料理長たち1 料理対決の後
俺の名はイアン・キャバリエ。今はフォングラム公爵家で料理人をしている。
俺は先ほどミリアリア奥様に言われたポタージュスープの用意をしながら、王宮料理長の様子を伺っている。こいつがあの・・・なのか。
だが、これは今はいい。それよりも、さっきのあれだ。
こいつも見たのなら・・・。
「俺の顔に何かついているのか」
チラチラと見ていたのを気付かれたか。
「顔には何もついてないが訊きたいことがあるんだ」
「奇遇だな。俺も訊きたいことがある」
お互いに作業をしながら相手をチラリと見た。視線が絡み合う。
「あの時お前にも見えたのか」
「という事は貴殿にも見えたんだな。ポタージュスープの完成したものが」
「ああ。それなのに何故違うものになった?」
「俺が質問したのを覚えているか。その時に粒状のポタージュスープが見えたのだ」
「・・・それでか。同じ物を見たにしてはおかしいと思ったんだ」
俺達は溜め息を吐いた。
「それで、どうするんだ」
「リチャード様に話すしかあるまい」
「それもそうか」
お互いにそれぞれのポタージュスープを作り上げた。
そして約束通りマヨネーズの作り方を見せる。途中から変わってあいつが仕上げた。
そのあとも、夕食作りを手伝えと言った俺の言葉どおりに、フッフスは他の料理も手際よく作っていった。
リチャード様が迎えに行って王宮料理人に推薦しただけのことはある。
リチャード様達が戻ってきて夕食になった。料理を順番に出し片付けと明日の朝の準備をしながら、フッフスに話しかけた。
「そういえばお前さん、セリアテス様に許して貰わなけりゃいけないようなことって、何をしたんだ」
「ああ。御前会議の日にリンゴのコンポートを作ってくれと頼まれたんだが断ったんだ」
「それだけか?」
「まあ、ちょっと言葉遣いが悪かったのと、八つ当たりをしちまったんでな」
「八つ当たりねえ~」
「それになあ~、まさか「女神様の愛し子」様になるとはおもわないだろう」
「ははははは。まあ、確かにな」
明日の下準備が済んだので、冷蔵庫に食材をしまった。
「さて、他の奴らの食事は任せていいな」
「はい。了解です。お疲れ様でした」
「おう、お疲れ。というわけで、いこうか」
俺はフッフスを連れて先にあがることにした。夕食の料理を持って使用人棟に向かった。
使用人棟の管理人のカローナ婆さまが、フッフスの部屋は俺の隣の部屋を使っていいと言ってくれた。
そういえば、隣にいたやつは結婚して家族用の方に移ったんだったな。
とりあえず着替えを用意して風呂場に向かう。この家は使用人棟にも風呂場がある。さすがに個人個人の部屋にはついていないがな。フッフスの着替えも用意されていたようで、一緒に風呂に入った。汗を流しサッパリとしたところで、部屋に戻る。
隣の部屋の中には奥様の差し入れだろう、酒の瓶が置いてあった。俺はやつを俺の部屋に誘った。
グラスを2つ出して魔法で氷を作りそれぞれのグラスに入れる。
差し入れの酒をそれぞれのグラスに注いで、軽くグラスを触れ合わせるとぐっと煽って飲み干した。
さすがフォングラム公爵家。良い酒を飲んでるな。
しばらく料理を食べながら酒を飲んだ。
何も言わない俺に焦れたのか、フッフスが話しかけてきた。
「で、どういうつもりであんなことをしたんだ」
「わかっているんだろう。お前の様子をみるためさ」
フッフスはグラスを空けると自分で氷をだして酒を注いだ。
「それで」
「それでとは」
「本当のところはなんだ。お前セリアテスを試しただろう」
「ふ~ん。それも気がついたか。さすが、ニアンガラのヴァイスコップ公爵家の者だけはあるな」
「そういうお前こそ、サンフェリスのイアソート・ルジャン・キャバリエ殿だろう」
「なんのことだ。人違いだろう」
「俺は若い時にサンフェリスに行ったことがあるんだ。その時にお前とも会っている」
「一度だけだろう覚えているなよ」
「俺は人の顔を覚えるのは得意なんだ」
「チッ。そんな特技持っているなよ」
俺もグラスを空けて酒を注ぐ。
「で、マキシミリアム殿はなんで料理人になったんだ」
「家を出て死にかけた時に食事を食べさせてくれた宿の料理が美味しくて魅了されたからだ。俺は剣の腕はいまいちだし、商才もなかったからな」
「死にかけた?ニアンガラの剣鬼が」
「と、いう事にしてるんだ」
「本当はなんなんだ」
「宿屋に金を置いて外に出た隙に盗られちまった。油断した俺が悪かったんだが、仕事を探そうにも15のガキに仕事をくれるようなところは無くてな。いたところも小さな街だったから、大きな街を目指したんだが、盗賊団と鉢合わせしてしまったんだ。なんとか奴らを巻いて次の街にたどり着いたがそこで力尽きてよ。助けてくれたのがそこで宿屋をやっていた親父さんだったんだ」
「恩返しのつもりだったのか」
「そんなつもりじゃないさ。本当に親父さんの料理は上手かった」
「でも、もったいないな。今でも覚えているが、お前あの時ジークと手合わせしただろう。あれは素晴らしかった。まだ、12歳のお前の動きはまるで舞を舞っているようだった。ジークを立てて動いてくれていただろう。剣をどうはじけば、相手が動きやすくなるのか分かっていたんだよな。終わった後ジークがすごく興奮して話してくれたんだ」
「・・・そんなこともあったな。だが、もう俺は剣は捨てたんだ」
やつは自嘲気味に笑ったのだった。
187話です。
おじさん達の話です。
3話ぐらいで終わるつもりが、また、延びてます。
原因は・・・おじさん達ではなく、リチャードです。
お~い、じい様。この話の着地点を変えないでよ。
なので、酒飲みおじさんどもにしばらくお付き合いください。
何気にこの世界のことを真面目に話してくれてますから。
それでは、次話で会いましょう。




