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玉座を盗むために

 王都ドラングレイブ、巨大で平らな一枚岩の上に出来た都市で、人口は三十万人ほどいる。やはり移動の基本は小型の飛空艇がメインだ。

 その他にこの街を特徴付けるものがあるとすれば、橋だろうか。

 まるであみだくじのように、道路を挟んで建物から建物に橋が架けられている。

 空を飛べる世界でわざわざ橋を作る必要なんて無いし、律儀に歩く必要もないはずなのに、ここではちゃんと人が橋を歩いていた。

 そして、変装した俺とフランも王城を目指して、その橋を渡っていた。


「何で王都は人が空を飛んでないんだ?」

「飛空艇が多すぎて、空を浮遊していると事故にあっちゃうから、歩道橋を作ったの。王都の上空は公共機関だけしか飛べないんだ」


「なるほど。空を飛ぶってのも大変なんだな」

「ま、後は安全保障上の問題だねー。僕達みたいのがいるから。なーんてね。ニシシ」


 皇女様公認とは言え、ある種のテロリストみたいなもんだからなぁ……。

 僕達みたいなのがいるから。という理由が良く分かるよ。

 今から城を取ろうっていうのに、人がいっぱいいる場所は入りたくない。

 俺達は人通りの少ない橋を渡り終えると、また人通りが少なそうな道を選んで歩き始めた。

 こんなことになっているのは理由がある。


 大型船は王都に乗り込めないのはいつも通りで、公共交通機関は島崎の洗脳がかけられた人がいるかもしれないので、俺達の情報が漏れる危険性があるから使えないんだ。


 ちなみにセバス達とは別行動中。大勢で歩いたら目立つからね。

 この結婚式の情報はいくらでも拡散させておきたいけど、拡散するのは王城を占拠した後だ。

 結婚式会場である城を押さえる前に島崎が来たら、結婚式も開けないし、逃げようがないからな。

 そうして、人目を避けつつ俺達はとある建物の前で足を止めた。

 鉄格子の扉の向こうからは水の流れる音が聞こえる。

 川でも流れているのだろうか?


「ここだよ。ここから地下水路にいける。セバス達とは城の下の水路で待ち合わせだ」

「上の警備は厳重でも、足下はお留守か。空の国らしいかもなぁ」


「まぁ、そもそもこの道を知っているのは王家である僕だけだしね」


 それを惜しげもなく他人に教えてしまうのだから、色々と大丈夫かなぁ。

 二度と使えなくなるかもしれないのに。

 でも、このお姫様の場合、自分の物を捨てるには躊躇無いからな。

 多分、これぐらいで島崎とお父様を出し抜けるのなら、安いもんだよ。とか言いそう。

 閉まっていた鍵を開けて中に入ると、中は思った以上にひんやりしていて暗かった。

 俺は宝物庫から松明を取り出して灯りをつけてみたけれど、それでも数メートル先が見える程度だ。


「結構暗いな」

「ソラ……手を繋いで良いかな……」


「怖いの?」

「ち、違うよ。私が道案内するんだから、ソラが私から離れると困るでしょ?」


「変装してるのに、口調が元に戻ってるぞ」

「はぅ……。ソラってやっぱり失礼だよ。意地悪だよ」


 珍しい。あのフランが本気で怯えている。

 声まで若干涙声になってるぞ。


「ほら、道案内頼むぞフラン」

「ん、うん、任せといて」


 手を差し出したらあっさり握りしめてきた。

 何か俺の中でいけない気持ちが目覚めそうなんだけど。おかしいな。フランってこんなにかわいかったか?


