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トーナメントはまず「勝つこと」が肝要

 正直なところ、試合前はサポーターの間には楽勝ムードがあった。昨年のJ2最下位で2つ下のカテゴリーで戦う鳥取は、J2を優勝してJ1で結果を残している自分達が負けるわけがないと。


 だから開始15分で三度の決定機を作られ、今も鳥取にボールを支配されている現実に戸惑った。

 原因は言わずもがな、試合勘不足だった。


 ルーキー二人は地に足がついていない状態で、単純なミスを連発。久方ぶりの出番となった長山、手塚の右サイドも意思疏通にズレがあり、せっかく奪っても味方が連動しないために出しどころを探すうちにボールを失うという有り様。金星を鳥取が飛ばし気味にプレスをかけてきた影響もあった。



 それでも無失点ですんでいたのは、キーパーの本田とコンバートされた鶴岡の奮闘だった。


「にゃろうっ!!」


 鳥取のエースFW本岡の、枠を捉えたシュート。それを長い腕を伸ばして懸命のパンチング。初陣とは思えない堂々たるプレーで好セーブ連発した。

「川さん、9番マーク!毛利フォロー!奪ってサイドに逃げろっ」

 鶴岡も付け焼き刃とは思えないコーチングで味方を動かし、自身も長い脚を伸ばして幾度もシュートやパスをブロック。鳥取の攻勢を耐えていた。あとは攻撃が成り立つかどうかだった。


 だが、これがもうひとつだった。

「ヘイっ!」

 ゴール前に走り出し、パスを要求する須藤。しかし、佐川はそれに舌打ちする。

「何がヘイっ!だ。動きが遅いんだよ」


「カズッ」

「って長さん遠いっすよ」

 長山からのサイドチェンジ。しかし、明後日の方向へ飛んでいくロングパスに桐嶋は追い付けない。

 ちぐはぐな攻撃でまともなチャンスが作れない中で、前半40分過ぎに試合が動く。佐川の強烈なシュートがバーを叩くとそれが強烈に跳ね返って鳥取がカウンター。本岡と鶴岡が競り合いながらゴールに向かう。

(よし、行けるっ)

 競り合うなかで半歩先を走る鶴岡が、左足を伸ばしてボールを奪う。本岡はその弾みで倒れるが、そこで主審がホイッスルを鳴らす。そしてPKをジャッジした。



「そ、そんな!俺はボールに行ってますよ!」

「倒されたのは中じゃない!よく見てくださいよっ!」

 すぐさま鶴岡と、近くで見ていた川久保が抗議するものれんに腕押し。しかも執拗に抗議したとして川久保がカードをもらってしまう。何もかも悪い方に出る展開。このPKをきっちり決められ、まさかのビハインドで折り返す羽目になった。





 いくら主力メンバーを外したとはいえ、格下相手にリードを許してしまった事実は、ロッカーの空気を明らかに重くしていた。

「前半は…まあ、ある程度連携がもたつく展開は予想していた。ただ、君たちは結果を求めすぎて過程が疎かになっている。後半はもっと悠長にプレーしたまえ。まだ45分もあるのだから」

 ロッカーにやって来たバドマン監督は、選手たちを特にとがめることなく、一言諭すような指示を出す。加えて気持ちが逸って落ち着かない佐川と、連携ミスからプレーが消極的になっていた手塚に代えて、猪口と内村を後半から投入。マルコスを右サイドに移して猪口がボランチに。内村は2トップの一角に入り、前線でタメを作る役割を任せた。


「さ〜てと。大人の手本ってやつを見せてやりますかね」


 前線に入った内村は、期待通りのプレーを見せる。最前線でボールをキープし、どこか落ち着きのなかった和歌山イレブンの足を地面につけさせた。そして裏へ抜け出すスピードが持ち味の須藤、桐嶋の飛び出しを活かして幾度となくシュートを打たせてゴールの匂いを漂わせる。前半とは完全に別人となった和歌山の猛攻にそれでも鳥取ディフェンスは耐えていたが、後半19分についに決壊する。

「キリ、頼むよ」

 敵に囲まれた最中、内村は桐嶋との一瞬のアイコンタクトを交わし、ゴールを背にしてヒールパスを放つ。そこに桐嶋がいた。左のインステップでボールを受け止めると、それを豪快に振りぬいて同点ゴールを叩き込んだ。

 そしてバドマン監督が「勝ちに来た」。辛抱強く使っていた須藤に代えて剣崎を投入したのだ。


「どんまい京一、悪くなかったぜ」

「スンマセン剣さん。手本、見せてください」

「任せろぃ」

 肩を落として下がってきた後輩とハグを交わして、剣崎はピッチに立つ。すると和歌山サポーターが騒いだ。まるで勝利を確信したかのように、剣崎のチャントの大合唱だ。数にして4千人もいなかったが、それでも鳥取の選手、サポーターを委縮させるには十分だ。何より昨年まで、実際に剣崎のすごさを目の当たりにしているのである。そして剣崎はファーストタッチでその期待に応えた。


「ぃやあっ!!」

 鳥取がカウンターを仕掛けてきた折、猪口がスライディングでインターセプトして根島に渡す。


「カズさんっ、走って!」

 根島はそれを左サイドを走る桐嶋につなぐ。


「俺を走らせるなんざ、わかってんじゃねえか。そらよっ!」

 後輩の指示ににやりと笑みを浮かべて、桐嶋は相手DFを振り切ってゴール前にセンタリング。これは飛びすぎたが、ファーサイドの内村が右足ボレーで折り返す。高く上がったボール。剣崎は渾身のヘディングシュートを叩き込み、同23分。ついに勝ち越した。



「よーし、残り25分ちょい、みなさん守りきるっすよ!!」

 最後尾から本田が先輩たちにそう声を飛ばす。

「オッケーシンゴ。ツル、先輩の意地見せるとするか」

「はい。川久保さん」


 そして残り時間。鳥取の前に立ちはだかる摩天楼と大入道。同点を狙ってパワープレーを仕掛けるも、190オーバーのセンターバックに、クロスもロングボールも跳ね返されて勝負にならない。かといって地上戦を仕掛けても鶴岡はそれにも対応。加えて目を光らせる猪口も何度となくボールを奪った。その後追加点は奪えずじまいだったが、和歌山は辛うじて3回戦に進んだ。

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