第1話 ミステリーハント部
“ミステリーハント部 入部資格認定書
おめでとうございます!
厳正なる審査の結果、あなたは我がミステリーハント部への
入部資格があると判断されました。
入部を希望する場合、今日の放課後、17:30までに旧校舎の
第1美術室へとお急ぎ下さい。
あなたの力が、世界の謎を解き明かすのです! イェイ☆
ミステリーハント部副部長 藤嶺まゆか”
高校1年生として、ここ桜雪高等学校での生活を始め、はや2週間。
生活リズムやその他諸々にも慣れ、青春の訪れを感じる今日この頃。
いつものように登校してみれば、こんな手紙が引き出しに入っていた。
「……」
隣の席に座る僕の親友、黒沢秀輝くんに黙ってその紙を差し出す。
彼がその文面を読む間、僕は鞄から教科書類を取り出し、
今日の授業への準備を整えていく。
「それ…何だと思う?」
読み終えた頃合いを見計い、彼に尋ねてみる。
彼は文面をジッと見つめたまま、黙って思考を巡らしている様子であった。
「私では、判断しかねます」
僅かな沈黙を挟んだ後、彼は小さくそう答え、手紙を僕に返す。
僕は改めて、その文面に目を通してみることにした。
さて、この中でまず気になる部分といえば…。
「ミステリーハント部…って。 そんな部、この学校にあったっけ?」
何日か前に配られたプリント類の中に、部活について
紹介されていた1枚があったのを思い出す。
野球部やサッカー部など、王道の部活に加え、茶道部やら
占術部などといった、変り種の部活もちらほら。
しかしながら、こんな名前の部は見当たらなかった気がする。
「この学校には、色々と変わった部活も多いようですよ。 先日の
プリントには記載されていなかった部活も、幾つかあるようです」
「…へぇ」
さすが、物知りとして名高い秀輝くん。
その辺りの情報も、きっちり把握しているらしい。
「じゃあ、こんな部活があっても可笑しくはないわけか」
「可能性はありますね」
それにしても、一体何をする部活なんだろう。
名前から推測すると、ミステリーをハントする…つまりは
『謎を狩る』という意味合いになるわけだが。
「放課後…行ってみるべきかな?」
「あなたの意思にお任せします」
何が決め手だったかは知る由もないが、とりあえず僕は
審査に受かったということだし。
悪戯の可能性も充分あるが、とりあえず様子見がてら、行ってみようか。
三限目の授業終わり。
僕の席の周りには、いつものメンバーが集結している。
隣の席の秀輝くん。 そして、離れた席からやって来る日和に飛鳥。
「ねぇねぇハルちゃん、そういえばさ…知ってる? 噂の幽霊」
「…幽霊?」
日和は明るく、いつも笑顔の天真爛漫な少女。
対して飛鳥の方は、ちょっと無愛想であり…おまけにカッとなると
すぐに手を出す癖がある、バイオレンス系の少女だ。
「この辺じゃ、最近よく見かけるんだってさ。 長~い髪の女の人の幽霊」
「…そうなの」
日和から得られた初耳の情報を、頭の片隅にメモする。
長い髪の女の人…か。
幽霊っていうと、大抵そんな感じなんだよね。
「なんか乗り気じゃないなぁ…。 ハルちゃん、ひょっとして
幽霊とか信じないタイプ?」
日和はちょこっとだけ頬を膨らませ、僕に寂しげな視線を送る。
多少悩んだのち、その問い掛けに返答することにした。
「うん。 信じてない」
「わっ…凄いバッサリ」
優柔不断な面もある僕であるが、この返答をすることに躊躇いはなかった。
理由は、色々とある。
「ねぇ、飛鳥は信じるよね? 女の子だもんね?」
「信じない。 …っつーか、女の子関係無いでしょ」
すがるように腕を掴む日和に対し、無情な態度を示す飛鳥。
これで、信じないと確定した人間は2人。
さて、最後の1人は…。
「秀輝くんは、どう思う?」
「ご想像にお任せします」
女子2人が何やら言い争っている最中、僕は首の向きだけを変えて
彼に問い掛けてみる。
彼は微かな笑みを浮かべながら、そんな返事をした。
お昼休みがやって来た。
我々はこの時間の中で昼食を済ませることを、暗黙の内に強いられている。
そんなわけで僕たちは、学生食堂…通称『学食』と呼ばれる
校内の施設へとやって来ていた。
「……」
メニューを見つめながら、今日は何にしようかと模索する。
それにしても、学校の中に食堂があるとは…。
中学時代までは、想像も付かないようなことであった。
「…ハンバーグ定食、お願いします」
「あいよ! 少々お待ち!」
威勢の良い声が店の奥に引っ込み、手際良く作業は進められる。
ハンバーグといえば、それは男の子の憧れだ。
ハンバーグが嫌いだなんて、それはもう男の子ではない。
シマウマ…。 そう、シマウマだ。
「はい、お待たせ! 500円だよ!」
「…ありがとうございます」
そんなことを考えてる間に、注文の品が届いた。
