確かに個人技でやられちゃいるが
今シーズンの湘南の快進撃を支えている要因の一つに、安定感抜群の3バックにあるといっていい。
中央の内海が守備の統率とともに攻撃とのつなぎ役も担い、右のエデルソンが驚異的な空中戦の強さで制空権を確保。バイタルエリアにおける危険なパスは、左に立つ泉川がことごとく察知してインターセプトする。この3バックに勝とうとするのはなかなか至難の業だ。
もっと言うと、守護神のアン・ドンヒョクは韓国五輪代表の俊英でJ2トップクラスのセーブ率を誇り、ダブルボランチの葛城と菊地原はカバーリングとボールダッシュ力に秀で、辻江、高月の両サイドハーフは状況に応じて前線から最終ラインまでの上下動を繰り返す。最前線には長身FW新里がそびえ、その周囲を2シャドーの近藤、榊原が衛星的に動いて前線からプレスを仕掛ける。「史上最強」と称えられてJ1昇格とJ2優勝を果たした昨年の和歌山と比べても、破壊力こそ及ばないが組織としてのバランスの良さ、豊富な運動量を土台とした守備力は抜きん出ており、和歌山を上回るペースで勝ち点を積み上げているのも頷けた。
「剣崎っ!」
「ハッ、甘いぜ」
「チィッ!!」
動き出した剣崎に栗栖がパスを放ったが、泉川にインターセプトされて剣崎は苦虫を噛み潰す。空中戦に持ち込んでも、内海とエデルソンが剣崎の自由を奪いほとんどボールを入れさせない。どちらがJ1なのかわからなくなるくらい、湘南は和歌山を圧倒していた。
「くっそ〜、ここまでやるとは思ってなかったぜ。やるじゃねえか」
「エースにそうぼやかれちゃ、俺としては嬉しいね。あとは金星を取るためにお前らのゴールをこじ開けるだけさ」
愚痴をこぼす剣崎に、内海は口元を緩めて挑発する。だが、剣崎も負けてはいない。
「はん。だがいつまでも耐えれると思うなよ。絶対にこじ開けてやっからな」
「フン。どうだか」
「だってお前らを破れねえようじゃオリンピックで金メダル取れねえもんな!」
剣崎の強気な笑みと物言いに、内海は眉間にしわを寄せながら笑い返す。
「・・・・言ってくれるね」
互いのキャプテンの丁々発止。そしてそのたびに繰り返されるマッチアップ。それはなかなか見ごたえのある戦いであり、スタジアムのサポーターはそれぞれのチャントを奏でる。
それをどこか面白くなさそうにしている男がいた。竹内である。
(あーそうかい。そんなに剣崎が怖いか?俺を忘れられても困るんだけどな)
そうほくそ笑んだ竹内の本領発揮は、前半の終盤だった。
「くそっ」
「行かせねえぞっ!」
右サイドから仕掛けようとした高月を、桐嶋が潰しにかかる。高月はマークを逃れるべく近藤にパスを出すが、内村がそれをかっさらった。
「ヒロさんっ!!」
瞬間、竹内は内村にパスを要求する。
「そうだよなあ~。五輪のエースとキャプテンばっか目立っても面白くねえもんな。お前なら簡単だよ。こんな連中を八つ裂きにするのはよ」
キラーパスを放ちながら、内村は竹内にそう呼びかける。そのボールをきっちりトラップして足元に収めると、そこから竹内は怒涛のドリブルで仕掛けた。
「葛城、潰しに行けっ」
「オッケー、菊地原さんフォロー頼む」
まず迎え撃ったのはダブルボランチ。葛城のスライディングをジャンプでかわし、続いてきた菊地原を鮮やかすぎるくらいのルーレットでかわす。瞬間スタジアムがざわつきだす。
「クリっ!」
「通サセナイヨっ!」
