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9/12

大火のあと

 十年余りの時が経ち、天正元年(1573年)。

 片倉家では、喜多が三十もなかばとなり、小十郎が数えで十七歳の青年期を迎え、名を景綱と改めていた。

 喜多は年を重ねた美しさを有し、景綱はたくましく、聡く、頼もしく育っていた。

 ただ、役を得るために元服も済ませ、主家である伊達家に仕官を願い出るも、役職を授かることはまだできていなかった。

 つまり、青年片倉景綱は未だ浪人の身に甘んじていたのである。


 だが、だからと言って、景綱はくさっていなかった。

 景綱が成長してからは、景綱自身が生活力を持つようになり、何かと家計を助けるようになってきた。

 どこから教えてもらってきたのか、畑仕事を覚え、野菜を自給するようになり、魚を釣り、大工仕事を手伝い、時には領民に槍術を教えて、礼をもらったりしていた。

 喜多は引き続き、鬼庭良直の写本の手助けをし、良直の家臣の作蔵も定期的に片倉家を訪れ、できすぎたと言っては、作物をもらい、狩りで獲れたと言っては、猪の肉を分けてもらったりしていた。

 このように、暮らし向きはよくなっていた。

 とは言え、景綱が世に出られずにいるということは、喜多と景綱本人にとっては、もどかしい悩みであった。


 そんなある日、景綱が血相を変えて、走り帰ってきた。

「姉上、大変です。」

 帰ってくるなり、喜多に呼びかけた。

「どうしました。大声を出して。」

「今しがた聞いたのですが、昨夜、米沢城下で大火事があったそうです。城下の大半が焼け落ちたという話です。」

「なんてことでしょう、それは、まさか謀反やいくさでは。」

「いえ、その心配には及ばないようです。昨夜の強風が原因で、たちどころに燃え広がってしまったということです。」

「そうですか。」

「姉上、そこで、ですが。」

 景綱は改まった。

「お願いの儀がございます。」

「何ですか。」

「はい、今朝、鬼庭の父上のもとに米沢の殿から救援の派遣要請が参ったとのことです。

 兵糧と復旧のための物資を揃え、人手を集めて派遣するようにと。

 そこでです。姉上、この景綱、そこに駆けつけ、与騎(よりき)いたしたく存じます。」

 景綱の顔は真剣であった。

「お許し願えませんか。」

 景綱の言わんとするところは、詰まるところ、「お金」が必要なので、用立てして欲しいということであった。

「わかりました。」喜多は間を置かず、即座に答えた。

 十七歳の若者が思い立って行動を起こそうとしているときに、お金を惜しんでいる場合ではないと直感したのである。

「ただ、」喜多には同時に頭に持ち上がった懸念があった。「景親様には許しを得なければなりませんよ。」景綱に注意した。

「そうですね。それを忘れてはなりません。」景綱は理解した。

 本家をないがしろにして、他家に与騎するなどということは許されることではなかった。

 景綱は急いで、片倉景親邸に向かった。


 喜多は景綱が戻ってくるまで、思いつくかぎりの支度を整えた。

 食料、服装、道具などの準備、そして資金である。

 喜多は思い切って、こつこつ残してきた貯蓄を取り出した。


 一刻ほどで、片倉景親の許可を得て、景綱が帰ってきた。

 村の若者を三人連れていた。

「この者達は?」喜多は尋ねた。

「はい。わたくしが普段からよしみにしている村の若者達です。」景綱は屈託なく答えた。「力自慢だったり、大工仕事が得意だったり、炊事ができたりと、とても役に立つ者達です。わたくしが与騎する上は、従者を連れて参らねばなりません。そこで頼んでついてきてもらいました。」

