15(徹視点)
アサミと歩いていたのを見られていたなんて、思いもしなかった。
車を降りて行った由夏は、振り向くこともなくマンションに入って行く。
俺といるのが嫌だといわれても、何も言えなかった。
「あ、徹おはよ!なに週明けからサボってんのさ。今週は毎日残業決定だねぇ」
「昨日は天気良かったもんなぁ。どこ行ったんだ?」
朝から元気な正樹に修。
俺が休んだところで、体調不良なんて思う奴は誰もいない。
「しねぇよ、残業なんて」
笑ってPCを開けばたった一日でメールが数十件……。
まぁ、仕方ねぇ。
一つ一つメールを開いて、優先順位を検討して、返信。
終わるころには武人も出勤してきて
各自勝手に仕事を始めて、動き回っている。
「楽しい休日だったか?
ったく、欠勤理由に『天気がいいから』ってのは、なんなんだよ」
「悪かったなぁ。でも、あんなにいい天気だったら仕事なんてきたくねぇだろう?」
「お前以外はみんな、仕事だったんだよ!」
書類を置いてぶつぶつ言いながら自分のデスクへ戻って行った、武人。
欠勤の連絡を入れたときは『ああ』しか言わなかったってのになぁ。
そういや、こいつが休んだところなんて見たことねぇ、毎日仕事で、おもしろいのかねぇ。
休んだ分を取り戻したころには、昼はとうに過ぎていた。
たいした仕事はなかったはずなのに、今日は定時には帰れそうにないかぁ。
知らずにため息が漏れると、後ろから呆れたような笑い声が聞こえた。
「なんだよ、昨日は楽しかったんじゃないのか? 」
やるよ、とコンビニの袋をデスクに置いてニッカリと笑う遠慮のない馬鹿。
「まぁ、楽しかった、かねぇ……」
「ふうん」
それ以上聞くこともなく、コーヒーを出して飲み始める。
こいつなりに、気を遣ってんだろうな。
情けねぇ。
結局、3時間程度の残業で、休んだ分の仕事は片付いて、翌日からはいつものペース。
仕事が終われば一人で呑みに行ったり、酒を買ってマンションで呑んだり。でも、頭に浮かぶのはいつも同じ。
情けねぇなぁ。
「徹、まだいたのか?」
定時をとっくに過ぎた金曜日。
どうでもいい仕事を片付けながら、ダラダラと会社に残っていた俺に驚いたように武人が声をかけてきた。
「あぁ、きりのいいところまで、なぁ」
言葉を濁す俺に眉間のシワが深くなる。
仕事が片付いていないわけではないことは、分かっているんだろうなぁ。
「サボったりなんかするからだよ
いつ頃片付きそうだ?」
「1時間弱って、ところかねぇ」
「そうか、終わったら声かけな
俺もそのころには終わらせるから、飯食いにいかねぇか? 」
「ああ」
まぁ、こいつなら、いいだろ。
日付が変わるころ、小さな居酒屋で飯を食いながらの俺の愚痴。
黙って聞いていた武人の言葉はシンプルだった。
「で、お前はどうしたいんだ?」
「どう……。どう、したいのかねぇ」
由夏を傷つけた、守れなかったことの後悔。
後悔はあるが、これからのことは何も浮かんでこない。
「わからねぇのかよ?」
眉間のシワがまた、深くなった気がする。
「そうだなぁ、ガキの頃に戻ってやり直してぇなぁ、とは思うが。
今からどうしたいのかは」
「女には執着しねぇ主義の徹の言葉とは、おもえねぇなぁ」
呆れたような乾いた笑い声。
まぁ、そうだろうなぁ。
今までの女と由夏は、違う。
女として見てるのかどうかさえ、わからない。
「家族に、戻りてぇ、かな?」
「家族?それでいいのか?
