アイコンタクト
初めてのさいスタ。アガーラ和歌山の選手たちは、改めてその声量に苦しんだ。
「・・・!・・・!!」
「・・・・・!!」
「・・っ!・・・っ!!」
普段から声がよく通る友成のコーチングや、テクニカルエリアに立つバドマン監督の指示、前線からの剣崎のゲキすらまるで通らない。まるでミュートで映像を見ているようなものだった。
それだけ5万人の声量が驚異的だったという事だ。当然ながら僅かしか設けられていないアウェーサポーター席で声援を送る100人弱の和歌山サポーターの声も届かない。というか、選手自身が自分の声が出ているかどうかも疑わしくなってきた。
(くそっ!これが『アウェーの洗礼』ってやつか?ここまで声が通らねえと・・・)
「うおっ!?」
味方DFで隠れていた浦和の富樫のシュートに慌てて反応する友成。かろうじて右手一本ではじき返し、セカンドボールをバゼルビッチがクリアする。
(ちっ、今日は無失点のイメージがつかねえ・・・。なんせ目の前のDFにもまともに声が届かねえからな。しのげるとこ何とかしのいで、あいつらに何とかしてもらうしかねえ)
体勢を立て直して、友成は勝利の糸口をそう描いた。
(くっそ・・・。誰が何言ってんのかわかんねえ・・・)
同じようなことを剣崎も感じていた。だが、剣崎は悲観していなかった。今日はピッチの『相棒』がいたからだ。
(クリ、俺に入れろっ!)
(だったら決めろよ!)
アイコンタクトを受けた栗栖は、剣崎の動き出しに合わせて鋭いパスを送る。
しかし、剣崎がボールを受けたと同時に、合宿でともにプレーした土田がタックルをかましてきた。きわどかったがノーファウル。奪われたボールはすかさずクリアされ、剣崎は主審に向かって両手を広げてアピールするそぶりを一度した後、土田をにらみつけた。
「合宿じゃやられたが・・・。俺だって負けたくはねえんだよ」
「フンっ、じゃあ次は負かしてやるぜっ!」
浦和はボールを奪うと、1トップの富樫にキープさせて2シャドーの九鬼、イ・スンナムのスピードのある突破を生かしてカウンターを仕掛けてくる。2シャドーは猪口、小宮の両ボランチがそれぞれ対応しているが、振り切って何度もゴールを脅かす。無論、富樫もただキープするだけではない。
ただ、仕掛ける九鬼はどうも腑に落ちない。
「なんで俺のマークがてめえなんだよ、小宮」
忌々しげに小宮にぼやく九鬼。猪口へのリベンジを果たしたい彼にとって、このマンマークはミスマッチ感が強い。苛立つ九鬼の神経を、小宮は嘲笑を浮かべながら逆なでした。
「俺でも抑えられるからだろ?あいつの獲物は『エースストライカー』なんだからよ」
「はあっ!?」
単純すぎる反応を見せる九鬼。それがいけなかった。
「バーカ、集中しろよ」
「げっ!!」
挑発に乗った瞬間、九鬼は集中が切れ、小宮が素早くボールを奪った。
「おらてめえら、エサだぞっ!」
そう言って前線にボールを送る小宮。それを受けた矢神は、すぐさまギアをフルスロットルまで上げた。
「いくぞっ!!」
矢神のドリブルはとにかく速かった。止めに来たボランチ安倍、センターバック槇尾と元日本代表をいなし、現役日本代表の西山の前まで迫る。
「やらすかっ!」
西山は素早く飛び出して間合いを詰めにかかるが、それより速く矢神がシュートを打つ。至近距離のシュートを西山は左手一本ではじき出し、ボールは右サイドに流れる。それを三上が拾った。三上はいったんバイタルエリアから離れてタメを作る。そしてもう一度ゴール前を見た。
(真也には悪いけどっ・・・)
そう言って打ち上げたクロス。狙いは剣崎だった。
「どうりゃあっ!!」
「やたすかっ!!」
ヘディングを狙う剣崎とそれを阻止する土田が同時に飛び上り、激しく競り合う。その混戦からこぼれたボールに矢神がつめていた。
「こんどこそっ!!!」
気合を込めて振りぬいた右脚。キーパーが手を伸ばすよりも早く、ゴールネットを貫いた。
その瞬間、さいスタの真っ赤なサポーターは、九分九厘静まり返った。




