罠を見越して
そういえば、この発想のせいで俺達は一度島崎の罠にはまったんだっけ。
物資を奪って足止めさせようとしたら、橘さんが俺達を襲ったんだ。
ってことは、ちょっと待てよ。まさか今回も?
「ちょっと待て! それはダメだフレン。島崎ならお前の行動を見越して罠を張ってくる。お前がそうしようと思うことが多分あいつの作戦なんだ」
「またまた、そんなことある訳ないでしょ? だって、島崎がついたのって昨日の話だよ?」
「昨日の話だからだよ。一日でそんな値段が高騰するなんて、やっぱりおかしいって。いくら大艦隊が大飯食らいだって言っても、船にもともとの備蓄はあるはずで、町の経済を狂わすほどの買い物を普通するとは思えない。それに、いくら軍からの徴収だからって、商売人が市民に売れなくなるほど渡すとも思えないし、役人が許可を出すとも思えない。軍人だってそんなことをしたら、どうなるか分かるはずだ」
「なら何だって言うのさ?」
「島崎の《完璧な支配》が恐らく関わった役人と商人と軍人にかけられている。それで、あいつは軍人と役人を悪者に仕立て上げ、とっ捕まえたあげく、不当にかきあつめられた物資を市民に返すなんて約束をして、英雄面をした。今のあいつは市民の正義の味方になっていて、あいつをみんなが期待している。つまり、ファイブランズの市民をあいつが支配出来る準備が進んでいるんだ」
おそらく配給が実現したら、期待が信頼に変わり、尊敬へと変わる。
そうなったら、自分の思うように情報操作ができるだろう。
そんな中でフランの言った掠奪をおこなえばどうなる?
島崎ならどういうシナリオを書く?
「俺達が島崎から物資を奪った瞬間に、市民の一部を操り、俺達を市民の物資を掠奪する大悪党に仕立て上げるだろうな。んで、島崎は大悪党を追う正義の英雄。その情報が他の島にも拡散したら、この国で島崎に従わない人間はここにいる連中くらいになるんじゃないか?」
「そんな……。そこまで仕組んでいるの……? なら、どうすれば良いの? このままだと、島崎が王位につかなくても、島崎に国が完全に乗っ取られちゃうよ」
ここで島崎を止めないと、手に負えなくなる。ただでさえ戦争を勝利に導いた英雄視されているのに、自国の役人と軍の腐敗を断罪し、叩き安い空賊という敵を作って倒す誓いを立てる、評価はきっとうなぎ登りでストップ高だ。
島崎に心酔しない市民はいなくなるだろう。
そうなれば、俺達はどこの町に寄ろうが、島崎の監視網の中になる。
町で買い物をすれば俺達の居場所はばれて、刺客を送られるだろうし、待ち伏せや罠も仕掛け放題だ。それならまだマシで、買い物すら一切出来ず、補給が出来なくなるのが一番きつい。
俺が物資を強奪し続ければ良いんだろうけど、そうなったらフランの復帰が難しくなる。島崎を倒しても、フランが信頼されず、国が傾いて、詰みだ。
ここらで島崎の人気を奪って俺のモノにでもしないと、色々な意味で終わりか。
「同じ盗むでも俺達は期待と信頼を盗もう」
「期待と信頼? ソラ、どういうこと?」
「さっき、サリヴァンさんが言っていただろう? 罰せられた軍人と役人がいるって。そいつらの立場を奪って、洗脳を解いて、島崎に洗脳された証言を引き出す。その証言をファイブランズ中に流して、島崎のスキルと企みを市民に知らせて、あいつに対する期待感と信頼感を奪って、俺の物にする。そうすれば、あいつのスキルは使えない」
「な、なるほど……。すごいねソラ、僕はそこまで考えつかなかったよ」
台風みたいに動き回るフランは自分を犠牲にしたトリックプレーは出来ても、他人を陥れるトリックプレーはあまり得意ではないみたいだ。
