兄話3-17 会議室前で
会議場の入り口で皆と別れることになり、セリアテスの緊張がまた高まってきた。少し不安そうに皆が会議室に入っていくのを見送っていたけど、僕が残ったことに安堵したようだ。
扉の所にいる近衛兵の二人と案内をしてきた人も、セリアテスの様子を心配そうに見ていた。
僕は軽く息を吸って吐きだすと、セリアテスの手を握った。緊張のためか、すごく冷たかった。僕は安心させるように、微笑みを浮かべた。
「緊張しているね、セリア。手が冷たいよ」
「・・・お兄様」
一言そう言うと、セリアテスは涙を浮かべた目で僕のことを見つめてきた。安心させようとそっとセリアテスを抱きしめた。視界の隅に僕達のことを見ている案内人が見えたけど、気にしないことにした。
「大丈夫だよ、セリア。セリアの思う通りにしていいんだよ」
「でも、恐いです。私がやろうとしていることはこの世界を変えてしまうことかもしれません。もしかしたら間違った方向に導いてしまうかもしれません」
微かに震えるセリアテスの頭をやさしく撫ぜると、僕はセリアテスの頬に軽くキスをした。
「心配しないでいいんだよ、セリア。もしこの世界が変わってしまったとしても、それはセリアの責任じゃないからね。女神様が望んでいる事なんだよ」
「でも、お兄様」
「セリアが言ったでしょ。女神様がセリアに望んでいるんだって」
「でも、それが間違っていたら」
僕の服をギュッと掴んで不安を訴える姿に、愛しさが募り抱きしめる手に力が入った。セリアテスは俯いて話をしていた。セリアテスの顔を見たくて顎を掴むと、上を向かせて目を合わせるように覗き込んだ。
父と同じトパーズ色の瞳が揺れている。目に溜まった涙がいまにも零れ落ちそうだ。
ふといたずら心が起こった。
「大丈夫。セリアは自分を信じて。セリアが一生懸命考えたことは間違っていないよ。だから、ね。泣かないでいいんだよ」
僕はそう言うとセリアテスの右の目元に唇を寄せて涙を吸いこんだ。そしてまたセリアテスの頭を抱え込むように抱きしめた。腕の中でセリアテスの身体が強張っている。混乱している様子が見て取れて、自然と笑い声が漏れてきた。顔を上げたセリアテスは目を瞬いた。
「少しは落ち着いた、セリア?」
揶揄っていると聞こえる様に声を掛ける。意図したとおりにセリアテスは頬を膨らませて抗議してきた。
「ひどいです、お兄様。私を惑わす気ですか」
「惑わすなんて言葉をよく知っていたね」
「お兄様!」
軽く睨んできたけど、すぐに花がほころぶように笑いだした。
「うん。セリアは笑っていた方がいいよ。悲壮な顔は似合わないよ」
「私、そんなに悲壮な顔をしていましたの?」
「うん。ねえ、セリア。自分1人で何もかもしようとしなくていいんだよ。僕たちはまだ子供なんだからね。それにね、父上やお爺様をもう少し信じてあげてほしいな。あの二人はセリアのことを大事に思っているから、セリアが本気で嫌がることはしないはずだよ」
にっこりと笑いながら言ったら、セリアテスは素直に頷いた。
「執事長も言っていただろう。かわいくて賢くて女神様にも愛し子と呼ばれたセリアのことを、助けたいと思ってくれる人はいっぱいいるんだよ。魔術師長も協力してくれるって言っていたでしょう」
「お兄様、私達の声は聞こえなかったのでしょう」
「見ていればわかるよ。僕はセリアのお兄ちゃんだもの」
「お兄様、大好き」
セリアテスはそう言うと、僕の背中に腕を回して抱きついてきた。
「セリア。僕も大好きだよ」
僕もセリアテスのことを抱きしめ返した。
今まで声を出さないように堪えていただろうに、衛兵の1人が吹き出した。他の二人も吹き出さないまでも、優しくセリアテスのことを見つめていた。
セリアテスは僕たち以外にも人がいたことを思い出して真っ赤になり、僕の胸に顔を埋めてきた。
その様子を見た彼らが、尚更笑みを深くしたことは言うまでもないだろう。
会議場の扉が開いたから、セリアテスをエスコートして中に入った。
セリアテスは気がついていないようだけど、皆が真剣な表情でセリアテスのことを見ていた。
とくに王子達とその友人達。さっきまでと全然雰囲気が違う。オスカーを見たら、若干苛立ちを含んだ表情をしていた。表情には出ていないけど、クラーラとローラントも何となく面白くなさそうな雰囲気だ。それに対しローザ王女は満足そうな顔をしていた。
気にはなったけど、あとでオスカーが教えてくれるだろう。それより今は、セリアテスのことだ。
演台の前に着くと、セリアテスは僕の腕から手を離した。僕が父達の方に行こうとしたら手が伸びてきた。でも、僕に触れる前に動きを止めた。僕はセリアテスに笑いかけると小さな声で言った。
「大丈夫だよ、セリア。何かあったらすぐに駆け付けるから。思ったことを言うといいよ」
僕の言葉にセリアテスは小さく頷いた。セリアテスの手を軽く握ってから離すと、僕は父達の方に行き席に座ったのだった。
250話です。
さあ、あと少しでミルフォード話が終わります。
長くなりましたが、ミルフォードにとっては必要な事でした。
次話でまた、会いましょう。




