与えられた役割(ジョブ)
高校二年生の修学旅行の行き先はシンガポールだった。
俺はその修学旅行のために生まれて初めてパスポートを作り、初めて飛行機に乗った。
そして、それが最後の飛行機の搭乗になった。
俺の修学旅行を待ち受けていたのは、どこまでも澄んだ青い海と白い砂浜ではなく、真っ赤な炎と黒い煙だった。
「うわああああ!?」
飛行機の中は大パニックだ。
飛行機が着陸を始めた時、エンジンに何かが飛び込んだのか、片翼が爆発し、飛行機がバランスを崩したのだ。
もう助からない。
死を意識した時には、激しい揺れと横回転を始める機内で俺は意識を失った。
○
死んだと思った。
それなのに身体に痛みはないし、手足が固い物に触れている感覚も生きている。
おかしいな。俺は飛行機事故で死んだはずなのに。
そう思って目を開けてみると、俺はいや、俺達クラスの全員は神殿のような所に倒れていた。
クラス全員一緒になって死んだのか? でも、それなら他のクラスや乗員だってここにいてもおかしくない。
それなのに、何でこのクラスだけ?
「良く戻ってきたな異界の大提督よ」
声の方へ振り向くと赤いマントを羽織り、金色の王冠を被ったいかにも王様みたいな人がいた。
「さぁ、新しき訪問者よ。諸君らに与えられた役割を示すと良い」
訪問者? 役割? 一体この王様は何を言っているんだ?
それに良く戻ってきたって何のことだ?
みんなが戸惑う中、一人だけ冷静な様子で立ち上がり、胸ポケットからカードを取り出したヤツがいた。
「みんな自分の胸ポケットに手を入れてみてくれ。こんなカードが入っているはずだ」
島崎卓見、勉強もスポーツも万能、生徒会長にも選ばれるカリスマの塊みたいなやつだ。どこかの主人公なんじゃないかといつも思う。
そんな彼の持つカードには確かに大提督と書かれている。
「カードにはみんなの役職と技能が書かれているよ。それと初期アイテムもね」
「ちょっと待て島崎。なんでお前そんなこと知ってるんだよ?」
「だって、僕はこの世界に一度来たことあるからね。異世界転移ってやつだよ。聞いた事ある人もいるんじゃないかな? あぁ、言葉は何か勝手に日本語に変換されるみたいだから安心して良いよ」
「はぁ!?」
島崎は取り巻きの疑問にさも当然のように答えた。
嘘のような話しだと思ったけど、恐る恐る胸ポケットに手を忍ばせると、確かに俺のポケットにカードが入っている。
島崎は二度目の訪問って言っているし、マジでこの世界で主人公だったんだろう。
そんなお話しの主人公に言われて、カードを取り出して見てみると、書かれていたのは――。
《交易船船長。特殊能力収納扉、初期アイテム交易船。砲門数0、戦闘力0、速度50ノット、装甲強度30、最大積載量500トン》
交易船? 交易船っていうと胡椒と金を交換したり、茶と銀を交換したりしたっていうあの交易船か?
それに特殊能力の収納扉って何だ?
説明を読もうとしたけれど、特に細かい説明は書いていない。
そして、そんな俺達の戸惑いを許さないかのように、島崎がクラスのまとめ役らしく仕切り始めた。
「さぁ、順番に王様にカードを見せてきて。初期アイテムと鍵が貰えるから」
「お、おう」
クラスメイト達が島崎に促され王の前に列をなす。
そして、次々に王様から番号が渡されていった。
聞き耳を立ててみると、他のみんなは戦艦、巡洋艦、高速艦、軍艦を貰っているようで王様から期待していると声をかけられている。
どう考えても他の人は戦闘用の船を貰っているけど、俺の交易船って戦闘用の船じゃないよな?
そんな何か嫌な予感を抱きつつ、ついに俺の番になった。
「交易船か……。外れだな」
「えっと……」
「ほれ、四十番ドッグと船の鍵だ。では、島崎、後は任せたぞ。ワシは例の用事がある。ん? 小僧、いつまでそこに突っ立っている。はやくどけ」
「はぁ……」
ぶっきらぼうに札と金色の鍵を渡されると、王様はそれ以上俺に声をかけなかった。
それどころか邪魔者扱いするみたいに、手で俺をシッシッと追い払ってくる。
何なんだ? 意味が分からないぞ。俺が何をしたっていうんだよ。
俺は王様からの扱いに不満を抱きつつ、意味が分からないままみんなが集まっている島崎のいるところに戻った。
どうやら俺が最後だったみたいで、みんな不思議そうに貰った鍵を眺めていた。
「毛利君も戻ってきたね。これでみんな自分の船を貰ったみたいだね」
「あれ? 島崎はまだ貰ってないだろ?」
「あぁ、僕は既に持っているからね」
島崎がパチンと指を鳴らすと、暗い影があたり一面を覆った。
その影の正体が何なのかと思って外を見ると、巨大な黒い竜が空に浮いていた。
「あれが僕の船。ドラゴン級戦艦ティアマトだ」
黒い竜だと思ってしまったそれは、巨大な翼とプロペラを持つ船だった。
宙に浮く船。飛行機でもなく、風船のような飛行船でも無い。
ファンタジーの世界に現れるような空飛ぶ船、飛空艇だ。
「でっけえ!? なんだあれ!? 宙に浮いているけど本当に船なのか!?」
「この国で一番大きい戦艦だよ。僕はあの船でこの国を勝利に導いたんだ。でも、今度の敵は周辺諸国全部でさ。僕の船一隻じゃ対処しきれないからみんなの力を借りたいって訳」
「そんなこといきなり言われても、意味が分からないぞ!? お前と違って俺達はまだ何も知らないんだから!」