「ソラ、手を離しちゃダメだからね?」

「分かってる分かってる。離したら困るのは俺もだしな」


「……ありがと」

「ホント、自分にだけは無茶するよな」


 やっぱりいじめたら可愛そうだな。

 自分に無理しつつ、俺にもちゃんと頼ってるんだから、その気持ちを裏切りたくない。

 フランの誘導に従っていると、時折壁画が現れて、フランは道を確認していた。

 炎の鳥、白い龍、浮かぶ城、飛空艇、そういった壁画は丁字路や交差点に現れたんだ。

 伝説に残された物語が描かれているらしい。でも、のんびり観光なんてする時間はなくて、俺はただひたすらフランの後についていった。


「空賊が地下道歩いちゃ格好つかないな」

「私も逃げるための道が攻めるための道に変わったことに驚きを隠せないよ」


「ホント、揃って常識外れだな」

「だね。よし、着いたよ。この縦穴を上に飛べば、お城の隠し部屋に通じてる。そこからは隠し通路を通じて、僕の部屋とお父様の部屋に通じているんだ」


「あぁ、本当に奇襲を受けた時の最後の逃げ道なんだな」


 フランが急に立ち止まって上を指さすと、人一人が通れそうな縦穴があった。

 ハシゴはないから、そこが抜け道だと知らなければ分からないだろう。空中を飛べる異世界だからこその非常口だ。すごい分かりにくい。

 自分の部屋にある専用逃げ道か。きっと、戦争で王都が占領されてしまう時とか、暴動が起きて城が占拠されてしまう時を想定して作られたんだろう。

 逆に言えば平時に使うことなんて考えていないだろうし、ましてや使われることなんて思いつきもしないはずだ。


「さぁ、行こうソラ。僕達で王位を奪うんだ」

「相変わらずお姫様らしくない台詞だけど、任せとけ」


 縦穴に入ってみると、穴の奥には金属で出来たフタがあった。そのフタをフランと一緒に開けると、その奥に狭い螺旋階段が現れた。

 人が通らない通路だからだろうか、空気はかなりほこりっぽい。

 必死なって逃げる時にそんなこと気にしないだろうし、外に漏らさないように黙っていれば、掃除も出来ないから、こうなることも自然なんだろうけど、もうちょいどうにかならなかったのか。

 何段目に自分がいるのか分からない階段をぐるぐると登ると、フランは突然壁に手を突いた。


「お父様の部屋は僕でも開けない。だから、僕の部屋から入るよ。ここから先を超えれば後戻りはもう出来ない。準備は良い? ソラ」

「あぁ、いつでもいける」


 俺の回答にフランは壁を押すと、壁が低い音を鳴らしながら横に滑り出した。

 仕掛け扉とは驚いた。

 どこのダンジョンだよ。さすが王族秘密の扉か。

 部屋に入ると思ったよりお姫様のお部屋だった。

 カーテンみたいなのがついたベッド、壁には黄金で縁取られた巨大な鏡がついた机と椅子、床には赤い絨毯がしかれている。

 普通の人がこんな飾り付けられた家具は使わないだろう。

 でも、今はじっくり見ている余裕は無い。

 王様のいる部屋に一秒でも速く辿り着いて、騒ぎが大きくなる前に全てを終わらせないといけないんだ。


「ソラ、行くよ」

「おう!」


 扉を勢いよく開けて俺とフランは部屋を飛び出した。


「な、なんだお前達は!?」


 当然衛兵達は俺達を呼び止めた。

 個人に恨みはないけれど、今は黙って貰うぜ。


「開け空賊王の宝物庫!」


 俺は衛兵達の手足に牢屋で手に入れた鎖を召喚し、衛兵を派手に転ばせた。

 そして、すかさずフランが猿ぐつわ代わりに、布を兵士の口に巻く。

 いきなりのことに動転している兵士は床に這いつくばりながら、こっちを白黒した目で見上げていた。


「よし、これで静かになったね」

「相変わらずお姫様とは思えないことをするよな」


「役に立つでしょ?」

「あぁ、とっても」


「行こう。この道を真っ直ぐ行って右の部屋だから」


 廊下を駆け抜けると俺達の目の前に濃い茶色の大きな扉が現れた。

 両開き型の扉で、龍と火の鳥の彫刻から取っ手となるリングが生えている。

 扉の板自体にも精巧な掘りが入れられており、地下水道で見たような飛空艇の絵が描かれていた。

 来る者を驚かせる王の居室にふさわしい扉だ。

 その重い扉をフランと一緒になって開くと、その中に確かに王がいた。

 俺達にカードを渡した時と同じ人物だ。


「良く来たな。なるほど。島崎の言う通りだったか」


 でも、俺達に全く驚いている様子は無い。

 それもそのはず。王様の隣にはもう一人、俺の見慣れた人物がいたからだ。


「山岸、お前もか」

「残念だったな毛利君。お姫様の行動は全て島崎様がお見通しさ」


 眼鏡をかけた上背の高い少年が王様の隣に立っていた。

 ツリ目気味の鋭い目は島崎に操られても変わっていない。

 特に交流があった訳じゃないけれど、真面目なタイプで、島崎がいなかったら学級委員長でもやっていそうな仕切りたがりな性格だと思うヤツだ。

 さっきの言葉から判断するに、島崎のメッセンジャーとして派遣されたって所かな。

 王都を占拠しに行くってのはフランの行動を読んだんだろうけど、島崎は俺達の目的を知っているのか?

