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片倉景重

 この時の伊達家の当主は伊達晴宗である。その晴宗の先代の種宗の代から仕え、米沢六将と呼ばれていた片倉家の次男に、永井荘八幡宮の神職に就き、百貫の俸禄をもらっていた片倉景重(かげしげ)という者がいた。

 この景重、数年前に娘を嫁に出したあと、妻と子に先立たれ、独り身となり、そろそろ後添えのことを考える時期になっていた。


 誰が言い始めたのか、伊達家中において、直子をこの景重の後添えにしてはどうかと、無責任に言う者が現れるようになった。


 直子は若い頃より、美しく、確かに年齢は重ねたが、まだまだ艶やかであった。事情があって別れはしたが、鬼庭良直の正室を立派につとめていた女性でもある。

 片倉景重に異存はないはずであった。


「前の鬼庭殿の御内儀(ごないぎ)をおまえの後添えに据えてはどうか、と噂されているぞ。」景重の親しい友人が、気を利かして景重本人に伝えてきた。

「誰がそんなことを言っているのだ。俺は何も知らんぞ。」

「ハハハ、世間というのは、そんないい加減なものさ。」

「思いつきで言われちゃ、こっちがかなわない。」と景重。

「そのとおりだ。」

「ハハハ」二人で笑い飛ばした。


 景重にその気はなかった。


 ある日、本沢真直が直子の部屋を訪れた。

「父上、お珍しいことですね。」直子は父真直の顔を見ながら冷やかした。

 真直の顔は少し高揚していた。

「うむ。おまえに折り入って話があってな。」

「なんでございましょう。」直子は父親の様子から重大な要件であることを察知した。

「明後日、米沢六将、片倉景親殿の御実弟、景重殿がこの屋敷に来られる。」

「はい。」直子は何かの打合せでもあるのかと考えた。

「うむ。それで簡単な宴を催すから、お前、そのとき片倉殿のおもてなしをせよ。」

「は、はぁ。」直子は父親の顔を見た。

 真直は直子の顔を見て、「拒否は許さぬぞ。」と告げ、「粗相のないよう支度しておけ。」と言って出て行った。


 父親真直の言葉を聞いて、直子は自分の再婚の話が進められているのだということを悟った。

 その相手がどうやらその片倉なにがしらしい。

 直子は、自分はもはや隠遁の身であり、世を捨てて尼になるのがふさわしいのではないかと考えはじめていたころだった。

 だが、唯一の心残りは喜多であり、喜多の存在は大きかった。

 喜多の行く末を案じると、自分がとても出家できる状態ではないと自覚した。

 再婚するとしても、同じである。

 喜多のことを疎かにして、自分が再婚することなどないと結論した。


 その明後日、片倉景重が本沢家を訪れた。

 景重の方は、兄の景親に命ぜられ、本沢家に来ていた。

 景重は自分の再婚の噂のことは知っていたので、この訪問が何を意味するかはわかっていた。

 だが、断ることは余程でなければできない。

 それに、自分の縁談話をここかしこで耳にするにつけ、単純に自分と噂になっている直子という女性に会ってはみたいと思い始めていた。

 美しい賢女だという評判の女性を、見てみたいと素直に感じていたのである。


 要件など初めからあったのか、なかったのか、打合せもそこそこに、早速、宴が催された。

 直子にお呼びがかかった。


「紹介させて頂こう。」真直が景重に気合いを込めて言った。「『娘』というには若くはないかもしれぬが、我が娘の直子でござる。」

「直子でございます。」直子がお辞儀をした。

「片倉景重でござる。」景重が答えた。

「噂に、お美しく賢明な女性であると聞き及んでいましたが、噂に違わぬ方でございますな。」

「ははは、これはこれは片倉どの、お上手ですな。ははは」とその言葉を聞いて上機嫌になった真直。「恥ずかしながら至らぬ娘でございます。」

「いえいえ、なんの。」


 宴も進んで、酒もほどよく入った頃、景重が大胆に切り出した。

「直子殿、家中では、わたくしとあなたの再婚話が噂されているのをご存じですか。」

「な、なんと」真直はその単刀直入さに何も言えずにうろたえていた。

 直子は景重の眼をじっと見て、「噂は聞きませずが、気付いてはおります。」と答えた。

 直子も遠慮なく答えたので、真直はその気合いにのまれてしまい、その場は景重と直子の二人の会話となった。

「どう思われますか。」と景重。「再婚について」

 直子は、後で父真直に怒鳴られるとしても、ここで決意した。

「わたくしには娘がいます。」景重の眼をしっかりと見据え「娘の幸せだけが今のわたしの願いです。再婚など考えてもおりませぬ。」と言い切った。

 もはや真直はこの場では何か言うことのできる状況ではなくなっていた。

「ほう。」直子の言葉を聞いて、顔を引きつらせても不思議ではないのに、景重は軽く微笑んで答えた。

『恥をかかせてしまったかもしれない。』直子はその思いで躊躇した。

「確か、鬼庭殿のご息女でございましたな。その姫君は」

「え、ええ」直子は相手の反応に戸惑いながら答えた。

「今、お目にかかれますかな。」景重はここに至っても大胆だった。


 景重いわく、再婚が噂されて、このようにお目にかかった以上、再婚を拒否するのはもはや困難、それならば、直子にとって最も気がかりである娘の喜多を抜きで話をするのは筋が通らぬという主張であった。


