先輩の貫録
『なんでPKなんだよっ!外じゃないのか!』
PKの判定に抗議するソンだが、当然判定は覆らず、仁科や三上に制止される。その様子を友成は特に見ることなく、PKに集中していた。
「さーて、美味しい尻拭いのチャンスが来たな」
ボールをセットするのは浦和のエース富樫。対峙する友成は腰をかがめながら手をだらんと下に下げる。キーパーというより、打球を待ち構える野球の内野手のような構えを見せる。相変わらずギラギラした眼光をキッカーに放ちながら。富樫は点に一つ息を吐いて助走をつける。そしてゴール左隅に狙う。友成はそっちに飛んでいる。だが、シュートの勢いが強くはじくので手一杯。そこに九鬼がつめてきた。
「合宿の借りは返してやるぜ!」
そう叫びながら、九鬼はボールを押し込んだ。
『くそっ!何であれがPKなんだよ。そもそもあいつが勝手に倒れたんだろうがぁっ!!』
ハングルでわめき散らしながら、ソンはスパイクを叩きつけた。何度かバウンドして床に転がる。
「こらソンっ!モノにあたるんじゃねえ。切り替えろ、次のプレーで見返せばいいだろ」
思わぬ行動に、仁科はあきれながらたしなめる。まだ日本語のヒヤリングは完ぺきではないが、仁科の言わんとすることは理解できたのか「・・・スイマセン」と片言で謝った。
「まあしかし、向こうで恐いのはサイドの双子だけだ。なんせ俺で止めれるほど今日の九鬼には怖さがないし、富樫さんもバズならなんとかできる。いっちゃあなんだが、浦和はそんなに怖かねえよ」
後半にむけて楽観的な展望を語る小宮。だが、猪口は不安を募らせる。
「でも、九鬼君もイさんも圧力はすごいよ。それに富樫さんのキープ力が高いからなあ」
「3バックの槇尾さんのフィードも正確っすよ。まずは富樫さんにボールを集めないことじゃないっすかね」
矢神も向こうの攻撃パターンについて推測、そして守り方を提言する。
「となると後半頭はラインは高めのほうがいいのかな。コミと太一が2シャドーを抑えてんなら、裏とられることを警戒するより、ライン下がって中盤間延びしないほうがいいかもな」
矢神の話を聞いて関原がそう提言する。
「それに俺たちがまずあの双子を何とかしないとな。三上、後半は走り負けんなよ」
「はい、栗栖さん」
そしてサイドハーフの二人も守備の意識をまとめる。
「ま、PKは読めてたし、向こうの攻撃は正直大したことない。俺がこの後をしのぎ切ればいいだけだ」
「そーそ。そんでもって俺が逆転ゴールをぶち込むさ」
それでも友成と剣崎は相変わらず同じことしか言わない。自分に自信があっての発言だろうが、ここまで当たり前に言われると相変わらず頼もしい。
「ここのロッカールームは、いついかなる時も騒がしい。結構なことだ」
そこに計ったようにバドマン監督が現れた。
後半、エンドが変わった和歌山は、前半以上に浦和サポーターの声援に悩まされることになる。ゴールマウスの後ろがホームゴール裏席になったことで、背後から受ける声の圧力がハンパない。春先の人種差別問題でサポーターグループが解散したことで、統一するコールリーダーがいないものの、やはり声援は自然と揃う。和歌山の守備陣はコーチングという手段が全く使えない状態だった。 しかも浦和サポーターは、チームの勝ち越しにむけて大きな援護をする。味方がボールを持てば拍手やチャントで盛り上げ、逆に和歌山が持てば大ブーイング。両ゴール裏は勿論、バックやメインスタンドからもそれが沸く。四方からのブーイングは、和歌山の選手たちから集中力を奪った。
(くそっ、一体どこに出せば…猪口さん、何言って)
「もらいっ!」
「あっ!」
三上は完全にそんな状況に完全にのまれ、猪口の警告もむなしく壮馬にボールを奪われ、すかさずソンが対応する。
(冷静にいきたまえ。君が勝てない相手ではない)
ハーフタイムでバドマン監督からそうアドバイスを受けたソンは、冷静に壮馬の動きを見た。
(確かに。こいつはフェイントを仕掛けるときに動きに隙がある。…そこを突く!)
『ぃやぁっ!!』
「っ!?」
ソンの躊躇のないアグレッシブなディフェンスは、壮馬からボールを奪い、一転和歌山のチャンスボールになる。すぐさま、さいスタはブーイングの嵐になる。しかし、元来強心臓のソンは、雰囲気に圧されることなく攻め上がる。
『栗栖っ!』
すぐさまソンはサイドチェンジ。対岸の栗栖はフリーでボールを受け、そのまま攻め上がった。バイタルエリアでは剣崎がゴールを指差している。
(剣崎、行くぞっ!スタジアムを黙らせろ!)
長年の相棒からのクロスを、ゴール前の剣崎は、胸トラップで受け止めた。
(ブーブーうっせえんだよっ)
栗栖からのボールを、剣崎は胸で受け止めて浮かせる。
(ちったあ静かに…)
トラップしたボールは、剣崎の腰の高さまで落ちてくる。
「しろってんだあっ!!!」
そして剣崎の右足は、ボールを捉える。ぶっぱなされたボールは、唸りながらゴールマウスのネットを破らんばかりに突き刺さる。
スタジアムは静まり返った。




