26-7 領地へ・・・すんなり出発は出来ません その4
そうこうしている間に、また馬車が止まりました。そっと窓から外をみると、かなり開けた場所に着いたようです。もしかしたら王都を出る門のそばに着いたのでしょうか。これから王都を出るための手続きをするのですね。
王都を出るための手続きはお父様たちがなさるだろうからと、私はおとなしく待つことにしましたクラーラお姉様たちと話すこともせずに、馬車の外の音に耳を傾けます。聞こえるのは、ざわざわとした人の声。時々ぶるるっという、馬の声(?)です。
コンコン
馬車の扉をノックする音が聞こえました。
「何かしら」
「セリアテス様にレオポルド神官長がご挨拶をしたいと、参っております」
クラーラお姉様が応対してくれます。聞こえたのはアーマド叔父様の声で、内容に驚きで目を見開きました。
「レオポルド神官長が?」
どうしたものかと迷っていたら、レオポルド神官長の声が聞こえてきました。
「おはようございます、セリアテス様。どうかこのままお聞きください。ここは王都の西門の前の広場です。お気づきかと思いますが、セリアテス様が領地に向かうことを聞きつけた民衆が、広場周りに集っております。これより私が対応させていただきますので、セリアテス様は馬車の中でお待ちください」
「おはようございます、レオポルド神官長。でも・・・それでよろしいのでしょうか」
「セリアテス様がお気に病む必要はありません。どうかお任せください」
「はい」
レオポルド神官長が馬車から離れたのか、気配(?)も感じられなくなりました。そして待つほどもなく、神官長の声が広場に響き渡りました。
「広場にお集まりの皆さん。皆さんがどこから話を聞きつけ、このように集まったのかは、今は問いません。即刻、自宅や仕事にお戻りください」
神官長の言葉にざわざわと声が上がっているようです。
「皆さん、女神様は愛し子様が健やかにお暮しになることを望んでおります。愛し子様は療養のために、王都を離れるのです。皆さんがこのように集まっていらっしゃると、愛し子様が出発することが出来ません」
ざわざわ
神官長が民衆を説得するように話していますが、逆効果のように見えます。
・・・というより、どんどん広場に人が増えてきていませんか?
これはあれですか。有名芸能人が現れたと聞きつけて、あとからあとから駆けつけてくるというやつですか?
・・・って、有名芸能人って、なんのことでしたっけ?
「あーあ、これはやばいんじゃないの」
「そうだね。収拾がつかなくなってきてないかな」
いつの間にかカーテンを引いた窓の隙間から、外を覗いていたオスカーお兄様が言えば、ミルフォードお兄様も同意して言いました。
「そうだねえ、騎士たちが民衆を押さえているけど、聞きつけた人たちが続々と駆けつけているみたいだし。これでは、やはりセリアテスに出てもらうしかないかな」
「ええ、そのようね。愛し子に任命された時に、セリアテスの姿を実際に見れた人は少ないわ。その後から今日まで、セリアテスの姿を見られる機会はなかったのですもの。こうなっても仕方がないと云っては、仕方がないのだけど・・・」
ローラントお兄様とクラーラお姉様は、気づかわし気に私のことを見てきました。
「先ほどお姉様が言った私の一言というのは、そういうことなのですね」
「ええ。このままでは民衆が暴走しかねないと思うのよ。震えているセリアテスには、酷なことかもしれないけど・・・」
「いいえ、大丈夫です。集まっている方々は、私のことを望んでくださっている方々です。・・・ええっと、私ではなくて『女神様の愛し子』を、ですね。姿を見せて一言挨拶をすれば、納得してくださると思います。・・・それで、オスカーお兄様、ミルフォードお兄様、エスコートをお願いしてもよろしいですか?」
「「もちろんだよ、セリアテス」」
オスカーお兄様とミルフォードお兄様は笑顔で答えてくれました。
コンコン
ローラントお兄様が扉を叩きました。
「どうかなさいましたか?」
この声はローゼンメラー様です。
「レオポルド神官長に伝えてください。女神様の愛し子から、集まった民衆へと一言、お言葉を伝えたいと言っています」
「承知いたしました。少々お待ちください」
お姉様が私の代わりに言葉を伝えてくれました。程なくして、扉を外からノックされました。
「セリアテス様、申し訳ございません。請け負っておきながら、私では収拾をつけることが出来ませんでした」
「いいえ、神官長のせいではありません。それに集まってくれたみなさまの気持ちも分かります。私だって立場が違えば、みなさまと同じように行動したと思いますから」
「ありがとうございます。それでは、扉を開けさせていただきます」
外から、扉が開きました。いつの間に用意されたのか、しっかりとした作りの階段がありました。オスカーお兄様とミルフォードお兄様は顔を見合わせて頷くと、ミルフォードお兄様から先に馬車を降りました。オスカーお兄様は途中まで降りたところで馬車のほうを振り返り、私へと手を差し伸べてくれました。
「さあ、行こうか。セリアテス」
私は立ち上がり、オスカーお兄様の左手に右手を乗せて、馬車から一歩外へと出たのでした。
426話。