シーソーゲーム 4
午後4時になり、紅葉と南は用があるので帰り、その後30分ほどして野乃花が帰る。残った天音と明斗も5時過ぎには帰ることとなって帰宅の準備をしていた。そうして5時になり、門まで見送りに来てくれた七星に礼を言って去って行く明斗を見つめていた七星がバイバイと言って背を向けた天音を呼び止めた。今日、どうしても聞いておきたいことがあったのだが、他に人がいたために聞けなかっただけに今しかないと思ったのだ。明斗が遠ざかるのを見つつ、七星は振り返った天音に少しもじもじした態度を取る。こういう態度の時は七星にとって物凄く言いにくい話をするものだと知っている天音はそこではなく部屋に戻ろうと言い、七星もそれを了承して部屋に戻って向い合せで座った。
「あのさ・・・この間のこと、ありがとう」
「うん。もういいからさ、それは」
やはりその話かと思う天音だが、それは顔にも態度にも出さなかった。
「でね・・・・なんであの時、天都君は何もしなかったのかなって。少しぐらい、その・・・動いてくれてもよかったんじゃないかって思って。天都君も何も言わないし・・・瀬尾さんは助けたらしいのに、なんで私は無視したんだろうって」
少し涙目になったのはどういう意味か。天音は七星の気持ちが分からず、それを我が儘と認識しつつもその本心を聞き出すことにする。ここは一度はっきり話をした方がいいと感じたからだ。
「あのさ、七星は下村が好きなんだよね?」
その言葉に驚きつつも頷く。
「なんでわかるの?」
打ち明けたのは天都にだけのはずだ。女子に言えば噂が広がると思ってそうしなかった。天都には気が許した結果であり、天都がそういうことを言いふらさない人物だと理解しての告白だった。
「見てればわかる。あんたはわかりやすいって」
そう言って微笑む天音に困った顔をするが、嘘を言っているようにも見えずに素直にうなずいた。
「でもさ、天都には失望した。助けて欲しかったのにってこと?」
「うん」
「天都がそういうヤツだって知ってるじゃん?あいつが強くないことも」
「でも、あそこは男子が・・・」
そこで天音はため息をついた。やはりお嬢様なのだと実感する。ああいう場面では男が助けて当然と言う考えなのだろう。たとえ相手がどんな格上であったとしても。
「はっきり言うけど、それって七星の勝手な思い込みだよね?」
きつい言い方だが、これが天音だ。七星は少し俯き加減になりつつも目だけは逸らさなかった。
「でもね、天都1人だったら、絶対に七星を助けた、それは間違いないよ」
「なら、あの時は?」
「私がいたからね・・・私1人でどうにかなるやつらだったから何もしなかった。あえて何もしなかったんだよ・・・普通ならいいかっこするために自分が行った。でもね、天都はそうしなかった。そうせざるを得なかった理由があるの」
そこで七星は顔を上げる。そして思い出した。あの時の天都の顔を。
「何もしないなら徹底的に何もしない。助けることを放棄した自分が優しい声をかけるなんて甘っちょろいことはしないの、それがあいつなの」
「でも・・・」
「あいつが技をふるうのはね、誰かを守るため、自分を守るため。それも最小限に」
自分を守ることはせず、逃げることを選択をする。誰かを守れる存在が他にいるなら自分は何もしない。けれどそうではない事態の場合は動く。それが木戸天都の信念だ。
「天都は強かった・・・私なんかよりもずっと、ずっと」
その言葉に驚きつつ、言い方が気になった。何故、過去形なのだろう、と。
「小学4年生の時、私とあいつは戦った。本気でね。そして私は負けたの・・・頭に大怪我を負って」
親のいない時、2人は本気で戦った。単純にどちらが強いのかを知りたかっただけ、ただそれだけのために。そして、天都が勝った。彼の中の獣が吠え、そして大事な妹に、魂すら分けた存在に大怪我を負わせたのだ。たまたまタイミングよく帰宅した母親によってすぐに病院に運ばれ、2日の入院で済んだものの、2人とも両親からこっぴどく怒られる羽目になった。そしてこの時から天都は自ら戦うことを放棄した。鍛錬は積んでも決してそれを見せず、どんな場合でも実戦も行わない。天都は気弱で臆病になったのだ。自らの中の獣を寝かしつけ、そしてそれを起こさないように。だからあの時、天都は何もしなかった。天音がいて、その天音で十分だと判断したからだ。今の天都は弱い。心が弱い人間はいかに強くても決して勝つことはないと言った周人の言葉通り、天都はもう以前の面影もないほど弱くなったのだ。
