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コンバート

 リーグ戦再開の一週間前の話。アガーラ和歌山は今年もプロアマ混合の一大トーナメント、天翔杯に臨んだ。今年は国立競技場の改修と、年明け早々に開催されるアジアカップの日程により、12月中旬に横浜での決勝戦となる。その前倒しで今年は早くも初戦となった。Jリーグクラブは、J1J2の40クラブは2回戦からのシード出場。一方で今年から新設されたJ3の12クラブは、前年JFL王者の長野パルティアス以外はわざわざ都道府県予選を勝ち抜いて1回戦からの出場で、既に敗れたチームもあった。


 さて和歌山が紀三井寺陸上競技場にて迎え撃つのは、鳥取県代表でJ3クラブでもあるガルーダ鳥取。昨年はシーズン中盤から勝ち星を挙げられずJ2リーグ戦最下位。JFL王者長野のライセンスの関係で、本来なら自動降格だったところを同2位だったカマタガイナ香川との入れ替え戦という「執行猶予」を得た。しかし、2戦2敗で無念の降格。復帰を目指してJ3元年を戦っている。



 ただ、正直なところ力の差はある。そこでバドマン監督は主力を温存し、若手やベンチ外続きだった選手を中心としたメンバーを編成した。





「う〜っ…やっぱ緊張するっすわ。夢じゃないっすよね、今」

 落ち着かない表情でそう呟いたのは、若手GKの本田。プロ2年目でついに公式戦の出番を得たのである。そんな本田を、同じく久方ぶりのベンチ入りとなる吉岡が声をかける。

「おいおいシンゴ、それが天野・友成の二枚看板に勝とうって意気込んでるキーパーの言葉かぁ?今日はお前の日なんだからもっと堂々としてろよ」

 本田のほかにも、ユースから昇格したばかりのルーキー、須藤と根島も初スタメン。ここ最近影が薄い長山や手塚も久々の出番に息巻いていた。


 そんな中、一人悲壮感を漂わせていたのは鶴岡だった。

 彼もスタメンに選ばれているが、表情は他の選手とはどこか一線を画す。決意が込められたギラツキがあるが、不満も宿っている。その理由はスタメン発表の際に明らかになった。


「まずはホームチーム、アガーラ和歌山のスターティングメンバーです。GK、背番号30。本田真吾。DF、背番号18、鶴岡智之」


 スタジアムDJではなく、ウグイス嬢による淡々とした選手紹介。それが告げられた瞬間、和歌山サポーターはざわめいた。本来ならFWである鶴岡が、DFと呼ばれてコールされたからだ。


「え?鶴岡センターバック?」

「センターバック・・・誰か怪我したのか?」

「大森とか沼井とか普通に練習してたよねえ」


 いぶかしんだのは鳥取サポーターも同じ。こちらは憤りもこもっていた。

「なんだよ。俺たちには急造のセンターバックかよ」

「ふざけやがって、こうなったら大物食いだ」


スタメン

GK30本田真吾

DF18鶴岡智之

DF6川久保隆平

DF21長山集太

DF35毛利新太郎

MF31マルコス・ソウザ

MF24根島雄介

MF19手塚弘幸

MF7桐嶋和也

FW11佐川健太郎

FW13須藤京一


ベンチ

GK40吉岡聡志

DF23沼井琢磨

MF2猪口太一

MF3内村宏一

MF4江川樹

MF32三上宗一

FW9剣崎龍一


 鶴岡のコンバート。発端はバドマン監督の提案だった。時間は剣崎たちが合宿に出たころまでさかのぼる。その日の練習後、鶴岡はバドマン監督から呼び出された。


「お、俺がセンターバック・・・ですか」

 告げられた時、鶴岡の顔には明らかに戸惑いの色が浮かんでいた。FWとしてトレーニングに励んでいただけに、拡大解釈すれば戦力外を通告されたようなものだ。

「ショックなのは当然だろう。君もまた、FWとして喫するものがあるだろうからね。しかし…酷なようだが、今のFWの陣容に君が入り込む余地はない」

 はっきりした物言いに正直カチンときたが、反論する気にはなれなかった。

 開幕当初はFW7人体制でスタートした和歌山だったが、サイドでプレーすることの多い竹内、佐川を除いても鶴岡の立ち位置は微妙なものとなっていた。2トップのうち剣崎は不動だし、その相方として本来トップ下の小宮が予想以上の適応力を見せ、この2人で勝った試合も少なくない。矢神の成長も著しく、当初かみ合わなかった野口もハットトリックを記録している。そもそも剣崎が空中戦でJリーグでは無双状態のため攻撃において高さをあまり必要としない中で、鶴岡の存在感は薄れる一方だった。

「だが、私は君がリーグ戦後半の守備力向上のカギを握っていると考えている。空中戦の強さは言うまでもなく、君には他のセンターバックが持っていない足元の技術とスピードがある。うちの守備陣はとかくまだJ1のスピードについていけずカードをコレクションしてしまっている。それを解消できる可能性を君に見出しているのだ」

「・・・必要としてくれているのはありがたいですが、俺はまだFWとしてのプライドがあります。正直、やってくれと言われて、『はい分かりました』なんて二つ返事はできません。レベルは高くないですけど、俺は海外でも結果残してますし、昇格に貢献してきたって自負もあるんで」

「無論、それは承知している。言っておいてなんだが、我ながらバカなことを言っているとも思っている。だが、それでもあえて言わせてもらう。センターバックになった暁には、君には日本代表の道が開けていると、ね」

「・・・・・。ちょっと考えさせてください」

 代表というフレーズに、正直気持ちは揺らいだ。サッカーをする人間ならば誰もが憧れるユニフォーム。それに袖を通す可能性をバドマン監督は見出している。だが、FWとしてオーストラリアでプレーし、プロとして戦ってきた自負が思いとどまらせていた。


 だが、同時に出番に飢えているのも事実。今シーズン未だノーゴールという現状を打破するにはとにもかくにも試合に出たい。その可能性がセンターバックになれば、少なくともベンチ入りは確約されている。

 悩んだあげく、翌日鶴岡は監督にこんな要求をして、コンバートを受諾した。


「わかりました。センターバック、やらせていただきます。ただし、今シーズン一杯やって俺の中にFWへの未練が残ったら戻して下さい。そうなった時は0円提示してくれても結構です」



 いわば自分の首をかけた鶴岡。FWとしてのこだわりを指揮官に見せつけたのだ。そんな思いを胸に鶴岡は自陣のゴール前で、試合開始のホイッスルを聞いた。


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