マッドで菜園テイストな薬剤師、今日も魔王城に忍びこみ草を採取する。
「あーはははっは~!」
魔王の城の前に広がる荒野に、高笑いがこだまする。
「最上級爆薬SS++の威力思い知れ!」
彼は懐から一つの試験管を取り出すと、背後に投げた。火柱と爆風が大地をえぐる。威力だけならば魔法職の最大火炎魔法(単体)に引けをとらないほどだ。
しかし致命的なことに、彼の命中のステータスは非常に低く、ノンアクティブな序盤の敵くらいにしか、まず当たらないという欠点を持っていた。しかし、彼は気にはしていない。
「ばいばーい」
巻き上がる爆風の向うで、そう声がしたのが最後、彼の気配はきれいさっぱりとなくなってしまった。
「……ぐぬぬぬ。おのれ、逃げ足だけは早いヤツだ」
爆薬を食らった魔物は、立ち上がる。直撃は免れていたが、爆風で少し吹き飛ばされてしまったのだ。しかし、かすり傷一つ負うことはなかった。さすがは、魔王城を守る魔物。固さのステータスは伊達ではない。
「今日も逃したか。奴は一体、いつ侵入しているんだ?」
魔物は一つ勘違いしている。彼が高レベルな隠密職なのだと。
「くくく、最強の透明薬と消臭薬の効果、思い知ったか!」
爆薬は音や煙や熱や匂いなど、全ての感覚をくらませることができるので、各種の姿を消す薬を使うのにちょうどいいのだ。
先ほど使用した薬は「使用者のレベルを20倍した数以下の者」の視覚と嗅覚では感知されなくなるものである。これを飲めば、魔王四天王でさえその姿を見ることはできなくなってしまうほどだ。(しかし、四天王クラスのツワモノであれば、違和感だけでおおよその位置は分かってしまうので、薬を過信してはいけない)
そして、この薬は採取など何か作業をすると切れてしまう。草の採取のレベルはマックスなので、魔物に見つかるまでに10本ほど採取できるから、あまり問題はないのが救いだ。庭の魔物は動きがのろいので、魔王城にありながら採取は非常に楽なのだ。
ちなみに、彼の通う庭に住んでいる魔物は「庭の草むしりを命がけでしている変な人間」という認識を持ちつつあった。一応、形式として追いはするが、本気で追いかけるつもりはないことを彼は知らない。
「熱や魔力なんかで見る魔物を配置していないところが、警備の穴だよな」
魔王城周辺及び、城の庭までは、視覚と嗅覚に頼る魔物しかいないのだ。彼は魔物の知識もまた、薬草に負けないくらい持ち合わせている。魔物を知らなければ、生き残れない。逃げることも隠れることもできないのだ。
「まぁ、どんな魔物がいても平気なんだけれどね。私に侵入できないところは今のところないのだよ」
彼はこの消える薬を飲み、魔王城の門から堂々と入っている。門の前で開く時を待っているだけなのだ。薬の効果が切れそうになるたびに飲み直し、その時をまっているのだ。ようは粘り勝ちである。あの庭に薬草のためなら、そのくらいは苦ではなかった。
目的を果たした彼は町を目指し走っている。町などの安全圏に戻らないと、彼の工房は展開できないのだ。
「……うお、今度は移動速度超向上薬(副作用大)も切れたか。うう、体が重いな」
町を囲む壁が見えてきたところで、薬が切れてしまった。半日に1度だけ使えるこの薬は、移動速度を3時間、最大値まで向上させるが、効果が切れると副作用ですべてのステータスが1時間lv1並みになってしまうのだ。移動速度は敵とのエンカウント回避やタゲ外しの成否にかかわるので、遠出をする時にはよく使っている。
「からだが重い。つらい。これを飲まなきゃ」
移動速度も最低値になってしまったので、なかなか先に進まない。しかも、まだ町までは距離がある。魔物に出会ってしまったら、逃げきれない。
彼は懐から新しい試験管を取り出し、飲み干す。たちまち体調がよくなった。彼の作る真・最上級万能薬SS++に、消せないバットステータスはないのだ。
「速度が普通に戻ったところで……移動速度2倍の薬は残っていたかな」
