大詰め
チャン監督が選手たちを引き締めていたころ、バドマン監督も同じように指示を出していた。
「私は今日、新たなる発見をした。和歌山にはマラドーナがいたことをね!」
まあ、開口一番は竹内へのお世辞であったが。
「しかもこのマラドーナは、本家と違って神の手なんてせこいまねせんからな。ガキのいい手本だ」
「ハハハ。茶化さないでくださいよ仁科さん」
「しかし、栗栖のリターンも早かったし、剣崎も内海をしっかり止めたからこそのゴール。君たち二人もよくやったよ」
「よしてくださいよ監督。俺はただ突っ立ってただけですよ」
「だろ?さすがよく見てるぜオッサン」
バドマン監督の言葉に、栗栖は謙遜し、剣崎は誇らしげに答えた。そこではバドマン監督はひとつ咳をした。
「さて、後半に向けての本題だ。私の予想では、後半内海は自由を得るだろう」
「いやいや監督、そんなことねえよ。ヒデのヤツは俺が抑えとくって」
「頼もしい言葉だ剣崎。しかし、そう言う意味ではない。マーカーが変わるということだ。君の相手はあのブラジル人になるだろう」
「ハン。どうてことねえよ。あいつらに止められる俺じゃねえからな」
「パスがなきゃ何もできないがな」
「あん!?友成、なんか行ったか?」
さらにバドマン監督はホワイトボードのマグネットを動かしながら、後半の展望と自分の交代策を説明した。
「竹内。君には申し訳ないが、10分後には右のサイドハーフにポジションを下げてもらう。恐らく湘南は布陣は変えないだろうからね。君の運動量をもってサイドのイニシアチブを保ってもらいたい」
「ちぇ。まあいいですよ。今日はもうゴールを決めてるし。今じゃそこが俺の本職ですしね」
「そして江川。10分後から猪口とコンビを組み、2シャドーに圧力をかけてくれ。打たせているとはいえ、何度も枠にシュートを打たれているのは不快だ」
「わかりました」
「エガ。走り負けないようにな」
「大丈夫だよグチ」
「で?俺の代わりに誰入んの監督」
聞かれもしないのに、内村は自分が交代させられることを察して監督に聞く。
「野口だ。彼もゴールに飢えているし、矢神のいない今、彼にもゴールの匂いを纏ってもらわねばこまるからね」
そしてバドマン監督は、桐嶋の肩を叩いて伝える。
「君も竹内同様、後半の途中からポジションをサイドハーフにする。だが、やってもらうべきことは変わらない。90分間、走り尽くしてくれ」
「もちろんっすよ監督!これぐらいでバテる俺じゃないっすから」
「仁科、チョン、そしてマルコス。友成を生かしながら耐えてくれ」
「「「はい!」」」
締めくくりに、バドマン監督はこう言って選手を送り出した。
「我々は湘南にはない強み、個人技の差を持っている。気を保てば負けはしない。怯まず戦いたまえ!」
「こんのっ!」
「グウッ!」
バドマン監督の予想通り、湘南は剣崎へのマーカーを内海からエデルソンに代えてきた。球際の馬力は手強くなったが、前半ほどの苦労を剣崎は感じなかった。
(な、なんなんだこいつのパワー…本当に日本人かよ)
世代別代表のキャリアを持つエデルソンであるが、剣崎の強さとスピードに舌を巻く。それでも身体能力の高さで対抗できてはいた。
ひとつ違ったのは、自由を得たのは内海ではなく泉川。湘南の3バックは、和歌山の2トップに圧力をかけながら、余った一人がフォローするような形をとった。
「どうだい。俺はマークしやすいだろヒデ」
「ぬかすなよトシ。公式戦4連発のストライカーが楽なわけねえだろ」
「それでも剣崎の方がすごいんだろ?言っとくが、俺はまだエースの座を諦めちゃいないんだ。和歌山でも五輪でもな」
「頼もしい限りだぜ」
それでもこの2トップはなんだかんだでチャンスを演出する。後半が始まってから9分。和歌山ベンチでは、バドマン監督が野口に投入後のプレーと伝達事項をレクチャー。それを見た内村はため息をついた。
「いよいよお役御免かい。そんじゃ足跡でも残そうかねえ」
そう言って竹内を走らせる。無論内海もついてくる。
「お前思ったよりも足速いんだな」
「ルーキーんときは、『快速センターバック』なんて言われてたんでな」
それでも竹内は剣崎にパスを出す。剣崎はゴールを背にしてボールを受けに行く。
(タメでも作る気か?)
エデルソンはそう推測した。だが、剣崎の真骨頂はここからだ。ボールが自分の足元に来るや・・・
「でぅおうりゃあっ!!」
「ウオウワッ!!!」
密着していたエデルソンに構わず、剣崎は右足を軸にして踏ん張ると、そのまま反転しての左足のシュート。その遠心力にエデルソンは吹き飛ばされた。これでゴールが入れば完ぺきだったが、ポストがそれを阻んだ。
そして予定通り、バドマン監督は野口を投入。内海はこの日マークするフォワードは3人目である。
「俺のこと、一番格下だって思ってないか?」
ピッチに立つや否や、野口は自虐的にぼやく。そうささやかれた内海は、あえてこういった。
「どうだろうな。スケール的にはひけは取らねえけど、まだまだJ2の枠だよお前。小宮にちゃんと名前言ってもらえりゃ格が上がるぜ」
「・・・ま、亀井に負けないようにはするさ」
そこからバドマン監督は10分おきに選手を投入する。20分過ぎに栗栖に代えて毛利を投入して桐嶋を一列前に上げ、30分ごろには疲れの見える仁科に代えて鶴岡を投入してきた。
一方で湘南も手をこまねいていたわけでもない。チャン監督は切り札とも言える選手を投入してきたのだ。
「今日の試合、このままだったらリーグ戦に響きそうだ。休んでもらうつもりだったが、頼むぞ。永見、クライントン」
「はい!」
『任せてくれ、ボス』
葛城と榊原に代わって送られたのは、本来のキャプテンである永見と、チーム得点王のストライカー、クライントンだった。
なんか無駄に長くなりました。次で「試合自体」は終わります




