後編
「どう思う?」
学校の教室はあろうかという広さの部屋の中。巨大な執務机と向かいにある応接セットに向かい合って座っている男達。その片方が問うた。しかしそれは質問ではない。答え合わせのようなニュアンスを含んでいた。
「ありえないことではないな。実際この目で見ない限りは、あるわけないと言い切っていただろうがね。」
問われた男、片野東亜は答えた。
「まあこの世界にはもう流石にいないだろう?そもそも二つ見つかる事態が天文学的確率なんだからな。」
二人を挟むテーブルには書類が二部おいてある。一つは先日の異世界エタナフェイアへの転生書類。
そしてもう一つは彼の部下、三条の個人情報である。
「結果的には今回は事なきを得た、というところかね」
もう一人の男楢祀が安堵を含ませた声で言う。
「正直何かあってからでは管理局としても何もできないよ。うちの部下のデータがなけりゃお前のところの社員なんて疑う余地はないんだからな。だが」
「知ってしまった以上ってか」
頷く、楢祀
「とりあえず、この件は保留だ。本人と直接話をつけてからになる。」
立ち上がる片野。これ以上は無駄と知っている楢祀は肩をすくめる。
「そもそもお前は面倒見がいいくせに厄介ごとに首を突っ込む癖がある。今回も半分はお前の責任だな」
「そんなことにはならないようにするさ」
そう言い片手を上げ部屋を出ていく。
楢祀は一人残り書類を見る。その眼には哀れみの色が映っていた。
「特異点か・・・」
************
「社長、このたび沙羅と結婚することになりまして」
月曜日出社直後、社長を捕まえ二人並んでそう報告した。
二人で日曜の間あれやこれやと話をするうちに付き合うではなく結婚まで話が進んでしまっている。
本人としては付き合うだけでのんびりとと考えていたのだが沙羅が頑として受け入れなかったのだ。
「だって、一秒でも早く、一緒になりたいんだもん」といじけて言われ。一時間ほど話し合いがストップする。ということが何度かあったのは別の話である。だから結局は住むところ今後の生活は何も決まっていない。それでも婚約報告だけはということだけ夜に決まり今朝の報告であった。
「全く、うちみたいな少人数企業でこれ以上働く人間減らすんじゃねぇよ」
ニヤリとしながら沙羅を見る。
「え、結婚しても働きますよ?辞めなくてもいいんですよね?」
焦って沙羅が言うところにコッソリ耳打ちする
産休のことだよ
意味が分かった途端に真っ赤になってる。二人でわらっているとほかの社員が出社してきた。
住吉さんにも淡路さんにも喜ばれとてもうれしそうだ。
なんでも沙羅の気持ちに気づいていなかったのは自分一人のようだ。
住吉さんに言われマジ?と驚く
社長を振り返るとウンウンと頷かれる
「とんでもない朴念仁ね」淡路さんにあきれられその日の仕事が始まった。
それから一週間
変わったことといえば昼飯が沙羅の手作り弁当になったことくらい。
帰宅はそれぞれきちんと自分の部屋にしている。自分の自制心の無さと沙羅のツンデレ具合で睡眠時間が大幅に削られるデメリットが発覚したためであるが。いつかは克服しなくてはいけないものである。
「お前たち、明日の昼間時間空いてるか?」
金曜日の帰社時間前に社長が話しかけてきた。
「お祝いと大事な話がある。明日の九時、会社前に集合だ」
何だろう。少しお祝いにしては固い物言いだった気がするんだがとりあえず了承しその日は会社を出た。
************
翌日、九時前に会社についた。
社長は外で待っていた。黒い車が止まっており後ろに乗るように促される。
二人で後部に乗ると片野は助手席に回り込む。
「社長こそ後ろに乗ってくださいよ」
「バカやろ、バカップルの隣なんざ座るもんじゃないんだよ」
車は山道を走る。一時間半ほど揺られると目的地に着く。山奥のホテルみたいなところにたどり着いた。
普段車に乗らないし途中で二人寝てしまっていたのでどこに来たのか見当もつかない。
「こっちだ」
社長に連れられて歩く。沙羅は少し不安なのか表情が硬くなってくる
「どこに行くんですか?」
片野は何も答えない。しょうがない。沙羅と手をつなぎ無言でついていく。
しばらく歩くと(本当にしばらくという表現ほど広い)あるドアの前で立ち止まる。
無言でノックをすると、中からの返事も待たずに扉を開く。
無言で入室を促される。手を引っ張られた。つないだままだったのに気づいていなかったようだ。
雰囲気にのまれていたようだ。少し気合いを入れ入室する
会議室のように長方形に机が配置されており上手に3人座っている。老練な印象を受ける男の両脇に官僚風の男が控えている。剣呑な雰囲気だ。
下座側に一人の男が座っている。
「楢祀さん?」
無言でうなずき着席を指示される。
沙羅と二人で下座に立ち楢祀の体面に片野が着席する。
「よくきてくれた。歓迎するよ、三条君、沙羅」
真ん中の男が言う。なんで沙羅だけ名前?隣を見る。
沙羅は申し訳なさそうにこちらを見て正面の男に向き直る。
「弁野沙羅と申します。山根長官」
一礼する。顔を上げるが睨みつけているようだ。
長官?そうだ。輪廻庁長官、山根円満。転生管理を一括するお役所のトップ。
管理者資格を受けた後、能力の研修された後に現状いる管理者の顔と名前はインプットされている。言われると確かに顔と名前は一致する
それだけじゃない。今現在地球の管理者の中で最上位神深淵を除きトップ5に入る大物。なんでそんなのがこんな一介の外注社員に?
