料理長たち4 あちらの世界の記憶持ちのこと
リチャード様の様子に若干頬を引きつらせながらも、フッフスが話を変えてくれた。
「それで、セリアテス嬢はあちらの世界の記憶持ち、ということでいいのですか」
リチャード様はそれには答えずにグラスを揺らして氷が動くのを見ていた。
しばらく沈黙が続いたが、俺は自分のグラスの酒を飲み干し空いたグラスにまた酒を注いだ。
それを見たリチャード様がグラスを煽り空にしたので、俺は魔法で氷を出してリチャード様のグラスに酒を注いだ。
「セリアテスはあちらの記憶を自分の記憶だとは思っていないようだ」
「はっ?あそこまで覚えているのにですか」
「そうだ。セレネがそれとなく訊きだしたことをまとめると、倒れた間に知らない女性の半生を見せられたそうだ。それに驚いて記憶を失くしたと思っているとな」
「自分の前世だと思ってないのですね」
「そのようだの。彼女と自分は別人だと思っているようだの」
リチャード様もフッフスも黙り込んだ。
今度は俺がフッフスに話しかけた。
「フッフス殿も知っていたんだな」
「ん?前世の記憶持ちのことか。家でも保護してたからな」
「ヴァイスコップ家が。ニアンガラ王家ではなく?」
「おいおい仮にも聖王家だぞ。聖王家が神殿を否定するような行動をとるのはまずいだろ」
俺は額に手を当てて埋もれかけた記憶を掘り出した。
「聖7王家は、えーと、第1聖王家がフォンテイン、第2聖王家がシャンテル、第3が失われたタラウアカ、第4がニアンガラ。ああ、第4聖王家か」
「そうだが、忘れてたのか」
「普段必要のない知識だろう。そういうお前はどうなんだ。あと3家、言えるのか」
「第5がマルズーク、第6がオシヴェロ、第7がラシェンドリット。だけど第7家はいつの間にか失われていたんだろう。今となってはどこが第7家があった国なのか分からないとか」
「ああ、俺もそう聞いている。リチャード様。女神様からそのことについて聞いたことはありませんか」
リチャード様は飲んでいたグラスを置くと、表情を消した顔で言った。
「さあな。その話は女神様に訊いたことがないからな」
俺はフッフスをチラリと見たら、あいつも丁度俺を見たようで目が合った。
が、お互いに何も言わずに話を戻した。
「記憶持ちを保護してたってことは、彼らはアラクラーダの神子にならなかったんだよな」
「そうだ。無駄に混乱させたくなかったのと、自分の知識をいいように使われるのを嫌がっていたな」
「ニアンガラのやつもそうだったのか」
「俺が会った奴はそうだったな。こちらに伝えられるような技術は持ってないといっていたし。お前が会ったやつもそういうやつか」
「まあ、そうと云えばそうかな。あの方はじぶんは調香師とか言っていたな」
「調香師?もしかしてサンフェリスの特産の花に関わるやつか」
「ああ。だがもう彼は亡くなっているだろうな。俺が会った時にはかなりいい歳だったしな」
「香水を作ったやつなら神殿に連れて行かれなかったのか」
「俺が聞いた話では香水を作り上げ、感謝の気持ちを女神様に伝えるために最初の一瓶を奉納したそうだ。その時に聖別の儀を受けるように言われて聖典を見せられたそうだが、読めなかったらしい」
「なんで読めなかったんだ。記憶持ちなら読めるんだろう」
「彼はあの文字は見たことはあったそうだが、勉強したことがなかったから読めなかったそうだ。こちらの世界は文字も言語も統一されて一つしかないが、あちらの世界は文字も言語も多種多様だったらしいからな」
「見たことはあっても読めなければ神子ではないということか」
「ああ。神殿側にも読めないのでは神子ではないと言われたそうだ」
この会話の間、リチャード様は話に加わることはなかった。俺たちは互いの目を見たが、お前が言えと互いの目に書いてある。根負けした俺は、とりあえず当り障りのない言葉でリチャード様に話しかけた。
「リチャード様、セリアテス様は聖典を読めたのでしょうか」
「それは今となっては意味がないことだろう」
そりゃそうだ。神子どころか、女神様の愛し子であらせられるんだからな。
「あっ、そうだ。リチャード様。今、いろいろ提案や改革をしてますよね。魔法のことも正すんですか」
フッフスが思い出したように言いだした。
「それはわしではなく、ヴィクトールが何とかするようじゃぞ」
「ヴィクトールって魔術師長ですか」
「ああ、そうじゃ。あやつは今朝セリアテスに魔法のことを教える権利をくれと言いに来おったの」
魔術師長が。それならまかせておけばいいのか。
そんなことを考えていたら、俺の部屋の扉を叩く音がした。
「誰だ?」
「こちらはイアン殿のお部屋でしょうか」
「そうだが」
「私はサンフェリス国近衛騎士をしております、ファラント・オブラインといいます。イアン殿に書状を預かっております」
「わかった。入っていいぞ」
扉を開けて入って来た男は短髪の黒髪に左右の瞳の色が違っていた。
「こちらです」
差し出された封筒を開けて中の手紙を読んだ。手紙をくれたのは兄だった。内容を読むとやはりな内容だった。俺は溜め息を吐くと、オブラインに言った。
「兄に伝えてくれ。迷惑をかけてすまないがよろしく頼むと」
「承知いたしました」
リチャード様とフッフスには目線で問われたが、俺は曖昧に笑っておいた。
リチャード様が持ってきてくれた酒がなくなったところで、リチャード様は戻っていかれた。
俺とフッフスはその後、もう一瓶酒を飲んで語り合ったのだった。
190話です。
これで料理長たちの話は終わりです。
さて、次話ではまたセリアちゃんの話に戻ります。
日にちは・・・飛びません。翌日になります。
また、訪ねてくる人がいます。
誰でしょうね。
では、次話で!




