選ばれなかった選手の心境
剣崎の勝ち越しゴールが生まれて程なくして、両チームとも交代のカードを切る。浦和は抑え込まれていた2シャドーの二人に代え、ベテランの小此木とブラジル人のマルセロを投入。交代を命じられた九鬼は、監督と形式的な握手をかわすとそそくさとロッカーへ引き上げて行った。途中交代の憂き目にあった九鬼は、ゴールを記録したことも忘れ、露骨に不満を露にしていた。
対して和歌山も果敢に3点目を奪うために矢神、三上に代えて野口と竹内を入れた。特に合宿帰りの剣崎に負けじと、野口の鼻息は荒い。
「ようタク。ずいぶん気合入ってんじゃねえか。俺を見返してやろうって張り切ってんだろ?」
「茶化すなよ剣崎。ま、お前もそうだけど、亀井のやつも呼ばれてたのは正直悔しいしな。俺もゴール決めて今からでもアピールしないとな」
「はは。真也といいお前といい、エースの座を奪おうって必死だな。ま、俺を黙らせるなんてそうはできねえぜ」
「なんとでも言え。お前に勝つ気じゃなかったらFWでプレーしないさ。俺だってお前たちがいない間力つけてたんだからな。見てろよ?」
試合再開。互いに攻撃的な采配をしただけに、自然とそんな展開が増える。後半も30分を過ぎ、スタメンの選手たちの足が止まり始めるころなのでこの圧力は正直しんどいところがある。
「やらすかいっ!」
小宮を振り切ったマルセロのシュートを、仁科は足でブロック。苦し紛れのクリアだったが、もともとスピードがない上に疲れが出ているのだ。フレッシュな選手に対してはどうしても反応が遅れるものだ。
「おうオッサン、まだ反応できるんだな」
「なめんなよ…小僧。伊達に日本代表を、経験しとらんわ…はぁ」
友成の悪態に仁科は強がって見せるが、身体は正直で汗だくの顔からも疲労を感じさせる。
「いかんな…仁科はそろそろ限界だ。松本君、大森を」
準備させてくれ。ピッチから目を離してそう言葉を繋げようとした時だった。スタジアムのざわめきに振り返ると、イエローカードを掲げられて、天を仰ぐ仁科の姿があった。
泣きっ面に蜂とはよく言ったが、PKの判定である。バドマン監督は、松本コーチに背を向けたまま指示を出した。
「大至急、頼む」
富樫が同点のPKを決めたところで、仁科は大森と代わってピッチを後にした。バドマン監督はすかさず仁科を労う。
「すんません。最後にやらかしてしまって」
「気にすることはない。最後までアグレッシブさを失わなかったからこその結果だ。気に病まず、次に備えたまえ」
いかなる結果であっても、必ず選手を評価しながら労うのは、バドマン監督が指導者として心がけていることだ。基本的にメンバーを固定するタイプなため、選手に対してのメンタルリカバリーには細心の注意を払う。そしてうわべで言わないので、選手も粋に感じて奮起する。これが若手選手の覚醒を促進し、修羅場での経験値不足を才能で補てんし、チームをJ1に導いたのだ。次期日本代表監督の最右翼とされるのも一理あるわけだ。
同じように巧みなのは、途中出場する選手にかけるエールだ。特に何よりも出番に飢えている野口にはこんな言葉をかけていた。
「君にも五輪代表に相応しい力があることを、5万人の前で証明したまえ。君にはそれだけの力がある。なにせ一クラブのエースを担ったのだからね」
当の本人は言わずもがなだった。今いるチームから大量に選出されたこともあるが、所属元の尾道からも同期の亀井が選ばれていたことが、自身の尻に火をつけた。その刺激を血肉と化せたか、ここ最近はプレーのキレが良く、根拠はないがゴールを奪える確信があった。
(悠長かもしれないけど、オリンピックまで『あと2年もある』。今からでもアピールしてやるっ!)
その思いが結実したのは、アディショナルタイム突入直前の後半44分。ソンのインターセプトからカウンターを仕掛け、竹内が右サイドを突破してゴール前にセンタリング。ニアから飛び込んだ剣崎は、土田に身体を寄せられたせいで届かなかったが、ファーサイドから野口が盛脇を振り切ってダイビングヘッドでボールを捉え、決勝点を叩き込んだ。
「ナイスゴールっタクッ!!」
「こんにゃろうっ!!やりやがったなぁっ!!」
100人弱の和歌山サポーターの下に駆けていく野口の背後から、破顔一笑の剣崎や竹内ががぶってくる。倒された野口は苦笑いだったが、ガッツポーズをサポーターに向ける。
リーグ戦再開初戦、和歌山は白星を挙げた。




