クラスメイトとの戦い
考えてみれば、俺も相当ノリノリでやばいことをしているよなぁ。
こんな強盗みたいなこと、ゲームの中以外でしたことなかったんだけどな。
今は割と面白いと思ってしまっている自分がいる。
「毛利船長。輸送船団を確認しました。輸送船三、護衛に駆逐艦四」
観測手であるフランの合図で俺は作戦が始まったことを理解した。
ここから先は空賊王グリードだ。
「ライカ、最大船速」
「はい。エーテル機関全開、最大船速」
「行くぞ! 空賊の時間だ!」
敵艦に奇襲をかけるため、俺は舵を全力で切って、岩陰から船を一気に飛ばした。
相手から見れば、船が突然現れたように見えるだろう。
空賊の戦いで大事なのは先手を取ることだ。
どれだけ船団を率いようと、その中の一つにでも乗り込むことが出来れば、味方を撃てない敵は固まる。
ようは人質をとって脅すって話だ。身も蓋もないけど、数に劣っていたらそれぐらいしないと言うこと聞かせられないからね。
今回、最も人質として価値があるのは貨物を運ぶ輸送船だろう。
俺は先頭の輸送船に狙いをつけると、狙った獲物に向けて船を急降下させた。
「主砲発射!」
「アイアイサー! 主砲発射!」
俺の合図にセバスチャンが復唱すると、敵の船に向かって赤い炎が二連続で降り注いだ。
甲板の上で爆発が連続して、人が通れそうな穴が空く。
穴の中には輸送物資だろうか、いくつもの木箱が見えた。
これで突入口が見えた。次は突っ込んで根こそぎ奪うだけだ。
「総員耐ショック姿勢! 突撃!」
その穴に向けて船の先端を突き刺すと、船内が大きく揺れて、敵艦の甲板が砕けた悲鳴が鳴った。
後は敵の船をタッチすれば、全て俺の物になる。
「セバスチャン、こっちの守りはまかせるぞ」
「はい。お任せあれ」
俺はブリッジを飛び出し、甲板から敵の船の中へと飛び降りた。
そして、敵兵を排除しようと宝物庫を開いてみたが、呼び出した大砲は火を放つことはなかった。
「あれ? 誰もいない? 木箱も空? まさかっ!?」
俺はすぐに輸送船を宝物庫に登録すると、急いで自分の船に飛び戻った。
これはヤバイ。乗組員無しの空っぽの輸送船なんか用意しているってことは――。
「ずらかるぞ!」
「あれ? 毛利君、交渉は?」
「罠だ! くそっ! 遅かった!」
フランがとぼけたことを聞いたけど、説明する時間は全然残されていなかった。
もう既に俺達は敵の策にはまっている。
「敵の船に囲まれた。多分、輸送船は全部外れだ」
「何でばれたの? お父様は私の戯れ言だと思っていたんじゃないの?」
「多分、そう思うことすらも読まれたんだ。フランがそう思ったら確実に次のちょっかいを出してくる。そのちょっかいが分かっていれば、罠は簡単に用意出来る。罠が爆弾が詰め込まれた自爆用の輸送船じゃなくて良かったぜ。って言っても、状況は最悪だな」
四方向を囲む赤い駆逐艦が合計二十門の砲台を俺達に向けていた。
俺達が輸送船に取り付くことを予め考えていなければ、こんなことは出来ないだろう。
王様が仕掛けたのか、はたまた島崎が用意した罠か。どっちでも良いけど、今はこの状況を切り抜けないとな。
「空賊王グリード、大人しく姫をこちらに渡しなさい」
敵の船からマイクで声が聞こえてきた。
聞き覚えのある女の子の声だ。あれ? この声って確かうちのクラスの?
「私は橘風子! 私の疾風の翼からは逃げられないわ」
「橘さん!?」
陸上部の橘風子、全国大会にまで出場する俊足の女子で、島崎をのぞいた男子よりも足が速い。もちろん女子では全校一位の速さだ。
乗っている船まで高速型の駆逐艦か。ピッタリだとは思うけど、追いかけられると厄介だな。
ここはダメ元でとぼけて見逃して貰うか?
