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「上がって上がって!」
「おじゃましまぁす」
土曜日のお昼過ぎ、愛衣と二人で武人さんのマンションにお邪魔した。
普段なら、テレビ見ながらダラダラビール呑んで、ゆっくりお風呂に入って。
そんな休日が好きなんだけどなぁ。
一人暮らしにしては広めのリビングからは、楽しそうな笑い声。
すでに呑みはじめている徹と正樹さん。
手伝う気は、ないみたいね。
結構頼りにしてたんだけどなぁ。
と、キッチンにはすでに先客。
デニム地のエプロンをつけた背の高い女の子。
私よりも、少し高いかも?
はじめまして、と笑った顔は女でも見惚れちゃうぐらいの美人。
え?誰?まさか、武人さんの?いやもしかして、徹の?
挨拶もできずにオロオロする私に武人さんが笑う。
「正樹の彼女の千夏ちゃん。このコも今日の料理教室の生徒!
もともとここ何週間か千夏ちゃんに教えてたんだ」
「あ、ああ。そうなんだ。よろしくお願いします」
他にも人がいるなんて聞いてないよ~
しかも、こんな、美人?
苦手、かも?
私は、男でも女でも、綺麗なヒト、というのに苦手意識がある。
『可愛いヒト』は、まだがんばれば話しかけることもできるが、綺麗なヒト、と言うのはホントに苦手。
これは、愛衣も知らない。
私の勝手なコンプレックス。
どうしよう。
「私も料理苦手で、正樹にいつも笑われるの。
で、悔しくてここで教えてもらってるんだけど、女一人で寂しかったから今日は嬉しい。
よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします、愛衣です」
「由夏です」
ニッコリ笑顔で挨拶をした愛衣にくっついて一応頭を下げる。
ああ、どうしよう。
私の気持ちなんかに関係なく、武人さんはどんどん進めて行く。
今日のメニューは揚げ物~、と言いながら冷蔵庫から出てきたのは
ひき肉、海老、イカ、カボチャにナス、玉ねぎ、他にも野菜がゴロゴロゴロゴロ。
揚げ物って、ハードル高くない?
一人暮らしで、揚げ物なんかしない。
ってことは、これまで一度も作ったことがない。
「えーと、メンチカツと、野菜の揚げびたし、海老とイカは天婦羅にしようかなぁ」
一人ブツブツ言いながら食材をテーブルに並べて行く武人さん。
メニュー、決めて無かったんデスネ。
そこからは、武人さんに言われるままに手を動かしていった。
玉ねぎの目にしみない切り方だの、次の作業をする前の片付けだの、
切ったものを鍋に入れる時にこぼさない方法だの、結構マメ知識的なこともたくさん教えてもらった。
武人さんの話を聞きながらだと、楽しくて苦手意識も少し薄らぐ。
ちょっと警戒はしちゃうけど、普通に話すことぐらいは出来るようにならないと、ね。
「ねぇ、まだぁ?つまみ出来る前に呑み終わっちゃいそうなんだけどぉ」
ふらりとやってきて揚げたてのメンチカツをつまみながら冷蔵庫からビールを取りだした正樹さん。
自由だなぁ、まるで自分の家にいるみたい。
「正樹、お前は手伝いもしない癖に文句ばっかり言ってんじゃねぇよ!
ほら、もう出来るからこれそっちに運べ!」
はぁい、なんて言いながら言われたとおりにお皿を運んで行く正樹さん。
徹は何をしてるのか、動く気配もない。
最後の海老の天ぷらが揚がり、料理は完成。
海老は、みんなで筋を切ったはずなのにしっかり背が丸まっている。
一本だけ綺麗に背筋が伸びているのは、きっと武人さんがお手本に、と切って見せてくれた一本だろうなぁ。
見事に不器用な女ばっかり集まったもんだ。
丸まったエビを見ながら大笑いしているのは、千夏さん。
ここまで話してわかったのは、結構さばさばした人なんだって事。
うん、悪い人では無いんだろうなぁ。
でも、なぁ。
そのままリビングでダラダラと呑み始めるが、イケメン、美人の集まりは居心地が悪い。
大量にあげたメンチカツ、天婦羅、野菜の揚げびたしはあっという間に無くなって、
なんかないのか、と徹に言われて武人さんは再びキッチンへ。
ちょうどいいや、手伝うふりしてキッチンへ。
「武人さん、何か手伝えることありますか?」
「ん?いや、大丈夫だよ、ゆっくりしてなよ。」
「でも、悪いから。大したことできませんけど、何かお手伝いします。」
そう?なんて笑ってくれる武人さん。
白菜とハムの千切りを頼まれたけど、私がモタモタ切ってる間に
武人さんは別に2品を完成させた。
私、邪魔してる?
