26-3 前の私は・・・体が弱かった?
ミルフォードお兄様の言葉に私の肩から力が抜けました。
「あっ、でもね、もしかしたら初恋とはちょっと違うかもしれないかな」
「違う? のですか?」
「あの時は・・・実はセリアを泣き止ませてくれて助かったと思ったんだけど、すごく意外だと思ったんだよ」
「意外・・・とは?」
「それまでのクラーラって、どちらかというとおとなしくしていなくて、僕らをあちこち引っ張りまわしていたんだ。セリアのことは少しだけ相手をして、すぐに邸の外に行ってしまっていたんだ。セリアが泣いていても、そばにいることなんてほとんどなかったからね。今思うと、兄弟は弟だけだし、いとこも男の子ばかりだったから、女の子のセリアにどう接していいのかわかってなかったんじゃなかったのかな。あのあと、セリアの方からクラーラにべったり張り付くようになったからね。それからすごく可愛がるようになったから」
そう話してから、お兄様は困ったように眉根を寄せました。
「ごめん。また僕は余計なことを話しちゃったね」
「そんなことはないです。クラーラお姉様も、小さい子の相手は戸惑ったのだと思います。まして男の子と女の子では違いますものね」
「うん、そうだったと思うよ。とにかく3歳のセリアは小っちゃくて可愛かったけど、よく熱を出して寝込んだからね。無理はさせられなかったから。・・・あっ」
お兄様はまた余計なことまで話したと思ったのか、口を押えてしまいました。
「お兄様、記憶を失くさなくても、3歳くらいのことを覚えている人は少ないと思います」
「えーと、そうだよね。僕も小さい頃の記憶は、嬉しいことや驚いたことなどしか覚えてないしね」
「少し長話をし過ぎましたね。そろそろサラエさんたちが私を探しているかもしれないです」
私がそういうと、お兄様はまた「あっ」と言いました。
「そうだね。じゃあセリア、部屋に行こうか」
小部屋を出ると丁度サラエさんが私の部屋から出てくるところでした。
「セリアテス様、お支度をいたしましょう。ミルフォード様、失礼いたします」
サラエさんは私を抱き上げると、急いで部屋へと入って行ったのでした。
着替えをしている間、先ほどのお兄さまの言葉を考えていました。それで、結局はお兄様がおっしゃられたように、クラーラお姉様がお兄様の初恋の人だというのは違うような気がします。お姉様の意外な一面を見て、それが印象に残ったのでしょう。
でも意外でした。クラーラお姉様がお転婆さんだったなんて。私が覚えているお姉様は、いつだって優しくて淑女然としていて・・・。私はお母様と同じくお姉様もお手本としたのよね。
・・・って、えっ? あれ? これって、前の記憶? 思い出せたの?
・・・いえ、駄目ね。なんとなく思った程度しか、思い出せないわ。
着替えが終わり、部屋を出るとお兄様が待っていてくれました。
「お兄様、先に行かれても良かったのですよ」
「そうなんだけどね」
お兄様は笑ってまた手を出してきたので、私も手を乗せてお兄様の手を握りました。
「えーとさ、セリア、念押しするみたいなんだけど・・・」
「ええ、先ほどの話は誰にも言いません。でもお兄様、クラーラお姉様はそんなにお転婆さんだったのですか」
「お転婆・・・そうだね。活動的な人で、じっとしているのが苦手なんだと思っていたかな」
「私の中のクラーラお姉様は見本にしたい淑女なのですけど」
「ああ、それね。セリアに慕われて、クラーラはセリアの手本になる様な淑女になろうと頑張ったようだよ」
「そうなのですね」
階段を下りながら話していて、納得するものがありました。カテリア伯母様も淑女然としていますけど、中々な方ですよね。アーマド叔父様が来ると、何やらコソコソとしていらっしゃいましたし。
盗み聞くつもりはなかったのですが、たまたま聞いてしまったのが、アーマド叔父様に稽古をつけるというような会話でした。その時の私はその言葉を聞き間違えたと思っていました。きっとオブライン様達、自国の騎士との合同演習みたいなものを持ち掛けたのだと思ったのです。
でも伯母様の性格を考えますと、剣くらい楽々扱えそうです。
「えーとお兄様、クラーラお姉様は剣とか扱えたりしますか?」
「う~ん、どうだろうねえ。でも自衛のために護身術を習っていると聞いたかな」
「護身術ですか。私も習っていましたか」
「セリアはまだだよ。もう少し体調が安定してからと、父上もおっしゃっていたからね。・・・あっ」
お兄様がまた小さくあっ、と言われました。先ほどから引っ掛かっていることが確信に変わりました。
「お兄様、私はもしかして体が弱かったのですか?」
「弱いわけではないよ。ただちょっと疲れやすかっただけで・・・」
お兄様は誤魔化すように言いましたけど、私は騙されませんよ。階段を降り切ったところでしたので、手を引っ張ってお兄様を止めました。
「お兄様、本当のことをおっしゃってください。もしかしてみんなが私に対し過保護に接するのは、前科があったからなのではないですか?」
「ぜんか? えっと・・・少しだけ、セリアは熱を出しやすかっただけで・・・」
「熱! じゃあ、記憶を失くした時の高熱も、今までに同じようなことがあったのですね」
「それは違うよ。あそこまでの高熱と長い期間寝込むことはなかったから。本当にあの時は驚いたし心配したんだよ」
お兄様の真剣なまなざしに、申し訳なさが沸き起こりました。
・・・ではなくて、その前の私の話です。
「つまり私はひんぱんに熱を出して寝込んでいたのですね」
「そんなにひんぱんではなかったよ。月に一度くらい・・・だったと思う」
それってやっぱり、体が弱かったんじゃないですかー!
422話。