「ちょっと操舵を間違えて輸送船につっこんでしまったことは謝るよ。それと姫様ってなんのこと?」
「へぇ、それがお姫様をさらった人の言う台詞?」
「何のことかな? 俺は交易船で武器を運んでいる途中なだけだよ?」
「しらじらしい。随分愉快な冗談を言うのね。毛利君がそんな面白い人だなんて、知らなかったわ」
「毛利君? 一体誰のことを言ってるの?」
「とぼけてもムダよ。島崎様は全てお見通し。あなたを捕らえて、フラン様を取り戻すよう言われているもの。島崎様は毛利君以外にこんなことをしようとする人間はいないと言ったの」
「そっか。この罠は島崎の作戦か。って、島崎……様ぁ!?」
島崎がみんなの憧れだったのは分かる。それでも、様なんてつけた呼び方をした人は誰一人いなかったはずだ。
普通に会話出来たから、洗脳がとけたんだと思ったけど、洗脳されっぱなしっぽいな。
「様付けを強要かぁ。寝取り趣味に加えて、俺様強要とか、あいつ趣味悪いなぁ」
「島崎様をバカにする人は許さないわ!」
ぽつりと思わず口にした言葉をマイクが拾っていたせいで、橘さんがキレた。
同時に砲弾が飛んできて、真後ろで炎が爆発した。
やべぇ。この女、フランが乗ってることを忘れて、本気で攻撃してきた!
「危なっ!? こっちは姫様が乗ってるんだぞ! 姫様ごと沈めるつもりか!?」
「船を壊して動きを止める程度にしてあげるから、大人しく当たりなさい!」
「うわー、橘さんは手加減してくれて優しいね。ってなる訳ねえ!」
俺は爆発の反動を活かして、飛空艇を加速させると、一気に最高速度にまで上げ、逃げ出した。
人質が全く意味をなさないのなら、速攻で尻尾をまくって逃げる。
「逃がさないわよ! 俊足のアタシから逃げられると思ったら大間違いなんだから!」
「あんたの足の速さと、船の足の速さは関係ないだろ!?」
「私が一番速いのよ!」
常識で考えれば人が船を漕ぐわけでもないし、いくら陸上競技で俊足を誇ろうが船の戦いにおいて意味が無い。重要なのは船のスペックだ。
速度においてはこちらの空族艇の方が速い。エンジン周りを知り尽くしているライカのお墨付きも貰えたし、余裕で逃げ切れるはずだ。
「毛利様、この速度差なら大丈夫です。こちらは限界速度の100ノットに既に達しています。敵艦隊は高速型の駆逐艦ですが、速度は80ノットが限度です」
「なら、このままずらかる! 人質作戦も取れないし、さすがに一対四は多勢に無勢すぎる!」
さっき橘さんが躊躇無く大砲を撃ってきたことを考えると、船を人質にとっても容赦無く撃ってきそうだ。
どうやら島崎に操られているみたいだし、人が傷付こうが、死のうが全く気付かずに攻撃し続けるだろう。
なら、今は一度逃げて、どこか岩の影に隠れてから、橘さんの乗る船に奇襲を仕掛けるしかない。
ただの逃げではない。戦略的後退、後ろに前進ってヤツだ。距離も稼げたおかげで、ちょっとは落ち着いて、作戦が立てられた。
なんて言える余裕は橘さんの声ですぐに無くなった。
「スキル《クロックアルトヘイスト》発動!」
急激に橘さんの乗る船が加速した。
しかも、超速い。離した距離が嘘のように詰まっていく。
「はっや!? え!? 何チート!? フラン、あれは何!?」
「クロックアルトヘイスト、クーガー船長の編み出したスキルだね。時の流れる速度を倍にして、現実での移動速度を二倍にするスキルだよ。もともとはそういう懐中時計だったはず」
「二倍ってことは160ノットか!? やっべやべやべ! もうケツにつかれた!?」
俺達の乗る船の速度を大きく抜かされた。
道理で距離が一気に詰められる訳だ。
スキルを使えるのはどうやら俺と島崎だけじゃない。最初に貰ったカードにきっと一人一人違うスキルが書いてあったんだ。橘さんはその中でもスピード型のスキルを引いたってことか。
「逃がさないと言ったでしょ!?」
ただの意気込みじゃなくて、本気だったみたい。こんな隠し球持ってるなんて聞いてないって。
足が速いからって、時間も早められるとかチート過ぎやしませんかねぇ!?
