20-10 彼女たちをそばから外したかったのは・・・
「それはどういうことなの、セリアテス」
声がした方を向くと居間にいた皆様がそこにいました。カテリア伯母様が微かに眉間にしわを寄せて訊いてきました。
「言葉のとおりです。私はやり方を間違えました。こんな・・・やり方ではなくて、ちゃんと話し合っていれば、無駄に傷つけることもなかったのに」
自分の不甲斐なさに、悔し涙が溢れてきます。皆様は戸惑ったように視線を交わしています。
「とにかく、ここではなんですから、居間に戻って座って話をしましょう」
おばあ様がそう言われたので、私達は居間へと戻りました。私はグズグズと泣きながら、そっと隣を歩くミルフォードお兄様の上着をつかみました。お兄様は少し驚いたように私のことを見てきましたけど、すぐに手を取ってエスコートをするように自分の腕に私の手を掛けてくださったのです。そのままお兄様と並ぶように椅子に座りました。私の左隣りには、当然と言う顔をしてオスカーお兄様が座りました。
ミルフォードお兄様が自分の手巾を取り出して私の目に当ててくれました。目が合うと『大丈夫』と問いかけるように、やさしく見つめてくれています。私は小さな声で「ありがとうございます、お兄様」と言いました。
侍女の皆様がお茶を入れてくださいました。それを一口飲んでホッと息を吐き出しました。気持ちが落ち着いてきたので、テーブルに座った方々をそっと見ました。
お母様、伯母様、おばあ様は私の向かい側に座っています。クラーラお姉様、ローラントお兄様が伯母様の隣に、ローザ様、マイン様はおばあ様の隣に座られています。私の側にはミルフォードお兄様の隣にビアンカとフィリナが座り、オスカーお兄様の隣にはカトリーナ、イリーナ、アデリーナが身を縮こまらせて座っていました。
「落ち着いたかしら、セリアテス」
「はい、おばあ様」
おばあ様が優しく聞いてきました。私は一度息を吸って吐いてをしてから答えました。
「それでは先ほどの言葉の意味を教えてくれるかしら。セリアテスはあの子達を傷つけたと気にしているようだけど、もともとはあの子達にあなたが傷つけられたのでしょう。だからそばに置きたくなくて、友人を辞めさせたかったのではないの」
「違います、おばあ様。私は傷つけられていません」
私がきっぱりと答えたら皆様は困惑した顔をなさいました。
「えっ? でもセリア、あなた言ったわよね。日記に書いてあったって。あの子達を不快に思っていたのでしょう」
「それは・・・今の私ではないです。前の私です」
ローザ様が訊いてきたので答えましたら、また皆様は困ったように顔を見合わせています。
「前のセリアテスって、記憶を失くす前のセリアテスってことかい」
「はい、そうです、オスカーお兄様」
オスカーお兄様が瞳を煌めかせながら聞いてきました。なんだか楽しそうに見えますけど、気のせいですよね。
「それじゃあ、今のセリアテスはあの子達のことをどう思っているのかな」
「それは・・・わかりません」
「わからないの」
「はい。だってお話をしていませんもの。話したこともない方達のことを、どう判断しろとおっしゃるのですか」
私がそう答えたら、皆様は驚いたように目を見開いていました。しばらく誰も口を開かなくて沈黙が居間を支配しているようです。
「プッ・・・アハハハ~」
突然、オスカーお兄様が笑いだしました。
「おっかし~。クックッ。そうだね、セリアテスの言う通りだ。知らない人のことを判断しようがないよ」
お腹を抱えるように笑っていたオスカーお兄様は、行儀悪くテーブルに左肘をつくとそこに顔を乗せるようにして、私のことを覗き込むように見てきました。
「じゃあさ、セリアテスはどうしてあの子達をそばから排除しようと思ったの」
「えーと、排除するつもりではなかったのですけど・・・」
「うん、それはわかっているよ。でも遠ざけようと考えたのはなんでなの」
オスカーお兄様は口元に笑みを浮かべて訊いてきます。でも、茶化しているわけではないようです。
「あの、私は女神様に『愛し子』と呼ばれましたよね」
「そうだね」
「それによって私はこの世界で特別な存在と認識されてしまっていますよね」
「もちろん」
「そんな私に特別な友人を作るわけにはいかないと思ったのです」
オスカーお兄様は笑いを引っ込めて真顔に戻ると、体を起こして背筋を伸ばしました。
「どうしてそう思ったんだい」
「リングスタットの貴族家には、私がお茶会や舞踏会の招待状をいただいても、公的なものしか出席しないと通達がなされているはずです。それは今までの私の友人からの招待であっても行くわけにはまいりません。『女神様の愛し子』である私は、皆様に平等に接しなければならないのです。例外を作るわけにはいきません」
しばらく私のことを見つめていたオスカーお兄様は、再度口を開きました。
「それじゃあ、フィリナ嬢のことは。彼女は特別な友人ではないのかい」
「いいえ、違います」
私は静かに首を振りました。
298話。




