18
一週間の始まり、月曜日。にも関わらず、疲れた。
もともと忘れっぽい新人ちゃんが、発注を忘れていたという事が発覚。明日必要な物なのに、最短で3日後って……。
代替品を探す為に、あちこちの部署に頭を下げる私達、何とか納期を早められないかと電話機にかじりついて交渉をする営業。事態を見て顔を青くした新人ちゃんは、泣き出す始末。
気持ちはわかるが、泣くな!
何とか落ち着いたのは、定時をとっくに過ぎたころ。明日の朝一で営業が倉庫まで取りにいくことで、午後には何とかなりそう。今夜このまま車を飛ばして、倉庫の駐車場で寝るっていってるけど、大丈夫かな?
ああ、ほんと、疲れたし、お腹すいた。
電車の中で、今日は何を食べようか、なんて考えていればドアが開いた瞬間、お蕎麦のいい匂い。この駅ホームに立ち食い蕎麦のお店があったんだ。知ってはいたけど、通過駅なので、下りたことはない。でも、今日は、もうダメ。
閉まりかけたドアをくぐり、お蕎麦屋さんへ吸い込まれた。
女一人で立ち食いって、ちょっと寂しい気もするけど、気楽さが好きで、会社の側で時々食べる。お店によって結構味が違うらしいけど、ここのはどうかな?
「かけ、大盛でね」
食券を渡すと、威勢のいいおばちゃんの声が響いた。いや、大声で言わなくていいですから。
「由夏? 」
「修、さん? 」
まさかの修さん。なんで? ここで?
「お久しぶり、です」
そのぐらいしか、言葉でてこないよぉ。一人で立ち食い蕎麦、大盛は、ちょっとさすがに恥ずかしい。修さん、きょとんとしてるし。
「家、近いのか? 」
「あ、いや、近くはないんですけど、この沿線です。いい匂いがして、つい、途中下車、です」
お願い、笑って。
「なんだ、そうか。もう一本早いのに乗ってたら、どっか食いに誘ったんだけどなぁ。俺もここの駅全然用ないのに、蕎麦食いに降りたんだ」
笑ってくれた修さんの目の前には、おそらく特盛のかけに、コロッケ。ちょっとだけ、仲間意識が芽生える。そういえば、合コンでもこの人ずっと食べてたなぁ。
「はいよ、かけ大盛」
元気よく置かれたどんぶりは、修さんのよりも少し小さい。同じサイズでなくて、良かった。
「今仕事帰りか? 」
「はい、今日ちょっと遅くなっちゃって、修さんも? 」
「俺は毎日このぐらい。今日は直帰だから、早いぐらい」
そういや、立ち上げたばかりの部署だって言ってたなぁ。立ち上げたばかりだと、忙しいんだろうけど、毎日この時間は、大変だ。
二人で無言で蕎麦をすすっているだけなのに、気まずい空気はなくて、なんか、これっていいかも。
「ご馳走様」
おばちゃんに声をかけ、どんぶりをあげてホームに戻る。時間が遅いせいで、次の電車まで10分程度の待ち時間。最近の見たバラエティとか、天気とか、他愛のない話が尽きなくて、結構楽しいかも。徹の、友達。こういう人に囲まれて、過ごしているんだなぁ。
「あの、さぁ」
少し気まずそうに話を切り出した修さん。なんとなく、言われる事は想像がつく。
「また、武人の家、来ないか? いや、家じゃなくてもいいんだけど。また、皆で呑みに行ったりとか……」
ですよね。ええと。
「徹から、何か聞きました? 」
「……」
修さん、正直ですねぇ。
「仲いいですよね。社内でそんなに仲がいい人に囲まれてて、徹がちょっとうらやましいかも」
本心から、そう思う。もちろん、私も愛衣とは仲がいい。でも、上司やら後輩やら、となると話は別。プライベートでまで会おうとは思ったことはないし、社内の飲み会も、出来れば欠席をしたいぐらい。
「あの、さぁ。知ってるとは思うけど、アイツ、なんでもできるんだ。
平然として、結構無理な仕事もこなしてる。
凹んでるところも、見たことねぇ。見た目もああだから、女にもモテる。」
「はぁ」
知ってますよ、修さんより、ね。
「でも、友達少ねぇんだよ。
俺ら以外とつるんでるの、ほとんど無ぇ」
「そう、なんですか?」
「キツイからなぁ、アイツ」
あ、確かに。
徹は、正しい。
自分にも厳しいけど、他人にも厳しいことを言う。
落ち込んでるときとか、徹に相談すると余計に凹んだ。
徹は何でもできるから言えるんだよ、とよく泣いた。
思い出してクスリと笑えば修さんも笑う。
「まぁ、自業自得っちゃぁそうなんだけどさ。
でも、キツイけど、ちゃんと考えてくれてんだ。
徹だって、ホントにすごい努力するし」
「そう、ですね。」
知ってる。
ずっとそうだったから。
突き刺さる徹の指摘のほうが、表面だけの優しい言葉の何倍もの優しい気持ちがこもってる。
修さんの言いたいことは伝わるけど、返事ができない。
「徹のそういう所、わかっているヤツが多いと、嬉しいんだよなぁ」
重たい空気のまま並んで電車を待っていれば、修さんの乗る車両が先に来た。まだ何か言いたそうだったがそれには触れずに少し離れてみれば、察してくれたようで黙って乗り込んだ。
「またな」
「……お疲れ様です」
行き違いでホームに入ってきた電車に乗り込めば、車内には、疲れた顔のサラリーマンに元気一杯の学生達。ああ、人がいるって、いいなぁ。
『友達少ねぇんだよ』
ベッドに入っても二人の言葉がグルグルと頭を回る。
徹は、私が言ったこと、どう思ってるんだろう。
『最後にちゃんと話してみない?言いたいことも聞きたいことも』
愛衣の言葉まで回り始めた。
もしこれが徹以外の事で悩んでるなら、迷わず徹に相談するのになぁ。
そしたらきっと、怒られる。的確で適切なアドバイスと共に、呆れたような溜息をついて。
『アンタと一緒にいると卑屈になる。
他の女からの視線も嫌!私がこんなに卑屈になったのは徹のせいだから!』
こんなこと言ったら、怒るかなぁ、呆れるかなぁ。
まだ、真剣に怒ってくれるかなぁ。
イイタイコト、言ったら、どうなるんだろう。
そもそも、『徹の横に立つの、嫌』
そんなこと言っておいて今更連絡なんて、取れないよね。
きっと、もう、見捨てられた。
気がついた時には、窓の外は明るくなっていた。
いつの間にか、眠っていたのか。
これだけ悩んでも、眠れなくなるなんてことはない。
これは、いいことなのか悪いことなのか。
ああ、今日も一日始まっちゃった。




