26-20 とりあえず諸々のことは明日・・・のようです
おじい様は私のことを持ち出されたので「うぐっ」と呻いただけで、それ以上言葉を続けられないようです。
ポールはもう一度こちらを向いて軽く礼をしました。そして向きを変えて扉の取っ手に手を掛けたところで止まり・・・こちらへと顔だけ向けました。
「そうでした。肝心なことをいい忘れました。俺の前世の職業はSPです」
「「は?」」
「なんじゃ?」
ポールの言葉にお父様とジーク伯父さまが訝しげな声をあげました。おじい様はコモナー執事長へと問いかけるように目を向けました。
「ほお~、それはそれは。まさに適任者ということですね」
「ということですので、セリアテス様の警護はお任せください」
そんなおじい様を無視した執事長は、ニヤリと笑ったポールに「頼もしいです」と言って、ポールが部屋から出て行くのを容認しました。
それから、こちらへと向き直ると私へと真っ直ぐ見つめてきました。
「セリアテス様、僭越ながらわたくしから少しお話させていただきます。今までのポールの言動に戸惑っていらっしゃることと思いますので」
私は執事長の言葉に頷きました。
「ポールはセリアテス様を翻弄するおつもりはございません。ただ、リチャード様とセルジアス様を納得させるためには、ああするのが手っ取り早いと思われたのです」
「おじい様とお父様を・・・ですか?」
「はい。記憶を失くされたセリアテス様は生まれたばかりのひな鳥と同じでございます。そのような状態のセリアテス様にゲームの記憶があるからと近づいてくる輩がいるかもしれないのです。ええ、私もそのことに考えが及びませんでしたから、最初はポールの行動は何がしたいのか意味がわかりませんでした。私としたことが、です」
自嘲するような笑みを口元に浮かべて執事長は言いました。
「ポールはあの行動がセリアテス様のお為になると判断したからしたのです」
「私の為?」
「はい。ポールは転生者であることを隠しておきたかったようですが、これからのことに対処するためには、話した方が利になると考えたようです」
「対処・・・ですか?」
「ええ。・・・ああ、すみません。セリアテス様、本日は長距離の移動をし、大変お疲れになっておりますね。そのような状態でこのような話をしても、頭に入ってこないでしょう」
ええっと・・・そうですね。先ほどから茫然と聞いている、もしくは言われた言葉を繰り返して問い返しているだけですね。
「ポールも話さないとは言っておりませんでしたから、今日はこれ以上の話は止めておきましょう」
そう言うと執事長は視線を私の後ろの方へ向けました。
「クラーラ様、セリアテス様のことをお任せしてもよろしいでしょうか」
「もちろんよ。セリアテス、行きましょう。・・・ああ、待って。セリアテスも元の姿に戻ってね。もちろんあなたたちも」
クラーラお姉様の言葉に、部屋の隅に居たマリベルから「解除」という声が聞こえてきました。マリベルはセリアテスの姿からマリベルの姿に戻りました。
「元の姿に」
ミルフォードお兄様の声が聞こえてきて、お兄様も元の髪色へと戻りました。その姿に何故かホッとしました。
「さあ、セリアも」
お兄様に促されて、私も目を瞑り「元の姿に」と言いました。目を開けて髪を見るとプラチナブロンドに戻っていました。
「それでは行きましょう、セリアテス」
お姉様が手を差し出してくれたので、私はその手を握ろうとしました。そこに声が掛かりました。
「待って」
お母様です。そう一言言ったものの、言葉が続かないようで、私のことを見つめるだけです。どうしたのでしょう。
「どうしたんだい、ミリア」
お父様がお母様に聞いています。
「その・・・今夜は私と一緒では駄目・・・かしら」
躊躇いながら言われた言葉に、目を丸くします。えーと・・・私が私となってから、お母様とご一緒のお部屋で寝たことはありませんでした。クラーラお姉様と一緒の部屋で寝たのは、子供同士だからと思っていたのですけど?
「駄目ですわよ、ミリアリア叔母様」
私が何か言う前にクラーラお姉様がお母様に言いました。お姉様はいたずらっ子のようにニヤリと笑いました。
「今日は私が頼まれたのです。叔母さまは明日以降にしてくださいな」
クラーラお姉様の言葉にお母様は何も言えないようです。お父様がお母様の方を抱いて慰めるようですね。お母様のことを見た後、こちらを向いて口を開こうとしましたが、途中で口を閉じてしまわれました。
「さあ、行きましょう」
お姉さまに促されて立ち上がりました。扉を出るところで挨拶をしていなかったと思い出しました。
「お父様、お母様、おやすみなさい。おじい様、おばあ様も、おやすみなさい。ミルフォードお兄様、ローラントお兄様、オスカーお兄様、おやすみなさい」
なぜか皆が怪訝な顔をしています。私は何か間違えたのでしょうか。
ああ、疲れからか頭が回らないわ。