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車に乗り込むころには月がでていた。
半月より少し丸みを帯びた月。
ちょっと不格好な感じであんまり好きじゃない形。
綺麗に丸いか、消えそうに細いか、の方が綺麗。
そういった私に、徹は盛大に笑いだした。
「由夏らしいよなぁ」
「私らしい?」
「ああ、由夏らしい。
俺は、月なら何でも好きだなぁ、月の無い夜も、悪くねぇし。」
「それはそれは。
そういうところは、徹らしいよ」
本当に、徹らしい。
家までは一時間程度。
暗くなった車内と周りの視線が無いせいか、
帰りの車内は空気が軽くて、少し楽に話せるようになった。
家が近づくころには、もう少し、着かなければいいのになんて思い始めてきた。
「腹減ったなぁ。
由夏の家の近くで、なんか旨い店あるか?」
「は?」
「どうせ送ってくんだ。お前の家の近くで食ったほうがいいだろ?」
確かに、土曜日だけあって国道沿いの飲食店はどこも満員っぽい。
ウチの近所なら、住宅街の中だから空いてるかも、でも。
「私、あんまり店知らない。」
今の会社に入ってから引っ越してきたマンション。
近所に友達がいるわけでもないし、彼氏も近所のお店の開拓なんかに付き合ってくれるタイプではないので、気になるお店はあるものの行けずにいる。
「じゃぁ、俺の家の近くでいいか? 帰りは送ってやるよ」
「は? 」
「店しらねぇんだろ?旨いかどうかもわかんねぇ店行くぐらいなら、知ってる店に行こうぜ。
お前の家からそれほど遠くないから心配すんな」
「……」
子供のころから思ってたけど、徹は言い出したら聞かない。
穏やかな物言いで、言ってることはかなり強引。
こうと言いだした徹に、私が勝てたことなんて一度もなかった。
黙っていれば車はウチの側を離れて、どんどん進んでいく。
ご飯なんていいから、帰りたい。
徹の家は、ウチから車で20分程度のところにあった。
沿線が違うからか、今まで一度も会ったこと無いけど、こんな近かったことに驚いた。
本当、世間って狭い。
徹の家に車を置いて、歩くこと5分程度。
着いたところは、焼き鳥屋……。
ポカンとしている私に向かって、嫌いか? と眉間にしわを寄せた。
いや、焼き鳥は好きだけど、アンタ私を送っていくって言ってなかったか?
帰りは? と聞けばカラカラと笑ってタクシーぐらいは呼んでやる、とさっさと店に入って行った。
ああ、やっぱり徹だ。
慌てて追いかければ一人さっさとカウンターに座っている。
隣に座ると同時に出てきたビール。
私、ビールなんて言ってないけど……。
お疲れ、とグラスをあげて一人呑み始める徹。
ほんとに、勝手なヤツ。
変わらないねぇ、と笑いを漏らせば徹もクツクツとわらった。
「お前も、中身は大して変っちゃいねぇよ。」
仕方ねぇよなぁ、といって笑った徹の顔は少し寂しそう。
周りは男の人ばかりの焼き鳥屋。
人目の無さが気楽で、ビールの助けもあって話ははずんだ。
昨日一緒にいた徹の友達の話とか、私が合コンに行く羽目になった話とか。。。
「合コンであんなに食べてる人初めて見た。人生初で、やる気のない合コンしている男の人を見たよ」
「あぁ、修も同じ事言ってたぞ。お前もずっと食ってただろ?」
「あ、見てた?」
そんなに食べてたかなぁ?
おいしかったんだよねぇ、と言えば武人のお気に入りの店だからな、とまた笑う。
「気に行ったんなら、また今度行くか?」
「……」
黙ってビールをあおる。
あんな素敵な店で、徹と二人は、きつい。
徹は悪くない、わかってる。
でも、徹と並ぶのは、嫌、なんだよなぁ。
我ながら、情けないんだけどさ……。
「嫌なら、無理にとはいわねぇがな。
修も正樹もまた会いたがってたからなぁ。
アイツらと呑みに行く時に声かけるさ、気が向いたら顔だしな。」
うわ、正樹さん。
あの、かっわいい人だよねぇ?徹と正樹さん。
どんな嫌がらせだ?
「横に並ぶの、きっついなぁ」
つぶやいた声はオジサン達のご機嫌な声にかき消されていった。
その後、私はカパカパとビールを飲み干した。
「由夏?呑みすぎじゃねぇか?」
「うん?へーき、へーき……」
「平気、ねぇ」
徹の呆れた声が遠くで聞こえる。