例題.5
さて、何とか箱に水車が付いた外観のフネが、申し訳程度にフネの形に見える程度に改装された。
本来ならば公試運転だが、進水して一晩水に浮かんでいたら完成と言うコトに成った。
出航の日になり朝から内部を点検する。
垢水の量も問題ない。
穴はしっかり塞がった様子だ。
漏水量は少ない。
休暇が終わった軍曹達が気の抜けた顔で桟橋に集る。
「おいおい…。あんまり変わってねえな。」
「まあ、改装の殆どは船体で水の中ですから。」
「そりゃ良かった。何時出れる?書類を届ける任務だ。」
「暖気して積荷を積んだら直に出れます。」
「そうか。では出航準備に掛ってくれ。昼飯を調達してくる。」
暖機運転を終え水平調整を終えたフネは天気の良い凪いだ海に乗り出す。
フネは順調だ。船体が重くなった分行き足はもたつくが、波切りや旋回の安定は良い。
機関一杯の安定も良い。
何と言っても横波の異常な揺れが収まったのが良い。
木のビルジが安定板の替わりになっているのだ。
一通りの試運転が終わると島を離れて拠点に向かう。
水温も油温も安定している。
二等兵が釣りを始めた。
外輪がアレほど激しく水面を叩くのに魚は逃げないらしい。
「どうだ?釣れるか?」
「大物は無理ですね。」
「さっき大きいのが居たぞ?」
「軍曹。そりゃフカです。」
「フカ?喰えないな?」
「この前釣ったのを取られたんです。」
「撃ちますか?」
「やめとけ、一等、弾が勿体ない。」
「艦首、右前方。スコール!!」
「よし、漁具収容。風呂準備。」
「「了解!!」」
全員が洗面器と石鹸を持って上着を脱ぎズボンを下ろして待っている。
「おい!芥子川!あの雲を追え!」
「むちゃ言わんで下さい。追いつけませんよ?」
「あ?なんだって?」
「雲の方が早いんです!追いつけません!!」
「そうか…。クッソ!折角のスコールなのに。」
機嫌の悪い軍曹。
上官の機嫌の悪い時は皆何か用事を思い出す物だが…。
この狭いフネの上では逃げる場所が無い。
「左、前方。煙。」
「あ!何だ!!」
兵の報告で双眼鏡を覗く軍曹。
「あー、総員戦闘準備!!」
「え?」
「総員戦闘準備。芥子川!あの煙に向かえ!対空海上警戒を厳、漂流物を見たら報告せよ!」
「了解!!」
接近した漂流物は煙を上げる味方の内火艇だった。
恐らく海軍の物だ。
船体上部に無数の銃撃痕がある。
「オーイ!大丈夫か!!」
「ああ。海軍サンのですね…。」
「おい!生存者探せ!!
「火が強いです!」
「おい!!火を消せ!!」
動力取り出し装置に手早く平ベルトを駆動プーリーに取り付ける。
漏斗とヤカンを持って排水ポンプ呼び水をする兵隊。
消防ホースを持った一等兵が叫ぶ。
「まだかー!」
「はい、弁開きます。」
バルブ操作を見て動力クラッチを繋ぐ。
ポンプの中の水が咳き込みホースが膨らみ始める。
海水が放出される。
皆、甲板掃除で熟れているので手早い。
放水しながら接舷する、一等兵が銃剣を挿した歩兵銃を構え乗り移る。
無言の長い時間が過ぎるが、直に船内から叫び声がする。
「未だ息が在る。ケガ人が居ます!!」
直に反応する軍曹。
「おう、救助しろ!手伝え…。いや、俺が行く。周囲を警戒せよ!!」
出火した内火艇から4人の海兵を救助した。
火傷が多い。
航空機による空襲だそうだ。
銃撃を受けた者は殆ど戦死していた。
「おう!バンカ島に戻る!浸水は少ない。魚雷艇は牽引する!」
「このフネは推進が足りません、かなり遅くなります。」
「解ってる!芥子川!何とかしろ!!」
何とかしろって…。
「牽引船を軽くしましょう。垢水を出して。ソレなら前に進むはずです。」
「解った、芥子川、船頭をやれ。俺は後ろの艇の舵を操作する。くれぐれも周囲の警戒を怠るな!」
軍曹と一等兵が内火艇を操作している。
怒った上司は居ないが、皆周囲の警戒を怠らない。
牽引船を確認しながら進む。
船尾から紅い水が排水されている。
恐らく手動ポンプを廻しているのだ。
ビルジに染まった血と共に。