対策を凌駕する才能
試合は序盤から膠着した。
図式としては和歌山が押し込み、神戸はカウンターに徹するというもの。ただ、神戸のカウンターは前線へのパスを猪口がことごとくインターセプトしたので、はっきり言って防戦一方だった。
その一方で、和歌山にはゴールの気配はない。理由は2トップに対しての神戸が立てた対策が機能していたからである。
「ちっ。雑魚がちょろちょろと・・・」
前線でボールをキープしながら、小宮は自分のマークに付く神戸のセンターバック・山岡に舌打ちする。パスを出そうにも、もう一人のセンターバック・岩谷が剣崎をマークしているのをはじめ、サイドバックやボランチも受け手をきっちりとマークしている。これでは攻撃に結びつくパスを出せなかった。
特に剣崎には常に二人掛かりでマークし、ボールの供給を断つことに腐心していた。
「クソッ!めんどくせえ真似しやがって。だったら・・・」
そう言って焦れた剣崎は中盤まで下がって無理やりにパスを受ける。
「くらえっ!!」
そして強烈なロングシュートをぶっ放す。大きな武器ではあるが、そうそう狙って入るものでもなく、なかなか枠にシュートを飛ばせなかった。むしろ、乱発するシュートはゴールキックで再開するため、相手にボールを渡しているようなものであり、和歌山イレブンが疲弊する展開が延々と続いた。
「いい感じだ。入念に対策をしたかいがあったな」
思い通りの展開に、神戸の足達監督は安堵の表情を浮かべる。今シーズン、一昨年目論んだACL出場権を得る3位以上を目指すうえで、昨年J2で辛酸をなめた和歌山をなんとしても叩きたかった。そのために、再開直後の清水戦を捨てて(対策なしで勝負。ドロー)まで、和歌山対策を組んできた。とにかく選手たちに意識させたのは、「剣崎にボールを供給させないこと」と「安易にセットプレーに逃げずに守ること」。未だ独力で展開すること(主にドリブル)に課題を残す剣崎にボールを与えなければ、ある程度の脅威を抑えることができるし、代名詞ともいえるセットプレーの機会を与えないことで、和歌山の得点力を大きくそいだ。
「あとは、なんとかカウンターを前線につなげられれば…うちのFWも、あちらさんと負けず劣らずだからな」
昨シーズンはワールドクラスのベテラン外国人選手を要してJ1に返り咲いた神戸。今年はJリーグでの経験豊富な助っ人に総取っ替えした。特に2トップの一角、FWマルキネスは清水、鹿島、横浜でエースとして君臨し、優勝戦線を戦い抜いたストライカー。37歳という年齢を感じさせない決定力は神戸の武器であり切り札。相棒のぺぺ・ジュニーニョ共々和歌山の驚異として襲い掛かっていた。
「くっ!速い・・・」
ペペをマークする鶴岡は、ボールを受けてドリブルで仕掛けるペペのスピードに何とかついていく。それでもペペは強引にシュートを打ってきた。
「チィッ!!」
それを友成が渾身のセーブで切り抜ける。こういうシーンはまだ少なかったが、両外国人に打たれたシュート4本はいずれも枠に飛んできた。
「いつまでチンタラやってんだあのバカは。シュートしか能がねえクセにいつまでも腑抜けてんじゃねえよ」
決定機を何度も防ぎながら、友成は前線で何もできていない剣崎と小宮に毒づく。
「俺の守備の評価はてめえらの結果ありきなんだよ。さっさと取れよこの野郎」
友成のいら立ちはともかくとして、剣崎たちに託している思いは他の選手たちも同じだ。昨今のサッカーの流れとは逆を行く戦い方。「1人のために汗をかく」サッカーを実践しているのは、ひとえに剣崎への信頼感だ。剣崎はなんとしてもそれにこたえなくてはならない。
「みんながなんとか耐えてる。なんとしても前半のうちに点を取らねえと・・・」
全員の心情を理解しているからこそ、剣崎は焦る。それが無意識のうちにプレッシャーとなってむやみなシュートにつながる。シュート5本はすべてペナルティーエリアの外から放たれたもので枠には一つも飛んでいない。嫌な流れが漂い始めた。
その状況に、剣崎は小宮に責任を転嫁する。
「おいコミ、てめえいったい何やってんだ?なんで俺にパスを出さねえんだよ」
露骨な物言いに、小宮は目の死んだ笑いを浮かべながら返す。
「はぁ?てめえ何様のつもりだよ。へたくそ風情がこの俺に命令する気か?」
「いいからよ、何でもいいからパスをくれ!つーか死に物狂いで出せっ!みんなが踏ん張ってる今のうちに何とかして俺にくれよ!絶対決めてやるからよっ!」
そう言い残して立ち去る剣崎に、小宮は嘲笑を浮かべた。
「ふん。自力じゃ何にもできねえ乞食風情が・・・。フン」
時間は延々と経ち、時間は前半のアディショナルタイムに入る。おそらくラストプレーと思われる攻撃。栗栖からのボールを小宮は前線でキープする。当然神戸の守備陣は囲んでくる。それと同時に剣崎にもマークに付く。だが一瞬だった。
剣崎は小宮に眼力でこう訴えた。
(仕掛けるぞ!よこせっ!)
受け取った小宮は嘲笑を浮かべてこう返した。
(しくじったら殺すぞ?)
そう言って相手ディフェンダーの股をヒールパスで抜く。同時に剣崎もマーカーを振り切っている。
「な、バカな」
キーパーがそう漏らした時には、剣崎はすでに左足を振りぬいていた。
神戸のはまっていた対策。最後の1分だけ、二人の怪物のアイコンタクトによって振り切られてしまった。
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