「あいつは怖さを知ったの。他人を傷つける怖さ、妹ですら容赦なく大怪我させられる自分に対する怖さ・・・それから逃げた」
「でも瀬尾さんには・・・」
「あれに関しちゃ、天都は肯定も否定もしていなから何も言えない。人違いで、瀬尾さんの気持ちを踏みにじりたくないのか、それとも実際に助けたけどなかったことにしたいのか」
七星はいつも笑顔の天都を思い出す。出会った時から気弱で内向的だった。そんな天都だからこそ友達になれたのだと思う。自分をお金持ちの社長令嬢と知って近づいてくる男子たちの中、天都はそういうことをしなかった。友達になったのも天音を介してなのだから。
「七星?」
優しい言葉に真正面から天音を見つめる。
「あんたは下村が好きなの?天都が好きなの?」
「え?」
その意外な言葉に絶句した。明斗には一目惚れだった。今まで恋などしたことがなかった自分が一瞬でときめいた貴重な存在、それが下村明斗なのだ。綺麗に整った顔、そして他者を拒絶するオーラ、それに魅入られたのだから。対して天都にはそんな感情など1つもない。友達でしかないのだ。なのにそう言われて動揺している自分がいる。あの時、天音がいたにも関わらず、自分は天都に助けられるとばかり思っていた。だから失望し、幻滅し、無視をしたのだから。
「天都君は友達だよ」
「あいつのことも理解してるよね?」
「うん」
「だったらそこまで腹立てることないじゃん。あの時は怒って当然だよ?でも、そうまで引っ張る問題かな?そもそもなんで失望したのさ?天都が強いと思ったの?」
「それは・・・」
説明できない。ただ、ああいう場面で動くのは男子だと決めつけていたからだ。だからといって天都が動いてどうなったかは不明だ。なのに何故、自分はそれを期待したのだろう。期待するだけ無駄なはずなのに。
「瀬尾さんに嫉妬してるんだよ、あんたは」
「え?」
「瀬尾さんは助けて自分は助けなかったって」
「・・・うん」
「でもさ、そもそも瀬尾さんを助けたのは天都なの?」
その言葉に黙り込むしかない。三葉の話を聞いてみんなが笑った。ありえないと。そして自分もそう思った。あの天都がチンピラ数人を一瞬で叩きのめすなどありえないと。
「もし、あんたが天都に対して好きな気持ちがないなら、それは単なる我が儘で、身勝手」
ストレートにそう言われた七星は俯いてギュッと拳を握りしめる。言い返せないのはそれが事実だから。
「ま、あんたが天都を好きで、いずれ私の義姉になるなら、それはそれで大歓迎だけどさ」
ここでようやく七星は顔を上げた。言葉の意味を理解しているが、どうリアクションをとっていいかわからない。だからか、いじわるに微笑む天音を見つめることしかできなかった。
「あんたは下村が好き、それが正解。天都へは単なる瀬尾さんへの嫉妬・・・私の方が以前から友達なのに助けてくれなかったっていう我が儘」
優しい笑みに変化させたその表情を見て、七星は少しだけ困った顔つきになった。
「少し、考えてみる・・・本当にそうなのか、どうか」
「天都とあんたじゃ釣り合わないって」
「え?」
「あんたは美人でお嬢様。あいつは平凡以下のオタク」
人差し指を立ててそう言う天音の言葉に、ここでようやく七星が微笑んだ。
「でも、やっぱりはっきりさせたいから」
「そっか」
「いずれ義姉になってもならなくても、また相談に乗ってくれる?」
「恋愛関係以外ならね」
「それじゃ意味ないよぉ」
そう言って困った顔をする七星に笑みを返し、天音は立ち上がった。そうして玄関へと向かい、靴を履く。
「天音ちゃんって、好きな人いるの?」
靴を履き終えた天音が立ち上がり、そのまま七星の方へと体を向けた。
「いるよ」
「もしかして、下村君?」
その名前に苦笑し、それから顔の前で右手を左右に振った。
「ないない・・・私の好きな人は下村よりもかっこよくて、私よりも強い人だから」
「へぇ、そうなんだ」
「そ」
微笑む笑顔が可愛く見えた。恋をしている少女の笑みだったせいか。そうして門まで送ってくれた七星に別れを告げて駅へと向かう。夏だけあってまだ空は明るい夕方だった。それでも一番星が東の空に輝いているのが見えた。
「天都と七星じゃ、月とスッポンだって」
そう言って笑うが、金持ちが親戚になることはいいことだと考える天音はダメ元で天都には頑張って欲しいと一番星に願うのだった。
*