僕は財布から500円玉を取り出し、サッと支払いを済ませる。
この賑わう施設の中では、何にしろスピーディな作業が求められる。
「んぁ…? 幽霊の話?」
「はい。 この辺じゃ、最近よく目撃されているようで」
秀輝くん、そして同級生の松下智也くんと共に昼食タイム。
彼と知り合ったのは、入学してすぐのことであった。
席が近かったこともあり、なんか自然と仲が深まった…という感じだ。
「そういや、ウチのじぃちゃんも見たとか言ってたな…。 帰り道に、
田んぼの脇にそれらしいのがいたんだと」
「…へぇ」
松下くんは、なんというか…実に『らしい』人だ。
僕が思い描く男子高校生というイメージに、凄い合っている人。
僕や秀輝くんには、全くもって存在しない雰囲気がある。
「なんだ、お前。 幽霊とか信じるタイプか?」
「いえ、信じません」
日和の時と同じ質問をされ、僕はきっぱりと否定する。
こういう所の頑固さは、母親譲りだ…と、誰かに言われた記憶がある。
「ん~…ま、俺も絶対信じてるってわけじゃねぇけどさ。 やっぱこんだけ
幽霊話もあるんだし、少しはいるんじゃねぇの?」
カニクリームコロッケを箸で切り分けつつ、彼は語る。
中々、妥当とも思える見解だ。
「いや、僕はいないと思います」
しかし、その程度の意見で僕の信念を曲げることは出来やしない。
いや、僕は別に、とにかくいないと思いたいわけじゃない。
それなりの根拠があっての結論なのだ。
「だって、太ってる幽霊っていないじゃないですか」
「んぁ…? 何だよ、それ」
僕が発した言葉に、分かりやすく首を捻る松下くん。
構わず、答弁を続けさせてもらう。
「肥満と言える人間の数は、着実に増え続けています。 にも関わらず、
太った幽霊というのは、まるで聞かないじゃないですか」
「ん~…ま、確かに聞かないけどな」
これこそ、僕が幽霊の実在を否定する一番の要因だ。
骨と皮だけになっているようならいざ知らず、幽霊といえば大抵は、
それなりに生前の面影があるというのが一般的だ。
ならば、太った人の幽霊なら、太ったままで現れるのが摂理というもの。
「もう1つが、眼鏡です」
「…眼鏡?」
僕の発言に、またもやキョトン顔となる松下くん。
構わず、話を続ける。
「眼鏡を着用する人間も、近年になって着実に数を増やしています。
だとすれば、眼鏡を掛けた幽霊が…」
「お、おい、ちょっと待てって」
話の途中だというのに、松下くんが口を挟んで来た。
ここはひとまず堪え、彼の意見に耳を傾けてみることにする。
「幽霊が眼鏡を掛けるってのは、なんかそりゃ…可笑しくねぇか?」
「全然、可笑しくないと思います」
ある程度は予想していた内容だったので、僕はすぐさま切り返した。
彼は箸を持った手を宙に浮かせたまま、やや呆気に取られたような顔。
「服を着てる幽霊なんて、珍しくも何ともないでしょう?
自分の肉体以外で、何かを着用するという点を考えれば…」
「まぁ、言われてみれば…そうかな」
こんな感じの幽霊談義が、昼食の間、もうしばらく続いた。
秀輝くんは会話に参加する気がなかったのか、黙々と食事を続けていたが。
やがて、放課後が訪れた。
学業から解放された者達が、散り散りになって教室を後にする。
ある者は家路に着き、ある者はクラブ活動に身を投じ…。
「……」
鞄に荷物を積み込む途中、僕は改めてあの手紙を読み返す。
既に答えは決まっていたが、やはり謎が残る文面だ。
『厳正なる審査』…か。
そういえばここ数日、何者かに監視されているような感覚を
しばしば感じることもあった。
そんなに頻繁でもなかったため、あまり気にはしていなかったが…。
「ねぇねぇ、ハルちゃん。 やっぱり行くの?」
「…うん。 行く」
トコトコと日和が駆け寄って来て、僕に話しかける。
何処に行くのかというのは、言わずとも通じている様子だ。
「私もついて行きたいけど…今日は部活あるんだよね~」
日和はちょっと残念そうに言うと、テヘッと笑った。
ちなみに彼女が所属しているのは、料理研究部だ。
詳しい実態は知らないが、きっと料理を研究する部活なんだろう。
「飛鳥ちゃん、どうする?」
「…興味なし。 帰る」
日和の問い掛けに、熟考することもなく答える飛鳥。
実に彼女らしい反応だった。
「じゃあハルちゃんにヒデくん、何があったか、後で詳しく教えてね」
「…了解」
僕らが言葉を交わす最中、飛鳥はもう教室の出入り口へと向かっていた。
彼女は、特に何の部活もやってないらしいが…。
ま、学校という建物自体が、彼女の性格に合わないのかもしれない。
教室を後にした僕達は、旧校舎へと急いだ。
旧校舎はその名の通り、古い方の校舎である。
とはいえ、今でも一部の教室は普通に使われており、生徒達の出入りも
新校舎と変わりなく、普通に行える。
