ドッペルゲンガーと夢の中
ドッペルゲンガーは自分を殺そうとしてくる。
それは自分が最も忌み嫌う人間が自分だから。
そして、今日も僕は僕を殺す。
***
「こんばんは」
目の前でにっこりと笑うのは自分自身。
鏡に映ったような自分がそこにいる。
でもそこに鏡なんてなくて、僕が二人向き合うように立っていた。
目の前の僕は笑っているのに、僕は僕を警戒するように表情を出さない。
全てが一緒に見えるが、一つだけ決定的に違うもの。
それは持っている意識だけ。
「よいしょっ」
思い沈黙を取り払うような声を出す目の前の僕。
表情は変わらずに笑顔だ。
そして手にはどこから取り出したのかわからない大振りのナタ。
夢の中なら何でもありか、と小さな溜息を漏らす。
これが夢だと知っているから今更驚きはない。
目の前の僕は勿論体型も同じだ。
そこまでガタイがいいわけでもないので、正直なところ不格好に見える。
ぐるん、と片手でナタを回して刃先を僕に向けた。
僕が、僕に。
笑顔は変わらないはずなのに歪んで見えるのは何故なのか。
じわりと滲んだ汗が気持ち悪い。
同じ僕なのに何が違うのか。
ゆったりと散歩をするような足取りで近づいてくる僕。
一歩一歩、確実に。
夢だってことは分かっているはずなのに、なぜ覚めてくれないのか。
いつもいつもそうだ。
真っ白な空間で僕が僕と向き合って殺される。
夢だとわかるようになったのに、殺されるまでその夢は覚めない。
目の前が赤と黒に点滅して、目元が痙攣している。
「死ねばいいんだ」
そう言われた瞬間胸がドクンと大きく脈打つ。
自分の呼吸が乱れて耳障りだ。
『お前なんか』と言っているんじゃない。
『僕なんか』と言っているんだ。
『僕なんか死ねばいいんだ』と。
振り下ろされるナタ。
笑顔の僕が揺らいだ気がした。
視界が赤に染まるが痛みはなく、僕は僕を殺していた。
***
目を覚ますといつもどおりの朝、いつもの僕の部屋。
ぐっしょりと濡れた寝間着が鬱陶しい。
だがそれがまた夢なんだと教えてくれた。
目を閉じれば瞼の裏でもう一人の僕が笑っている。
目が覚めていつも思うことがある。
「夢で殺すくらいなら、現実で殺してくれよ」
誰にも届かない声が部屋に響く。
また、今日も夢を見るんだ。