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朝?
昼?
電話の音で目が覚めた。だれ? 徹?
携帯に表示されたのは、お久しぶりの彼氏の名前。
最後に話したの、いつだっけ?
「おはよう」
「おはようって、もう昼近いぞ? まだ寝てた? 昨日飲んだの? 」
「うん、まぁ」
久々に電話してきたくせに。
いいじゃん、アンタこっちにいないんだから。私が何時まで寝てたって関係ないでしょう。
心の中で、ガッツリ悪態をつくあたり、私も可愛い彼女ではないんだろう。
でも、言わないだけいいよね?
「まぁいいや。あの、さ。悪いんだけど、今月ちょっときつくてさぁ。そっちに行けないんだよね」
「……そうなんだ」
先月も、先々月も同じこと言って、結局私が会いに行ったんだよなぁ。
飛行機で1時間とはいえ、往復したら3万はかかる。私だって、毎月はきついんですけど。
私より、稼いでるくせに。
「なんか、付き合い多くて、さぁ。でも、由夏も毎月はきついだろ?来月は、絶対俺が行くから」
それ、来るなってこと?
来月はって、先月も先々月も聞いたけど。
「……わかった」
電話を切って、しばらくぼんやりとしてみた。もうだいぶ太陽は高くまで登っているみたい。
ああ、休み一日損した気分。
そんな電話、日曜にしてこなくてもいいのに。
私と釣り合うぐらいの地味な彼氏。浮気の心配はないって思ってたけど。
見る目、無いんだなぁ。
何より情けないのは、そこまで気にならないこと。
会えなくてショックとか、他の女が居たらどうしようとか、全然気にならない。
私、駄目だなぁ。
昨夜、結構飲んだと思ったのに、頭はさほど痛くない。
そうか、意外に酔って無かったのかもな?
うん、これなら買い物ぐらいは平気だな。
スーパーいって、たまには自炊してみよう。
先週、武人さんに教わったし、きっとなんか、美味しいものが作れる気がする!
美味しいものを、作って食べたら、気分がすっきりする気がする。
シャワーを浴びて、着替えてスーパーへ。
カートを押しながら食材を見て行く。
先週作ったのは、天婦羅、揚げびたし、メンチカツ。
一人暮らしの我が家には揚げ物用の鍋なんてない。
出来そうなのは、白菜のコールスロー、漬物。
なんか武人さん、竹輪と野菜を炒めてたなぁ。
味付け、なんか粉ふってたけど、あれなんの調味料だったんだろう?
ダメ、全然思いだせない。
そもそも、私、お手伝いくらいしかしなかったしなぁ。
う~~~~ん。
なんか、惣菜買っていこうかなぁ、なんて甘い誘惑が頭をめぐる。
惣菜の誘惑を何とか振り切って、レジをすませる。
白菜、ハム、マヨネーズ、竹輪にキュウリ、ささみ、バンバンジーのたれ。
精一杯考えて私に作れそうなものはこんなもん。
まぁ、作ろうと思っただけですっごい進歩だと思うんだけどさぁ。
部屋に戻ればテーブルに置きっぱなしの携帯がチカチカと光ってる。
着信?もしかして、徹?
ドキドキしながらチェックすれば、正樹さん。
あ、電話番号も知ってるのね。
どうしようかなぁ。実は、一番苦手かも。
考え込んでいればメールが来た。
『今日は餃子だよ!オレまで手伝わされるから早く来てよ』
ああ、正樹さんだなぁ。
でも、私行くなんて言ってないいし、いいよねこのままで。
愛衣もいるのかなぁ。
よし、携帯は部屋に忘れて出かけちゃおう!
私は嘘が下手な自覚がある。
部屋にいたのに、メールも着信も気づかなかったなんて絶対言えない自信がある。
でも、忘れて出かけた、ぐらいの嘘ならなんとか。
で、遅くに帰って来て、慌てた感じでごめんなさいメール送ればいいよね!
買った食材はもったいないけど、明日はきっと作るから、と言いわけしながら冷蔵庫にしまう。
よし、一人映画にでも行くか!
あまり街中まで行くと混んでいて落ち着かないから、3つ先の駅にある、マイナーな映画館。
あんまり上映してる数は多くないんだけど、見たいのが上映されてればゆっくりできるから私はお気に入り。
何を見ようかなぁ~。気になってるのはいくつかあるんだけど、いくつかあるからこそ、迷う。
シリーズ物のSF,スパイ、アクション、アニメ。
う~ん、ゆっくりしていくんだから、一番時間がかかるのしよう。
上映している中で一番時間が遅く始まるのを選ぶ。
上映までは2時間近くある。軽く何か食べようかな、なんて思っていったん映画館の外へ。
コンビニで雑誌を買って、ファミレスへ。
サンドイッチとコーヒーを頼んで雑誌をめくり、窓の外を眺めると、徹?