「第1美術室というと…何処だ?」
「1階です。 この先のT字路を左に曲がり、その突き当たりにあります」
僕の呟いた疑問に対し、的確な答えを返す秀輝くん。
相変わらず、頼りになる男だ。
僕はまずT字路を目指し、廊下を真っ直ぐに突き進む。
「……」
程無くして、目標地点に到達した。
右と左に、それぞれ伸びている通路。
右脇には階段があり、2階へと繋がっている様子。
「んっ?」
階段の下の陰となっている部分に、何やら頑丈そうな扉を発見した。
まるで人目を避けるように設置されたその扉に、ちょっとした興味が湧く。
僕は歩み寄り、取っ手を握ってみた。
グイッと捻り開けようと試みたが、まるでビクともしない。
しっかりと鍵が掛かっているようだ。
仕方なく手を離してみると、手の平には赤い錆が付着している。
「長い間、使われていないようですね」
「…そうみたい」
僕と秀輝くんは、揃ってその扉を見つめる。
こんな所に設置され、長い間放置されている空間。
中には何があるのか、ちょっぴり気になるところだ。
「その扉は、開けちゃ駄目だよ」
唐突に第三者の声が聞こえ、僕らは振り返った。
そこには背が低く、痩せ細った男子生徒の姿がある。
ネクタイの色を見ると、どうやら2年生のようだ。
「旅する巨人は、まだ目覚めちゃいないんだから。 その時が来るのは、
まだ先のことなんだから」
細く垂れたその眼差しからは、何か得体の知れないものを感じる。
発せられた言葉にしても、なんだか意図が掴めない。
僕は首を傾げ、無言で『どういうこと?』と尋ねてみる。
「…ごめん。 いいんだ、忘れて」
「……」
僅かに口元にあった笑みを消し、真剣な表情をする男子生徒。
別に、謝ってくれと頼んだわけではないのだが。
「僕たち、また会えるから。 それじゃ…」
それ以上の会話を避けるかのように、彼はスウッと静かな足取りで
僕らの前から離れ、階段を上っていった。
何故か追いかける気にもなれず、僕はその場に立ち尽くす。
「今の人、何だったんだろ?」
「さぁ…」
間もなくして、僕らは第1美術室へと辿り着いた。
第1というからには、多分、第2や第3の美術室も存在するのだろう。
もっとも、新校舎の方にも第1美術室は存在するのだが。
「お邪魔します」
早速、ドアを開いてみる。
部屋の中には、僕らに背を向け窓際にたたずむ何者かの姿があった。
長い黒髪をしたその人物が、クルリとこちらを振り返る。
「杉山榛名くんですね。 お待ちしていました」
眼鏡を掛けた、3年生の女子生徒。
ちなみにこの学校では、男子はネクタイ、女子はリボンの色によって
それを着用する人物の学年を見分けることが可能だ。
「私は、浅木乃亜。 ミステリーハント部の部長を務めております」
その人物には、僕が初めて感じる類の、只ならぬオーラがあった。
さすがに、部長を務めているだけのことはありそうだ。
「…そちらの方は?」
「えっと、付き添いです。 黒沢秀輝くんといいます」
部長さんの目が彼の方へと向けられたので、僕は紹介した。
軽く会釈をする秀輝くんを、彼女はジッと見つめている。
「……」
「……」
2人が無言で見つめあったまま、しばしの時間が過ぎる。
なんだか、不思議な雰囲気だった。
互いに一目惚れをした…などという空気とは、また違う気がする。
何かを探り合うというか、見定めるというか…。
「2人共、どうぞこちらへ。 好きな席に座って下さい」
部長さんに促され、僕達は教室の中へと足を踏み入れた。
部屋の中には、生徒が使う標準的なタイプの机が、幾つも見受けられる。
机は互いがくっ付くように置かれており、大きな長方形型の
1つの机としても成立するような形となっている。
「……」
僕は一番手前にあった席へと座り、秀輝くんはその隣へと座る。
机の上には、大量の本や紙束、ファイル…筆記用具類。
席によって、きちんと整理されている所もあれば、無造作に
散らかっている場所もあるようだ。
「早速、本題に入りましょう」
部長さんは1つだけタイプの違う机の前に立ち、言葉を紡ぐ。
あれは多分…職員室にあるのと同じタイプだろうか。
さすがに部長なだけあり、使う机も一線を画すらしい。
「杉山榛名くん。 あなたは、我がミステリーハント部への
入部を希望しますか?」
極めて落ち着いた口調で尋ねられる。
僕は少しだけ思考を巡らしたのち、答えた。
「はい。 よろしくお願いします」
部長さんはその返事を聞くと、コクリと満足そうに頷いた。
正直、ついさっきまで、こんな所に入部するかどうかなど
真剣に考えてはいなかったのだが…。
この空間にある、そして彼女が持っている異彩な雰囲気。
そこには、理屈抜きで惹き付けられる何かがあった。
何か、凄いことが起こりそうな…見つかりそうな。
そんな予感が、とめどなく頭の中に溢れていた。