 叩き潰す前に確認しておいた方が良さそうだな。


「んで、そのストーカー染みた島崎は俺達がここで何をするかもお見通しかい?」

「もちろんさ。島崎様への資材の献上を阻止するためだろう?」


 献上と来たか。島崎のやつ王様にでもなったつもりだな。

 それにこれはチャンスだ。島崎のヤツは俺達がただ物流を止めに来たとしか思っていない。

 俺達が罠を張るために結婚式を開くなんて予想は立てていないということだ。これは出し抜くチャンス到来だな。

 山岸はそんな俺の考えも知らずに、勝ち誇った笑みを浮かべた。


「フッ、図星のようだね」

「開け、空賊王の宝物庫!」


 お喋りに付き合う気はない。山岸と王様が何かをする前にこの勝負片付ける。

 対人用に調整された魔導砲を召喚し、ぶっ放そうとした瞬間、俺は目を疑った。

 俺達の目の前に、俺が出した覚えのない魔導砲が山岸の隣に現れたからだ。


「顕現せよ。《価値ある贋作(イミテーションオブエンヴィー)》!」


 価値ある贋作、サリヴァンが言うには元のモノより性能を上げて作られる偽物だっけ?

 ということは、ヤバイ!?


「「発射!」」


 俺と山岸が同時に叫ぶが、俺はフランをかばうように彼女にだきついて横に飛んだ。

 二つの大砲の口から炎が吐き出されるが、ぶつかった一つの炎はかき消された。

 もちろん、かき消されたのは俺の撃った方だ。

 二度目の爆発音が聞こえると、さっきまで俺の立っていた床に穴が空いていた。

 逃げなければ間違い無くやられていた。

 サリヴァンのおっさん、ナイスアドバイスだったぜ。


「おや、外してしまいましたか。妬ましいね」

「それが嫉妬の複製の力か」


「フフフ、毛利君はご存知でしたか。ならば、分かっているのでしょう? 今、君はとても不利な状況にいる。君の宝物庫にあるものは尽くこの僕に複製されるのだから」


 サリヴァンのおっさんは複製に時間がかかるのが弱点と言っていたけど、さっきの複製にタイムラグはほとんど無かった。

 試してみるか?


「知るかよ!」


 魔導砲を引っ込める代わりに、俺は剣を宝物庫から三本連続で射出した。

 攻撃のタイミングとしては完全な不意打ちだ。なにせお喋りの途中で空気を読まずに撃ったからな。


「無粋だね!」


 だが、山岸も剣を三本連続で複製し、俺の剣にぶつかるように射出してきた。

 お互いに発射した剣がぶつかり合うと、金属のぶつかる甲高い音とともに、俺の剣の刃が弾き飛ばされ、山岸の剣が俺の方に降り注いでくる。


「まさか使う機会があるなんてな」


 俺は降り注ぐ剣を防ぐために、牢屋で奪った壁を召喚した。

 さすがの贋作も石の壁を切り裂く力は無かったようで、からんからんと音を立てながら床に落ちた。


「毛利君は変なモノの拾う癖でもあるのかい? ハハハ、壁まで奪っていたのか」

「使えるモノは何でも使うし、奪えるモノは何でも奪う。それが空賊王らしいぜ」


 余裕な振りをして強がってはみるけど、サリヴァンの言う通り相性が悪すぎる。

 今の剣戟の攻防で分かったことは三つある。一つは俺が道具を引っ込めても、贋作も消えないこと、二つ目は複製のタイムラグなんて存在しないこと、そして三つ目は増殖はしないことだ。

 これでは俺が道具を出せば出すだけ、自分を不利にしてしまう。

 価値ある贋作とは良く言ったものだ。

 さぁて、どうする? なんて考えているとフランが声をかけてきた。


「ソラ、僕に考えがある」

「自爆するなんて冗談はよせよ?」


「さすがに僕もそこまでバカじゃないさ。でも、説明している時間は無いし、ばれたら困る。ソラの出番になったらちゃんとお願いするから、上手く合わせて」

「お、おい! フラン!?」


 言うやいなや、フランが何も持たずに前に飛び出した。

 島崎の狙いはフランの身柄だ。そんなことをしたら、山岸に捕まって連れて行かれる。

 無茶して自分を危険に晒さないという約束なんて忘れたかのような動きに、俺はメチャクチャ焦った。

 でも、予想外のことが起きたんだ。


「さぁ、決着をつけましょうか。毛利君」


 山岸はフランを完全に無視どころか、フランから逃げるように俺の方へ走ってきた。

 何で逃げるんだ? 狙いはフランじゃないのか? あっ!