メチャクチャやるけど、基本的には良い子なんだよなぁ。
残念ながらそこをつけ込まれるんだけどさ。
「でも、ソラちょっと待って。僕達は捕まった人が誰かも知らないし、どこにいるかも分からないよ?」
「知っている人がいるだろ? そこにさ」
「え? サリヴァンさん?」
スパイとして町の情報を集めていたのなら、それぐらい集めているだろう。
そんな俺の期待通り、サリヴァンはニヤリと笑って頷いた。
「もちろんだ。坊主、フラン様をこれからも頼むぞ」
「あぁ、任せとけ」
島崎のヤツは民衆に火をつけるために、火種をいくつか放っている。その火種がこっちの手札に入れば、投げ返すことは容易だ。
俺達はサリヴァンに裏口から出るように案内されて、暗い路地裏から取引に使われる倉庫へと足を運んだ。
建物が組み体操でもしているかのように、折り重なっているせいで、かなり暗い。
手探りで進んでいくような道を、俺達はただサリヴァンの後ろについていった。
○
刑務所に到達すると俺達は潜入組のサリヴァンと俺、待機組のフラン達に分かれた。
フランは必死についてこようとしたけど、変装しているとはいえ、顔が割れると厄介だからね。
んで、俺はマフィアのボスみたいなおっさんと二人きりで牢屋見学。酷い経験だ。
牢屋は石で出来た壁に鉄製の檻で出来ていて、中にいる囚人は壁から伸びる鎖で繋がれている。
服も上半身は来ていないし、ズボンだってボロ切れと見間違うような短いズボンだ。
牢屋の中で自由に動ける日本とは全然違うな。
もうここにいること自体が罰みたいなもんだ。
「坊主、こいつらだ」
「生きてるのかこれ……?」
「安心しろ。息はしている。気を失っているだけだ」
サリヴァンが牢屋の中を指さすと、二人の傷付いた囚人がいた。
全身ムチの痕だらけで、見ていてすげー痛々しいんだけど。
「島崎に捕らえられた後、広場で公開むち打ちだったからな」
「ひでぇことしやがる」
自分が叩かれた訳でも無いのに、幻痛を感じて身震いした。
とはいえ、俺もこれから酷いことをする訳なんだけどさ。
後ろについてくる看守さんにね。
「おい、面会は一分間だけだ。速くしろ」
「うん、一分もいらないよ。開け空賊王の宝物庫」
「ん? 一体なにを―――がっ!?」
ごつんと鈍い音がして看守が倒れた。
倒れた近くにはスパナが転がっている。
ライカから一個貰ったやつだけど、使われ方がこんなんだと怒られるかなぁ。
「本当にグリードの力なんだな」
「まぁね。それよりも大事なのはこっちだろ」
牢屋を自分の物にした俺は鍵を宝物庫から取り出して、牢屋を開けた。
すると、牢屋の開く音に反応したのか、捕らえられた兵士と役人が揃って頭をあげてこっちを見た。
「誰だ……あんた達……?」
「あんた達をさらいに来た。空賊王グリードだ」
手錠と鎖を奪って宝物庫にしまい、適当に買ってきた服を二人の身体の上にかけた。
囚人の証である鎖を奪い、自分の物にした証として服を与える。
そうやって、この二人に新たな主を認識させることで、島崎の呪いを解くんだ。
「あ……俺は一体……」
「なぜ……こんなところに……」
その目論見通り二人は正気を取り戻したようで狼狽している。
「島崎に操られていたんだよ」
「そういえば……最後に島崎様にあってからの記憶が……」
「詳しい話は後だ。とりあえず、出るぞ」
俺は壁に手をついて、壁を奪い取って別の位置に転移させると、空に続く大きな穴があいた。
「取得物、壁ってのもシュールだなぁ……。使い道あんのかなぁ。これ」
複雑な気持ちになるも、牢屋の壁が開き、外の景色が広がる。
こうして俺達はあっさりと逆転の鍵を手に入れ、島崎のシナリオをかき乱せると、この時は思っていた。




