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幼なじみ  作者: 麗華
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「由夏? そろそろ起きろ」

「ん? 」

 やばい。考えているうちに眠っちゃってなんの対策もしてなかった。ええと、ええと。

「お前さぁ、女なんだから自分の呑める量ぐらい覚えろよ? 」

「……はい。すみません」

 わかってますよ。ただ、徹と呑むと間が持たないというか、なんか呑みすぎちゃうんだよね。他の人と呑むときはそうでもないんだけど。口の中でブツブツ言っていれば、呆れたような溜息が聞こえる。本当、迷惑かけてごめん。

「飲めるか? 具合は? 」

 コーヒーのいい香りが広がっている。インスタントじゃないって、やっぱり徹らしい。

「飲みたい。具合……。頭痛いけど自業自得なので我慢します」

「そうだな」

 まぁ、優しい言葉は期待していませんよ。自業自得は本当だし。でも、具合は?って聞いたのはそっちじゃん。

 若干不貞腐れて徹とペアのマグカップを受け取った。あれ? これ……。

「徹、彼女できたの? 」

「は? 」

「このマグカップ……」

 一年前のマグと違うのに、徹とペア。ってことは……。

「ああ、武人からもらった。愛衣と旅行行った時のお土産だと。土産にマグカップもらったのなんて初めてだ」

 クツクツと笑いながら自分のマグカップを眺める。そうか、愛衣が選んだのか。

 ペアのマグカップ……。

「新しい女ができたら、また買うさ」

 ああ、考えていることわかりました? まぁそうだよね。そんなに高いもんじゃないだろうし。


「ちゃんと寝ろよ」

「ありがとう」

 結局、徹の家でダラダラ一緒にお昼を食べて、車で送ってもらった。スッピンだったし、化粧品もなかったから助かったけど、休み一日無駄にさせちゃったな。武人さんの家での飲み会も無くなったから暇だった、ということにしておこう。


 部屋に戻ったら、まずはベッドに転がり本日、いや昨夜の行動の反省。別に何もなかったけどね。酔っぱらって幼なじみに愚痴って、潰れて、泊めてもらった。大人として人として、何より女として情けない。大丈夫か、私……。

「だめだなぁ」

 徹への気持ちとか、隣に並ぶ自信とか以前だな、これ。

 溜息をつきながらベッドでゴロゴロしていれば眠くなってきた。もういいや。明日考えよう。



 早く眠りすぎたのだろう、目が覚めたのは陽が昇るよりもずっと前。暗い室内に、携帯の着信を知らせるランプが点滅していた。誰だろう。

―由夏ちゃん元気? とりあえず実家に帰ることにしたの。その前に、ちょっと一緒に会えないかな? 明日の午前中、時間ある? ー

 千夏さん? 着信の時間は23時半。今は4時を少し過ぎた時間。どうしよう……。


―今日の午前中、大丈夫です。起きたら連絡ください―

 こんな時間にごめんなさい。着信音で目を覚ますようなことがあったら本当にごめんなさい。心の中で謝りながらも送信した。

 その後、近所迷惑も顧みずにシャワーを浴びて少しすっきりした頭で何を話そうか考える。千夏さんがいなくなったら寂しい? 正樹さんとはどうするの? もう会えない? 自分勝手な言葉ばかりが頭に浮かぶ。それはきっと言葉にしてはいけない。でも、頑張って、なんて言えない。




「おはよう。急にごめんねぇ」

 大きなスーツケースを引きながら待ち合わせのファーストフード店に現れたのは、いつも通りの千夏さん。少し、痩せたな。

「全然、暇だから大丈夫です」

 どうしていいのかわからなくって、どうしてもテンションが低くなる。そんな私に、困ったように笑ってくれる千夏さんは、相変わらずの姉御ぶり。自分の迷いを、私に見せることはない。

「実家に、帰ることにしたんですか? 」

「うん。とりあえず、2カ月ぐらいね。まだどうするかわからないんだけど、2カ月あれば今より少し落ち着くだろうから、たまっている有休全部使うことにした」

「2カ月? 」

「うん。そう。それで落ち着かなかったら、また考える」

 そうか。てっきり完全に実家に帰るんだと思っていたけど、そうじゃないのか。少しホッとして息が漏れた。

「安心した? 」

「はい」

 すぐに返事をした私に向って、千夏さんはクスクスと笑う。なんだろう。

「ありがたいね」

「は? 」

「私がここに居る方がいいっていう人がいるのは、すごくありがたい」

「千夏さんには、居てほしいです」

「ありがとう」

「正樹さんも、きっとそう思っている」

「正樹は……。どうだろうね」

 初めて見る、千夏さんの不安そうな顔。『決めたら教えて』といった正樹さんは、千夏さんの『とりあえず帰る』の決断をどう思ったんだろう。

「正樹さん、どうするんですか? 」

「正樹は、そのまま。今までは私に付き合って、毎週実家に行ってたんだけど、来週からは来なくていいって言ったの。私が毎日いるから、実家でも週末にやる事がたまっているってこともないし」

