後輩の意地
ゴールを決めた瞬間、矢神はわずかに陣取った和歌山サポーターに対して人差し指を突き刺した。その上から剣崎や栗栖にもみくちゃにされる。
「やりやがったなこいつう~。ナイス先制点だな真也」
剣崎に頭をガシガシとされて矢神は一瞬苦笑いを浮かべたが、すぐに厳しい表情に変わった。
「頭に乗るの速すぎでしょ?相手は浦和ですよ。もっとチャンス作って取りに行きましょう」
そう言ってすたすたと走り去った。
(ったく、相変わらずのんきな人だ。だが・・・今日であんたを追い抜くような結果を残してやる)
矢神の心中には並々ならぬ決意がこもっていた。
矢神にとって、剣崎は同じFWとして憧れの存在ではあった。ユースでは剣崎の1学年下。当時ユースリーグでブレイクの兆しを見せ、得点王にも輝くなどクラブ期待の点取り屋として輝き始めていた剣崎に、矢神は素直に憧れていた。
「俺もこの人みたいに、ゴールを取りまくるFWでありたい。全員から信頼されるエースになりたい」
そして剣崎たちがトップチームに昇格後、矢神は背番号9を背負ってユースでの最後の一年を過ごす。
そこでの生活は・・・・彼にとっては屈辱でしかなかった。
前任者が強烈だったせいか、ことあるごとに矢神は剣崎と比べられた。剣崎は状況関係なしにシュートを積極的に放ってゴールを量産したのに対し、矢神は剣崎をしのぐテクニックと竹内に匹敵するスピードを生かし確実にゴールを奪った。言うならば剣崎はとにかくマシンガンを連射しまくって戦場を駆けるランボー、矢神は狙った獲物をライフルで確実に仕留めるゴルゴ13と言ったところ。そして目の肥えていない和歌山県下のサッカーファンには、とにかくシュートを打つ剣崎のほうがウケた。
「なんかうまいんだけどなあ・・・」
「安心感はあるんだけどなあ・・・」
「どうも地味なんだよなあ・・・」
『剣崎と比べたら・・・』
これがどれだけやるせなかったか。実は3年生になってからのゴール数は剣崎よりも多かったのに、職人芸のようにゴールを決めても、異口同音にそういわれ続けた。昨年もルーキーながら二桁得点を記録したが、剣崎を上回るようなインパクトを残せなかった。
「あんたが代表に行くってんなら俺だって言ってやる。俺は絶対あんた超えてやるんだからな!」
一方で失点した浦和も慌てない。今シーズ初先発の三上と守備に課題があるソンがいる和歌山の右サイドに、徹底して圧力をかけながら流れを引き戻そうとした。
『向こうの右サイドは若い!右から攻めて相手のセンターバックを釣り出せ!』
通訳を通じて浦和の指揮官・ベロトビッチ監督が選手に指示を送り、選手たちはそれを忠実に実行した
。
「こいつらに遅れなんてとってちゃ、リーグ優勝も五輪代表もおじゃんだ。一気に行くぜ」
そう言って仕掛けるのは真行寺兄弟の弟壮馬。合宿では終盤、練習試合ながら実質的にポジションを失った彼にとっても、この試合は負けられない一戦。三上を振り切り、ソンを交わしてスペースに侵入すると、中央にそびえる富樫にセンタリング。仁科と富樫のマッチアップは仁科が勝ったが、こぼれ球に九鬼が詰める。
「ヌオゥッ!!」
九鬼のシュートは、バゼルビッチが長い足を伸ばして防ぐ。今度はイが飛んでくる。
「させないっ!!」
体をぶつけてイの体勢を崩す猪口。それでもイはシュートを放つ。
「ちぃ!」
逆を突かれた格好の友成は何とか反対側に飛ぶが、これはポストに救われ関原がクリアした。 チャンスを逸したどよめきもまた凄まじかった。
「怯むなよ!俺達はリードしてんだっ!もっと思い切って守れ!」
一瞬応援が止まった瞬間、仁科はそう叫んで若い選手たちを鼓舞。仁科の言うとおり、まだスタジアムの雰囲気にのまれている選手は少なくなかった。
ただのまれているならまだしも、のまれまいとしてムキになる選手がいた。
「今度こそっ!」
右サイドからの攻略に手応えを感じた浦和は、その後も壮馬を使って攻める。そして壮馬がソンを振り切ってバイタルエリアに切り込んできた時だった。
『ヤロッ、やらせるかっ!』
「うおわっ!?」
ソンはすぐに反転し、壮馬の肩につかみかかるようにチャージ。背後からの激しい一撃に、壮馬はバランスを崩す。すぐさまレフェリーが笛を鳴らしながら走ってくる。しかもPKの判定を下して。