「そうですね。わかりました。」景綱の言う通りだった。

「こちらが、この景綱の姉上でござる。」景綱が三人に紹介した。

「ははー、景綱様にはいつもお世話になっております。」と三人は喜多に礼をした。

「我が弟、景綱をよろしく頼みますよ。」喜多は声をかけた。

「もちろんでございます。」三人は頼もしく応えた。

「それならば。」と喜多は、揃えていた準備を急いで三人分増やした。

「多くありませんか。」喜多の用意してくれた物資の量が多いので、景綱は尋ねた。

「きっと、何かと役に立ちます。」喜多は笑顔で応えた。


 喜多の整えた用意を手分けして担ぎ、景綱、そして若者三人はそのまま米沢城へと向かった。


 喜多はその後ろ姿を、祈るような思いで、見送った。


 景綱と若者3人は、その日のまだ陽のあるうちに米沢城下に到着した。

「なんていうことだ。」

 城下の惨状は想像を超えていた。

 城下町の大半が焼け落ち、未だ煙の上がっている家もある状況であった。

「景綱様・・・」若者の一人がすがるように呼びかけた。

「あの旗印が、鬼庭家の旗、あちらへ行くぞ。」景綱は米沢城近くに陣取る鬼庭家の一団を見つけ出し、そちらへ合流することを急いだ。


「景綱殿!」良直の家臣、景綱の剣術の師匠である作蔵が、先に景綱に気付いてくれた。

「お師匠様!」

「これはどうなされたのです。」作蔵は、景綱が3人の従者を引き連れて米沢に来ているのを不審に思った。

 景綱は、鬼庭良直が米沢の救援要請に駆けつけているということを聞きつけ、自分も何か役に立てることはないかと思い、馳せ参じた旨を説明した。

「わかり申した。とにかく殿にお目通りを。」作蔵は意をくみ取った。


 景綱は鬼庭良直の前に出た。

「鬼庭の父上殿。いえ鬼庭様」景綱は控えた。

「これはどうした。どういうことだ。どうして景綱がここにいる。」良直は米沢に景綱がいる理由を問いただした。

 景綱は、米沢城下にまで来た経緯と熱意を良直に説明した。

「なるほど、だが、景親殿に許しは得ているのか。」と少し声を荒げて良直は問うた。

「はい。もちろんです。」景綱は即座に答えて、懐から書状を出した。

「これに。」

 書状を良直に差し出した。

 良直はその書状を読んだ。

「なるほど、『万事よしなに』とある。」良直は書状をたたんだ。

「よかろう、景親殿の許しを得ているのなら、与騎として認めよう。」

「は、ありがたきお言葉。」言葉に気合いが入った。

 良直も大きく頷いた。

「早速だがな。」顔見知りで身内のような景綱は、良直にとっても話しやすかった。

「実を言うと人手が足らぬ。」


 昨日の大火から一夜明けて、この日は、焼け残りの消火活動と、略奪者などの狼藉者が流入しないようにする警護、けが人の救出と手当て、これだけで人手は手一杯だった。

 復旧のめどは立っていなかった。


「鬼庭様。」景綱は案を思いついた。

「ここは、どうでしょう。生き残って、怪我もなく、無事でいる城下の民に協力してもらうというのは。彼らなら地の利もあるゆえ、こちらより事情はよくわかっているはずです。きっと、役に立つと思います。」景綱は提案した。

「なるほど。」良直は景綱の提案を思案してみた。

「被災者、被災者と思って、救援することばかり考えて、働いてもらうことは考えていなかった。よい案かもしれぬな。」良直は素直に聞き入れた。

 鬼庭良直はこうと決まれば実行は早い。

 早速、無傷でいる生存者を住んでいた町内別に分け、それに良直が引き連れてきた将兵達を振分け、それぞれを班とし、翌日からは班ごとで復旧にあたるように指示をした。

 景綱も寄騎として、下町の一区画を割り当てられ、班長ということになった。


「よろしくお願いします。」担当となった下町の住民達20名ばかりが景綱に挨拶に来た。

「こちらこそ、よろしく頼むぞ。そなた達の協力なくしては、復旧はおぼつかない。」景綱は威張らなかった。

「はい。もちろんでございます。」住民達はまずはそれだけで景綱に好感を持った。

「手始めに、町内の住民の名簿を作っておきたい。順番に名前と家族を言ってくれ。」

「はい。わかりました。」

 景綱は喜多が用意してくれていた懐紙と矢立を取り出し、住民達が告げる名を書き込んでいった。

 それが一通り済むと、あらかじめ鬼庭軍から配布されていた担当地区の地図を取り出し、「誰が、どこに住んでいたか、教えてくれ。」と言って、住宅地図のようなものを完成させた。

