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姫を奪う

 俺は人が隠れられる小型の岩を見つけると、船を無数の岩が浮かぶ暗礁地帯へと運び隠した。

 岩にアンカーを打ち込み、船が流されないように固定してから、俺は甲板に出て小型艇を宝物庫から呼び出した。


 本当にこの能力は反則級の便利さだな。町から数百キロは離れている場所なのに、一瞬で取り出せるんだから。

 異世界の住民であるライカも、俺の能力に驚いていた。


「空賊王グリードの宝物庫に、空賊王の船! 奪いに行くのは国の皇女! すごいです! お伽噺の世界に入った気分です!」

「そんな有名なのか?」


「はい! 知らない人はいないくらい有名人です! 世界の全ての富を手に入れた大空賊ですからね!」


 俺達転移者には特別なスキルが与えられている。

 俺には原典となる空賊王グリード話があるけど、他の人はどうだったのだろうか?

 特に知っておきたいのは俺の敵となった島崎のスキル、《完璧な采配(プライドリッパ―)》についてだ。


「島崎の《完璧な采配》に関わるようなお伽噺ってあるのか?」

「ありますよ。大提督プライドの伝説です」


「どんな話しなの?」


「大提督プライドはとても優秀な人でした。戦闘力、統率力、交渉能力、政治力、全ての能力が高く、敵う相手がいないと言われた傑物です。ですが、どのような傑物でも、他人は完璧に操れません。戦闘による味方の損害、味方の命令違反、彼をサポートする政治家の汚職、プライド以外が原因のミスで、失敗は生じます。そこでプライドは考えたそうです。自分に関わる全ての人が、自分の指示に従ったらこの国は完璧な国になる、と」


 プライドはどうしようもなく、完璧主義者であり、傲慢な考えの持ち主だった。

 だが、彼の出した成果の前に、その傲慢さをたしなめられる人間は現れない。

 その結果が――。


「そして、他人を完全に洗脳、支配し、自分の意思を植え付ける《完璧な采配》が生まれました」

「あぁ、そうか。だから、島崎は自分より下だと思わせる必要があるのか」


 他人が自分より劣るから、他人を自分と同化して、手足のように使う。

 でも、相手が自分よりも上なら、自分を同化することで効率が下がる。


 自分よりも上の人間は存在すると思う謙虚さなのか、自分より上になる人間は存在しないという傲慢さなのか、プライドの考えはなんとなく後者なんだと思う。


 島崎とか見ているとそんな感じだし。


「完璧な采配の術が生まれた後、プライドは国の首相にまで上り詰め、その国は黄金時代を迎えした。戦争が起きても全戦全勝、国内政治も安定し、食料の生産も輸出が出来るほど豊かになり、犯罪も抑制されていました」

「それだけ聞くと、すげー上手く行ったように聞こえるよ」


「はい。ですが、プライドが寿命で亡くなると、国は一瞬で崩壊しました。国民全てがプライドの操り人形と化していたので、プライドの死後は皆気力を失ったように、次々倒れていったとか。本当かどうかは定かではありませんが、プライドは国民全てを道連れにするために、ともに死ねと命じたと言われています」