2人だけの勉強会を終え、三葉と共に家を出た天都はそのまま三葉の母親が経営しているケーキ店へと向かった。一応お礼というか、きちんと挨拶はしておこうと思ったからだ。年頃の娘と2人きりで過ごす親の心理を考えての行動だったが、かといって身の潔白は証明しようがない。それでも、何もなかったという主張はしたいと思ったのだ。三葉は遠慮したが、そこは珍しく天都がごり押しして今に至っている。かっこつけたわけでもいい人ぶった偽善行為でもない、ただそうしたいと思った結果だった。マンションから歩くこと15分、そこは川沿いにあるカフェなどが並ぶおしゃれな場所になっていた。若者向けの店が多く並び、人の通りも結構ある。駅前から離れているとはいえ、すぐ近くにロータリー状のバス停があることからして人が集まるには適した環境なのだろう。そんな一角にある小さなお店。赤い屋根に白い壁といったメルヘンチックな外観のケーキ屋が見えた。数人の客が店から出てくるのを見て繁盛していることを知った天都はやや緊張した面持ちになりつつ三葉と一緒に店の自動ドアをくぐるのだった。
「あ、あれ?」
客の対応を終えた女性が2人を見て微笑む。ちょうど客が途切れたこともあって、三葉はカウンター越しにその女性に近づいた。
「あのね、えーと、木戸天都さん。先輩の」
「木戸です。今日はお邪魔しました」
そう言い、頭を下げる天都を見た三葉の母親はにんまりとした笑顔になった。見た目は20代でも通用する若さだが、実際は40歳だと聞いている。進の母親であるミカ同様に童顔なせいか、天都ですらドキドキしてしまう美貌を誇っていた。
「いえいえ、ゴメンね?お構いもできなくて」
「いえ、こちらこそ、図々しくお邪魔しまして」
恐縮しきりの天都を見て苦笑する母親はその横でモジモジした様子の三葉を見てさらに笑みを濃くした。
「なによ、彼氏の紹介のくせにモジモジと」
「かっ!彼氏じゃないよ!」
大声で否定し、ハッとなって黙り込む。それを見てケラケラ笑う母親を見て苦笑した天都はそのままカウンターに進むとケーキを5つ買った。
「5人家族なの?」
「はい。両親と、妹と弟がいます」
「あぁ、確か妹さんと双子、だったね?」
三葉から聞かされていたのか、母親はそう言うとチラッと娘を見れば、三葉が怖い顔をして睨んでいる。思わず噴き出す母親を見て苦笑した天都だが、そのまま会計を済ませた。
「ありがとう。またおいで、今度は私がいる時にね。面白い話とかいっぱいあるしねぇ」
そう言ってチラッと三葉を見れば、頬を膨らませて睨んでいる。またまた大笑いした母親に丁寧に頭を下げて店を出ようとした天都を母親が呼び止めてカウンターから出てきた。
「そうそう、お礼、忘れてた」
「お礼?」
「そう。三葉を助けてくれて、ありがとう」
その言葉に驚きつつも困った顔をする天都を見て微笑み、それから母親はそっと天都の耳元に口を寄せた。
「私は君が気に入った」
「え?」
「色々抱えてるモノが大きいみたいだけど、頑張れよ、少年」
そう言って背中を優しくポンポンと叩いた母親をまじまじと見つめ、それから天都は再度頭を下げた。そうしてやってきた客の対応に戻る母親を見つつ、外に出た天都を三葉が見送りに出る。
「先輩、今日はありがとうございました」
「うん。いい成績狙おうね、お互いに」
「はい」
愛らしい笑みにドキッとするが、天都は笑顔をそのままに駅へと向かった。三葉はこの後店の手伝いをするのだ。テスト前だが、週末は忙しくなる店のために役に立ちたいと思っての行動だった。角を曲がった天都を見て、あわてて店の奥に戻った三葉は服を着替えてカウンターに入った。
「思った以上にいい男じゃないか」
レジを終え、客を見送った母親の言葉に赤面しつつ、じっと睨むようにしてみせる。
「さっき帰り際に先輩に何を言ったの?」
その言葉にニヤッと笑った母親から嫌な空気が流れてきた。だからか、質問したことを後悔したほどだ。
「あの子は処女だった?って聞いたの」
「なななななっ!」
耳どころか首まで真っ赤にした三葉が言葉を詰まらせるほど動揺する様子を見て大笑いする母親に、もう呆れるやら恥ずかしいやらだ。もう無視してカウンターの端に立った三葉は火照る体を冷ますべく精神を落ち着けるように深呼吸を繰り返した。
「いい婿を選んだね・・・・・ちょっとばかし飼ってる獣がとんでもないけど、祝福するよ」
娘に聞こえないようにそう呟き、三葉の左手の小指の先を見て優しい笑みを浮かべるのだった。