私の切った白菜とハムでコールスローを作りだす。
ぼんやり見てればあっという間に出来上がり。
「じゃ、これ持ってってくれる?」
差し出されたお皿を前に、固まれば困ったように笑う。
「じゃぁ、そこ洗っといてもらっていい?」
「はい!」
大きなお皿を3つ持ってキッチンから出ていく後ろ姿は優しい。
洗い物をしていれば、缶ビール片手に戻ってきてすぐに冷蔵庫をあさりだした。
「まだ、何か作るんですか?」
「あぁ。なんかねぇ、揚げ納豆が食べたいだの漬物が欲しいだのってうるさくってねぇ
あ、それ由夏ちゃんのビールだから、呑みながらやろう?」
笑いながら料理をする武人さんの横で混ぜたり開けたり簡単なお手伝いをしている私は
料理を習っているというよりも、お母さんのお手伝いをしている子供みたい。
「由夏ちゃん、さぁ、俺らが苦手?千夏ちゃんも?」
「……」
ニコニコ笑っていたかと思えば、直球。
返事もできずに固まっていればワシャワシャと頭をかきはじめた。
「やっぱ、そうだよなぁ。何で?って聞いたら答えてくれる?」
「……」
「だよなぁ」
「大したことじゃないんです、皆さんいい人なのはわかってます。千夏さんも、いい人。
話してて、楽しかったです」
「そっかぁ。また、どっか誘ったら、来る?」
「どうだろう」
「そっかぁ」
困った顔をしながらワシャワシャと頭をかく武人さん。
ごめんなさい。
料理教室から1週間。
あれ以来、徹からの連絡は、ない。
さすがにあきれられたかな?
なにせ、武人さんと一緒にずっとキッチンにこもって、夕方になるころにやっとリビングに移動。
その後30分程度で、約束があるといって愛衣を置いてとっとと帰ってきた。
愛衣は千夏さんと仲良くなってたし、大丈夫かと思ってたんだけど、
やっぱり、かなり緊張していたみたい。
でも、ねぇ。
イケメン、美人、愛衣だって相当可愛い。
そんなところで、呑んでられないでしょう?
言えないけどね。
『俺らが苦手?』って言われても何も返せなかった。
苦手じゃなくなったらいいのに。
苦手じゃなくなれば、楽しそうなのになぁ。
そんなことを考えながら毎日なんとなく会社に行って、
なんとなく仕事して、なんとなくまた週末がきた。
今日は予定もないし、早く帰って寝よう。
そう思ってバックを持って会社をでれば、当たり前だけど真っ暗。
予定が無い週末って、なんか切ない。
ちょっと寄り道しようかな。
そんな風に思う自分に少し驚きつつ、地下街をぶらりと歩く。
お店に並ぶ服は季節を先取りしすぎて、今はまだ着れないものばかり。
でも、明るい色の服を見ていると楽しくなってきた。
パワーストーンのお店、雑貨屋、紅茶のお店と覗いたが、これと言って欲しいものもなく
地下街のはずれにある本屋に入った。
観光地やら温泉やらの雑誌を手にとってみれば、徹と行った遊園地が載っている。
ついこないだ行ったのに、なんだかすごく懐かしい。
『また、連れて来てやるよ』
そういった徹が、懐かしい。
パラパラとめくっていれば、少し楽しくなってきた。
これ欲しいけど荷物になるから、家の近くのコンビニで買おうかな、
迷っていれば突然、肩を叩かれた。
「由夏さん、だよねぇ?」
横を見れば、千夏さん。
仕事帰りらしい千夏さんはショートパンツにゆったりとしたニット、ジャケット。
背の高い千夏さんにすごく似合っていて、まるでモデルさんみたい。
うわぁ。
「あ、久しぶりです。よく覚えててくれましたね。」
「覚えてるよ、一緒に丸まったエビの天婦羅作ったじゃない。
今日は一人?何してるの?」
「えっと、ちょっと一人でフラフラと、かな。
千夏さんは?」
正樹さんは一緒じゃないのかな?と思えば柔らかく笑った。
「私はさっき仕事が終わって、今帰り。
ねぇ、お腹すいちゃった。ご飯食べた?」
うわぁ、この流れは。
「まだなら一緒に食べない?
