Jリーグは俺に任せろ
神戸の策に、前半の44分間ハマっていた和歌山。だが、寸でのところで小宮のスーパーアシストでゴールをこじ開けることができた。ハーフタイムのロッカールームの雰囲気は明るく、かといって緩みもしない、程よい緊張感に包まれていた。
「9人の、特にMFたちの汗によく応えてくれた。だが、ゲームはここかはまた仕切り直しだ。剣崎と小宮は、引き続きその汗に応えること。他の9人はそれまで耐えしのぐことだ。中3日の日程なのは向こうも同じだ。疲れた自分に負けることなく、最後まで走りたまえ」
そう言ってバドマン監督は選手たちを送り出した。
「引き続き、俺たちは攻撃だけでOKってわけだ。楽なもんだよな」
首をゴキリと鳴らしながらつぶやく小宮を、剣崎はにらみつける。
「楽なわけねえだろ。みんなが代わりに走りまくってんだ。ぜってー点取るぞ、もっかい」
「フン。そう言わずにハットトリックでもねらえ。てめえがとればとるほど、あの馬鹿どもは盛り上がるんだからよ」
そう言って小宮はゴール裏のサポーターを見る。
「て、てめえ・・・サポーターに何て言い草だ」
眉間にしわを寄せて剣崎は突っかかって来るが、小宮はそれを制して、緑色のホームゴール裏を指さす。
「俺たちは後半、あいつらに向かって攻めるんだ。少しでも騒がせてやれ、エースさんよ」
ニヤリと笑う小宮に、剣崎は一つ息を吐いた。
「んなこと分かってらい。ちゃんと手伝えよ」
後半、神戸ボールでキックオフとなった。
「2トップのために走れ、か。やっぱむちゃくちゃだな」
猪口は指揮官の指示を回想して苦笑する。ピッチ上のフィールドプレイヤーの全員守備、全員攻撃という連動性が主流となっている現代サッカーにおいて、ここまで明確な分担を押し出して戦うチームはそうはない。本来サッカーは誰がゴールを挙げてもかまわないスポーツなのだが、それを限定するというのは相手にとって守りやすいし、愚の骨頂とも言っていい。それでも猪口はひたすら走って、ボールをかすめ取る。
「だってあいつら、必ず期待に応えてくれるもんよ。なあ、関さん!」
猪口からのパスを受けながら、関原も同じことを考えていた。
「何とかしようじゃねえか。アイツがゴールを奪うんじゃねえ。俺たちがあいつにゴールを取らせてやってんだからな」
「関さん!」
「!」
サイドから中央に切れ込む折、背後から栗栖の声がした。決して足が速くなく、スタミナのあるほうでもない栗栖が、顔を汗だくにして関原にパスを要求。関原とは逆に中央からサイドに流れるランニングで相手を一瞬混乱させる。関原は戸惑う相手サイドバックの裏にパスを出し、栗栖を走らせた。
ボールを受けた栗栖はそのまま空いたスペースに走りこみ、ゴール前を見やる。ニアサイドの剣崎と目が合った。
「小宮ばっかに剣崎の世話をさせてたまるかいっ!!」
栗栖はそのままアーリークロスを放つ。
「さっすが相棒!!ナイスボールだっ!」
DFの前に走りだし、ボールと正対した剣崎は、胸トラップ後に右足でボレーシュート。わずかしかない隙間を縫って2点目が突き刺さった。ゴール裏は大騒ぎだ。
だが神戸も意地を見せる。足が止まった栗栖に対して、10番を背負うMF森中が猛然とプレス。ボールを奪うと前線につなぎ、エースのマルキネスが反撃のゴールを挙げた。
ここでバドマン監督は最初のカードを切った。2点目をアシストしたばかりの栗栖に代えて内村を投入。神戸にとって厄介な選手が出てきた。
「まずいな・・・奴のリズムは明らかにゲームの流れとは別物。なんとかしがみつかなければ・・・」
神戸の足達監督はそう危機感を募らせ、実際そうなった。わざとズレたプレーをする内村は、なんとか追いすがる神戸の攻撃のリズムを狂わせた。
「ふふん。そうら、サイドよ走れえ」
そう言って内村は佐川を走らせる。受けた佐川は、すぐさま竹内目掛けてサイドチェンジ。
「まったく、サガさんも無茶だって。走らせるには遠すぎっすよ」
苦笑いを浮かべる竹内だが、きっちり右足でトラップ。一瞬背後を見やり、ヒールパスを放つ。右サイドバックのソンが受けると、そのままバイタルエリアに切り込んでいった。
ペナルティーエリアの近くまで来ると、ソンは迷いなくシュートを打ち込んだ。
「ァイィィァッ!!!」
奇声ともいえる裂帛の雄たけびからのミドルシュート。糸を引くような弾丸ライナーがクロスバーを叩く。ボールが当たったゴールマウスは、「ゴワンッ!!」と音を響かせまるで地震でも起きたかのように揺れ続ける。そしてボールはというと、意外な方向に飛ぶ。