途中竹内は栗栖を呼ぶ。そのパスを奪おうとエジルソンが迫ってくる。が、球足の速い竹内のパスはエジウソンが伸ばしてきた左足をくぐり抜けると、栗栖にすぐさま折り返された。
「ワンツーでかわしたか、クソっ」
「どこ行くんだよてめえ」
危機を察知した内海が阻止にかかるが、剣崎が体を入れながら並走する。
「俺をつぶすんだろ?最後まで相手しやがれ」
「チィッ!」
苦虫を噛み潰す内海の目の前で泉川もシザースのフェイントの末にかわされ、竹内とキーパーのアンが一対一の局面となる。コースを狭めようとアンは猛烈に距離を詰めてきた。
瞬間、竹内は笑みを浮かべた。
「剣崎に借りを作っちゃたよ」
右のつま先で軽くボールをけり上げる。飛び込んできたアンの頭上を憎たらしく弧を描いて超えると、そのまま転々と弾んでゴールマウスの中に転がっていく。
「マダ間ニ合ウヨッ!!」
そう叫びながら猛スピードで滑り込み、ボールをかきだそうと試みるエデルソン。だが、及ばず、ボールかエデルソン諸共ゴールマウスの中に納まる。
竹内の代名詞たるごぼう抜きドリブルで和歌山がこじ開けたのだった。
「ははっ!さすが俊也だ。次は俺の番だぜ」
そう言って剣崎は笑う。
「くそっ・・・。やっぱ剣崎だけ抑えてちゃダメか」
そうぼやいて内海は首を傾げた。
前半はそのまま和歌山リードで終了。引き上げる湘南の選手たちの第一声は、和歌山勢の個人技だった。
「くっそ、あいつすげえな。あそこまできれいにかわされたら、逆にほれぼれしちまうぜ」
「ま、あの竹内もよくよく考えりゃ五輪代表だからな。ほっときゃいい訳ねえんだよな」
泉川や葛城に続き、攻撃陣もぼやきはじめる。まず声を荒げたのは近藤だ。
「にしてもあの友成ってガキは化け物だぜ。どういうシュートなら入るんだよ」
「だよな。近藤も新里さんも枠にシュート打ち込んでるのに、それを全部止められたからな」
榊原も腕組みして頷く。
「向こうの最終ラインはベテランばっかなのに、やけにザルいんだよな。でも、あんだけシュート止めるキーパーなら問題ないんだろ」
「そうだぜ、榊原。向こうは個人技頼みの拙いサッカーだ。必ずスキができる。なんとしてもそこ突いてひっくり返そうぜ!」
そう言って辻江が息巻く。それを湘南の指揮官、チャン監督が全否定した。
「そう言ってるうちは、何回やってもアッチには勝てねえよ」
全員監督のほうを見る。言葉の意味を理解しかねた近藤が問い返す。
「そう言ってるうちって・・・。でも監督、実際俺たちのほうがシュート打ててますし・・・」
「確かにな。だが、お前らはうまいこと罠にはめられてんだ。向こうの最終ラインは確かにシュートをよく打たれて・・・いや、『打たせてる』といったほうがいいか。キーパーの守備範囲に限定してな」
その言葉に全員ハッし、チャン監督は説明を続ける。
「確かに前半は攻撃にしろ守備にしろ向こうの秀でた個人技にやられてはいる。だが、その個人技を発揮するには味方の協力が不可欠だ。向こうの守備陣はあのキーパーの力量を把握してるからシュートコースを限定させる事に徹底して守ってる。それに先制点も、ヒデが9番に抑えられていたからシメられたんだ。だろ、ヒデ」
「はい。泉川さんのフォローに行こうとしたら、剣崎に止められました」
「後半に向けて大事なのは、向こうを個人技だけの単調なチームと侮らないことだ。まだ1点差、狙うぞ?下剋上を」
指揮官のゲキを受けて、湘南の選手たちは奮い立った。
なんか竹内のキャラが変わってやしないか、最近つくづく思います。