お好み焼きの美味しいお店があるんだけど一人じゃ入りにくくって」
お好み焼き。
私も好き。
しばらく、食べてないんだよなぁ。
まけ、です。
「ここのお好み焼きあんまりふわふわしてなくて好きなんだよね」
連れて行ってもらったお店は個人でやってるような小さいお店。
カウンターがあって、お店の人が焼いてくれている。
お好み焼きをまっている間にビールで乾杯。
グビグビと喉を鳴らして呑む姿は見た目とは全然違って男らしいぐらい。
でも、こっちを向いて喋る姿は、やっぱり美人。
目をあわせることもできない
どうしよう。
考えこんでいればあっというまに私の前に出てきたお好み焼
流行りのやたらとふかふかしているお好み焼きじゃなくって、実家で食べてたみたいなお好み焼き。
すごい、美味しい。
「正樹さん、今日は一緒じゃないんですか?」
黙っていることに耐えきれなくて、出てきた言葉。
合コンにも来てたし、こないだは私達を呑みに誘った。
正樹さん、今日も遊んでるのかなぁ。
「ああ、いいのいいの。
私も正樹も、金曜の夜は好きなようにしてるから。」
カラカラと笑ってビールをあおる。
正樹さんが、何してても気にならないんだなぁ。
「自信、あるんですねぇ。いいなぁ」
「自信、とは違うかな?正樹の邪魔になりたくないし、私も正樹を邪魔にしたくない。
だから、お互い自分の時間は好きに過ごすし、それには文句言わないの!」
カラリ、と笑ってビールのおかわりを頼んだ千夏さんが、カッコいいようで切ないようで。
そのまま二人、どうでもいい話しをしながらビールが進む。
「千夏さんは、正樹さんの隣にいて、気になりませんか?」
どんな話しをしていたのかも覚えていない。
だいぶ酔っ払った私が、半ば八当たりでぶつけた言葉。
「気に、なるよ。そりゃぁね。正樹と私じゃぁ、ねぇ」
困ったような切ない顔の千夏さん。
最低だけど、わかっているけど、少しホッとした。
千夏さんみたいな美人でも、やっぱり。
「私、徹の隣に並ぶの嫌なんです。
ホントは千夏さんの隣も、いや」
周りからの視線。
怖い、と思ったあの頃を思い出す。
ずっと昔のことなのに、今でも怖い。
「うん、わかるなぁ
私も、最初は正樹の横にいるの嫌だった」
「正樹はねぇ、学生時代のバイトの後輩なの。
最初はヘラヘラ笑ってて、なんかむかつくヤツだなぁって思ってた。
でも、ヘラヘラしてるくせにちゃんと仕事はしてて、
要領いいから人より早く仕事終わっちゃって、ヘラヘラしながら人の仕事も手伝ってて」
「その、なんでも出来ちゃうところ、好きになったんですか?」
「何でもできるように努力してるところ、かな?
人よりも仕事してるくせに必死そうな顔はみせないの。余裕のあるふりしてる。
そういうところ、すごいと思ってる。」
「……」
「だから、尊敬も感謝もしてる。」
「そうなんだぁ」
「本人には、絶対いわないけどね」
クスクスと楽しそうに笑う
「私の方が年上で、背も高くて、でもそれでも正樹がいいの。
それをはっきり言えるようになったのは、わりと最近なんだぁ」
「最近?」
「そう、最近」
千夏さんと別れて終電ギリギリに乗り込む。
ああ、明日は二日酔いだなぁ、なんて思いながら窓の外を眺めれば
さっきの千夏さんの言葉が頭を回っている。
『それでも、正樹がいいの』
きっと私、この言葉一生忘れられない。