お前とは家族で、他の男のもんのままで?」
他の男、かぁ。
彼氏がいるとは聞いているが、由夏が男と並ぶ姿が想像つかない。俺の中では、まだ由香はおびえた中学生のままなのかもしれない。
由夏が笑っているならそれでいい、と思う。
「他の男のモノでいることに腹が立ったら、その時考えるさ。
今は、妹みたいなもんなんだ。誰だって家族に嫌われるのは、嫌だろう?」
「そうか」
朝、目が覚めたのは自分の部屋。見事なぐらいに天井が回っている。
いつの間に帰ってきたのか、どうやって部屋に上がったのか、全く記憶がない。
記憶をなくすまで呑むなんて、いつ以来だろう。
ぼんやりと覚えているのは、家族に戻りたい、といった女々しい自分。
情けねぇなぁ、本当に。
痛む頭を押さえ、ぼうっとしていれば携帯の着信音が鳴り響いた。
「お、生きてたな。昨夜の記憶はあるか?」
「いや、全く。
久しぶりの二日酔いだ」
「そうだろうな。
まぁ、生きてたんなら良かったなぁ、たまには二日酔いもいいんじゃねぇか?」
じゃぁ後で、と言って電話は切れた。
後で、ってなんだ?
何か、約束でもしたのか?
何の約束をしたんだか覚えてねぇが、明日も休みだ。どこかに出かけて迎え酒も悪くないか。まぁ、覚えてないってわかってんだから、また連絡よこすだろ。起きて待っている必要もねぇなぁ、と思ったとたんに再度襲ってきた素直な眠気。あっさりと意識を手放し、ソファーに沈んだ。。
「起きてるかぁ?」
チャイムと同時に響き渡る声。
ああ、俺、鍵かけてなかったんだなぁ
開いてるからって勝手に入ってくるんじゃねぇよ、なんて言葉は聞く気もないらしい修。
勝手に上がりこんだかと思えば、冷蔵庫を開けて中身を物色している。
「なぁんにも、ねぇなぁ」
当り前だ、ここ一週間自宅で飯なんて食ってねぇよ。
そう言えば呆れたように笑う。
「それもすげぇよな。徹らしいっつうか、らしくないっつうか」
『どっちだよ』そんな心の声は押し込めるのが、俺の大人としての役目だろうな。
「今日は、お前とも約束してたのか?」
「ああ?なんだ、覚えてねぇのか?じゃぁ、一緒に呑んだこともか?」
昨夜は修も合流したのか。
この年でここまで記憶がないってのもすげえなぁ、なんて一人で感心していれば修が呆れて笑う。
「徹でも、そんなことあるんだなぁ。
何かあったか?」
「なんでもねぇよ、たまには深酒もするさ」
笑ってやれば、納得したような、しねぇような顔を見せる。
納得なんてしなくてもいいから、ここは引け。
軽くにらめば、黙ってもう一度冷蔵庫をあさり始めた。
「俺は、何の約束をしてたんだ?」
「ああ?ここで、みんなで呑もうって話だ。
武人がなんか作るらしいけど、先に行って調味料とかあるのか見てこいって言われてさぁ。」
「ああ?」
何言ってんだ?
誰が、そんなことを?
「徹、いいって言ったぜ?
正樹が『たまには徹の家で呑みたいねぇ』って、覚えてねぇよな。
ホントに、おぼえてねぇんだなぁ。いつもと変わらねぇみたいだったのに」
変わらなかった、かぁ。
過去何度か記憶が飛んだことはあるが、これまで俺が酔っているのに気付いたのは武人ぐらいだ。聞くところによれば、どれだけ記憶がなくてもいつも通りらしい。
「約束しちまったんなら仕方ねぇな。
いくら冷蔵庫あさったって何にもねぇよ
食いたいもんあれば買ってこい」
「いや、俺は冷蔵庫の中身見るだけだ。
買い出しは武人。正樹もそろそろ来るだろうから、先に呑んでようぜ?」
自分で買ってきたんだろうビールを出してカラカラと笑う。
まぁ、いいか。
缶を開けると同時に正樹がチャイムを鳴らし、ドアを開ける。
「お前さんら、チャイムって何のためにあるか知ってるか?」
「ん?来たこと知らせるためでしょ?
