26-14 客室にて・・・
言い方に迷って言葉が途切れてしまいました。まずいかなと思ったのですが、おじい様は私に優しく笑いかけてくれます。
「改まった言い方をせんでええぞ。それよりの、セリアテスが先ほどから興味深げにしておっての。もしよければ、少し話し相手になってくれんか」
「おじい様、それは私が言いたかったですわ」
セリアテス様は可愛らしく頬を膨らませて、おじい様へと抗議をしました。が、すぐに恥ずかしそうな笑みを浮かべて私のほうへと顔を向けました。
「テスニアさん、よかったらお話をしませんか」
「はい、喜んで」
そう答えてから、やってしまったと思いました。平民らしくない言い方をしてしまいました。いえ、これが平民にとっては普通の言い方でしょうか? でも、貴族への返事としては正しくないでしょう。
動揺を抑えてセリアテス様のほうを見ると嬉しそうに笑っています。それからセリアテス様は視線をお父様のほうへと向けました。
「テスニアさんをお借りしますわ。それから、よろしければそちらの方・・・カイセルさんも一緒にいかがでしょうか。ミルフォードお兄様と歳が近そうだわ」
「おお、それはいいのう。セリアテスもミルフォードも、こういう機会でもなければ、市井のことに触れる機会はないからの。すまんが、子供たちを少し借りても良いか」
「もちろんでございます。カイセル、テスニア、行っておいで」
お父様に促されて、私とお兄様はセリアテス様の後をついて、歩き出しました。
宿の中でも一番立派な部屋なのでしょう。そこに、お父様たちの姿をしたイアン料理長、クリス、ポールが待っていました。貴族姿が板についている気がします。
「お疲れさまでした、セリアテス様、ミルフォード様」
「その姿で言われても、違和感しかないよ、イアン殿」
お兄様が苦笑を浮かべて返事をしました。
「でしたら、この姿を解除いたしますが」
「それは待ってよ。まだ父上たちと入れ替わるのかどうかわからないのだからね」
イアン料理長がお兄様の言葉に、これ幸いというように姿を戻そうとなさいましたのを、お兄様がそれを止めました。そうですよね。まだどうするのか決めていないのに、その行動は早計です。
「えー。僕は早くこんな格好から解放されたいよ」
「ポール、お屋形様からのご命令があるまで、駄目よ」
セリアテスの姿のマリベルに言われて、ポールは「へーい」と、やる気がなさそうな返事をしました。それと共に座っているソファーへと、だらしなく寝そべったのです。
「ちょっと、シャンとしなさいよ」
「別にいいだろ。今日は気を張ってたんだからさ。少しくらい緩くしたって~」
マリベルが眉を吊り上げて怒りましたが、ポールはどこ吹く風という感じに言い返します。
「ミルフォード様とセリアテス様の前よ。使用人がそんなんでいいと思っているの!」
尚更眉どころか目尻を吊り上げて言うマリベルを無視して、ポールは寝そべったまま伺うような視線をお兄様へと向けました。
「そうだね。普段と違う格好をして疲れただろう。少しくらい気を緩めたっていいだろう」
「甘やかさないでください、ミルフォード様」
お兄様が苦笑を浮かべて答えれば、マリベルは抗議の言葉をお兄様へと向けたのでした。
「セリアテス様、慣れない馬車の旅でしたから、お疲れではございませんか。今お茶をお入れいたしますので、こちらにお座りください」
お母様の姿のクリスさんが立ちあがり、私をソファーへと誘いました。お兄様と並んでソファーへ座り、お兄様へと目を向ければお兄様も私のことを見てきました。
目が合った私たちは・・・口元に苦笑が浮かびました。
「あのさ、イアン料理長・・・じゃなかった。フォングラム公爵様、フォングラム公爵夫人、ミルフォード様、セリアテス様。もう少しちゃんと演じてくれないと駄目じゃないか」
「えー、宿屋の中だし、ここには僕らしかいないじゃん。少しくらい気を抜いたっていいだろう~。先ほどはミルフォード様も許してくれたじゃん」
私が口を開く前にお兄様が言ってくれました。それにすかさずポールが不満を漏らしました。
「そうは思ったけど、気を抜きすぎだよ。もし部屋の外に誰かがいて、会話を聞かれたらどうするんだい」
「いまはそんな奴はいないよ~」
「そうだね。でもいつ、どこから魔法を使われるかわからないだろう」
「それこそ魔法ならわかるのに」
ポールはむーと呻りながら言いました。
「どこがわかるというのだい」
その声は部屋の隅から聞こえてきて、ポールはハッと体を起こしてそちらを警戒して見ました。もちろんポールだけでなく、イアン、クリス、マリベルも身構えると共に、私とお兄様を守る位置へと移動しました。
が、その声の主を見て、すぐに緊張を解きました。
「オットマー様、驚かせないでくださいよ。焦ったじゃないですか」
「だからそれが油断だといっているんだ。私が本物だとどうしてわかるんだい」
姿を現したのはオットマー先生です。私とお兄様は部屋の中に入って直ぐに、オットマー先生がいるのが見えました。オットマー先生は私たちと目が合うと唇に人差し指を当てて、黙っているように合図をしてきたのです。なので、お兄様も私もそのことには触れずにいたのでした。
434話。