「ぶぇっ!!」
変な声が聞こえたかと思うと、ボールはそのまま立ち尽くすキーパーの横を通過してネットを揺らす。その時、剣崎は仰向けに倒れていた。ソンのシュートの跳ね返りは、剣崎の顔面を捉えて再びゴールに飛び込んだのである。まさかの顔面シュートでのハットトリック達成に、ホームゴール裏は歓喜と爆笑の渦。アウェーゴール裏席に設置された大型ビジョンがそれを映し出すと、選手たちも手を叩いて破顔した。
「てめえホント最高だなっ、マンガじゃねえか」
小宮は人生で一番というぐらい、腹を抱えて笑う。剣崎を迎える選手たちも笑いをこらえている。何より、ソンが「ケンザキ。マッカ、マッカ」と片言の日本語で笑った。
「くっそー・・・今までで一番ハズいハットトリックだぜ・・」
大爆笑で場が和んだところで、バドマン監督は交代カードをまた切る。小宮に代えて野口を投入したのだ。
「おうウド。せっかくの出番だ。ちょっとは目立つんだな」
「やめろよ。俺はそんなにヤワじゃない」
毒を吐いてくる小宮に、野口は苦笑いを浮かべてタッチで出迎えた。
同時に、神戸も5分間で一気に3枚のカードを切り、何とか食らいついてくる。ベテラン元木のサイドの突破から、ゴール前の空中戦。鶴岡が途中出場の八代と激しく競った競り負け、その落としをペペに押し込まれ、再び一点差になる。対してバドマン監督はバゼルビッチを準備。対人戦に強く、さらにロングフィードという武器も持つバゼルビッチを鶴岡と交代で投入し、攻撃の芽を残しつつ守備の安定を図った。
その締めくくり。バゼルビッチが神戸のカウンターに対して鮮やかにボールを奪ってみせると、オーバーラップしたソン目がけてロングパス。ソンは追いかけてきた神戸のサイドハーフを、ゴールライン手前、鋭い切り返しで振り切って竹内に託す。竹内はゴール前にやわらかいボールをセンタリングすると、ファーサイドの野口が折り返し、それに反応した剣崎がダイビングヘッド。ボールともどもゴールに飛び込んだ。
右足、左足、顔面(笑)、そして頭。全身で4得点を挙げて神戸を振り切ったのである。
当然お立ち台には剣崎が立った。
「全身でゴールを決めましたね~」
「そうっすね。ま俺の身体はね、ゴールを決めるためにあるようなもんでね。そのうち背中やケツでも決めれたらいいっすね」
女性アナウンサーからのマイクを向けられると、剣崎は饒舌に語る。ひとしきり語ったところで、剣崎は行動に出た。
「あの、締めの言葉に、マイク借りていいっすか」
「え、はい。どうぞ」
アナウンサーからマイクを受け取ると、剣崎は思いをぶちまけた。
「えっと。ワールドカップ残念でした。選ばれなかった俺も、すっげえ悔しかったです。自分たちのクラブ代表して、Jリーグ代表して戦ってくれた人らが、ボコボコにやられて。すげえ悔しかったっす」
スタジアム中が、歓喜から沈黙に変わる。「何言ってんだお前」というヤジもある。だが、剣崎は構わず続けた。
「でも。それ以上に悔しいのが、Jリーグからどんどん選手が、日本人が出て行っちまったことです。セレーノの晴本さんもスイス行っちまったけど。Jリーグって、そんなに・・・そんなに成長できないリーグなんすか?そんなに、世界から遠いリーグなんすか。俺はそうは思わないっす。俺が生まれたころに開幕してから、20年ぽっち。日本中にクラブがあって、たくさんの人が応援してくれて、たくさんの人がサッカーするだけの俺たちを支えてくれて、それでいていろんな人が、年寄り、子供、おっさん、女性、サッカーを知らなかった人、興味がなかった人を、みんな受け入れてみんなを虜にしてくれる。こんなリーグ、世界中にたぶんないっす」
誰もが、和歌山サポも神戸サポも足を止めてそれを聞き入っている。スカパーの中継も、尺が押しせまる中、ハイライトを流さずに中継する。剣崎の目には涙が浮かんでいる。
「俺はぁ、このリーグだけでプレーして、このリーグだけで、世界と勝負したいっす。海外行きたい奴は、どんどん行って日本人のすごさを広めてください。その分、Jリーグは俺に任せてください。俺はこれからも、Jリーグを引っ張ってくんでぇ・・・皆さんも、これからも、Jリーグに魂込めた声援、よろしくお願いしやすっ!あざっした!!」
言い終えた剣崎は深々と頭を下げる。スタジアム中から剣崎コールが沸き上がっていた。
J1 第16節
和歌山 4-2 神戸
得点 剣崎4




