空賊王と船
皇女フランに案内された先は船を納める大きなドッグだった。
フタの開いた巨大な箱みたいな施設と体育館くらいの大きさはありそうな自分の船に、思わず息を飲んでしまう。
「これが俺の空賊船?」
「うん。外装は交易船に偽装しているけど、内蔵している魔導砲は巡洋艦並。戦艦だって当たり所さえ良ければ損傷を与えられる威力はあるよ。プロペラ狙いで足を止めたりね」
俺の飛空艇は木造の船からマストを取り、オールの代わりにプロペラを取り付けたような作りだった。
まさに空飛ぶ船をそのまんま再現したような見た目なんだけど――。
「こんな大きい船が本当に飛ぶのか?」
「この子は小柄だから速く飛べるよ。厳密に言えば泳ぐに近いんだろうけどさ」
「泳ぐ? 空を飛ぶんじゃなくて?」
「あぁ、そっか。それじゃ簡単な地理の授業。僕達の世界は二つの海があるんだ」
「二つの海?」
「そうそう。まずは水で出来た下層の青い海。そしてもう一つは地面を蹴ってみれば分かるよ」
そう言ってフランが地面を蹴ると彼女の身体がふわりと浮いた。
それに落ちるスピードがすごくゆっくりで、スローで再生しているみたいに見える。
単なる跳躍ではなく飛翔。
そう思わせるような動きだ。
俺も真似てジャンプしてみると身体がふわりと浮かんで、宙に留まったまま落ちなかった。
そうして互いに宙に浮いたまま、フランが説明を続ける。
「これが二つ目の海。目には見えない魔水の海で僕達は天海と読んでいるよ。道具がなくても天海は泳げるんだけど、船に使われている木材と塗料はこの天海を泳ぐのに適した素材なんだ。人の何倍も速度と馬力が出せる」
フランの説明を聞く限り、この世界の地上は呼吸が普通に出来る海かプールに覆われている感じなのかな。
「ほら、ついてきて」
フランが空中を蹴ると、彼女の身体がスーッと宙をスライドしてドッグと船の間の隙間を超えていく。
彼女を真似して俺も宙を蹴ってみたら身体が真っ直ぐ前に進んだ。
この世界は自分の足で歩かなくて良い分、地球より生きるの楽かも。移動で無限二段ジャンプが出来るみたいな感じ。
そんなことを思っていたら、すぐに船の手すりにぶつかりそうになった。
危なかった。空を自由に泳げるのは便利だけど、そのうち頭とか身体とかどこかにぶつけそうだ。それくらい意外と速く動ける。
そして、ふと思う。島崎はわざわざ歩いたよな?
「島崎のヤツはこの宙を泳げること知ってるのか?」
「知ってるよ。でも、宙を飛べるっていう新しい自信が人の中に生まれたら、支配スキルに影響が出るかもしれないから、飛べることを隠したんだと思う」
「俺から見えなくなるまで歩いて姿を消したのも、そのためか」
本当に用心深いヤツだ。
んで今は、遠くの空の上に浮かんでいる赤い竜のような飛空艇の中から高みの見物をしているって訳だな。
今すぐ引きずり下ろしてやりたいところだけど、クラスの人達が乗っているであろう船が集まって、既に大艦隊を結成している。
俺一隻に対して、島崎は三十五隻も指揮下に置いている。
しかも、俺は船の操舵の仕方も知らないし、戦い方も全く知らない。
そんな状況で強くてニューゲームというか、前作の最強データを引き継いで続編を始めている島崎に真正面から勝てる道理は無いよなぁ。
「毛利君、今は耐えてよ?」
「さすがにレベル1でラスボス倒そうなんて考えてないよ」
「賢明な判断に感謝するよ」
「そんなレベル1の相手に自分を誘拐させるのは賢明な判断か?」
「これ以上無いくらい賢明な判断だよ?」
「おかしいな……俺の常識とお姫様の常識に激しいズレを感じるよ」
それと決定的におかしなことが一つ。
お姫様であるフランならわざわざ偽装した船じゃなくて、ちゃんとした軍艦を用意出来るはずだ。それこそレベル1でも対抗出来るような装備があっても良い。
「今からでも俺の船をあのでっかい船に変えられないの?」
「船自体は全てお父様のモノだから、僕は自由に動かせない。交易船だって物資の輸送が必要だからって理由で無理矢理ねじ込んだんだから」
「なら、フランを慕う兵だっているだろ? そいつらの船に乗せて貰えないのか?」
「軍艦に乗っている乗組員は、島崎よりも立場が下の人ばかりだから、島崎の力に支配される。そうしたら僕達は船の中で捕らえられて終わり。軍人を乗せずに、スカウトだけした乗組員だけにしても、軍艦は目立つからどこの港にも立ち寄れずに、補給できずに飢え死にしちゃう。その点、商船や交易船に偽装出来る空賊艇は少人数で動かせるし、港にもばれずに入りやすいんだよ」