「うん、意味なんて分からなくても良い。ただ僕に従っていれば良いよ。さぁ、みんな僕の言葉に従って、船を取りに行ってきて」
島崎の僕に従えという言葉を聞いた瞬間、頭を鈍器で殴られたような衝撃がはしった。
僕の言葉に従えという言葉が何度も頭の中で繰り返されて、意識が飛びそうになる。
ヤバイ。目の前に歩いてくる島崎の顔までかすみ始めた。
そうして俺の意識が消えかけるその時だった。
島崎が意外な一言を言ってきた。
「あぁ、毛利君はいらないや。使えないから、適当にこの世界で過ごしていてよ」
そう言われた瞬間、先ほどの痛みが嘘のように頭痛が治まって声も消えた。
でも、治ったのは俺だけのようで、他のクラスメイト達は夢遊病みたいにフラフラしながらどこかへまとまって動いている。
「島崎君……さっき何をしたんだ……?」
「僕のスキル、《完璧な采配》さ。大提督として多くの船団をまとめ上げるためのスキルでね。言うことを聞かない人間に命令を出して、思った通りに人を動かすスキルだよ」
「みんなを操ってるってこと?」
「そうだよ。でも、君は操ってもしかたないから勝手にやってよ。交易船なんて戦いの役には立たないし、君のスキルも鑑定してみたらただの道具の出し入れが出来るだけだし、僕の役には立たない。それになにより、今の君からは欲しい物がない」
「君は一体なにをしようとしてるんだ?」
「今の毛利君に教える義理はないよ。それじゃあね」
島崎は一方的に話を打ち切ると、動けない俺を放って巨大な飛空艇の方へ向かって姿を消した。
異世界転移だけでも驚いたのに、島崎のしていることがさらに俺の混乱に拍車をかける。
「なんなんだ!? 一体何がどうなってるんだよ!? 飛行機事故にあって死んだと思ったら、異世界に転移していて、島崎がクラスメイトを操ってどこかに消えて!?」
一人使えないという理由で捨てられたのは運が良かったのか、腹を立てるべきなのかも分からないほど混乱している。
神殿に取り残された俺は意味が分からず声をはりあげ続けていた。
そんな俺の元に人影が声とともに近づいてくる。
「君は島崎のスキルの影響下にないんだね? 僕の言葉が分かるかな?」
「え?」
声の主に振り向いてみると、緑色のフードを深く被った人が立っていた。
声からすると高い少年っぽい声と凹凸のないスラッとした体型から、男の子なのか? でも、女の子が男の声を出しているような感じもする。
性別不明、顔も見えない謎の少年だが、島崎のスキルのことまで知っている。
一体何者なんだろう? クラスにはこんな人いなかったはずだ。異世界の住民だろうか?
「一応スキルは解かれたみたいだよ。俺は操っても仕方無いから勝手にやれって」
「そっか。上手く島崎の目も騙せたみたいだね」
「島崎を騙せた? 君は一体?」
「僕は君の味方。自己紹介するね」
フードの少年はそう言うと緑色のフードを脱いだ。
フードの下から現れたのは緑色の双眸に、金色の髪を後ろで縛った中性的な印象を受ける子だ。
可愛い少年にも見えるし、少女にも見える。
「僕はフラン=ドレイク=ギリス。十五歳。このギリス連邦の皇女です」
「女の子だったの!?」
「胸を見ながら驚くなんて君は失礼だね。お父様の船に潜り込むための変装と演技が上手くいっている証拠ではあるけど、複雑な気分だよ」
「ご、ごめん」
そりゃそうだよな。女の子を男の子扱いしたら失礼なのは間違い無い。
しかも、反射的に胸を見てしまったら見事なまでのまな板だし、一人称が僕じゃ、誤解しても仕方無いだろう。
どちらにせよ胸を見てしまった時点で、失礼な話しか。
「胸のことは気にしていないから、君のカードを出して」
「ん? あぁ、これ?」
「そう。偽装を解くね」
そう言って彼女がカードを拭うと、交易船の文字が消えて新たな文字が浮かび上がった。
そして、新たに浮かび上がったのは見慣れない言葉だった。
「私掠船船長? それに交易船が偽装型私掠船に変わっているけど、どういうこと?」
「私掠船は国の許可を得た空賊だよ。君はそんな公認空賊船の船長」
「空賊? って人を襲って金品を奪う盗賊の空版みたいなの!?」
「そう。普段は商船や交易船の振りをして、掠奪する船にそっと近づいて、一気にあるもの全て奪い去る空賊!」
「ちょっと待って。意味が分からないよ!? それ思いっきり犯罪でしょ!?」
「犯罪にはならないよ。だって、掠奪許可証を持ってるからね。軍隊に捕まっても許可証見せれば一発釈放だよ。皇女の僕が許可を出すんだからさ」
その法律を決めたヤツは頭がイってるんじゃないかと思ったけど、そういえば世界史の教科書にものっていたっけ。
海賊も国に雇われて掠奪を働いていたことがあるって。
でも、国に雇われた海賊は、自由に動ける代わりに国へ見返りを与えていたはずだ。例えば敵対国に対する嫌がらせとか。
でも、それならわざわざ俺が空賊であることを隠す必要はないはずだ。
このお姫様は一体何でそんな面倒なことをしたんだろう?
その答えは彼女が略奪して欲しい物に隠されていた。
「君に奪って欲しいモノは二つある」
「二つ?」
「皇女である僕の身柄と、この国そのものを奪って欲しい」
「は?」
皇女様のお願いは掠奪許可証なんて頭のいかれた法律よりも、もっと頭がイっちゃっているモノだった。
自分の国を奪い取れだって!?