表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/139

先輩の貫録

『なんでPKなんだよっ!外じゃないのか!』

 PKの判定に抗議するソンだが、当然判定は覆らず、仁科や三上に制止される。その様子を友成は特に見ることなく、PKに集中していた。

「さーて、美味しい尻拭いのチャンスが来たな」


 ボールをセットするのは浦和のエース富樫。対峙する友成は腰をかがめながら手をだらんと下に下げる。キーパーというより、打球を待ち構える野球の内野手のような構えを見せる。相変わらずギラギラした眼光をキッカーに放ちながら。富樫は点に一つ息を吐いて助走をつける。そしてゴール左隅に狙う。友成はそっちに飛んでいる。だが、シュートの勢いが強くはじくので手一杯。そこに九鬼がつめてきた。


「合宿の借りは返してやるぜ!」


 そう叫びながら、九鬼はボールを押し込んだ。




『くそっ!何であれがPKなんだよ。そもそもあいつが勝手に倒れたんだろうがぁっ!!』

 ハングルでわめき散らしながら、ソンはスパイクを叩きつけた。何度かバウンドして床に転がる。

「こらソンっ!モノにあたるんじゃねえ。切り替えろ、次のプレーで見返せばいいだろ」

 思わぬ行動に、仁科はあきれながらたしなめる。まだ日本語のヒヤリングは完ぺきではないが、仁科の言わんとすることは理解できたのか「・・・スイマセン」と片言で謝った。

「まあしかし、向こうで恐いのはサイドの双子だけだ。なんせ俺で止めれるほど今日の九鬼には怖さがないし、富樫さんもバズならなんとかできる。いっちゃあなんだが、浦和はそんなに怖かねえよ」

 後半にむけて楽観的な展望を語る小宮。だが、猪口は不安を募らせる。

「でも、九鬼君もイさんも圧力はすごいよ。それに富樫さんのキープ力が高いからなあ」

「3バックの槇尾さんのフィードも正確っすよ。まずは富樫さんにボールを集めないことじゃないっすかね」

 矢神も向こうの攻撃パターンについて推測、そして守り方を提言する。

「となると後半頭はラインは高めのほうがいいのかな。コミと太一が2シャドーを抑えてんなら、裏とられることを警戒するより、ライン下がって中盤間延びしないほうがいいかもな」

 矢神の話を聞いて関原がそう提言する。

「それに俺たちがまずあの双子を何とかしないとな。三上、後半は走り負けんなよ」

「はい、栗栖さん」

 そしてサイドハーフの二人も守備の意識をまとめる。

「ま、PKは読めてたし、向こうの攻撃は正直大したことない。俺がこの後をしのぎ切ればいいだけだ」

「そーそ。そんでもって俺が逆転ゴールをぶち込むさ」

 それでも友成と剣崎は相変わらず同じことしか言わない。自分に自信があっての発言だろうが、ここまで当たり前に言われると相変わらず頼もしい。


「ここのロッカールームは、いついかなる時も騒がしい。結構なことだ」

 そこに計ったようにバドマン監督が現れた。




 後半、エンドが変わった和歌山は、前半以上に浦和サポーターの声援に悩まされることになる。ゴールマウスの後ろがホームゴール裏席になったことで、背後から受ける声の圧力がハンパない。春先の人種差別問題でサポーターグループが解散したことで、統一するコールリーダーがいないものの、やはり声援は自然と揃う。和歌山の守備陣はコーチングという手段が全く使えない状態だった。 しかも浦和サポーターは、チームの勝ち越しにむけて大きな援護をする。味方がボールを持てば拍手やチャントで盛り上げ、逆に和歌山が持てば大ブーイング。両ゴール裏は勿論、バックやメインスタンドからもそれが沸く。四方からのブーイングは、和歌山の選手たちから集中力を奪った。


(くそっ、一体どこに出せば…猪口さん、何言って)

「もらいっ!」

「あっ!」

 三上は完全にそんな状況に完全にのまれ、猪口の警告もむなしく壮馬にボールを奪われ、すかさずソンが対応する。


(冷静にいきたまえ。君が勝てない相手ではない)

 ハーフタイムでバドマン監督からそうアドバイスを受けたソンは、冷静に壮馬の動きを見た。

(確かに。こいつはフェイントを仕掛けるときに動きに隙がある。…そこを突く!)

『ぃやぁっ!!』

「っ!?」

 ソンの躊躇のないアグレッシブなディフェンスは、壮馬からボールを奪い、一転和歌山のチャンスボールになる。すぐさま、さいスタはブーイングの嵐になる。しかし、元来強心臓のソンは、雰囲気に圧されることなく攻め上がる。


『栗栖っ!』

 すぐさまソンはサイドチェンジ。対岸の栗栖はフリーでボールを受け、そのまま攻め上がった。バイタルエリアでは剣崎がゴールを指差している。

(剣崎、行くぞっ!スタジアムを黙らせろ!)



 長年の相棒からのクロスを、ゴール前の剣崎は、胸トラップで受け止めた。

(ブーブーうっせえんだよっ)

 栗栖からのボールを、剣崎は胸で受け止めて浮かせる。

(ちったあ静かに…)

 トラップしたボールは、剣崎の腰の高さまで落ちてくる。

「しろってんだあっ!!!」

 そして剣崎の右足は、ボールを捉える。ぶっぱなされたボールは、唸りながらゴールマウスのネットを破らんばかりに突き刺さる。



 スタジアムは静まり返った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