その言葉に少しだけ顔を動かすものの、前を見たままでいる。


「知ってどうする?」

「んんー・・・・・・・・どうもしない」


悩んで出した言葉がそれかと苦笑が漏れた。こういう天音は素直であり、好感を得る。


「オール95点だった・・・全部が95点ってどういうことだって担任に言われたよ」

「マジでどういうことなんだか」


呆れたのか感心したのか、天音はそう言うしかなかった。明斗はどのテストでも学年でトップ3に入っている。天都もまた明斗に劣りつつも20番以内に入ることが多かった。ゲーム仲間でゲームばかりしているくせにと思うものの、根本的な頭の差にがっくりしてしまう。これで運動神経もよくて頭もいいとなれば、それはモテるわけだと思った。


「木戸さんは?」


不意にそう言われて目をぱちくりさせる。こういう表情が物凄く可愛く見えるものの、その性格が魅力を半減させていた。


「まぁ、平均以上は取ったよ」

「勉強会した甲斐ありだな?」

「かもね」


本当は感謝している。けれどどうにも素直になれない。自身が恋をしている佐々木翔にも、この明斗にも。


「2学期もまたすればいいさ」

「・・・だね」

「なんならみっちり教えてやるけど?」


その言い方に目を細めてみせる。明斗は苦笑し、それから少しだけペースを上げた。


「なんか言い方がエロ親父みたいだった」


天音の仏頂面と口調に噴き出す明斗が珍しい。天音もまた笑みを見せ、そのまま2人がトラックを駆けて行った。それを見つめる品川は2人の仕上がりに満足している。地区予選や県予選程度では、よほどのアクシデントでもない限り負ける要素はない。そう思いながら腕組みをしてみせた。インターハイに出場し、その成績如何ではオリンピックも見えてくる。そうなれば、自分にも取材が多く舞い込んでくるだろう。これまでも明斗や天音の成績で取材を受けたことがある。校長からの評価も高い。


「出来る男をアピールして・・・・大崎先生に認められたい」


心の本音を思わず口に出すが、傍には誰もいない。だからか、品川はあからさまに難しい顔をして地面を見つめ続けた。頭に浮かぶのはここ最近の大崎心の表情だ。職員室の席が隣のせいか、よく話はしている。だが、ここ最近のこころは上の空になることが多かった。夏休みを目前に控えたため、ではないのは明白だ。原因もなんとなく分かってはいる。そう、おそらくだが、あれは恋だろう。何故ならば、学校ではそれを見せないものの、品川もまた家では同じだったからだ。悶々とした気持ちを抱え、それでも学校で仲良く出来た日はテンションも上がる。だが、誰かと一緒にいる心を想像してイライラしたりヤキモキしたりする。まさにそれは今の心の状態だった。しかも、これは勘だがこころの恋の相手は禁断の相手だろう。そう、佐々木進。2年生にして帰宅部、そして童顔の悪がきだ。成績こそそこそこだが素行があまりよろしくない。さぼりや仮病はないものの、教師に対する態度や生徒間同士でのいざこざが多いのだ。そんな中学生や小学生みたいな容姿の男にこころが恋をしたとは思えない。だが、自分がこころを追いかけているせいか、こころと進が話をする場面に出くわすことがここ最近で急増している。進はまだ普通だが、こころはどこかぎこちがなかった。話し終えた後ではため息をついたり、にこにこしたりと情緒不安定にも見える。だからこそ確信していた。


「教師が生徒に恋をするなど、あってはならない!」


熱血教師の理論か、品川は少し声を出してそうつぶやく。だが、これはチャンスだと囁く悪魔もまた自分の中にいた。証拠を掴んでこころを脅せばいい、そんな悪魔が。


「それこそ、人の道に外れる」


そういった黒い欲望を押さえつけ、品川は全員に集まるよう大声で号令をかけるのだった。



夏休み前の最大の難関とされていた期末テストも、木戸天都の前では障壁にもならなかった。毎度毎度いい成績をキープさせているせいか、ただの通過儀礼でしかない。鼻歌交じりに寄り道をする天都が不意に立ち止まったのは、いつも行くCDショップの中で知った顔を見つけたからだ。天都はゆっくりとその人物に近づいて行った。


