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苦難に挑む後輩との誓い

 剣崎の大々的なスピーチは、翌日のスポーツ紙にこぞって掲載された。どれもこれも「Jリーグは俺に任せろ」という見出しで取り上げ、多くは好意的にとらえていた。そしてリーグ戦の順位も4位に浮上。しかもリーグ最多得点という称号まで手にしての、堂々たる戦いぶりである。エース剣崎も16戦フルタイム出場で18ゴール。2位にダブルスコアの差をつけての得点王に君臨していた。流れは完全に和歌山にあった。


 この期間、クラブからは2選手の期限付き移籍での放出がリリースされた。

 一人はDFの沼井琢磨。開幕当初こそ出番を得ていたが、ここ最近はベテラン仁科やコンバートした鶴岡に遅れをとり、ベンチ入りすらままならなくなっていた。

 そこにJ2昇格を狙うラストピースとして、「頭のいいセンターバック」という条件で獲得を模索していた、J3のライトサウス青森からオファーがあった。2つ下のカテゴリーに流石に戸惑いはしたが「元々はJFLからJリーグに来た身。頼ってくれるなら行くしかない」と決断した。

 沼井の移籍はサポーターの間でもある程度覚悟されていたことらしく、特に動揺もなく神戸戦終了後のあいさつでも、エールと共に送り出された。


 だが、もう一人の移籍には、選手、サポーターの両方に衝撃を走らせ、クラブには問い合わせのメールや電話が殺到した。

 そして当の選手は、ロッカールームにて自分の荷物を整頓していた。そこにルーキーの須藤が駆けつけた。


「…ほんとに、行っちゃうんすか?」

「ああ。ここにいても、ベンチばっかだしな。サッカー選手は試合に出てなんぼ。ゴールで評価が決まるポジションなら特にな」

「でも!こないだもゴール決めたし、監督だって『必要な戦力』って言ってくれてるじゃないすか。なんで今J2の香川なんかに行っちゃうんすか!」

「カテゴリーなんか関係ない。俺は結果を残したいんだ。剣崎さんはアガーラ和歌山をJ1に導いた。だから…俺も俺の力でひとつのクラブを動かすんだ」

「…矢神さん」

 最後の言葉の語気の強さに、須藤はそれ以上言葉をかけなかった。いや、かけれなかった。

 今年、J2に昇格したウドンティア香川は、開幕13連敗という厳しすぎる洗礼に始まり、リーグ戦を半分消化した時点で勝ち点10(2勝4分け15敗)の21位と低迷。最下位の富山との勝ち点差はわずか1と予断を許さない。


 一年での降格を避けるべく、リーグワースト2位の得点力を改善する切り札として矢神にオファーが届いた。当初今石GMらフロントは承諾しない方針を固めていたが、矢神に説明すると本人は二つ返事だった。

「結果を出しやすい環境が欲しかった。香川をJ2に残留させて戻ってきます」

 そう言い切ったという。


 荷物をまとめ終えてロッカーを出たところ、矢神は剣崎に呼び止められた。


「オヤジ(今石GM)に聞いたぞ。『香川を残留させる』だってな」

「ここにいたとこでジョーカーとしてしか使われ様がなさそうっすからね。FWは試合に出れてなんぼですし、俺ならできると思ったんで」

 声をかけたときの剣崎は、睨み付けるような表情をしていた。一方で矢神も同じような目つきで言い返す。しばしのにらみ合いの後、剣崎はため息をひとつついて口を開いた。

「…ま、お前はJ2に収まる器じゃねえしな。そんぐらいはやって当然だ。ただ、これだけは忘れんな。お前は俺達にとって必要な選手だ。自分から出ていく以上、言ったことはちゃんとやれよ」

「…あんたに言われるまでもない。そんでもって、必ずあんたを越えるぐらいのストライカーになって来ますよ。そっちこそ『口だけ』で終わるような真似しないでください。その程度で終わる奴なんか、目標にしたくないんでね」

 表情は変わらない。だが二人はタッチを交わしていた。




 そして甲府戦。山梨に乗り込んだ和歌山は、堂々とした戦いを見せた。


スタメン

GK20友成哲也

DF15ソン・テジョン

DF26バゼルビッチ

DF22仁科勝幸

DF14関原慶治

MF2猪口太一

MF4江川樹

MF16竹内俊也

MF7桐嶋和也

FW10小宮榮秦

FW9剣崎龍一


ベンチ

GK1天野大輔

DF5大森優作

DF32三上宗一

DF35毛利新太郎

MF17チョン・スンファン

MF31マルコス・ソウザ

FW25野口拓斗



 この試合、とにかく中盤が走りまくった。猪口、竹内は前節の疲れを感じさせず、桐嶋、江川は試合勘不足何のそのと駆け回り、相手にゲームメイクさせない。しかもこの試合、剣崎も前線から不恰好ながらも相手DFに猛然とプレスをかけに行った。怯んだ相手DFは、バイタルエリアでボールをロスト。小宮がそれをかっさらって先制ゴールを撃ち込んだ。


「明日雪でも降るんじゃねえか?お前がプレスかけるなんてよ」

「ははっ。真也に思い知らせてやんのさ。絶対に俺は超えられねえってな。だから俺はもっと化けてやんだよ」

 冷やかしてきた小宮に、剣崎は自信たっぷりにほくそ笑む。小宮もつられて笑う。

「ほう。てめえいよいよ手ぇつけられなくなんな。Jリーガーが気の毒だ」



 矢神の移籍に奮起したのは剣崎だけではない。竹内もまた刺激を受けていた。

(あいつは本当にストイックだ。自分を高めるために、決めたことをとことんやりきる男だ。それを見て、剣崎も明らかに変わってきてる。…俺だって…)


 ふと見やると、桐嶋が左サイドを独走し、バイタルエリアに切り込もうとしている。竹内はすかさず自分の前方を指差しながら桐嶋を見た。


(「俺に入れろ…」ってことか)

 アイコンタクトを交わした桐嶋は、ファーサイドに向かってクロスを高々と打ち上げる。反応した剣崎は飛び上がるが、当然ながら届かない。


「ミスキック…?」


 そう判断した甲府のDFは、ボールを追いかけるのをやめて歩を緩める。それがいけない。竹内は彼の背後から飛び出し、桐嶋からのクロスをダイレクトで押し込んだのだ。


 試合は後半に1点を返されたものの、竹内のフリーキックを剣崎が押し込んで突き放した。



「今の和歌山には生半可な対策では勝てない。とりあえず今のJ1で一番戦いたくないチームだ」


 試合後の会見で、敵将の城陣監督はそうため息をついた。

第17節 結果

甲府 1−3 和歌山

得点:小宮、竹内、剣崎


リーグ戦戦績


17戦9勝4分け4敗 勝ち点31


45得点28失点 得失点差+17

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