おじゃましまぁす、って言う代わり」
悪びれもせずに笑う正樹。
ああ、そうだ、こいつはこういつ奴なんだ。
まあ、いちいち出迎えに行くよりはいいかねぇ。
「今日は、千夏は?」
「ん?今週は友達と旅行だって。
だから、今日は男だけ!流行りの男子会?」
流行ってるのかよ?と首をかしげる修に、これから流行らすんだよ、と笑う正樹。
「修!お前、電話くらい出ろよ!」
チャイムが鳴ることもなく玄関が開く。
ああ、正樹も修もチャイム押しただけ偉かったんだな。
「冷蔵庫の中身見たら連絡しろっていったのに連絡ねぇし、電話も出ねぇし。
役にたたねぇなぁ。買い物できねぇじゃねぇか」
ああ、そういや冷蔵庫あさるだけあさってたけど、連絡してんのは見なかったなぁ。
「だって、なんにもねぇンだモン
あるもの調べて連絡するって言ったろ?
なんにもねぇから、いいかと思って」
まぁ、そんなもんだろうな。
正樹と二人笑い転げれば、渋い顔をしたオッサンは買い込んだ食材と酒を床にドカドカと置いていく。段ボールから出された酒は俺の好きな日本酒。
ありがてぇ、なぁ。
「徹でも、女の子に執着するんだねぇ~」
カラカラと笑う正樹、凍りつく修、我関せず、を貫く武人。
こんな光景も、なかなか見ねぇよなぁ。
「俺でも、っていうのはどういうことだ?」
「だって、徹女の子に冷たいじゃん。
彼女できても、なんか冷めててさぁ。来るもの拒まず去る者追わず?」
言われてみれば、そうかもしれない。
特別、『この女でなければ』と思ったことはない。
寄ってきた女が『それなり』だったら付き合う。
付き合っているときは、うまくやっているつもりだ。
流行りのデートスポット、旅行、プレゼントもその女が欲しがりそうなものを選ぶ。
ただ、離れていけば無理に引き止めることはしねぇ。
前の『カノジョ』が別れるときに言った一言、『あなたは誰を見てたの?』
今更ながら、言われた理由が分かった気がする。
「そこまで執着できたってのは、いいことなんじゃない?
たまには抗うってこともしてみたら?」
カラカラと笑いながらのアドバイスはありがたい、が、余計なお世話ってのも大きい。
「嫌がる女に執着する気はねぇよ」
「そうやってるから、逃げられるんじゃない?
徹が一歩引いたら、由夏ちゃんは5歩ぐらい引くよ?」
笑顔でナイフを投げつける正樹に苦笑するしかない。
横では修が無表情でビールを呑んでいる。
ああ、これじゃあ明日は修が二日酔いだなぁ。
なんとかしてやろうと思うものの、二日酔の残る頭ではうまくとりなしてやることができない。
なんか、何もかもが情けねぇ、なぁ。
「いいじゃねぇか、徹が決めることだろう?」
空気を変えたのは、まさかの武人。いつも通り、しまりのねぇ顔で笑いながらも、声は鋭く正樹に刺さる。一瞬驚いたように肩をすくめたが、すぐにいつもの笑顔に戻る正樹。
これも、さすがだねぇ。
「そうだねぇ。徹には余計なおせっかいだったよね?
徹様、だもんねぇ」
最後に一つ、と言わんばかりの嫌みをはなって笑う正樹。
無表情だった修は助けを求めるように武人のそばで新しいビールをあける。明日きついぞ、と言われても聞こえないかのようにカパカパと缶を開けている姿に少し、胸が痛む。
その後は、まさに『男子会』。
千夏の旅行先、最近会社に入った新人の話、よく行く居酒屋の話なんかもでた。
「あそこの居酒屋、どこにでもある料理のはずなのに、違うんだよなぁ。
旨いよなぁ。」
感心してるような、悔しそうな感想を漏らす正樹。
料理が好きなやつってのは、同じもん食っても感想が全然違うんだなぁ。
「武人の料理も旨いけどなぁ。
なぁ、会社辞めて居酒屋やったら?俺毎週通うぜ?」
「お前、俺に会社辞めろって?結構がんばって働いてるんですけど?」
とんでもないことを言い出した修に、わざとらしく泣きまねをする武人。
ただただ下らねぇ話をして、笑って。
昼過ぎから呑み始めたのに、気づいたら日付が変わっていて、正樹は千夏のいない自宅に帰って行ったが、床に転がる修と武人は起きる気配は見当たらない。
これだから、俺の家で呑むのは苦手なんだ。
明日の朝、こいつらどこまで覚えてるのかねぇ。