「瀬尾さん!」


背後からそう声をかけられた瀬尾三葉は大きく体をビクつかせながら素早く振り返る。ショートカットの髪が翻り、天都の顔を見た途端に怯えた表情が一瞬で笑顔に変わった。


「もう、木戸先輩かぁ・・・ビックリしましたよぉ」

「あはは、ゴメンゴメン」

「先輩も買い物ですか?」


すっかり笑顔になったその表情を可愛いと思うのはやはり2人で勉強会を開いたせいだろうか。以前よりもずっと大きな認識に変化していた。


「買い物ってか、見に来ただけ」

「そうなんですか」

「今日は手伝いなし?」

「今日は臨時休業なんです。たまには休みが欲しいとかで、桜ノ宮に羽を伸ばしに行ったみたい」


その言葉に苦笑が漏れた。男っぽさを持った三葉の母親らしいと思う。自分の店だけにそういう面では融通が利くらしく、時々ストレスが満タンになった時に臨時定休日を設定して羽を伸ばすと三葉から聞いた。


「じゃぁ、夏休みはずっと手伝うの?」

「ずっとじゃないですけど、手伝いますよ」


にっこりほほ笑むその笑顔が眩しい。素直で純粋な笑顔に心惹かれていくほどに。


「また買いにいくよ。ウチでも好評だった、特に母さんが」

「先輩のお母さんってどんな人なんですか?」

「どんなって・・・・」

「あ、そうだ!どうせなら、フードコートに行きませんか?そこでおしゃべりしましょう?」

「そうだね」


三葉の提案をすんなり受け入れられる自分が不思議だった。内向的で、どちらかといえば女子が苦手だ。オタクだなんだと馬鹿にされ、出来る妹と比較されたせいか天都は他人を拒絶する部分を持っている。だが、三葉に関してはそれがない。勉強会をしたのも奇跡としかいいようのないほどに。明斗の強引さがあったとはいえ、断る時は断るのが天都だった。なのに今もこうして雑談しつつ並んで歩くことができる。ここで誰かに会ったとしても、三葉であれば嫌な顔1つしないことを理解しているからだろうか。三葉の好意に甘えているのだろうとも思う。だが、それでも何の抵抗もない。フードコートは休日以外では空いているせいか、ちらほらと同じ学校の女子生徒がいたが、気にせず2人は向かいあうようにして席に着いた。ジュースを買っただけのテーブルを挟んで。


「うちの母さんは・・・まぁ、美人だと思う。中身は鬼だけど」


その言葉に笑う三葉。どう受け取ったのかかはわからないが、純粋な笑顔に見えた。


「鬼なんですか?」

「怒ると、ね」

「それはウチも同じですよ」

「でもさ、あの天音が怯えるんだよ?」

「うーん、それは怖いですね・・・でも見てみたい」


ずっと笑顔が絶えないでいる。惹きつけられるその笑顔に、天都は心の中が温かくなるのを感じる。自然に話せ、自然に笑い合う。緊張もなく、退屈でもない。自然体のままでいられることが心地よかった。だからか、自分たちに向けられている視線にも気づかないで会話を弾ませていた。その視線の主は胸の前でギュッと右手の拳を握りしめる。心に湧く感情は嫉妬なのか羨望なのか、自分でもよくわかっていない。ただ、恋愛から来るものとは違う嫉妬だと自覚しているのは確かだった。自分にとって天都は心から何でも話せる友達だ。それこそ、誰にも言えないことも含めてさらけ出すことができるほどに。だからか、天都にとっての自分もそういう存在だと思い込んでいたのかもしれない。いや、そう思いたかった。だが現実はそうではない。女子を苦手にしているあの天都が楽しそうに話をしている、しかも積極的に。だからか、七星は睨むような視線を天都と、そして三葉に向けていた。天音がいたからという理由で自分を助けなかった天都が助けたという唯一の存在を否定したい気分だ。ずっと仲の良かった自分ですら助けなかったというのに。そう思う七星はイライラを募らせつつその場を立ち去った。


「いいもん」


そう呟くが、なにがいいのか分かっていない。自分は明斗が好きなのだから、だからもういい、そういう気持ちなのだろうか。天都には恋愛感情などない、友情だけ、そう思いつつ、どこか暗い表情の七星は深いため息をつくとショッピングモールを後にするのだった。

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