「わかりました。」景重の言うことにも一理あると思い、直子は思いきって喜多を景重に会わせることにした。

「父上、よろしいですね。」直子は真直に向かって確認を求めた。

「あ、ああ、うむ、よ、よかろう。」真直はもはや取り繕えないほどに事態が逸脱していたので、なるようになるしかないという心境のようであった。


 喜多が宴の場に呼ばれた。

「喜多でございます。」直子に促されて、景重に挨拶をした。

「片倉景重でござる。」景重はそれに答えた。「喜多殿は利発そうな姫君でごでございますな。」

 しばらく、馳走にあずかり、他愛もない話などをした。

 景重が喜多に向かって、やはり単刀直入に尋ねた。

「喜多殿は鬼庭良直殿のご息女でございましたな。」

 喜多はその質問に祖父真直の顔を見て、母直子の顔を見た。

 真直は喜多がこちらを見たのを気付かないふりをして、盃をあけていた。直子は喜多にそっと頷いた。

 喜多は母の反応を確かめて答えた。

「はい。鬼庭良直は私の父でございます。」

「お噂では、鬼庭殿は喜多殿に幼少の頃から武芸を指南されておられたとか。」

「え、は、はい。」喜多は弱ったが、正直に答えた。

「では、武芸では何がお得意かな。」景重はさらに踏み込んできた。

 小さな声で「薙刀です。」と喜多は答えた。

「ほう。」景重は微笑んだ。「では、いちど、この景重に型を見せていただけぬか。」

「え、いえ。」喜多は答えに困った。

 喜多は直子の顔を見た。直子は今度はそれに答えず、真直の方を見た。喜多も母親にならって真直の顔を見た。

 話の展開をここまで黙って聞いていた本沢真直も、ここは口を挟まずにはいられない状況となった。

「片倉殿。」真直が静かに話しかけた。「この本沢家では女が武芸など、する必要はないと訓じておりまする。」

「はははは、」景重が豪快に笑った。「本沢殿、お戯れですか。この乱世では、おなごも武芸をたしなまなければなりませぬぞ。はははは。のう、直子殿、喜多殿。はははは」と二人に笑顔を見せた。

「ささ、喜多殿、型を見せてくだされ。」と真直の言葉に取り付く島もなく、喜多を促した。

 直子が真直の顔を見ると、真直はそっぽを向いた。直子は喜多の方に頷いて「喜多、景重殿にお見せ申しあげなさい。」と告げた。

 喜多は『こうなったら』と「はい。」と元気よく返事した。


 本沢家の屋敷の庭に喜多の掛け声が響いた。

「えーい、やぁー、えーい、やぁー」

 景重に薙刀の型をいくつか一通り披露した。

「おお、お見事、お見事でござる。」景重は素直にほめてくれた。「ならば、拙者も。」と景重もいくつか型を披露した。

「きぇー、きぇー」と景重の雄叫びがあたりに響いた。

「ふふふ。」喜多はそれがおかしくて思わず笑った。

「喜多殿は筋がよろしいですな。」

 喜多は久しぶりの武芸に心地よい汗をかいて、笑顔で景重に答えた。

「ありがとうございます。お褒めに預かり、畏れ入ります。」

「さすがは、鬼庭良直殿の姫君でござる。」

 そして、喜多に向かって笑顔で景重は言った。

「されど、これからは、この景重が喜多殿の父親になってもよろしいかな。」

「え。」喜多は突然の言葉に驚いた。

 真直は驚愕の表情で景重の顔を見つめ、直子も意表をつかれ驚いていた。

「直子殿。そうでしょう。喜多殿の思いが肝心かなめ。」

「母上。」喜多は不安そうに直子の顔を見た。

 直子は、この本沢家に来てからは、一度も見たこともない笑顔を見せて、喜多に頷いて言った。「あなたの思うままに答えていいのですよ。」

 その直子の表情と、その言葉に後押しされて喜多は元気いっぱい答えた。

「はい。よろこんで。」

「そうでござるか。はははは、それは、よかった。よかった。」景重も豪快に喜んだ。

「はははは。」本沢家の庭に笑い声が響き渡った。


 こうして、景重と直子の再婚はまとまった。

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