 あまりにも単純で、あまりにもバカらしい落とし穴があった。

 嫉妬の炎は自分より上の相手にこそ燃え上がる。

 でも、今のフランは何も持っていない。嫉妬しようがないから、贋作は生み出せない。

 それだけじゃない。

 相手より強いモノを作る目的は相手を倒すためだ。でも、フランを倒すことは出来ない。フランは生きたまま、怪我も無しで捕まえないといけないのだから、手荒な攻撃は出来ない。

 だが、俺さえ倒してしまえば、後は城の衛兵を呼んで、簡単に捕らえることが出来る。

 それが山岸の狙いだろう。


「毛利君、退場の時間だよ」

「フラン! 合わせろ!」


 山岸が魔導砲を俺に向けてくる。でも、俺は恐れずに真っ直ぐ前に飛び出した。

 もちろん、そんなことで山岸はひるまない。


「死ね! 毛利君!」


 呪いの言葉とともに火球が発射される。

 俺はその火球に対して壁を目の前に召喚した。

 壁と火球がぶつかり、爆発の衝撃で石つぶてが俺の方へと飛んできて、身体中にぶつかってとても痛い。

 さすがにただの壁じゃ、魔導砲は完全に止められなかった。

 でも、それで十分だった。

 壁が砕けたその先に、フランがいたんだから。


「せいやっ!」

「げぼぁっ!?」


 跳躍したフランが空中で二回転し、回し蹴りを山岸の首に叩き込んだのだ。

 蹴られた山岸は勢いよく吹っ飛び、壁に頭を打ち付けた反動で今度は俺の目の前に飛んできた。

 重力が小さいというか、エーテルのおかげで浮遊感のある世界で思い切り蹴られると、こんなにピンボールみたいに弾き飛ばされるんだなぁ。

 他人をトラブルに巻き込む暴風娘みたいな子だと思っていたけど、蹴りで竜巻も再現するなんて、やっぱりこのお姫様おかしいぜ。


「ソラ!」

「任せろ!」


 後は俺達に配られた英霊カードを奪えば良いだけだ。

 それで島崎の支配は解ける。

 そう思って山岸に触れたんだけれど、取得物一覧にカードは表記されなかった。

 一体どういうことだ? 蹴りの衝撃で周りに落としたとか?

 辺りを見渡してみたけど、それっぽいカードは見当たらない。

 一体どういうことだろうと思ったら、突然山岸に首を掴まれた。


「なっ!? くそ……意識があったのか……」

「やぁ、毛利君、フランとは順調なようだね?」


「し……島崎か?」

「正解。山岸君が気絶したおかげで、僕の意識が完全に現れたということさ。正解した毛利君にはご褒美として、何で山岸君が英霊カードを持っていないか教えよう」


「お前が……持ってるんだな……?」

「正解だよ。橘さんのカードを奪われて僕も学んだからね。もう、この前みたいなことはさせないよ」


 対策を打つのが速すぎる。さすが島崎と言ったところか。

 でも、知りたい情報は知れた。それに、もうここには他の邪魔がいない。


「だったら……良いことを教えてやるよ」

「なんだい?」


「……俺とフランが結婚式するんだよ。五日後に、この城でさ」

「へぇ!」


「じゃあな。このど変態野郎!」


 宝物庫を開いて、魔導砲をそのまま山岸の身体の上に落とし、俺は島崎の操る手から逃れた。

 山岸には悪いけど、潰れたまま牢屋にぶち込もう。

 島崎の洗脳が残ったまま自由にさせる訳にはいかないんだ。


「フラン、王様は?」

「ごめん。気付いたら窓から飛び降りてた。まぁ、お城は占拠出来たんだし、別に良いよ。それにセバス達がいる」


「……フランが誰に似たのか分かった気がするよ」


 間違い無く父親からの遺伝だな。


「お父様が私と似ていたら、こんなことにはならなかったよ?」

「ちょっと蔵々してみたけど、地獄絵図だな……」


 国民全員が振り回される図を想像して、俺は頭を思わず抑えた。

 といっても、その地獄絵図を今からフランと一緒に描くのが俺なんだけどなぁ。


「さぁ、ソラ、大々的に発表しようか。私達の結婚式を」


 国民の皆様ごめんなさい。今から暴風娘が国中を巻き込んで大旋風を起こします。


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