「その様子だと沙羅は何も言っていないようだな」
山根が言う。面白そうに笑っているが目だけはいまだ射抜くようだ
「三条。沙羅は長官の孫娘だ」
片野が言う。
「沙羅は七光りを嫌って一般試験を受けて管理者となっている。そもそも長官との関係を知っているのも俺と楢祀くらいだからな」
「輪廻庁内ではやはり長官の血縁は隠しようがない。だからこそ片野に預けたんだよ」
片野に続き楢祀も説明する。
「そうなんですか?それはわかりました。しかし、たとえ長官に反対されても沙羅との結婚はあきらめる気はありません」きっぱり言って山根をにらみ返す
「何のことだ?反対なんぞしていないが?」
あきれたように山根が言う。
「沙羅には沙羅の思いがあるんだろう?反対なぞせんよ?そもそも反対するくらいなら沙羅の母親の時点で反対しておるわ」
沙羅を見ると嬉しそうに
「うん、うちの両親恋愛結婚だし。特にこの仕事に関係ある人たちじゃないわよ?」
え?このパターンって、大事な孫をどこの馬の骨かわからんものにはやれん!ってやつじゃないの?
というか思いっきり恥ずかしいんですけど。これってほぼ公開プロポーズ(事後)のようなもんじゃないか?穴があったら入りたい。
「孫はよろしく頼む。だが今回の用事は三条君、君個人に対してだ。沙羅は正直な話、関わらせるつもりはなかったのだが」
言い終ると同時、部屋の電気が消えスクリーンが点る。
スクリーンには個人情報が映る。
「これは誰のデータかわかるかね?」
見せられる部分だけみて首をかしげる。データの配列がおかしい。
沙羅も首をかしげている。見る者が見ればわかるというくらいに整合性がないデータだ。
会計士が決算表の間違いに即座に気づくように。我々は人の魂を扱っている
当然魂の組成など見る目は養われているのだが
「誰ですか?これじゃあ人の魂としては桁が大きくなりすぎます」
「それは現存する『特異点』のデータだ」
山根の右隣りに控える男が発言する。
特異点、この宇宙の始まる遙か前。
原初の最高神がとある管轄する星の一人の女性と恋に落ちた。
美しいその女性は当然求婚者が多く表れたが
彼女はただ一人その神の化身の男のみを愛し二人は慎ましやかに暮らす。
しかし平穏は崩される。嫉妬に狂った一人の男が女を攫い我がものとしようとする。
それは当然神である男の怒りを買い。攫った男を糾弾する。嫉妬に狂った男は女を手にかけてしまう。
神は嘆き怒り狂った。守るべき民が愛するものを手にかけてしまうことにただ怒り狂った。
強大な怒りは大神の加護を受けるすべての世界を滅ぼす。およそ宇宙の1/4が消えた。
その他六柱の最高神が抑え宥めてそこまでの被害で終わったのだ。
その後最高神は自らのマナをすべて使い宇宙を再構成。魂を粉々に砕き輪廻の輪へと身を投げ入れた。
滅ぼしてしまったすべての命に報いるために。無量の時を掛けても愛した人にもう一度巡り合うために。
管理者ならみんな知っている「史実」である。
この世界のビッグバン以前の宇宙の物語。ビッグバンを起こした男の物語である。
「三条君、君のとり扱っている魂の案件中の英雄魂の割合は知っているね?」
「はあ、確か六割と」
質問に対し先日聞いたことを答える。
「うち特異点は二件だ」
は?なんだって?幾億幾兆、いやもっとだ、那由他、無量の広がる宇宙に各それぞればらまかれている特異点。それは輪廻のシステムでそれぞれ宇宙を循環する。それを異世界転移という特殊なところで扱うのに二件もあった?
