デジャブからの
横浜の守備を崩せないうちに、カウンター一発で先手を奪われた和歌山。4連敗という状況がそうさせるのか、攻めのギアを高めようとするのだが、負けたくないという気持ちが足かせになり、かえって動きが悪くなってしまったのである。
「くそったれぇっ!!」
そう吼えて右脚を振り抜いた剣崎。放たれたボールはうねりをあげて、ゴールマウスではなく傍らに転がる給水用のボトルを捉える。分解されて吹き飛び、水を撒き散らすボトルにちょっとしたざわめきが起きた。
(しかし改めて味方になると・・・剣崎がどれだけすごいのが分かるな。元代表の長澤さんとタイマンはって、それでいてあんなシュートを打つ。つーか、全身から出る気迫が半端ねえな)
そう思ったとき、剣崎のさっきの言葉が脳裏をよぎった。
「もっとえげつないことしてくれよ!」
そしてふと、一つのプレーが頭に浮かんだ。
(あれ・・・できる機会あんのかな)
時は2年前。夏のインカレ準決勝。藤崎、久岡らタレントを揃える駿河水産大学は、名門地球経済大学との一戦を戦っていた。同点で迎えた後半20分頃、右サイドでボールを受けた藤崎は、芸術的と言えるループシュートを放り込んだ。
元々センタリング技術に一家言を持ち、周知されていた為に「打ち上げたクロスがうまくゴールまで流れた」と言う偶然の一撃と評する声は少なくなかった。しかし、本人としては「入る絵が浮かんだ」と自分の感性に従った狙い済ました一撃で、今でも自身のベストゴールである。
そんな思い出のデジャブとも言える場面が、前半のアディショナルタイムに訪れた。
横浜のFW有川のシュートがクロスバーを叩き、それが久岡にまで届く。そして藤崎の動き出しに合わせてパスを通してきた。
(おいおいマジかよ!)
あの時もこんな感じでボールを受け、左サイドバックも追いかけてきた。そしてゴール前もそれなりに固まっていた。
(デジャブってあるんだな・・・なら狙ってみっか!)
そしてあの時と同じく、急停止してマーカーを振り切り、ファーサイドを狙ってボールを放り上げた。あの時と同じように、ボールは絵を描くように緩やかな弧を描いて藤崎が狙った所に飛んでいく。
ただあの時と確実に違うことが二つ。一つはプロであり横浜のGK新倉がこれに反応。パンチングで弾き出した。
(あ〜・・・やっぱ無理だったか〜あ?)
首を傾げかけた藤崎は、目を見開いて驚く。
もう一つの違い、それはヘディングよりオーバーヘッドが得意な味方がいること。藤崎が打った瞬間、剣崎はマークについていた長澤とポジションを入れ替えてゴールマウスに背を向ける。そして新倉がパンチングで弾いたボールを宙に逃がさず右足で捉える。
強烈な一撃が紀三井寺を沸かせた。
「そうそう藤崎さん!そういうのもっと蹴ってくれよ!」
「やるじゃねえかツカサ。ハハ、今後もそんな感じで頼むぜ!」
剣崎と久岡が代わる代わる抱きつきにきて、藤崎を誉めた。
(シュートだったんだけどなあ・・・。ま、いいや。こういうチャレンジをどんどんしていきゃいいわけだな)
藤崎がこのチームで生きる手応えを感じて、試合は前半が終わった。
後半の和歌山は、完全に押していた。前半で吹っ切れた藤崎が、ゴール前に何度となくクロスを入れ、時にはドリブルで仕掛けるなど右サイドを掌握。ソンとも好連携を見せた。
そして横浜が藤崎を抑えるべく、左サイドバックの交代要員を準備したタイミングで試合が動いた。
「行けえっ!」
藤崎が上げたクロスは、ファーサイドの剣崎へ。これを剣崎はバックヘッドで折り返し、待ち構えていた野口が頭で押し込み勝ち越した。
一方で横浜も負けていない。得意とするセットプレー。ゴール正面の位置でフリーキックのチャンスを得ると、名手中室が鋭い一撃を放つ。これは天野が反応して辛うじて弾き出すが、こぼれ球に昨年までの同胞佐久間に押し込まれたのである。
しかし、残り8分というところ。バドマン監督は取って置きのカードを切った。
「そんじゃクリ。おいしいとこもらおうか」
「おう。俺達で連敗止めようか、トシ」
野口に代えて竹内、佐川に代えて栗栖を投入。残り10分弱、得点だけを狙ってプレーする二人が、ガス欠の和歌山攻撃陣を活性化させた。そしてこれがアディショナルタイムに結実する。久岡のインターセプトを受けた竹内が、オフサイドラインの裏をうまく抜け出し独走。リーグ戦5戦連続ゴールとなる一撃を叩き込み、ようやく自身のゴールを勝利につなげたのである。コンディションが整わない中で仕事を果たせたのは、藤崎がスタメンに足る実力であることを証明し、ジョーカーとして温存できたからである。
リーグ戦での連敗をようやく止めたアガーラ和歌山。
五輪代表が挑むアジア杯のメンバーが発表されたのはその翌日であった。
横浜戦結果
3-1 得点者剣崎、野口、竹内