「よし、では、今日はもう暗くなるゆえ、復旧は明日からにしよう。今からは用心のための町内の見張りの順番を決めるぞ。いっときずつ4人で交代する。よいな。」

「はは。」町人達に反論はなかった。

「わたしも含めお前達3人も一人ずつ交代で入るぞ。」景綱は連れてきた若者3人にも告げた。

「わかりました。」若者達にも反論はなかった。

 住民達にとっては、景綱はまだ若武者だが、住民名簿といい、住宅地図といい、その手際は見るからによかった。警護の件も、もっともだったので、反論はなかった。

「うちの班長殿は若いが、なかなかの人物のようだ。」住民達はささやき声で評価していた。

 その声を抜け目なく聞いて、連れてきた若者3人は鼻高々な思いだった。


 景綱の思い描く、復旧の手順は、現地の下町に行き、焼け跡を片付ける、しっかりと土地の縄張りをやりなおす、材木を調達して、再建にとりかかる、といったものだった。

 その中でも材木の調達だけは課題だった。景綱一人でどうにかできることではない。


「心配するな。」そのことを良直に相談にいった景綱は、このように返事された。

「殿から周辺城主に下知がくだっておる。材木を切り出して、米沢に運び込まれることになっている。」

「わかりました。安心しました。」景綱はさすが良直様だと思った。

「ところで、その材木をどのように配分なさりますか。」

「班ごとにまとめて、割り当てる。各町内に事情があるだろうから、班内での分配は班長に任せるつもりだ。」

 良直は景綱を見た。

「何か、よい案はあるか。」

「ありません。良き案だと思います。」景綱は答えた。「ただ、復旧の早さに差がでてしまいますが、よろしいですか。班によっては、なかなかまとまらないところも出ると思います。分配の決まりをこちらから統一した方が、やりやすい班もあると思います。」

「確かに。」良直は反応した。

 良直は少し考えた。

「では、一両日中にまとまらなかった班は帷幕から指示することにしよう。」

 良直は景綱を見た。

「それでよいな。」

「はい。ご充分です。」景綱は微笑んで返した。


 良直との会談を終えて、下がっていく景綱の後ろ姿を見ながら、『喜多よ。景綱は頼もしくなったな。』と思った。


 米沢城はこの当時の伊達家の当主、伊達輝宗の居城である。

 大名居城の城下が大火に見舞われたわけであるから、当主としてもただごとでは済まされない。

 迅速な復旧が、為政者としての責務であり、人心の掌握という意味においても重要であった。

 大火が起こってから最初の一日二日は家臣達が慌ただしく走り回っていたため、その要望に応じた指示を出すことに係りっきりであった。それが三日四日と経ってくると、現場が実働に乗り出して、当主のような指揮官はむしろ、手持ち無沙汰な時間ができるようになってきた。