 寂しそうに笑った千夏さんに、胸が痛くなる。

「正樹が疲れていくの見ているの、辛かったんだ。だから、ちょっと休んでもらおうと思って。その後どうするかは、また考える」

「……」

 武人さんの家で会った時の、正樹さんの疲れた顔を思い出す。確かに、仕事をしながら週末ごとに彼女の実家に顔をだすのは疲れると思う。それでも、正樹さんだって千夏さんといるために頑張っていたのではないのだろうか。こんな結果で、二人は満足しているんだろうか。

 思い沈黙を振り払うように、千夏さんが笑った。 

「私達の事は、少し先まで保留。正直、今はちゃんと話し合いも出来ない位に疲れちゃってて。少し落ち着いてからもう一度、ちゃんと話し合って決めようかと思っている」

「そうかぁ。実家、2カ月で落ち着くといいね」

 本当に、そう思う。正樹さんだけじゃない。私達だって千夏さんが実家に帰ってしまったら寂しいし、会社だって困るはず。古くからの友人もたくさんいる場所に戻るならともかく、暮らしたことのない場所に、千夏さんが何もかも捨てて戻るなんて。問題の先送りでも何でも、とにかく今は千夏さんが実家に帰る時期ではないと思う。

「本当に。妹の出産に合わせて有休使うつもりだったのに、今回ので使い切っちゃうよ」

 カラカラと笑う千夏さんに、目の前が滲む。


「この間、さぁ。修と一緒に買い出し言った時、元クラスメートと会ったって? 」

「え? あ、ああ。会いましたね」

 いきなり話が飛んだ。なんで、修さんわざわざそんなことを千夏さんに? 

「修と会った時に、聞いちゃった。由夏ちゃんが固まってたって」

「ああ……」

 固まってたことには気づいたんだ。ちゃんと、見ててくれたんだなぁ。

「違いすぎだから、かまわないのが一番じゃないかって」

「は?」

「タイプが違うっていうのかな。いかにも『女子』だったって」

 カラカラと笑う千夏さん。修さん、ちゃんと見てたんだなぁ。

「私は、そういういかにもって感じの女子も嫌いじゃないんだけど、仲良くしたいかは別だなぁ。武人や正樹も割とそんな感じかな。男だからね、寄ってこられたら嫌じゃないんだろうけど」

 千夏さんの言わんとしていることが、わからない。ええと、ええと。

「でもね、修と徹は違うんだ」

 いや、修さん楽しそうに笑ってましたけど? でも、まぁ、最後はアサミのことシカトしていたなぁ。

「由夏ちゃんは由夏ちゃんだからさ。負けてほしくないなぁと思う。徹は、由夏ちゃんのことまだ好きだよ」

「……」

「きちんと毎日仕事して、友達の事も大事にして、ちゃんと生活している。何が足りないのか、私にはわからない」

「……私にも、わからないですねぇ」

 本当に、何が足りないんだろう。どうしたら、私の気持ちは晴れるんだろう。もう大人なのに、いつまで子供の頃の事を引きづっているんだろう。

 考え込んだ私に、仕方ないねぇ、と千夏さんが笑う。呆れもせずに見守ってくれる千夏さんに、感謝。




「私がいない間、正樹の事宜しくね。暇を持て余していたら、徹と一緒に遊んでやって。由夏ちゃんとなら、二人でも全然いいけど」

「……あの二人が呑む席には、ついていけません」

「由夏ちゃんは、ちゃんと自分のペースで呑んで、ね」

 ケラケラと笑う千夏さんは、いつも通り。そのまま、新幹線のホームへと消えていった。2カ月間は、会えないんだな。なんだかなぁ。寂しいとか悲しいとかじゃなくて、本当に何だかなぁ、って感じだ。

 千夏さんがいない間、正樹さんは何を考えて過ごすんだろう。



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