26-15 ポールの立場・・・
イアン、クリス、ポール、マリベルは、オットマー先生に言葉を返せずに口を噤みました。
「イアン殿、クリス殿。ミルフォード様のおっしゃる通りですよ。あなた方は、今はフォングラム公爵夫妻です。他の者がいない客室とはいえ、宿屋ということは誰が訪ねてくるかわかりません。護衛の者が止めるだろうと安心した態度でいてもらっては困ります。ポールも、その姿を見られたらミルフォード様が、普段からだらしない格好をしていると思われるではないか。主家の醜聞をあなたが作ってどうするのだ」
イアンとクリスは体を縮こまらせて頭を下げましたが、ポールはソファーに座り直して不遜な笑みを口元に浮かべて言いました。
「それをあなたが言うかなー。大体僕が気を抜いたのだって、あなたが同行したからですよ。あなたを突破してフォングラム家に何かできるわけないだろう」
「だから、それが油断だと言っているんだ。いくら私がついていると言っても、私は万能ではないのだよ。現に聖王家の魔術師長たちのようなものが何かを仕掛けてきた場合、すべてを守りきれはしないだろう」
「まあ、そうだろうけど・・・仮定の対象がひど過ぎないかな~。市井にあんな人たちが、早々いるわけないよね~」
「ポール、いるいないではなく・・・。おい、論点をすり替えるな」
オットマー先生はポールとの話で何かに気がついたようで、渋面をつくっています。ポールはニヤリと笑うと意味ありげにチラリと私のことを見てきました。
「まあまあ、魔術師長もそれぐらいにしてください。とにかく気を抜きすぎないようにしてくれればいいよ」
ミルフォードお兄様が二人の仲裁(?)に入りました。お兄様を立ててか二人はお兄様へと「申し訳ございません(でした)」と頭を下げました。
それを見ていた私は、彼らの横で一瞬マリベルが眉を顰めたのを見ました。すぐに表情を戻したので、見間違いかと思ったくらいです。でも、違和感を感じて、それがつかめないまま私は口を開きました。
「あの、みんなには私の我がままのせいで、迷惑をかけてしまってごめんなさい。無理矢理そんな恰好をさせられたら、嫌よね。やはり明日からはいつも通りでいいと、おじい様に言うわ。だから」
「ちょっーーと待ったーーー! 何を言おうとしてくれちゃってんの、セリアテス様? 今回の我がまま大王はリチャード様でしょ。僕らに拒否権が無いのをいいことに替え玉にさせるなんてことを思いついたんだからさ。確かにさ、王都の邸にいるよりは領地のほうがのびのび過ごせるから、話に乗ったのは僕とマリベルだよ。でもさ、使用人の僕たちには選択肢なんてなかったんだからね。大体さ、オットマー殿の的外れの言葉を真に受けないでよ。この甘々のお坊ちゃんや囲われのお姫様と違って、僕とマリベルは違うから。最初から気配と姿隠しの魔法を使って入ってきたのに、気がついていたからーーー!」
私の言葉を遮ったポールの言葉に、私は目を丸くしました。ポールが叫ぶように言っている時に、マリベルが「一緒にするな」と言っていましたけど、綺麗にスルーしていますよね。
「ええっと?」
「誰が的外れだって?」
「だってそうでしょ。保護対象のこの人たちと違って、僕らは生粋のフォングラム家使用人だよ。だらけるにしたって、隙を見せるわけないじゃん」
ポールの言葉に疑わしそうな顔をして、冷たい視線を向けるマリベル。またもやその様子に気がつかない、もしくは綺麗にスルーしたポールはオットマー先生に続けて言いました。
「本来ならさ、先ほどオットマー殿が言ったことは、父親であるフォングラム公爵が息子の僕に言うべきことでしょ。それを解ってないからさ。こんなんで、フォングラム公爵家の庇護下を離れようだなんて、よく考えるよね」
「ちょっ、ポール。それは今言うべきことじゃないだろ」
「いま言わないでどうすんのさ。考えなしの行動ほど、迷惑はないんだからね」
イアン料理長はポールの言葉を止めたそうにしていますが、ポールはお構いなしに言葉を続けます。
「何を騒いどるんじゃ」
扉が開いて、おじい様とおばあ様、その後ろからお父様、お母様とコモナー執事長が入ってきました。そして扉を閉めると共に、おじい様は何やら小さく呟きました。
「きわどい話をするのなら、聞かれんようにせんか」
おじい様はそう言うとポールへと目を向けました。
「ポール、その話は今せんでもいいだろう」
「ですがリチャード様、この中途半端な使用人根性をどうにかしないと、弊害しか起こりませんよ」
「ポール」
憤慨して言うポールに執事長は静かな声で名前を呼びました。途端にピシッと背筋を伸ばして立つポール。
「あなたがそう言うということは、何がありましたか?」
ポールは私とお兄様が部屋に入ってからのやり取り全部(その中にはポールがソファーでだらけたことまで)を話しました。それを聞いた執事長はおじい様と目を見交わしあった後、お辞儀をしてイアンとクリスを隣の部屋へと連れて行ってしまいました。
「で、誰が我がまま大王なのじゃ」
「もちろんリチャード様ですよ。セリアテス様にいいところを見せたいのは分かりますが、振られるこっちはたまったもんじゃないですよ」
「不満なら不満といえばいいじゃろ。それならば、他のやつにやらせたわい」
「あっ、言っていいんですか。それなら遠慮なく。リチャード様、僕をセリアテス様の護衛に指名したんですから、その役目を果たさせるように配慮してください!」
435話。