移動速度超向上薬(副作用大)は、あと3時間は使えない。しかし、ほかの薬ならば使用できるのだ。
彼は懐を探る。彼の荷物の中には基本的に草か薬の二つしか入っていない。彼は薬を飲み干すと街へ向かって再び走り出した。
彼は生産職。体力もなく、力もなく、魔力もなく、素早さも命中もない。製造の成否にかかわる器用さと、製造大成功の発生にかかわる運以外は、ステ振りしていなかった。そんなマゾ使用なステータスでこの世界に閉じ込められたのは、薬草を採取し、時に薬を、時に毒を作る単なる薬剤師だった。
彼は調合するとき用の装備に変更し、魔王城の中庭にしかない、その草を使って薬を調合する。
この世界には運を2倍にする代わりに魔力が1になるう腕輪、そんなレア装備がある。それを装備するとMPが10になり、ほとんどのスキルを使えなくなるのだ。何をするにもMPをつかうこのゲームにおいて、特に戦闘職の方々から、クズアイテムと言われていた。
しかし腕輪は、彼の愛用のアイテム。むしろ、これが必須装備と言っても良い。最上級ものは大成功時にしかできないので、彼にとっては運のステータスは重要なものなのだ。ほとんどの薬を作る為に必要なMPは10もあれば十分なので、問題がないということも大きい。
あとは、大量にストックがある「MPを少量しか回復できない失敗魔力回復薬」をMPが切れるたびに飲めば、延々と作業ができる。こうやって彼は運のステータスを上げ、薬制作時の大成功率をアップさせているのだ。
「力を1にしての腕輪か、体力を1にしての腕輪かが、欲しいんだけれどなぁ」
ちなみに装飾品は腕輪2つまで装備できる。しかし、同じ効果のものを装備しても効果は重ならないので、「魔力を1にして運を上げる」という効果の腕輪は手に入れても意味がない。
「魔力の、を落とす敵は即死が効くから手に入れられたけれど」
命中が低いのでなかなか薬を当てることができなかったが、薬が敵に当たってしまえば、運のステータスが高いのでほぼ確実に効果は発動する。そして、運が高いゆえに、レアアイテムのそれを一発で手に入れられたのはいい思い出だ。
これら「1にして運を上げる腕輪シリーズ」は、魔力を1にする以外は、魔法職の需要がそこそこ高いゆえに、露店にもそうそう並ばない。自分で取りに行こうにも、それらのアイテムをドロップする魔物は、彼の力量では倒すことは不可能だ。
器用さ(回避)と運だけはかなりあるので、敵からの攻撃が当たる確率はかなり低いのだが、体力がない、力がない、魔力がない、素早さがない、命中がない、戦力にならないそんな彼をパーティに入れようとは誰も思わないだろう。しかも、欲しいアイテムはレアと来たものだ。そんな寄生としか思えない者のために、その場所へ行こうと思う者はいないのだ。
「基本、ソロだからな。狩り仲間なんていないし~。購入とか依頼しようにもお金がなぁ」
言っていて少し悲しくなる。
「……今日の作業はこれくらいかな」
作業机に並んだ大量の試験管に、彼は満足の笑みを浮かべる。あの庭に生えている草からできる薬は、彼にとっては必要不可欠なものだ。
彼はできたてほやほやの薬を1本、くいっと飲み干す。
薬が効いたことを示すエフェクトが全身を覆う。
「やっぱり、こうでないとお風呂で、ゆっくりできない」
お湯につかり、彼女は今日の疲れを落とす。
「本当は風呂も食事も必要のない作り物の世界だけれど、これくらいは贅沢しないと、やってられないよ」
この世界から出れなくなって一カ月。現実とは異なる構造の体は、衝撃的すぎた。
低級の性別逆転薬は、とあるイベントで使うこともあり比較的簡単に手に入るが、10分ほどで効果が切れてしまう。長風呂な彼女はそれでは足りなすぎるのだ。
「今日は結構つくれたけれど、何があるか分からないから、もう少し作っておこう」
そして、明日も魔王城に忍びこみ草を採取することを決め、深く息をはき、彼女は暖かなお湯に身を沈めるのだった。