「ありえない数字ですね」
「私もそう思う」
思わずつぶやいてしまったが、山根もまた同意した。そしてこちらに向き直り重々しく口を開いた。
「三条正蔵。君の管理者権限を上位管理者三級に任命する。同時に輪廻庁特捜課に配属だ」
特捜。直轄部署の中でももっとも有名なところ。魂の不正取引搾取等、他の世界の神々と渡り合っていかねばならない危険だけれど花形部署
「あの・・?民間会社の社員なんですが」
「わかっているだろう?管理者業務として民間の体で行っていることくらい?」
まあそうだよね?社長からして魂取り扱いのエキスパート。上位管理者持ってたのは社長だけだし
「って社長と同じランクじゃないですか上位三級っていえば!」
驚いていうと社長はニヤリと笑いながら
「そうだな、俺や楢祀と並んでしまったな。大出世じゃないか お前ら二人抜けるのは痛いんだがなぁ」
二人?そうか特捜は直轄だからこの国にはいられない。そして沙羅を置いていくわけにもいかない
一人だけの問題じゃないから沙羅もつれてきてくれたのか。
沙羅を見る。何か言いたそうだが言わなくても分かる。その泣きそうな顔の時は大体自分の意見を押し込めた発言の時だ。恋人になってからは少しだけれど、会社に入ってからずっと面倒見てやってきたんだ。言いたいことはわかりやすいんだよ。
ああ、そうか。
本当に朴念仁だ。抱いたからすぐに責任をとるつもりで付き合ってくれって言ったのかと自分でも思ってた。
ずっとこいつの・・
「ありがたい話ですが、お断りさせていただいてよろしいでしょうか?」
山根の方を見る。猛禽に睨まれるようだ。
「若輩者であります。まだまだ社長の下で研鑽を積まねば到底お役に立てるとは思いません」
沙羅に手を出す。彼女は何も言わず手を取ってくれる。
「何より先ほど話題に出た特異点の話で思いました。最高神と言えど一人の女のために世界を滅ぼした。ならばまずこいつと一緒の生活こそを大事にしてみたいんです。」
「管理者の責務より平凡な生活を望む、と?」
「いいえ。責務はないがしろにしません。しかし大事な人、世界、選ぶなら両方とも選びます」
「いいじゃないですか、結局元の鞘に収まるってことで」
片野がこちらに助け船を出してくれる。楢祀も微笑んでいるところを見ると味方のようだ。
「まあ零細企業何で意外とエースを抜かれるのはつらいんですよ。人員の補給も当てにはできないし。」
山根は片野、楢祀、そしてこちらを見、あきらめたように口を開く
「わかった、お前さんたちの要求も飲もう。とりあえず三条、沙羅。二人は明日以降も今まで通り片野のところで」
そしてまっすぐ沙羅を見て
「これで二人は下がっていい。送らせよう。沙羅、両親に結婚の報告はしているのか?」
「おじいさまが邪魔をしてるんです。本当なら今日うちに来てくれる予定だったのに」
二人には先ほどの距離感がない。おそらくプライベートではそんなに中が悪くないのかもしれない
その後少しの間孫に甘いおじいちゃんと化した長官につかまった後、二人はようやく帰路についた。
************
日曜日あわただしく沙羅の家に挨拶へと行き。そこでまた気疲れした後。
の月曜日
「おはようございます。」
稲倉美琴がいた。
どうして?
沙羅と二人で顔を見合わせる。
「人が足りないって愚痴ったろ?そしたら一人くれたんだよ」
あっけらかんと言う社長。それはいいんだけど机足りませんよ?
「あ、お前はあっち」
書類棚のある部屋を指される。
確かに机があってパソコンが置いてある。
「条件は飲んでもらった、人員補充もあったし転勤もなし。ただし向こうの条件はお前さんに新しい仕事をしてもらうってことだ。ここでな」
え?つまり?
「お前さんはここで新部署の長として働くってことだ。まあ部長に役職は上げておいてやる」
「一人ですよね?結局」
「当たり前だろ、そんな狭いところ二人も入れられねぇ。あ、沙羅、稲倉その机全部片付けて使えるようにしてくれ」
「ちょっと、俺の私物も入ってるんですから」
「うるせえな、嫁が片づけるんだから私物も何もねぇ。おめえはさっさと新しい仕事習得して、そっちで静かに始めやがれ」
「さんぞーさん、ボールペン何本持ってるんですか、持ち過ぎですこれは没収します」
「三条さん漫画入ってるんですけど。もっとまじめな人って思ってました」
「サンぞーくん、椅子はそっちの新しい方を美琴ちゃんにあげてね。汚いものを女の子に渡せないでしょ?」
やれやれ。この楽しい職場また来られてうれしいよ。
少しあわただしいがとてもうれしい気分で新たな一日が始まっていくのであった
単話予定だったのでこの話は今回で終わります。
またキャラが動き出せば続編あるかもしれません