「意外だ……」
「何が?」
「フランの頭がおかしいんじゃないかと思ったけど、ちゃんと考えがあっての空賊なんだな……」
「僕の言えた義理じゃないけど、毛利君って結構失礼だよね」
フランが苦笑いしながら頬をかく。
フランも自覚があるせいか、あまり怒ってはいないようだ。
改めてフランの言葉を考えてみると、そこまでしないと島崎の支配をかいくぐるのは難しいのだろう。かなり厄介だな。
島崎のスキル《完璧な采配》に対して俺の持っているスキルは《収納扉》だったか。
名前から察するにモノを出し入れするスキルなんだろうけど、これすらも偽装だったらしい。
新しいカードには全く別の名前が書いてあった。
「なになに? 空賊王の宝物庫、手で触れた物を自分のモノにしてしまい、自由に道具を出し入れ出来るスキル?」
空賊王が自由にモノを出し入れするのと何の関係があるんだ? それに自由に道具を出し入れ出来るつっても、アイテムは登録されていませんと書かれていて、何も取り出せそうにない。
使い方が分からずにカードを眺めていると、フランが横からのぞきこんできて説明を始めた。
「空賊王グリードが持っていた宝物庫を原典にしたスキルだね。グリードは目に付いたモノを全て自分のモノにしてしまう癖があった。そして、モノを奪いすぎたある日考えた。自分の両手には世界の宝物は入収まりきらない、と。そこでグリードは世界を宝物庫に見立て、自分の手を鍵に見立てた。それで作られた魔法が《空賊王の宝物庫》。グリードは世界に腕をかざすだけで、自分のモノにした財宝を好きな時に好きな場所で取り出して愛でるようになった、という伝説があるんだ」
「随分頭がぶっ飛んだ空賊なんだな……」
「でも、おかげで分かりやすいよ。毛利君が触れて自分のモノにしたいと印をつけたモノなら、いつでもどこでも呼び出せる。召喚魔法みたいなものってことだから」
「あぁ、そうか。手で触れて、印をつけて、登録しないといけないんだな」
「伝説から考えればだけどね。まずは手始めにこの船を触ってみたらどう?」
「ちょっと信じられないけど……」
触ったモノは全て自分のモノになる。
そんな夢みたいな話しを聞いて、半信半疑で甲板に手で触れてみる。すると、俺の目の前に半透明の窓みたいなモノが現れて、偽装交易船ミスティア号をショートカットに登録しました。という文字と、船の写真みたいなものが表示される。
「あ、何か登録された」
「僕からは見えないから、試しに使ってみてよ」
「分かった」
サムネイルみたいな船の絵に触れてみるが、何も起きない。
って、呼び出すスキルなんだから、目の前にあったら効果が無いのか。
離れて見たらどうだろう?
そう思って俺は宙を蹴って離れてから、もう一度船の絵に触れた。
その瞬間、目の前で信じられないことが起きた。
「うおっ!? 船がワープした!?」
俺の目の前の空間が歪み、歪んだ空間の中から巨大な船が顔を出した。
そして、もう一度絵に触れれば、船は引っ込んでもとの場所に戻っていく。
取り出したモノを引っ込めれば、元の場所へも戻せるのか。
俺の中に何か空間が出来た訳では無くて、世界の空間をねじ曲げて、穴を開けている感じ。ワープ出来る門を自由に開けたり、閉じたり出来るみたいだ。
「これが俺のスキルか。交易船の時に書いてあった収納扉ってスキルの名前も、意外と間違ってなかったな」
「そうだね。でも、これなら島崎にも勝てるはず。他人を自分の下だと思わせて従わせる島崎に対して、毛利君は他人の意識なんて関係無く強奪できるから有利だね」
島崎の力は他者を支配するために、優位に立つ必要がある。
対して、俺の力は触れたモノを強制的に自分のモノにしてしまう強奪スキルと、手に入れたアイテムをサイズ関係無く自在に出し入れするアイテム管理のスキルが合わさったような力だ。
応用次第で俺の方が何でも出来そうだな。
武器を大量に保管しておけば、すごいことが出来そうだ。
どこぞやの英雄王の気分を味わえるかもしれない。アレが出来たら、慢心しないように気を付けないと。
なんてニヤニヤしていたら、船の上にもう一度降りたフランが手招きとともに呼んできた。