「地獄絵図だな……」


 肥大しすぎた傲慢さが、自分一人で死ぬことを許さなかったのだろう。

 軍隊を導き、国を導き、最後は国民全員を死にまで導いたということか。しかも、民がともに死ぬことを当然だ、と考えていたらしい。


「対抗手段は島崎より立場の強い主を作るか、島崎に劣っていないと思い込むか、だったよな」

「はい。毛利様も空賊王の力を引き継いだお方です。決して見劣りしないので、気後れしないようにしてください。少しでも気後れすれば、心を蝕まれます」


「嫌と言うほど分かってるよ。頭が割れそうになるほど痛かったからな」


 一度使われたから良く分かっている。

 それに今は理屈も分かっているからもう怖くない。二度目は絶対に効かない。

 初見殺しに引っかかるのは一度で十分だ。


「さてと、そろそろ時間か。ライカ、脱出時間は決まってないから、船を常に動かせる状態にしておいてくれ」

「了解です。いつでも動けるように準備しておきます。フランのことよろしくお願いします」


「任された」

「ご武運を!」


 こうして俺は月の光もない夜空を小型艇で飛び、真っ暗な岩の影に隠れて息を潜めた。

 そうして三十分くらい過ぎた辺りで、風を切るプロペラ音が耳に届いた。


「来たか――。って、でか!?」


 野球ドームが浮いているような感じの飛空艇がやってきた。

 空飛ぶ巨大なカメとか、空飛ぶお城のようにも見えるけど、至る所に大砲が乗せてあるから、これも立派な軍艦なんだろう。

 というかよく見たら、カメの甲羅にあたる部分に甲板があって、その上にトンボみたいな長細い飛空艇が乗っかっている。


 このカメ型の船は航空母艦なのか? いや、航空母艦というには大きすぎる。さしずめ、移動要塞、移動基地といった役割の船なのかな。


 でもおかげで着地場所が広くて助かるかもな。

 襲う場所は甲羅の真ん中にある甲板。そこから、甲羅の上に作られた艦橋を狙う。

 トンボ型の軍艦が十隻浮いているが全部無視だ。

 俺が甲板に取り付けば、どちらにせよ奴らは流れ弾を恐れて俺を撃てないのだから。


「行くか」


 俺は宙に浮かぶ岩を蹴って、上空から真っ逆さまにフランのいるカメ型の飛空艇に向かって飛び降りた。

 敵艦隊は、一人の人間が生身で強襲をかけるなんて、露とも思っていなかったのだろう。


 俺はあっさりと甲板に降り立ち、すぐさま宝物庫を開き、中から骸骨が地球儀を飲み込もうとする絵の描かれた旗を取りだした。


 この世の全ての宝は俺の物。


 空賊王グリードの欲望が目一杯押し出された空賊旗だ。

 その空賊旗を掲げ、俺は力強く叫んだ。


「空賊王グリードがこの船を占拠した! 我々の要求は皇女フランの引き渡しとありったけの武器弾薬だ! 見返りはこの先の安全な航空。この要求を無視した場合、貴艦を撃沈する!」


 まずは要求をふっかけてみる。

 すると、すぐに反応が返ってきた。


「何者だ貴様!? この船がどなたの物かと知っての狼藉か!? ギリスの王ライデル様の船ぞ!」

「関係ないね。言っただろう? フランを寄こせってさ!」


「断る。人間一人で軍艦に勝てるものか! 総員戦闘準備!」


 司令官の拒否とともに、小型の大砲の砲口が俺に向けられ、武器を担いだ兵士達が甲板に飛び出してきた。

 俺を狙う砲台は五門、兵士は百人くらいはいそうだなぁ。それだけいれば確実に仕留められると思われたんだろう。


 そりゃ俺でもそう思うもの。

 生身の人間として、巨大な飛空艇と戦えば絶対に勝てない。

 武器の面でもそうだし、兵士の数でもそうだ。

 でも、俺の武器は自分の中にある力ではなくて、俺が奪った物の力だ。


「開け! 空賊王の宝物庫ゲート・オブ・グリード!」


 俺のかけ声で空間が歪み、二十門の砲台が何もない宙にせり出した。


「一斉発射!」


 そして、発射のかけ声で火球が大砲から放たれ、敵艦の艦橋前で大爆発を起こす。


「今のは警告射撃。次は全部直撃させる。さて、貴艦乗組員が俺を殺すのが早いか、俺が貴艦をお姫様ごと吹き飛ばすのが早いか、よく考えて返答すると良い。一分間待ってやる!」


 俺はさらに剣や槍を空中に召喚し、兵士がやってきても武器を射出して射貫く準備をした。

 空賊団から奪った武器とライカに用意して貰った武器をありったけ空中に展開したことで、俺は生身でありながらも飛空艇一隻分くらいの戦闘力を有していた。


「ひるむな! 総員構え!」


 俺の力を見せつけても、兵士達はフランを守るために戦いを選んだ。

 自分達の命を犠牲にしてでも姫を守り抜き、悪しき敵である俺を討とうと、決死の覚悟で攻め込もうとするなんて、フランはよっぽどみんなに慕われているお姫様なんだな。


 でも、頭はどこかぶっ飛んでるんだよな。

 軍人さんも大変だよ。お姫様の相手だけじゃなくて、俺が相手なんだから。

 その武器じゃ、俺はもう倒せないんだからさ。


「撃ち方はじめっ!」


 司令官の一言で兵士達の銃が火を吹き、俺を射貫く。

 なんてことは一切起きなかった。


「お前らどうした!?」

「弾が出ません!」

「単装砲もです!」


 軍人達は攻撃が一切出来ず、戸惑いの声をあげる。

 続けて船の操舵も出来なくなったと報告があがった。


 さっきまで自分達の意思で使えていた道具が、全て使えなくなっている。

 そんな緊急事態に司令官の声が荒くなった。


「貴様! この艦に何をした!?」

「空賊王グリードの力を忘れたか? 俺に触れられた時点でこの船はもう俺の物だ。もちろん積まれていた積み荷、武器も全てな。お前達の生死は俺の手の中にある」


 船が動けなくなったのは俺がこのカメ型の軍船を奪って、俺の物にしてしまったからだ。

 それに船を奪った際に、兵士達の武器も既に一緒にまとめて俺に奪われているので、兵士達には使えないよう細工出来た。


 そこまでされて、ようやく兵士達も気付いたのだろう。


 俺の力が空賊王の物だと分かったと案、兵士達はひるみ、動きを完全に止めた。

 空賊王のネームバリューが凄いな。どれだけ有名人だったんだよ。


 だが、そんな兵士達の動揺は長く続かなかった。

 その場にフランが勇ましい声とともに現れたせいだ。


「皆のもの手を出すな! 空賊王グリード! そなたもだ!」 


 でも、そこに現れたフランは俺の知っているフランとはまるっきり違った。

 黄金のティアラを頭に乗せ、白いドレスに身を包んでいる。身体付きもしっかり胸は膨らんでいて、女の子らしい身体をしていた。


 本当にフランなのか!? 服装と髪型が変わっただけで、印象が随分と変わるぞ。

 それにフルフラットのまな板じゃないだと!?


