フォックスフォール01
4月21日。始業式も終り、クラス内の人脈が築かれ始めた頃。
「・・・ということで参加してくれる人手挙げてくださーい」
「お願いしまーす」
長崎先輩とお供の先輩が教卓に立ち、文化祭実行委員会の宣伝に来ていた。上級生が自分の部署に入るよう勧誘する、毎年恒例の行事らしい。各クラスを回って数少ない人員を集めるのだ。
長崎先輩との縁は深い。なので僕は右手を挙げた。体が左に傾く。
こういう時に手を挙げる奴はまずいない。いても何人かで群がるグループが一つあるくらいだろう。まだ顔を合わせて時間の経たない時にこういう目立つことをする人はそうそういまい。
そう思って周りを見ていたら、もう1人女子が手を挙げていた。
「おぉ、2人も!ありがとう。こっち来て、名簿に名前書いてー」
長崎先輩は大喜びだ。
こんなヤツもいるもんなんだな。
ということがあって、僕は立川涼乃という人物と出会った。
身長155センチくらい、割と小柄。短めの茶髪がはねている。見た目はこんな感じだ。若気のある女の子といった感じか。
こういった女子が1人で行動するとは思えないが、これは僕の先入観がいけないのだろうか。女子はいつも群がって行動するものだと思っていたが、そうでない人もいるということだろうか。
僕が立川について知っているのはそのくらいだ。
同じクラスになって2週間しか経っていない。話したこともないし、正直僕はこの人の存在をほとんど意識していなかった。あれ、こんな人いたんだという印象だった。
そのほかにある印象といえば、立川には「コン、コン」という効果音が似合うということくらいか。
「へー、新田君って長崎先輩と知り合いなんだ。だから参加をねぇ」
ふむふむ。とあごの下に手を当てて考えるポーズ。そして、こっちを見ながら
「ラブ?」
「ふざけんな恋愛脳」
対応はこれで合っているよな。女子と1対1で話すのは緊張を通り越して恐怖だ。
「え~?同じ学校だからって同じ部署に行こうなんて、なかなかのものだと思うけど?」
「あーっとだな・・・。」
キョトンという顔でこちらを見る立川。気にせず続ける。
「別に同じ中学だったわけじゃないよ。僕と先輩とのつながりというのは俺の左腕の一件だな」
と、左腕の方を見る。
「あー、なるほど」
声を暗くする立川。良かった。ちゃんと常識人だ。
「だからさ、長崎先輩には僕の、特に腕のことについては触れないようにしてくれないかな」
立川はにっこりとした笑顔で即答した。
「いーよ!」
単純なのか純粋なのか。いいやつだな、と思う。
「そろそろ教室に戻ろうか」
「うん」
僕たちは、文化祭実行委員企画実行部という長い名前の部署の最初の集会に来ていた。場所は講堂だ。一年生は僕たちだけだったそうで、僕ら1年からも声をかけようという話となった。すぐに集会が終り、時間が余っていたので自己紹介の含めて雑談をしていたのだ。
いつもは使わない2階席へ移動してみると、全体が見やすい。柵が邪魔にならないな。
「いやー、2階席ってなんかおもしろいねー」
「柵に体重をかけるな。落ちるぞー」
柵が立川の落下の邪魔となっている。
「だいじょーぶだいじょーぶー」
ピョンピョン跳ねながら、柵に体重をかけている。着地するたびにコン、コンと音が鳴る。
まったく、とため息をついていると。
そして、立川の体が柵の向こう側へ移るのがみえた。立川の顔に恐怖の色が映る。
「立川!」
1,2歩の距離だったが、それはこの状況においてもう限りなく遠い。右手を伸ばしても届かない。
ゴン!と音が響く。
「嘘、だろ、オイ冗談じゃねぇよ・・・」
1階と2階は5メートルくらいはある。きちんと受け身をとれなければ、最悪死に至る。
はぁ、はぁ、と息が荒くなる。血の気が引いてきた。
1階へ急ごうとすぐに動こうとしたときになって初めて自分がしりもちをついていたのだと分かった。立ち上がり、すぐに走り出す。全速力で、タッタッタッと音を立てながら。
1階につくのに20秒もかからなかった。
「大丈夫か立川!」
そして立川を見て、僕は安堵と恐怖を同時に味わった。
さてお立会い。
なんということだろうか、横たわる立川の体からは血が流れるどころか、傷一つついていなかったのである。顔色も良く、完全に無事だったのだ。まるで、何ごともなかったかのように。