 そこで、当主輝宗は、自ら城下に出て復旧現場を視察し、その様子を肌で感じるべきだと考えた。


 だが、その希望を口に出してしまうと、家老達が十分な準備を調えてからと、構えるに決まっている。

 それではおおごとになってしまい、結局のところ、現場の家臣達に、余計な気遣いをさせて、復旧の邪魔になってしまう。

 それは不本意である。

 ならば、家臣達に命ずることなく隠密に、単独で出かけることにすればどうだろうか。


「しばらく、休息をとらせてもらうぞ。」輝宗は評定場を出た。

「はは。」家老達はこの何日かほぼ不眠不休であった当主を慮った。


 輝宗に眠るつもりなど全くなかった。大名の館に入るなり、家来に遠出の軽装を用意させた。

 早速、着替えて、2、3名の従者だけを引き連れて、米沢城を抜け出した。


 最初の目的地は城を出てすぐにある鬼庭良直の陣であった。


「殿!」

 鬼庭良直の家臣が狼狽した声で良直を呼んだ。

「なんだ。」

 良直は家臣が大声で呼びかけたことをたしなめるように応えた。

 家臣は恐縮した。

「はは、ご当主、輝宗様がお越しであられます。」声を静めて告げた。

「な、なんだと。」

 今度は良直が狼狽した。


「どうだ。良直、復旧は進んでおるか?」輝宗は制止も聞かず、ずかずかと鬼庭軍の陣中に入ってきた。

「何か、困っていることはないか?」


 良直の家臣達は皆、一斉に平伏した。

「おお、大殿。こ、これは。」良直は、すかさず、上座を輝宗のためにあけた。

 輝宗は遠慮せずに、良直のあけた席に腰掛けた。

「突然だが、視察に来させてもらったぞ。」輝宗は良直に説明した。「皆々の声をじかに聞きたいと思っての。」

「お忍びでございますか、大殿。」良直は輝宗の服装と同行者を確認しながら尋ねた。

「そうだ。」輝宗はあっさりと認めた。

「畏れ入りましてございます。」良直は恐縮した。

「どうだ。復旧ははかどっておるのか。」輝宗は改めて良直に尋ねた。

「実際のところは、」

 輝宗はじっと良直の眼を見た。

「進み始めたところ、といった段階でしょうか。」良直は有り体に報告した。

「そうか。」輝宗は少し考え、

「そうだろうな。」と言い直した。

「されど、大殿が現場を回られ、皆に声をかけていただけるなら、きっとよろこびましょう。」

「うむ。」輝宗は頷いた。


 そのあと、しばらく良直は輝宗に現在の状況と、これまでの経緯を簡単に説明した。


「ということで、隠し立てしても何にもなりませぬ。早速、大殿、城下を直接見てくだされ。」良直は一通りの説明が終わると、そこで切り上げてしまった。

「そうだな。そうさせてもらおう。」輝宗もそれに同調した。


 輝宗とその従者、案内役として良直自身、警護のため鬼庭家の何名かが、輝宗に同行し、城下町へと出た。


 復旧が始まったとは言え、城下の被害状況はひどいものだった。

 大半の焼け落ちた城下町が、その後片付けに取りかかり始めたばかりであった。


 輝宗は城下をゆっくりと歩き、住民や家臣達に声をかけていった。

 声をかけられた人々は、復旧の責務を果たそうとする当主の心意気を感じ取り、それぞれが感謝の意を示すのであった。


 一行が城下の下町付近にさしかかったとき、輝宗が声をあげた。

「なんだ、あれは。あそこの一画だけ、もう建ち始めているではないか。」

「おお、まことに」同行していた家臣達も声をあげた。

 下町の一区画だけが、周りが焼け跡ばかりの中で、燦然と新しい材木の柱を立て、トントンと大工の音を響かせていたのである。

「だ、誰だ、あそこを担当しているのは。」良直は慌てて家臣に尋ねた。

 家臣も急いで割当表を取り出し、確認した。

「か、片倉景綱殿でございます。」家臣は小声で告げた。

「おお、景綱か。」良直は戦慄を感じた。


 一行は景綱の担当している下町の区画へと向かった。


「その方がここの班長か。」輝宗は景綱に声をかけた。

「こ、これは、殿」景綱は当主と良直一行の登場に驚き、跪いた。「は、僭越ながらここの班長を勤めております。」

「よいよい、楽に致せ。」景綱に直るよう命じた。

「おお、若いな。名は。」輝宗は景綱の顔を見て、尋ねた。

「片倉景綱と申します。」

「見事ではないか。そのほうの班がこの城下で最も早く進んでいるようだな。」

「はは。」景綱は謙遜した。「畏れ入りましてございます。」

 下町の住民達も景綱が連れてきた村の若者達も、当主に直接お目見えできると思っていなかったため、戸惑っていた。

「早く進むのには、何か秘けつでもあるのか。」輝宗は尋ねた。「秘けつがあるのなら、隠さず教えてくれぬか。今は早期の復興が大事なのでな。」

「はは、」景綱は応えた。「されど秘けつのようなものは全くないのでございます。」

「では、どういう理由でそなたの班がこれほど早く進んでおるのだ。」

 輝宗の語気には隠し立てすることを責める調子が含まれていた。

「は。」景綱は話し始めた。

「わたくしには、母代わりの姉がございます。」

「うむ。」輝宗は妙な方向に話が行ったなと思った。

「その姉が、わたくしが米沢に駆けつけるにあたって、この矢立も、懐紙も、これらの麻紐も、荒縄も、木槌などの道具もすべて、時を置かずそろえてくださいました。」

「それで。」

「そして見送ってくださったのです。

 わたくしは、せっかく姉上が用意してくださったのですが、最初は荷物になるだけでは、と思っておりました。

 ですが、姉上には頭があがりませぬので、何も言わず、とりあえずは米沢まで運んで参りました。」

「うむ。」

「しかし、いざ作業を始めると、この通りでございます。