「お前がフランか!?」

「さよう。妾の名はフラン=ドレイク=ギリス。この国の皇女である。空賊王グリードよ。そなたの要求を受け入れましょう。その代わり、この船の安全を約束しなさい」


 純白のドレスに身を包んだ金髪のお姫様が現れて、俺の目の前までやってくる。

 そして、ウインクで合図を送ってくると、俺も事前に打ち合わせていた台本の台詞を思い出した。


「約束しよう。空賊王グリードの名に賭けて」


 乗組員全てに俺の存在を焼き付けるつもりで、大げさに演技する。

 鮮烈で強烈に俺の存在を刻み込み、この国を他国との戦争が出来ないほどの大混乱に陥れる一世一代の大演技だ。

 俺は手を天に掲げ、フランとの打ち合わせで決めていた最後の言葉を口にした。


「この時を以て、皇女フラン=ドレイク=ギリスを我が妻とする!」


 静かだった兵士達が一斉に驚きの声をあげ、思わず俺達に駆け出した兵士がいるぐらいの大混乱が発生する。

 その瞬間に俺は船から飛び降りるために、フランを抱きかかえて甲板の端に向けて走り出した。


「最高の演技です毛利君。これだけやれば十分です。逃げましょう」

「そりゃどうも。俺もこんな所に長居するのはごめんだ」


「あ、それともう一人、私の仲間を連れて行きますので、少し待って下さい」

「仲間?」


「必死に演技するので、合わせて下さいね? 空砲をお渡ししますので、上手く使って下さい」


 そう言ってフランは俺に拳銃を俺の手の中に忍ばせた。

 拳銃を上手く使って下さい? 一体どういう意味だ? 


 でも、どういうことかと聞こうとした時にはもう遅かった。

 執事服を着た老齢の男性が恐ろしい速度で、俺達に向かって突っ込んで来ている。

 銀縁のモノクルと整えられた白髪、それに左手に持った黒い杖。もう見るからに執事セバスチャンみたいな爺さんが雄叫びをあげている。


「おおおおおおお! 姫様ああああああ!」

「うおおおおおお!?」


 怖い! 目が赤く光ってるよ!? 激怒した鬼みたいな顔してる!?

 早く飛び降りないと!? ダメだ! 追いつかれる!?


「そのまま体当たりされてください」

「え?」


 まさか、この執事の爺さんが仲間ってことか?

 ということは、この怖い顔も演技?


「秘剣! 舞い風!」


 執事さんの杖から仕込み刃が出てきたあああああ!?

 やべぇ!? 演技じゃ無くて本気だろこれ!?

 しかも、何か必殺技みたいなかけ声があったぞ!?


「毛利君そのまま。下手に動くと死にます」

「勘弁しろっての!?」

った!」


 俺の抗議よりも早く、執事の放った仕込み杖の刃が俺の脇腹と服の間を通り抜けた。

 危ねえ!? 本当に少しでも動いていたら脇腹を刺されていたよ!?


「この我が輩の剣を避けるとは!? だが! この命に代えても姫様だけは!」


 攻撃を外した執事がそのまま俺に体当たりを仕掛けて来たせいで、三人揃って船の上から空中に放り出される。

 なるほど、確かに必死な演技だよ。

 すごい必死な様子が伝わってくる。でも、それぐらいしないと抜けられなかったんだな。


 なら、俺も全力で茶番に付き合ってみせる。


「空賊王に触れたことは褒めてやる。死ね!」

「無念……」


 ズドンという重い音がして、爺さんの身体が大きく揺れる。

 拳銃の中身は空砲だから、爺さんが大きく揺れたのは爺さんの演技だ。演技だと知らなければ、絶対に撃たれたと騙されるようなすごい演技力だ。


「セバスチャン!? ダメ! 死んではなりません!」


 続けてフランが大げさに泣き叫んだ。すげぇよ、演技のはずなのに大粒の涙が零れたぞ。

 このお姫様ノリノリである。


 そして、同時に冷静さも併せ持っていた。泣き叫ぶ振りをして、小声でもう大丈夫、と囁いてきたのだから。

 やれやれ、相変わらずメチャクチャなお姫様だ。でも、さっさと逃げたいのは同意だぜ。


「来い! ミスティア号!」


 空中で飛空艇を呼び出した俺はそのまま甲板に飛び乗り、三人をまとめて船室へと運び込んだ。

 そして、仕上げの号令を飛ばす。


「待たせたなライカ! 機関全開! 全速前進! とんずらだ!」


 そして、俺達を乗せた船はあっという間にその場から逃げ出した。

 空賊としての初仕事、皇女誘拐はこうして幕を閉じる。


 とんだ茶番だ、ってこの時は思ったけど、この茶番があったからこそ、島崎と王様の目は俺達に向けられたのだった。

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