ヒャッキヤギョウ・ブラック05
時間は何度も遡る。
立川に11時の約束を取り付けた後、遂に時間通りに仕事を終えることができ、無事に僕らはお昼休みに入った。黙って集中するよりも、駄弁りながらテンションを上げるほうが効率が良かった。黙って集中しても途中で退屈して、作業が遅くなってしまう。ランニングしながら音楽聞くようなものか。
今は午後1時。
そう、お昼休み。学校のみんなが一斉にお昼ご飯を食べる時間。
実行委員の面々でお昼を食べるのかと思いきや、食堂は文化祭の方で使用するので、それぞれの教室へ戻ることとなった。
しかし、僕は教室に移動しなかった。足を別の場所へ向ける。立川には飲み物を買ってくると伝えた。
そこにいたのは僕のクラスの委員長さん。割と身長が高くて、ポニーテールが良く似合う。黒髪が多いこの学校では珍しい茶髪だ。一度先生に染めてないか疑われたことがあるらしい。その時も軽口を叩いて上手に言いくるめてしまったという。これ本人談。かと言って本当に染めているわけでも無いらしい。なんでも、小1の頃から水泳を続けているから、らしい。
「どうしたの?こんなところに呼び出してきて。愛の告白?人前でできない要求?」
こんなところ、とは食堂裏のスペース。少し狭い広場になっている。
「人前でできない要求」
「この変態」
いいんちょう は ひややかなめ をむけてきた!
じゃなくて。
「実は、今日の夜一人で行動したいんだけど、立川に付きまとわれて困ってるんだ」
「むしろ立川さんを監視につけたいけど」
「僕のその設定まだ続いてるの?」
委員長の軽口ではなく、本当に女子の間で僕が変態のキャラで通っているとしたら本当に困る。
「やーい、変態」
「僕は変態って言われて喜ぶ人じゃないよ」
「ちぇー」
クラスの委員長、というイメージからは外れた、少し砕けた感じの人だ。話しやすい。なにが「ちぇー」だよ
そういえば、さっき『委員長とは話したことがない』と言ったな、あれは嘘だ。
「夜一人で行動したいってどういうこと?」
「人には言えない」
「うわーイタイ」
「お願い」
「立川さんを説得すればいいじゃない」
「できると思う?」
「しょーがないなぁ」
アハハ、と笑いながら、あっけなく僕のクラスの委員長は了承した。
「いやー、新田くん最近取っつきやすいというか、話しやすくなってきたからね。このままクラスに馴染んでいってほしいなぁ」
「僕は孤立してる訳じゃないけど」
「えー、でも最初の頃なんか『お前らこっち来んな』オーラ凄かったもん」
「僕そんな怖がられてたのか・・・」
「そんな新田くんが、理由も言わずに頼み事をするようになって、正直嬉しいよ。すずのんの努力もあって、結構新田くんイメージいいんだよ?浅倉さんの時に新田くんを一番に紹介したのも、新田くんのイメージを馴染ませる目的もあったみたいだし」
「そうなのか。というか、すずのんって誰?」
「立川さん。立川涼乃だから、すずのん」
あー、なるほど。
日立だから『たっちゃん』とあだ名をつけられた菊理さんよりは遥かにいいあだ名だろう。
浅倉の時は自分のイメージとか考えて無かったから、割と傷つけちゃつたし、立川の作戦は失敗だったんだろうな。
「後ですずのんにお礼言っときなさいよ」
知らないうちに、そんなことをしていたのか、あいつは。
なんというか、なんだろう。
「お礼は、言わないよ」
「えー?」
「僕に内緒でやってくれたんだ。僕の知らないところで、僕に知られないように。なら、僕は知らない方がいいだろ。」
「あらやだカッコいい!」
うざい。
「いやー、いい人なんだね。新田くん」
「まさか。そんなわけねぇだろ」
ありえねぇよ。
「アハハ、やっぱり最初と比べて良くなってるよ、新田くん」
僕も、変わっていっている。立川だけじゃない、僕が気付かないうちに、僕も良くなっていっているのか。
良くなっている、とはどういうことだろう。わからない。
けれど、昔の自分を残しておきたい。例えその自分が、悪いようだとしても、僕は昔のままの自分でありたい。知らないうちに、昔の自分にあったものを忘れてしまうことは、本当に恐ろしい。
それは、無い物ねだりの贅沢なのだろうか。
「話逸らすなよ」
「ゴメンゴメン。で、具体的にどうすればいいのよ?」
「この後って、普通の文化祭準備の活動は午後6時まで。そして1時間休憩挟んで7時から10時までクラス全体で作業だっけ」
今日の予定だ。
「うん」
「その後夜間シフトに別れるんだよな。立川は後半だっけ」
「そうだね」
前半は10時から午前2時。後半は午前2時から朝6時。それぞれ
「立川を張り切らせて、思いっきり疲れさせて」
「うん?」
「その後、仮眠室で寝かせる。立川に11時に起こすとか言えば熟睡するだろ」
「えげつなー」
「もし起きてきても寝ぼけて何もできないはずだし」
つまり、おもいっきり疲れさせて、11時の集合に来られなくすればいい、というわけだ。約束を破るのではなく、破らせる。
「わかったわ。新田くんに免じて、協力してあげましょう」
「ありがとう」
「けど、すずのんに嘘はつけないから、少し作戦変更するよ?」
「あー、そっか」
女子の中のグループにて、嘘ついたりして加害者みたいな立場になったら、村八分ならぬ女子八分になりかねないだろう。
女子の喧嘩は長引くし、仲直りが難しいらしい。
「どーすんの」
「新田くんから、仮眠をとるように言って」
勿体ぶった割にはそんな変更はなかった。
「わかった。じゃあ、よろしく」
「実際私やることほとんどないよね。すずのんと作業頑張るだけだし」
物は言い様である。
話は10分程度だった。
教室に戻ると、神崎が茶化してきた。
「けいすけー、委員長となに話してたんだよー」
「お前の自由時間無しだってさ」
「はうっ!」
弱み捕まれてんのに茶化してきて、アホなのか。反撃されたいのかこいつは。
「嘘だよ、今日の夜間シフト相談してたんだ」
「あー、居残りか」
「なんとか交渉してな、10時から2時の睡眠時間を確保したんだ」
「ほうほう」
「今機嫌いいから当日のシフト相談してこいよ」
「え、マジ?頑張ってくるわ」
委員長たーん!
バシィ!
あのしっかりしてる委員長だ。神崎は、いつ交渉しに行っても怒られる運命にあるのだ。
浅倉と委員長の前でひざまづく神崎。あれ、『ひざまづく』だっけ、それとも『ひざまずく』か?
「新田くん、たゆぽんとなに話してたの?」
立川が話しかけてきた。
ん?たゆぽんって誰だ。話の流れからして委員長か?
「言ったろ、今日のシフトの相談だよ」
「ホントに?」
「何だと思ったんだよ」
うーん、と腕を組みなにやら考えるポーズを決める立川。割とかわいい。
「うん、そうだよね。まさか、たゆぽんに今日の約束を破る方法を相談してた訳じゃないだろうし」
「僕はそんなことしない。ちゃんと約束を守るよ」
約束を破るのはお前だからな。