これじゃあ逃げられないじゃないか。
「でも、ただの直線バカだろうが!」
逃げられないのなら、戦って潰す。
俺は急上昇とブレーキを同時にかけて、橘さんの乗る船を自分の前に通り過ぎさせた。
コブラが首を上げたような軌道から、コブラマニューバ―と呼ばれている動きは、背中を追ってくる敵を自分の前にやり過ごすためのものだ。
相手の力を使って立場を逆転する合気道みたいなもんだ。力じゃなくて、速度版と言った所か。
そうして今度は俺が橘さんの後ろにつけて、追いかける番になった。
反転される前にこのチャンスで動きを止めてやるぜ。
「セバスチャン、正面の船に向けてアンカー射出!」
「アイアイサー、アンカー射出」
そして、橘さんの船の船尾にアンカーを打ち付けて、俺は船体を固定した。
「ええい! 邪魔よ! 毛利君!」
これでもう逃がさない。
釣り餌に引っかかった魚のように橘さんの船が暴れ回り、それに釣られて俺達もぐにゃんぐにゃん振り回される。
酔いそうになるけど、これだけ動き回ってるんなら急には止まれないだろうが!
「開け! 空賊王の宝物庫!」
そして、橘さんの船の前に、先ほど手に入れた輸送船を召喚した。
急に止まれなかった橘さんの船が輸送船に衝突し、突き刺さって、動きを止める。
空中で交通事故とか地球じゃ絶対に見られないレアな光景だけど、俺はもっとあり得ない空中での玉突き事故を発生させようとしていた。
俺が自分の船を動きの止まった橘さんの船に突っ込ませたのだ。
「全員衝撃に備えろ! 体当たりするぞ!」
橘さんの船が前と後ろから船体を突っ込まれ、完全に船としての機能が死んだ。
旋回も砲撃も出来ない。ただの空飛ぶ箱になっている。
そうして、俺は悠々と大穴が開いた橘さんの船に乗り込んだ。
衝突の衝撃でズタボロになった船内に入ると、兵士達が完全にのびている。
ぶつかった衝撃が来るなんて誰も予想していなかったからだろう。
まんまと俺の作戦に引っかかったわけだ。
「さてと、橘さんはどこだ?」
橘さんさえ捕らえれば、残りの敵部隊は追撃を諦めるだろう。
指揮官を失って、スキルが使える最大の戦力も失うんだ。それで士気を維持出来るわけがない。
艦橋に入ると橘さんは頭を抑えてうずくまっていた。
服装は転移したときの制服のままだ。分かりやすくて助かる。
「いた。橘さん、申し訳ないけど、捕まって貰うよ? とりあえず、手錠っと」
「島崎様……申し訳ございません……。あああああ!?」
謝っている橘さんの腕を掴むと、彼女は急に悲鳴を上げた。
あまりにも大きい声に思わず手を離すと、橘さんは激しく咳き込みだした。
「げほっ! ごほっ!」
「だ、大丈夫!?」
慌てて橘さんの背中をさすってあげると、ちょっとずつ落ち着いてきたのか、橘さんの咳がおさまって、普通に会話が出来るようになった。
「あ、あれ? 毛利……君? 何その格好? それに……ここどこ? 確か、王様に変なカード貰って……あれ? その先の記憶が……思い出せないの……」
「落ち着いて橘さん。ちゃんと説明するから、俺の船に来て貰うよ」
「う……うん……」
さっきの悲鳴と咳き込みはどうやら島崎の洗脳が溶けた反動だったみたいだ。
伝説みたいに毒でも飲んで、自殺したとかじゃなくて良かったよ。
そんなまだ意識がハッキリしない橘さんに肩を貸して、俺は彼女を自分の船に連れて行った。
にしても、何で洗脳が治ったんだ? っていっても、俺が考えても分からないし、フランに聞いてみないと分からないか。
「フラン、俺のクラスメイトを連れてきた。介抱を頼む。島崎の洗脳がとけて衰弱してる」
「洗脳がとけた? セバス、丁重に介抱をお願い。私は魔法の残渣を調べるから」
