プロローグ
魔法に溢れたこの世界は、私には酷く残酷だった。
「いらっしゃい!今日は’風’が安いよぉ!!」
「そこの奥さん!魔力を注げば半永久に保温し続けるこのポットはいかが!?」
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炎帝位26年 地の月末日
「奥様!おめでとうございます!元気なお嬢様ですよ!」
カディナ国の一角を治める貴族レオン・フランクの屋敷でその、日大きな産声が上がった。
スヴィア家第四子、次女フィリアが生まれたのだ。
兄弟の中で最も難産であったフィリアの誕生は屋敷中の人間を喜ばせるものだった。この国では生まれる前に名を付ける習慣があることからフィリアが生まれた瞬間、誰ともなく
「フィリア様ご誕生!」の声があげられた。
母であるサリアはフィリアを妊娠中に病にかかり命さえ危ぶまれたが、母子ともに無事であったことが喜びをさらに大きくさせたのだろう。
屋敷中に響く祝いの声を聴きながら大きな天蓋付のベッドに横たわり、肩で息をするサリアは若いメイドに汗を拭われながら産湯に連れていかれた娘の帰りを待っていた。
「奥様、よくぞ持ちこたえられました。」
「ええ。そうね。」
サリアに最も長く仕える年老いたメイドが風魔法を使ってサリアの体をもちあげ、汚れたシーツを交換しながら話しかける。
「私も、何度もダメかと思ったもの。生きていてよかったわ。」
「奥様・・・。」
「やだ、そんな顔しないでちょうだい。この通り私もあの子も元気だわ。」
手際よくシーツの交換を終えた皺ひとつないまっさらなシーツに再び下ろされながらサリアはクスクスと笑いを零した。
「相変わらずあなたの風魔法はすてきね。暖かくて、やさしくて。とっても心地いいわ。ずっと包まれていたいぐらいよ。」
「ありがとうございます。ですが、この年老いた婆にそれは無体でございますよ。」
そう答えたメイドに対しきょとんとした表情になったサリアは笑い声を大きくした。
「まぁ!先日屋敷に入ろうとした不届き者をその風で投げ捨てたのは貴方ではなくて?」
「奥様、」
「あら怖い、わかったわ。この話は終わりにしましょう。」
「ええ、そういたしましょう。」
メイドは薬呑を差し出しながらため息をつく。
サリアは未だ笑い続けていたがそれを受け取り飲み干すとほぅ、と一息つき、そして空になった薬呑を手渡す。
「ねえ、サエ?」
「はい。奥様。」
サエ、とはこの年老いたメイドの名前である。薬呑を他のメイドに渡していたサエは反射的に背筋を伸ばした。
サリアが名で呼ぶときは必ず何か大事なことを告げるのである。
「私には、子供を守れる魔力はないわ。だからもしもの時は貴方が守ってあげてね。」
サエは思わず返事に詰まった。まるで遺言の様なその言葉に頷いていいものか迷ったからである。
確かにサリアは魔力の保持量が人と比べて極端に少ない。昔、魔法の扱いは国一番といわれたサリアだが貴族であるレオン家に嫁いでからはその魔力の少なさから今まで幾度となくその命を狙われていた。
「心配なさらずとも、御長男ジーク様、御次男のハルト様、御長女リオナ様は魔法の扱いに長けておりますよ。それに、警護の者もついております。」
幸いにも上の子供たちは皆、父フランクの膨大な魔力が遺伝したのか保持量は人よりの多く扱いにも長けている。万が一狙われるようなことがあっても返り討ちにできるだろう。(実際返り討ちにしていることをサエは知っていた)だからもしもの時、サエは一番弱者のサリアを守りたいと考えていたし実際襲われた時にはサリアを守るだろう。だからこそサリアの言葉に肯定の返事を返すことはできなかった。
「そうね。あの子たちなら大丈夫よ。」
その言葉にサエは首を傾げた。
何を言っているのかという風なサエを無視しさらにサリアは言葉を紡いだ。
「ジーク達じゃなくて、フィリアの事よ。」