なんで、こんな所に?徹の家からも会社からも遠いのに。
横には、細い可愛い女のコ。
私の目は徹の横の女の子に釘付けになっている。
私、このコ知ってる。
徹はこっちには気づいていないみたい。
気づいて、気づかないで、気づいて。
気づいて、こっちを見て、私に声をかけて。
気づかずにそのままどこかに行って、これ以上みじめにしないで。
目をそらしたい。
知らなかったことにしてしまいたいのに、できない。
視界から徹が消えるのを待って、ファミレスを出て映画館に逃げ込んだ。
見ようと思っていた映画ではなく、一番早く始まる映画のチケットを買って指定された席に着く。
一番後ろの列。
映画は人気が無いらしく、同じ列には誰もいない。
良かった。
内容なんて全然頭に入ってこなかった。
暗い室内でぼんやりとさっきの光景を思い出す。
あのコ、中学の時に徹を好きだと言っていたコ。
私が徹から離れたのは、あのコが徹を好きだと言ったから。
でも、可愛いコだったもんなぁ。
徹の横に並べば、それなりにお似合いなのかも知れない。
徹だって男なんだから、可愛いコ、好きだよね。
徹の彼女に、私が口出すこと無いよね。
たとえ、それが性格悪かったコでも、今は違うかも知れないし。
仕方ないなぁ、なんて言葉が頭に浮かぶ。
暗い室内で、少し落ち着いたのかさっきの激しい動揺は無くなった。
さっきのみじめな気持も少し和らいだ。
ご飯、食べそびれちゃったなぁ。
映画のエンドロール、重たい身体を持ち上げて映画館を出たけど、
この近くで食事をする気にもなれなくて、お腹すいたなぁ、なんて思いながら電車に乗り込んだ。
駅の側のコンビニで、何か買おう。
ついでにビールも買っていこう。
コンビニでは、目につくものを片っ端から手に取った。
サラダ、パスタ、おにぎり、さっき食べそびれたサンドイッチ。
サキイカにサラミ、チーカマ、ビール、チューハイ、ワインのミニボトルまでカゴに放り込む。
絶対、今日これ全部なんて食べられない。
わかってるのに、手は目にとまったものを次々にカゴに入れる。
なんで私、こんなにショック受けてるんだろう。
彼氏に会えないよりも、ずっとショックを受けてる。
どうして?
部屋に戻れば案の定、携帯は、チカチカと光っている。
正樹さんから何件かの着信にメール。
愛衣からも、どうしたの?なんてメールが来ている。
徹からは、当然ない。
いいんだけどさ、無くても。
私が避けてたんだし。
「いいんだけどさ、徹が誰と歩いてても」
ビールをあけて、ひとり言。
「可愛いコが、いいと思うよ、誰だって。」
「でも、だからってあのコは無いんじゃない?」
「中学から、ずっと続いてたのかなぁ?」
「私の事、二人で馬鹿にしてたのかなぁ?」
「徹って、そんなヤツだったっけ?」
「違う、と、思ってたんだけどなぁ」
「私、見る目、無いんだなぁ」
ひとり言を言いながらのお酒はとまらない。
あっという間に買い込んだお酒の半分が消えた。
後で、また買いに行かないとなぁ、なんて思っていれば携帯が光る。
着信相手は、徹。
出ない、絶対出ない!
でも、なんの用だろう?
気になる、けど、出ない、絶対!!
「……徹?」
私の手は、私の意思を無視して勝手に動いていた。
「まだ起きてたか。何やってんだ?」
電話の向こうでクツクツと笑う声。
起きてたか、って電話しといて言うセリフじゃないと思うんだけど。
やっぱり、徹だなぁ。
さっきのみじめな気持が少し、戻ってきた。
この徹は、ホントに私がずっと知ってる徹なんだろうか?
「今日は、武人の料理教室行かなかったのか?
昨日、千夏と一緒だったんだろう?まだ、人見知りしてんのか?」
「私、毎週いくなんて言ってないし、今週もあるなんて、聞いてないよ?」
愛衣から聞いてないのか?と言われたけどそんな話は聞いてない。と、思う。
今週、ボゥっとしてたからなぁ。
「で、なに?」
「いや、何してるかと思ってな」
「部屋で、呑んでた」
一人でか?と電話の向こうで笑っている。
そうだよ、一人で呑んでました!原因は、アンタだよ!
とはいえずに黙って笑われていれば早めに寝ろよ、と言って電話は切れた。
なんだったんだ、一体。
もう1本、といながらあけたビールは美味しくない。
結局呑みきれなくて台所の流しの中へ。
あ~あ、もったいない。
ベッドに潜りこんだけど、眠れなくてごろごろと寝がえりを繰り返す。
なんで、惨めなんだろう。
恋だったわけじゃない、兄妹でもない、でも、とっても近い人。
強くて、正しくて、優しかった。
自分から離れたくせに、徹は私のこと裏切らない、なんて勝手に思い込んでた。
私に意地悪した人の事は、徹も嫌いになってくれるはず。
小さい頃みたいに、徹はずうっと私の味方。
絶対、敵にはならない。
そんな風に、思ってた。
そんなわけ、無いじゃんねぇ。
自分可愛さに、徹のコト傷つけたくせに。
家族みたいだったのに、何も言わずに突然離れて行ったのは、私。
あの頃の徹の顔を思い出すと、胸が痛んだ。
ごめんねぇ。
ちゃんと言ってたら、何か変わったかな?
あの時の徹なら、私の味方、してくれたかなぁ?
いつの間にか、涙があふれてきた。
悔しいのか、寂しいのか、悲しいのかもわからないけど、涙は止まりそうにない。
私は、どうしたいんだろう?
『俺らが、苦手?』
『お前、なんで突然俺から離れて行ったんだ?』
武人さんと徹の声が頭の中をぐるぐるまわる。
違う、違う!
苦手じゃない!
離れていきたかったわけじゃない!
ホントは、徹と一緒にいたかった。
お互い、他に好きな子ができても、からかったり、からかわれたりしながら一緒にいたかった。
ホントは、もっと自信持って隣で笑っていたかった!
あの時の私はどうしたら良かったんだろう。
あの時、もっと強くなることができたんだろうか?
戻れないけど、わかってるけど、『後悔』が頭から離れてくれない。




