サポーターには理解不可
しばし休みを頂いてました。連載再開です。
紀三井寺陸上競技場は少し雨足が強かった。メイン以外に屋根がないので、雨というのは観客動員にダイレクトに響く。夏とはいえ、降りっぱなしの中での観戦は正直きつい。予報ではこの雨は試合中は振り続けるらしい。
4連敗というチーム状況が下降気味の中、迎え撃つのは横浜ネオマリナーズ。前半戦はアウェーで1-5と大敗している。新参サポーターはその雪辱を晴らさんとベストメンバーで来ると予想していた。しかし、スタメン発表のあと、和歌山サポーターはどよめくことになった。
スタメン
GK1天野大輔
DF15ソン・テジョン
DF26バゼルビッチ
DF5大森優作
DF14関原慶治
MF2猪口太一
MF27久岡孝介
MF28藤崎司
MF11佐川健太郎
FW25野口拓斗
FW9剣崎龍一
ベンチ
GK40吉岡聡志
DF18鶴岡智之
DF21長山集太
DF33村瀬秀徳
MF4江川樹
MF8栗栖将人
FW16竹内俊也
「おいおい大丈夫かよ、友成ベンチにも入ってねえぞ?」
「竹内スタメン落ち?何考えてんだよ、4連続ゴール中だろ?」
「つーか藤崎って誰だよ」
「こないだ千葉から来た選手だよ」
「二部の選手?大丈夫かよこの状況でつかって」
「あんたらちょっと静かにしろぃっ!!」
浮足立つ新参サポーターたちを、コールリーダーのケンジが一喝する。
「バドマン監督のスタメンにはちゃんと意図がある。俺たちは黙って声援送ればいいんだっ!俺たちが浮足立ったら誰がチームを応援すんだよ!」
その叱咤にサポーターは全員沈黙する。一つ息を吐いて、ケンジは檄を飛ばした。
「とはいえ、確かに不安はある。だが、和歌山の選手たちは、ちょっとやそっとの苦しみぐらい、跳ね返す力持ってんだ。今日こそ勝つことを信じて声援送るぞっ!!!」
「ふぅ…」
入場前。移籍期間中にJ2のジェク千葉から完全移籍で加入した藤崎司は、一つ深呼吸した。
「はは、ツカサ。らしくねえな。もう緊張してんのか?」
「するに決まってるだろ。俺にとっちゃ初めてのJ1なんだからよ」
冷やかす久岡に、藤崎はため息混じりに答える。
「んなこと言ったら俺だってそうだい。まあ、1の監督は選手を全力で信頼する人だ。やることをやりゃいいのさ」
「そうは言うが…あのエールじゃなぁ」
藤崎はそう言って、ロッカールームでのやり取りを思い出していた。
「さて藤崎君。今日は君のデビュー戦だね」
「はい。ありがとうございます。期待に応えられるように、精一杯やってきます」
バドマン監督からそう声をかけられ、藤崎は緊張しながら殊勝に意気込みを語る。だが、バドマン監督の次の言葉にすねた。
「君は二部リーグの控え選手だったわけだ。だから、期待値は皆無と言っていい。だから君には失敗を恐れる必要はないのだ」
「はぁ?…あ、はい」
「君が今日活躍できなくても、責められるのは使った私だ。だから君はハイリスクなプレーをどんどん仕掛けたまえ。君ならできるだろう?」
「期待してんのかあてにしてないのか、どっちとも取れないエールだったよな…」
「少なくとも、新参サポーターはお前にきたいしてないどころか、『なんで竹内を使わないんだ』って怒ってるだろうねえ」
「久岡、お前な…」
「だからこそ、結果を残したら一発で覚えるさ。頼むぜ。駿河水産大史上最高のクロッサーさんよ」
「…わかったよ。やりゃいいんだろ」
今一つ釈然としないが、藤崎はとりあえず気合いを入れた。
同じように、サポーターからおそらく期待されてないであろうFWが、キックオフ前に剣崎に聞いた。
「なあ剣崎。正直俺って期待されてんのかなあ」
「なんだタクト。んなこと俺に聞かれても知るかっつの」
「まあそうなんだけどさ…」
「あんな、タクよ。FWってのは周りを気にしたら負けだぜ?ストライカーならなおさら、はっきり評価されるんだしよ。点がとれなきゃ俺だって叩かれんだからよ」
「そうか。周りを気にしたら、ね」
「トシにゃトシの良さがあるように、お前にもお前の武器があんだろ?だったらそれでゴールとっちまえばいいのさ。ストライカーはそれで十分だ」
得点王の言葉なだけに、妙な説得力がある。野口はあれこれ考えるのをやめた。
「よし。俺もハットトリック狙うとするか」
「ハハ。それでもお立ち台は俺だからな!」
そこでキックオフのホイッスルが響いた。
「くのっ!」
「ぬぐっ!」
開始早々、試合は肉弾戦の様相を呈する。和歌山のこの日の2トップは、剣崎と野口のパワーコンビ。迎え撃つ横浜のセンターバックは、ボンバーこと長沢佑一と、同じく日本代表歴を持つ粟原勇三。この二人がマンマークで激しくぶつかり、ゴール前はいつも以上に迫力があった。
「よう慶治!ちったあ成長してるか?」
「そんなもん、自分で感じてくださいよ。佐久間さん」
また、サイドでは関原と佐久間の攻防が目を引く。昨年まで和歌山の右サイドバックを務めていた佐久間は、オーバーラップしてくる関原と競り合いながら和歌山の左サイドに自由を与えない。佐久間は右サイドハーフの沖原とよく連携して、佐川と関原を抑え込んだ。前線の高さを生かすためにも、藤崎に求められる役割は大きかった。
「さて。どういうクロスを入れたもんかね」
藤崎はそう思案した。