「かしこまりました。フラン様」
セバスチャンがどこからともなく簡易ベッドを取り出すと、橘さんを俺から受け取り寝かせた。
俺が手品かと思うくらいの早業に目を疑っていると、セバスチャンは胸に手を当て恭しく頭を下げてくる。
「昔、サーカス団で手品をしておりました。手の早さとモノを隠す術を存じ上げているだけでございます」
「あぁー、道理で。――ってなるかああ! さらに実は医者だったなんてことはないだろうな?」
「ほっほっほ。よくご存知で。実は昔、従軍医師および看護師向けの講習を受けたことがありまして」
「本当に何者なんだこの人は……」
老紳士の柔らかな笑みに、俺の疑惑が躱されていく。
何か深入りしたら後に戻れなさそうな、そんな嫌な予感がしたよ。
「……で、橘さんの容態は?」
「軽い脳震盪ですな。目立った外傷も心肺機能の異常もありません。休めば治ります」
「そっか。良かった」
吹っ飛ばした手前言うのも変だけど、殺すつもりはなかったしね。
フランの診断の方も終わったようで、安堵したように息をついていた。
「うん、本当に島崎のスキルが解けてる。でも、一体どうやって? 毛利君何かした?」
「それが分かんないんだよなぁ。捕まえた途端に苦しみだしたと思ったら、洗脳解けてたから」
「捕まえた瞬間? 毛利君、何か手に入れてない?」
「えーっと、高速駆逐艦グランス一隻と積載物……ん? あれ? 何かカードが増えてるな?」
カードを選択して取り出して見ると、橘風子の名前と高速駆逐艦グランスそして、スキル《クロックアルトヘイスト》が書かれていた。
俺達が最初に王様から貰ったカードだ。
そのカードを取り出してフランに見せると、彼女は何かに気付いたように手を叩いた。
「もしかすると、立場を奪ったってことじゃないかな? 島崎が立場で人を支配しているのなら、所属する船と身分証がなくなれば、その人の立場は無くなる。島崎の支配の根源がなくなるんだよ」
「ってことは、クラスの人達を助けたいなら、船と最初に貰ったカードを奪えば良いって事?」
「その通り。それと毛利君が支配権を奪った今なら、もしかすると……」
フランがマイクを握り、敵の船全てに声が聞こえるように無線の周波数を合わせた。
そして、あろうことか自ら正体をバラした。
「私はフラン=ドレイク=ギリス。各艦の艦長は応答しなさい」
「姫様? 私は一体……ここはどこですか?」
「申し訳ありません。私も記憶が……確か島崎殿に会ってから……」
艦長達の反応は橘さんと全く同じだった。全員記憶を失っていて、ぼんやりとしている。
そして、島崎の名前が出た時点で、もう操られていたことは確定だった。
「各艦艦長に命じます。至急私の乗る船の前に集まりなさい」
「お、おい! フラン! それはやばいんじゃ!?」
いくら操られていると分かっていても、さっきまで敵対していた連中を目の前に置くのは危険だ。
いきなり撃たれるのは勘弁だと思ったんだけど、フランはもう最高に可愛い笑顔を見せてきた。
「大丈夫です。毛利君があの人達の船と武器を全部奪っちゃえば、撃たれないんですから」
「うわー……俺超便利ー……」
可愛い顔で相変わらずとんでもないことをサラリと言うんだから、まぁ、それで意外と何とか出来ると思えちゃう辺り、ギリギリの上手いところをつくのが上手だよ。
「毛利君、君がいてくれて本当に良かった。ありがとう」
正直、ドキッとした。いきなりすごいこと言うもんなぁ。
天然たらしなあたり、本当に食えないお姫様だ。
でも、知ってるよ。俺のスキルのおかげで、みんなが洗脳から解放されたお礼なだけだってことはね。