 姉上に用意頂いたもので役に立たないものはございませんでした。

 すべて、必要なものだったのです。」

「ほう。」輝宗は周囲を見渡し、それらのものが実際使われていることを確認した。

「しかるに、わたくしの班の作業がはかどっているように見えるのは、わたくしの手柄ではございませぬ。

 姉上の手柄でございます。

 他の班は、作業を始めるにあたって、やれ、縄がないだの、のこぎりが足らぬなどと、それらを探すことから始めなければなりませぬ。

 それゆえ、手間取っているのでございます。

 わが班は、姉上が道具を整えてくださった故、その手間が省けておるのでございます。

 その分だけ、こちらがはかどっているように見えるだけなのです。」

「あっぱれ」輝宗は叫んだ。

「あっぱれではないか。のう良直。」輝宗は良直に向かって言った。

「おのれの手腕を誇るのではなく、姉を褒め立てるとは。殊勝な姉弟よ。そう思わぬか。」

「は、まことに。」と良直は応えたが、まさかその姉が自分の娘だとは言い出せないなと思った。

「はばかりながら、輝宗様。」景綱が声を出した。

 良直は一瞬、景綱がその姉が自分の娘であることを言おうとしているのではないかと思い、景綱に目配せした。

 景綱は心得ているとばかり、良直に眼で合図した。

「なんだ。」輝宗は景綱に応えた。

「は、お願いの儀がございます。」

「なんだ。申してみよ。」

「は、」景綱は思い切った。

「どうか、他の班の方々にどんな道具が足らないかを聞いていただけないでしょうか。皆様方、きっと困っていると思います。」

「おお、そうか。そうであったか。」

 それこそが、大名輝宗が聞きたかった現場の声であった。

「あいわかった。よくわかったぞ。」

「はは。」景綱は恐縮した。

「では、復興に励むがよい。邪魔して悪かった。」

「いえ、滅相もございませぬ。」


 輝宗一行は、景綱の担当する区画を離れた。

 輝宗は良直を見た。

 良直も輝宗を見た。

「よき、家臣を持ったな。うらやましい限りだ。」輝宗は素直に述懐した。

「殿。」

「なんだ。」

「あの者は、わたくしの家臣ではありませぬ。殿の直参でございます。」

「な、なんだと。」輝宗は驚いた。「まことか、それは。」

「はい。ここ2年ほどは殿に仕官を願い出ておるはずです。話にありましたとおり、あの者は、早くに両親を亡くしたため、役にもつけず、今は姉と二人で生計を立てております。縁あってこのたびはこちらの与力ということになっておりますが。」

「なんということだ。」輝宗は肝を冷やすような思いを感じた。「あのような若者を取り立てぬまま見過ごしていたとは。」

 輝宗の決断も早かった。

「すぐにでも役を命じるゆえ、手配を整えてくれ。」

 良直には考えがあった。

「殿、さすれば、米沢六将の片倉景親殿を通して、申しつけるようにしていただけないでしょうか。景親殿はあの者の本家にあたるゆえ、景親殿もあの姉弟にはいろいろ気を回しておりました。仕官の手配を御命じいただければ、景親殿の顔も立ちましょう。」

「そうか。わかった。そうすることにしよう。」輝宗は納得した。


 その日、輝宗は城に戻ると、早速、復旧の道具類の補充を急ぐように命じた。

 当主の命令に、翌日には、周辺の城から、道具類がぞくぞくと集まり、道具不足のために復旧が滞ることはなくなった。

 これがきっかけとなって、米沢城下の復旧はいっきに加速した。


 それからしばらくして緊急態勢は解かれ、鬼庭軍一行は米沢城下から撤収することになった。

 景綱一行も米沢城下を後にした。

 下町の住民達が感謝の気持ちを込めて、名残を惜しみながら、見送ってくれた。


「姉上、ただ今戻りました。」

「まぁ、景綱、見違えますね。」喜多の眼には景綱が一回りも二回りもたくましく、大きくなって帰ってきたように見えた。

「無事でなりよりでした。」とにもかくにも喜多はほっとした。


 それから、しばらくして、片倉景親が喜多の屋敷を訪れた。

「景綱に、大殿から仕官の御沙汰が下った。」景親は厳かに伝えた。

「景綱、よかったな。」そして、笑顔を見せた。

「はい。叔父上。」景綱も笑顔で応えた。

「ありがたく承ります。」と深々と礼をした。


 景綱は当主伊達輝宗の小姓衆の一人に任命された。

 親衛隊と秘書官と雑用係が合わさったような役割である。当主の警護をしたり、取次ぎをしたり、雑用をこなしたり、と常に当主のそばにあって、その手足となって役割をこなしていくことになる。

 それは、景綱を目の届くところに置いておこうという、当主輝宗の期待の高さの表れでもあった。


 景綱が米沢城に出仕する前日、喜多と景綱は父母が眠る墓へ参り、二人で墓前に手を合わせた。

『父上、母上、ようやく片倉家を再興することができました。

 今まで見守っていただきありがとうございます。』

 喜多は心の中で報告した。

『父上、母上、わたくしは思い違いをしていたようです。

 わたくしは、今まで、父上、母上に代わり、景綱を立派な武将に育て上げなければ、と思い続きておりました。

 けれど、それはわたくしのうぬぼれでした。

 景綱はわたくしの知らないところで、自身でしっかり成長していたのです。

 父母のいない寂しい思いに耐えながら、努力を続けてきたのだと思います。

 父上、母上、景綱をほめてあげてください。』


 喜多は眼を開け、澄み渡った空を見た。


『そして、これからも景綱を見守ってあげてください。』


 一方、景綱は。

 そんな喜多を、この上もなくやさしい眼で見守っていたのであった。

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