「ほら毛利君、スキルの使い方が分かったのなら、次は船の操舵の仕方を教えるよ。まずは近くの町に行って、船の乗組員を紹介するから」
「仲間を拾いに行くって訳だな。でも、こいつどうやって動かせば良いんだ?」
「鍵を貰ったでしょ? その鍵を舵の真ん中の穴に刺して捻れば、船が起きるよ。こっち来て」
船の上にある操舵室に通されると、窓の無い部屋に丸い舵を真ん中に、左右に五つの椅子が置かれていた。
とりあえず、言われた通りに真ん中の舵に鍵を入れて捻ってみると、船が小さく揺れてプロペラが回る音が響き始める。
そして、部屋に明かりが灯り、外の景色が壁に映し出された。
「これ、外の景色が全部映ってる? あ、足下も半透明だ!?」
「全天周囲鏡って言って、船内にいても三百六十度全て見渡せるの。死角無し、乗組員は敵の砲撃から守られるし、良いことづくめな設計だよ。この部屋には砲撃手、観測手、通信手、機関管理手を入れるんだ。今は仲間がいないから、僕が機関管理手をやるよ」
フランはそう言うと俺の右側にあった椅子に座り、壁に映る文字を手でささっと撫でた。
「毛利船長、エンジン正常に動いてるよ。記念すべき処女飛行の号令をお願い」
「号令? えっと、出港せよ! とか?」
「アイアイサー。微速前進。飛ぶからしっかり舵を握って」
「今の確認だったんだけど!?」
「そうだったの? ま、大丈夫だよ。ちゃんと飛び始めたでしょ?」
フランの言う通り、船が動き出したせいで地面が遠ざかっていく。
青い空と白い雲と目線が近づいて来た。ふと、下を見下ろせば四角いドッグの穴が無数に開いた陸地と海が見えた。
俺は今、本当に船に乗って飛んでいるんだ。
舵を右に回せば右に、左に回せば左に曲がる。奥に倒せば下降して、手前に引っ張れば上昇する。
素直に反応して動くから、ゲームのレバーで操作しているみたいだ。
三分も飛べば、俺は自在に船を空で泳がせるようになれるくらい、すぐに操作に慣れた。
「操舵はシンプルで結構簡単だな」
「毛利君のセンスが凄すぎるんだよ。普通こんなに安定して飛べないからさ。さすが空賊王の能力を手に入れた人だね」
「そうなのか? これぐらい普通だと思うけど」
「普通じゃないよ。普通なら魔水流の流れを読めずに船が流される。流される気配が全くない所か、上手く流れに乗るなんて……。熟練操舵手みたいな乗り心地だよ」
皇女フランのお墨付きも得た俺は操舵のチュートリアルを終えると、目的地である港町チタンハーバーに進路を向けた。
その航路で、俺は改めてこの世界が地球とは違う星であることを痛感させられた。
当たり前のように巨大な岩が空に浮かんでいる。
一軒家くらいの大きさがありそうな岩から、野球ドームくらいはありそうな巨大な物まである。形も千差万別で丸い物から尖っている物まである。
岩の上には草木や花が生えていて、空に浮かぶ岩は当たり前に命の育つ場所みたいに存在していた。
この世界の空はそんな感じで障害物がたくさんあって、地球と違って身を隠す場所がたくさんあるみたいだ。
そんな浮き岩地域を飛んでいると、突如目の前がキラリと光り、赤い炎が飛んできた。
その炎を咄嗟に舵を切って避けると、俺の乗っている船よりも一回り大きい船が現れる。
「ドクロのマーク?」
炎を撃ってきた船には、剣の刺さったドクロが描かれている。
もう見るからに一般人じゃなくてヤバイヤツらだ。
俺と同業者、いわゆる先輩にあたる人達なんじゃないか?
「フラン、あの船、空賊か?」
「だね。剣の刺さった頭蓋骨、グラール空賊団。免状の代わりに懸賞金がかけられた違法空賊だよ」
「この世界の挨拶は大砲の撃ち合いが常識って訳じゃないよな?」
「そんな常識はないよ」
ですよね。さすがに大砲の撃ち合いが挨拶とか世紀末もビックリだよ。はた迷惑過ぎる。
「でも、空賊はフランクだからね。こんにちは、死ね。っていう挨拶をする人が多いかな。あのグラール空賊団みたいなのとかさ」
「何その狂犬みたいな人達!? フランクってレベルじゃない! って、また撃って来た!?」
はた迷惑な空賊船から四発の炎の塊が飛んでくる。
とはいえ、俺は別に落とされる心配はしていなかった。
炎の塊の弾速が遅いのと、距離があるおかげで見てから十分避けられる。
逆にどうやって落とせば良いのか悩む程度に余裕があった。
空賊王の最初の掠奪相手は、同じ空賊の船だった。